第三の選択

萬維網考古夜話第18話 24/Mar/1999

前回の第17話誰が指南車を発明したかでは，情けないミスをやらかしてしまいました。睡眠不足でろくに表示を確認してなかったのがバレバレです。

遺物の工程を復元してその背景（白井流に言うと，工房の風景）にまで迫ろうという研究。その基礎は，観察された技法を論理によって組み上げ，しかもその論理を明示していくことにあります。そんな研究が若手に増えてきた，というお話を前回しました。

その一方で，私の世代には，遺跡や遺物から遊離した研究も増えているようです。困ったものです。

思い切り単純化して言うと，この方法には2つの重要で基本的な局面があります。観察と論理ですね（実際には論理だけでは結論に行き着かないのですが）。このうち観察の方は，画像の使用を控えているテキストだらけの「考古学のおやつ」では論じようがないので，今回は論理の方をお話しします。

若手の技法研究（話している方にも，実は抵抗感があるのですが，とりあえず呼び方がないのでこう言っておきます）は，この論理……というか，理屈を書き並べるのが特徴と言えます。

そうは言っても，去年の藤井寺の九阪研究会のとき，栃木県埋蔵文化財センターの内山敏行さんから「白井さんの論文って理屈っぽいですね」と指摘されたときは，ちょっと反省しました。でも，その後も全然変わってないですけどね(^^。

まぁ，この理屈が妥当なものであれば，文句はないのでしょうが，一見論理的（そして，実際に論理的）であるがために，本人が問題に気づいていなかったりします。

ある前提のもとに導き出した論理にまったく矛盾がない場合，「この論文は正しい」と言えるでしょうか。

え？難しそうな話ですか？いえ，単純に考えてください。

もし，前提が正しければ，そこから矛盾なく導き出した論理は正しいはずです。でも，もし前提が間違っていたら，どうなるでしょうか。矛盾なく組み立てられた論理も，実は虚像と言うことになりますね。
困ったことに，ある前提（真か偽かわかっていない）から導き出さされた論理に矛盾があれば，もとの前提が偽であるとわかります（背理法）が，矛盾が生じない場合は，前提が真か偽かわからないのです。
ある前提から導いた論理で前提自体を証明することはできないのです。

本人は論理的に叙述したつもりでも，実は「検証されざる前提」がどこかに隠れていて，せっかくの論文が「矛盾なき間違い」になってしまう危険があります。もちろん，私がこれまでに書いてきたものにも，その危険があるわけです。（危険だけですまなかったのもあるような気がします(^^;ゞ）

そういえば，第17話の最後は次のような言葉でした。

次に土器のお話をするときは，その実例を挙げて問題点を……。いや，やっぱりヤバイかなぁ。

今回は，危険なことかも知れませんが，実例を挙げてお話しすることにします。ただ，お断りしておきますが，私が実例として挙げる論文の結論までも間違っている……と断定するにはまだまだ論証が必要です。

だいたい3本くらいの論文を取りあげる予定です。私のもいずれ出てきます。まず今回はこれ（小栗さんのは，また今度(^^)……一応順番ってものがあるんです）。

伊藤純・内田好昭,1995,「波状文の施文方向から見た須恵器高杯形器台の製作手順」,大阪府埋蔵文化財協会研究紀要3,大阪・財団法人大阪府埋蔵文化財協会,171-183

いきなり上の話と矛盾するんですが，この人たち（実は面識ないです）は，私よりは少し上の年齢でして，内容も，いかにも私よりちょっと上の人の特徴が出ています（って言ってもわかりませんよね）。伊藤さん・内田さんくらいの人たちの実験がまずあって，私の研究とかが出て来れた《ら抜き表現》（←ATOK風）わけです。

伊藤さんが1956年，内田さんが1962年（ここまで『考古学史研究』を参照しました），白井が1967年の生まれです。
あ，自分の年齢を明示するのは初めてだったかな？

この論文は工人の識別（ただし「工人」という言葉は使っていない）などを展望しているので，技法研究を志す人から注目され，引用もされているようです。

この論文の冒頭，「1.目的と経緯」に，「合理的な説明を試みる」，「この現象を合理的に説明することが……」，「合理的に解釈できる」と，繰り返し「合理的」が出てきます。もちろん，看板に偽りないので，若手にとっては頼もしいテキストなのですが，ちょっと不安の陰があります。

次に，波状文の観察方法を述べ，濁り池窯の出土遺物を詳細に観察し，記述しています。

ここまではいいのですが，「3.議論の前提 1)ロクロの回転方向」に入った途端に不安が的中します。

波状文の方向は施文時のロクロの回転方向に規定される。1個体内に施文方向の異なる2種類の波状文が存在する事実について、次の二つの説明が可能である。

a. 施文する時の器の天地は常に一定であるが、ロクロの回転方向が一定ではない。

b. 施文する時のロクロの回転方向は常に一定であるが、器の天地が一定ではない。

本稿ではbの立場を採用し、波状文の施文方向を解釈する。そのほうがより合理的な説明が可能だからである。

ちょっと，ちょっと!! まさか，本当にこれだけで「回転方向」の問題を片づけられるとは。ショックでした。

論文は私を置いてけぼりにして進みます。「4.施文工程の復元」も「合理的」を連発して快調でが，ここはなかなか読んでて楽しい章です。こういう図式化と理屈っぽさは，けっこう好きだったりします。技法の記号化した表現，全体の工程の中に個々の技法を位置づけようとする態度，そのための「施文ユニット」などの概念，写真や模式図の使い方などは，学ぶところが多いですね。この部分は，論理も筋が通っています。

「5.結論」から引用します。

以上に述べてきたことを整理すると、次のようになる。

a. 濁り池窯出土の3個体の器台すべてに、施文方向の異なる2種類の波状文が存在した。

b. aの現象は、ロクロ方向が常に一定であり、正位置での施文か、反転状態での施文かで生み出されると仮定した。

c. bを前提にして、例示した3作品全てに、……（後略）

d. （略）

（中略）
cの解釈は合理的なものであり、これによってbの前提も首肯できる。

できません。ある前提から生じた果実は，もとの前提を証明できないのです。間違った前提でも矛盾が生じなかっただけかも知れません。そして，「ロクロの回転方向は常に一定」という前提は，（成立する場合が多いかも知れませんが）決して正しくないのです。

横山浩一先生は佐賀県横枕で大甕の調査をされ，ロクロの回転方向について詳細に記録されています。90～91ページの表を見れば，ロクロの回転方向が，ほとんど交互と言っていいくらい，コロコロ変わっていることがわかります。

横山浩一,1982,「佐賀県横枕における大甕の成形技術－現存する叩き技法の調査－」,九州文化史研究所紀要第27号,福岡・九州大学九州文化史研究施設,53-107

須恵器の実例ではありませんが，新羅土器ではロクロの回転方向が一定でない例があります。九州大学所蔵の統一新羅時代の蓋（下の論文の蓋4）には，工人が蓋に覆い被さるような姿勢で中心より向こう側に施文するとき，回転方向が逆になっています。

白井克也,1995,「九州大学考古学研究室所蔵新羅土器・緑釉陶器－九州帝國大學國史學研究室の慶州における採集資料(1)－」,九州考古学第70号,福岡・九州考古学会,73-94

実は，この論文の施文時の回転方向に関する記述は，伊藤さん・内田さんの論文を意識して，「でも，論理で反論するより反例を論理的に提示しよう」という気持ちで書いたのです。

また，事情があって資料を提示できないのですが，5世紀末くらいの新羅土器の蓋の天井部で，つまみ接着後の作業だからロクロ上に伏せた状態で作業したとしか思えないのに，回転ナデと沈線が逆方向に走っているものがあります。回転惰力を利用した高速な回転でも，方向が一定しない例があるのです。

え？伊藤さんや内田さんは「波状文施文時」の話をしてるから，印花文や回転ナデや沈線は違う？でも，伊藤さんや内田さんも施文時施文時といいながら回転方向の話の例に用いているのは「回転ヘラ削り」でしょ（183ページ）。

こういう話を表だって論じなかったのは，実例を重ねればすむと思っていたこともあるのですが，「回転方向が一定とは限らない」のが常識と思っていたからでした。次の論文でも，こっそり「回転方向を一定と前提することはできず，有利な状況証拠のひとつにとどまる。」とかの記述がありますね。

白井克也,1997,「九州大学考古学研究室所蔵古新羅土器II－追加資料の提示と回転技法に関する考察－」,古文化談叢第38集,北九州・九州古文化研究会,127-152

卒論の準備で韓国に行ったとき，金斗喆さん（当時・国立中央博物館）から，

「ロクロの回転方向は一定じゃない。作るときの都合で，いくらでも逆回転になる。ロクロの回転方向が一定と前提してはいけない」

と繰り返し強調されていたので，「そういうもんなんだ。こりゃ分析が大変だ」と思ったものです。

金さんは馬具の研究で有名ですが，学生時代は土器の製作技法を細かく研究されていたのです。

改めて伊藤さん・内田さんの「二つの説明」を読んでみましょう。

a. 施文する時の器の天地は常に一定であるが、ロクロの回転方向が一定ではない。

b. 施文する時のロクロの回転方向は常に一定であるが、器の天地が一定ではない。

bを採用せんがために，否定されるべき可能性としてaが登場しています（多分）が，実は第三の可能性があります。つまり，

「器の天地もロクロの回転方向も、工程上の都合、器の乾燥と強度の具合、工人の作業のしやすさや姿勢のとりやすさなどの事情で、作業中に変更されうる」

ですから，私の論文などでは，工人の行為に対して，そのときの工人の姿勢などを復元しようとしてるんです。でも，最初っから「天地か，回転方向か」しか考えてなかったら，ねぇ……。

今回のお話は，1996年，静岡大学の鮫島（篠原）和大くんの披露宴の時に，私と同じテーブルになった早稲田大学の余語琢磨さんとお話しした内容がもとになっています。
披露宴自体もものすごくおもしろかったんですが(^^，そういう席でもこんな話題になっちゃうんですね。私って。

今回，思い切ったことを話す振りして，その実表現をぼかしながらだったので，疲れました(^^;ゞ。2回分くらい労力使ったので，次回は気楽な話にしたいなぁ。

誰が指南車を発明したか

鉄の掟・予告篇

編年表

第三の選択

萬維網考古夜話 第18話 24/Mar/1999

萬維網考古夜話第18話 24/Mar/1999