座間の湧水
(歩行日ー2003/10/10)


座間駅(小田急小田原線)→神井戸(かめいど)湧水→旧鎌倉街道→諏訪神社→心岩寺の湧水→鈴鹿の小径→龍源水ホタルの公園→龍源院の湧水→銭洗井弁財天の湧水→鈴鹿明神社→鈴鹿の水(湧水)→番神水→座間公園→富士山公園→護王姫社→座間谷戸山公園の湧水→座間駅(約8.5キロ)

久しぶりのウォーキング。三ヶ月も空いてしまい、ペースがなかなかつかめない。友人も仕事、また一人である。

今回は、座間に湧水が多いと聞き、コースを作ってみた。相模川から、その河岸段丘に至る地域には湧水が多く、その水を飲料水として、また灌漑に利用する為に、古くから人々が集まっていたと聞く。

小田急小田原線座間駅下車。西口に出る。左、右、左、右と角を曲がると、細い道に突き当たる。そこを左折。段丘の上らしい。国分寺崖線よりももっと急な段丘、そして段丘の上は、木々が大きく茂り、歴史を物語っている。


急な階段をやり過ごし、道なりに下っていく。最初の坂を右折、なおも急坂を下る。降りたところが、神井戸湧水。

神井戸湧水は、昔より、水量が豊富で水質もよく、付近の大切な生活水として利用され、また、水田の灌漑用水としても重要な水源であった。付近いったいには横穴古墳群が発見されたり、鎌倉古道が通っていること等から、往古から人々の暮らしに欠くことのできない泉であった。

先ほど通ってきた細い道が気になり、急な階段を登る。段丘である。そして、道に戻り左折だがどこにも碑も見当たらない。車の通りも少ない道をのんびりと進む。畑が点在し、新築の家が多く見られる。

左奥に鬱蒼とした森、そして右側には公園があり、碑が建っている。そこには、「星の台地の区画整理・・・」とあり、鎌倉古道の字が読み取れる。鬱蒼とした森、諏訪大明神にも、古道の碑が見られた。碑は新しいが、やはり、鎌倉古道であった。

左側に大きなお寺が見えてきた。心岩寺らしい。山門をくぐると、池が。澄み切った冷たい水の池、その奥からこんこんと湧き出ている。静かなお寺である。

心岩寺の参道から、国道51号線の鈴鹿歩道橋を渡り、尚も進み、42号線を渡ると、案内図が建っている。図の通りに進む。道も整備され、青、白の砂利交じりの舗装、これを辿って行けば、迷うことは無い。「鈴鹿の小径」と言う。その道を少し行くと、せせらぎが現れる。静かな、綺麗な道である。

この地区、鈴鹿・長宿は、縄文時代の遺跡もあり、古代から人々が住み「座間郷」の中心地と考えられている。「藤沢街道」などの古道の往来により、古くから集落ができ、発展したところと言われる。神社・仏閣・道祖神が多く、歴史の里と言える。

暫く進むと、龍源水ホタルの公園。小さい水車が回り、柵で囲って木道を巡らしてあり、ベンチで一休み。龍源院湧水は、龍源院の境内を流れて表通りに澄んだ流れを作っている。夏には、ゲンジホタルが飛び交うよう、カワニナが生育されている。柵の向こう側の流れが気になる。ぐるっと回っていくと、龍源院の境内、そこが龍源院湧水。

水は、冷たく、澄み切っている。龍源院境内の崖下から湧き出ているこの湧水は、古代から飲料水、稲作水田の動力源としても使われていた。現在も付近の人々は、堰を作り、野菜などを洗っていると言う。

表通りに戻り、道なりに進む。角々には、道標が立ち、迷うことは無い。

道が分かれ、鈴鹿の泉、とある。暫く進むと、段丘のすぐ下に、やはり柵が見える。生い茂った草を刈り、飛び石伝いに進む。そこが「鈴鹿の泉」生い茂ったクレソンに水面は見ることができない。勿論柵の中に入ることもできない。

鈴鹿の泉から表通りに出て、暫く進むと一般道に出る。何と、閻魔堂の脇に、藤沢街道の碑がある。古道の一つと思われるが、これは、これからの課題。

この辺りは、古くからの家並が続き、蔵も多い。その一軒を眺めていると向かいの家からおじさんが寄ってきた。湧水を訪ねて歩いていると話をすると、このおじさん、「有山さん」は、減ってきた湧水の保存をするグループのリーダーだったとのこと。若手も育ってきたことが幸い、と。先日は、国土交通省の全国の湧水地区の、優秀賞に輝いたとか。暫く、おしゃべりをする。景観に協力している家には、看板もかかっている。

鈴鹿明神社は、第29代欽明天皇の御代に、伊勢の国(三重県)鈴鹿神社の例祭に神輿が海上を渡御した折、にわかの暴風雨に襲われ東に漂流された。当時の入り海東海岸であったこの地に漂着したものを、里人たちは一社を創建して、座間全郷の鎮守として祀り、鈴鹿大明神と崇め奉ったと伝承されている。なるほど、壮麗なお社である。お参りをし、先を進む。

番神水(ばんじんすい)
番神水の湧水が流れ込んでいる池は、トンボ池とも言われていて、その周りは小さな公園になっている。そばに、円教寺付属の番教堂があるので”番神水”と呼ばれる由来。言い伝えでは、このあたりに住んでいて、円教寺の開基となった刀匠の鈴木弥太郎貞勝が、たまたまこの地に来た”日蓮聖人”に、良い刀を鍛えるためにはより良い水が欲しいのだが・・と語ったところ、聖人は祈祷した後、杖を立て良い水の出るこの湧水の位置を発見してくれたというのである。 

先を進む。小さい座間公園には、日蓮上人の像が新しく祭られている。公園をくだり、座間キャンプを抜ける道を進む。U.S.Army,ZAMA Campの看板が見え、反対側には、陸上自衛隊座間分屯地とある。座間キャンプの隣に、富士山公園。子供の森、とあるように、アスレチックフィールドとなっているが、子供の姿は見ることができない。雑木林の落ち葉の積もった急坂を上り、急坂を下る。キャンプ沿いに進む。気持ちよく下っていると、どうも左折するところを逃したらしい。また、有山家の方に来てしまった。仕方なく、鈴鹿明神社の横を通り、国道42号線にでる。交差点で、またまた方向がおかしく、小田急線近くまで進んでしまい、元に戻る。途中の家では、コスモスが。

やっと、国道51号線沿いに、小さな護王姫社を見つける。源義経が頼朝に追われて、平泉に落ちていった。後を追って義経の側室牛王姫がこの地で産気付き難産の末亡くなった。村の人々は憐れに思い、墓の代りに2本のケヤキを植えた。 後に日蓮上人がこれを聞き、姫を「護王姫大明神」として手厚く供養して霊を慰められた。以来安産の守護神として近在の人々に信仰されている。護王姫社の境内には、天然記念物の欅があり、それを探したに来たのだが、着いた時にはすっかりと忘れて、見損ねてしまった。鳥居の奥に見える大きな幹がその欅か。これもまた宿題となってしまった。






国道を越え、細い道を少し行くと、小田急線、高架をくぐると、すぐに座間谷戸山公園の入り口。と言っても何もない、小さな立て札があるのみ。公園は「自然生態観察公園」として自然を極力残し、自然とのふれあいに重点が置かれている。山・谷戸・里のゾーンで構成されている。ゲンジボタルが見られ、渡り鳥が多く飛来し、湧水を生かして、植物や、昆虫の観察が出来るように造られている。また、米作りや雑木林の手入れなどにも参加ができる公園である。

公園を坂道を下る。座間は、段丘にある、と納得の出来る一日、アップダウンの繰り返しであった。電車の音をめがけて右折し、暫く行くとそこは、小田急線座間駅。今日はこれでお終い。