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    『アメリカ行政法』出版記念記事2


 「結局どれが一番いいの? ――文献案内補遺」

                            正木宏長
              2017/07/09(初出、2017/11/12に初出時未見だった本について加筆)

1 はじめに

 さて、『アメリカ行政法』の付録につけた文献案内なのですが、ページを増やさないようにするため最小限の記述をするという方針で書いたので、内容についての言及はあまりありません。こういった紹介をすると、「一番いいのはどれか」という声があがるかと思いますので、ある程度詳しい紹介を付けたうえで、状況別に個人的な一番はどれかを書いておこうかと思います。元々は前の記事と一緒にやろうと思っていたのですが、長くなったので分割するはめになってしまいました。この紹介は、基本的に書いている正木の個人的オススメくらいに考えておいてください。色々な文献を読んだうえで、自分の視点を持って、自分の基準で一番を決めるのがいいかと思います。「周りが何を言おうが、自分はこの本が好き」みたいな、自分だけの1冊があってもいいんじゃないかな。


2 ケースブック

 ケースブックなのですが、正直言うと、基本文献としてケースブックを何種類も挙げる必要があるのかどうかは考えどころであったりします。ケースブックはロースクールの法学教育用の主教材になるのですが、教育用の資料集というのが本来的な使い方なので、日本人の読者が独習用や研究用に使うのには、必ずしも適してはいないものもあると感じるのです。ケースブックは、教員が学生に質問したり解説しながら使うものなので、本来は純粋な意味での独習教材ではないわけです。
 20世紀の電子化が進む以前だと手軽な法令集・判例集として非常に価値があったのですが、現在だと、大学関係者だと契約中のデータベースにアクセスできますし、インターネットでも簡単にそこそこ信頼できそうな法令集や無料判例データベースにアクセスできるので、法令集・判例集としての価値もオンライン化が進行する以前に比べるとやや下がっていると思います。
 とはいえ、1冊で、重要判例の判決文をピックアップして掲載し、法令や判例の意義や検討ポイントについて丁寧な解説を付し、参考文献や関連判例を紹介しているケースブックは、法令集・判例集ないし独習用の教材として依然として価値がありますし、分量が多いので参考文献へのリファーについてはテキストより優れたものも少なくありません。そこで、学習の際に、少なくとも1冊は用意しておいた方がいいのも確かであると思います。
 そこで紹介の際の視点としては、研究の観点から独習用に価値があるものという面から紹介します。そうすると、参考文献や関連判例の紹介が多いとか、論文の抜粋も必要に応じて掲載しているだとか、解説がよくてそのまま論文で引用して使えそうかといった点が評価の視点になります。アメリカの古典的スタイルのケースブックは判例だけたくさん紹介されていて、解説と問題は少しだけ、基本的には解説は教授がソクラテスメソッドで口頭で行うというというようなスタイルになるのですが、この種の古典的スタイルのシンプル型ケースブックは、日本人が研究用として使うには使い勝手が悪いのではないかと思います。
 
 『アメリカ行政法』では5つ挙げました。どれが一番いいのかということなのですが、何を尺度にするかということで変わってくるかと思います。

 まず、PierceのAdministrative lawなり、翻訳版の正木訳『アメリカ行政法』を使用して、それにあったケースブックがいいというのであれば、 Kristin E. Hickman & Richard J. Pierce, Jr."Federal Administrative Law: Cases and Materials" (Foundation Press, 2d ed. 2014)がいいと思います。ヒックマンとピアースのケースブックですが、ヒックマンはAdministrative Law Treatiseの毎年刊行される補遺(supplement)について、数年前からピアースとの共著者になっている人物です。ヒックマンとピアースのケースブックですが、訳本の原著のAdministrative lawがそもそもこのケースブックの副読本としての使用が想定されているような雰囲気があり、Administrative lawの記述が足りないところを詳しくしていくような形で、読み進めることができるかと思います。もっとも、ケースブックとしては無難というか標準的な内容で、それほど解説が詳しいものではないと思います。
 
 しかし、「ケースブックもヒックマンとピアースで決まり」を結論にしていいのかというと、個人的に少し思うところがありまして、別の選択肢も示さなければいけないと思っています。ピアースは第一人者とはいえ、ピアースの本ばかり読んでいるとピアース漬けみたいになって、彼の体系観が全てのようになってしまうという危うさも感じます。同じような記述を何度も見かけるとだんだん飽きてきて、違う視点からの記述も欲しくなるかと思います。

 そのような観点から、ピアースのAdministrative lawなり、翻訳版の正木訳『アメリカ行政法』の使用を前提とせずに、どれか一冊をというのであれば、個人的には、Stephen G. Breyer, Richard B. Stewart, Cass R. Sunstein, Adrian Vermeule, Michael Herz"Administrative Law and Regulatory Policy: Problems, Text, and Cases" (Wolters Kluwer, 8th ed. 2017)がいいかと思います。このケースブックですが、特徴は豪華編集陣です。もともとは、現在合衆国最高裁裁判官のブライヤーがハーバードの教授時代に、当時ハーバードの同僚だったスチュワートとの2人で共著で書いた行政法ケースブックになります。その後、編集にサンスティンとヴァミュールとヘルツを加えて現在に至っています。ブライヤー裁判官は学者としては専門は行政法で、合衆国最高裁に加わる以前は行政法分野で多くの業績をあげていました。スチュワートはアメリカ行政法学界屈指の理論家で世界的な影響力を持つ学者になります。スチュワートの名論文"The Reformation of American Administrative Law, 88. Harv. L. Rev. 1667 (1975)"は、アメリカ行政法の論文の中で最も引用された論文といわれたことがあります。キレのいい一言でモデル化をするのが得意な人物で、日本の環境法の教科書で見かける命令管理型(command-and-control)の規制というのは、もとはスチュワートが提唱したモデルになります(北村喜宣先生がスチュワートの論文を手がかりに紹介したのが最初の日本への導入だと思う)。最近ではグローバル行政法のアメリカでの代表的な論者です。サンスティンは法哲学者みたいな扱いがされていますが、彼は駆け出しの頃から行政法プロパーの論文を書いていて、行政法分野でも評価が高いです。ヴァミュールは憲法の分野で活発に活動をしていて、日本の憲法の論文でもよく引用されていますが、行政法の論文も書いています。ヘルツは...ちょっと肩身が狭い(冗談を抜きにすると、ヘルツも他のケースブックに引用されるような論文を何本か書いている実力者です)。
 ブライヤーほかのケースブックは、出版社によると"an outstanding author team"が作ったケースブックなのですが、内容的にいうと(ウエスト系ケースブックと比べると1ページあたりの文字数はやや多いですが)約1000ページの読みやすい部類のケースブックになります。7版までは、理論志向が強くてスチュワートの主張が編集に出ているかなとも感じていたのですが、スチュワートは日本人の嗜好にあう主張をするタイプなので、そこまで独特のものとは感じないと思っていました。8版では、政権からサンスティンが編集作業に復帰したのですが、分量を削減してよりオーソドクスな感じになったと思います。このケースブックは判例以外にも長い解説文が多くの箇所で掲載されていているのですが、全米屈指の実力者が揃った編集陣が書いているので内容的に安心でき、かつ興味深いわりに、全体的な分量は抑えてあります。英語もそれほど難しくないので、研究者が独習用に買うのに、いい本だと思います。

 紹介した他のケースブックにコメントしますと、Peter L. Strauss, Todd D. Rakoff, Cynthia R. Farina, Gillian E. Metzger"Gellhorn and Byse's Administrative Law: Cases and Comments"(Foundation Press 11th ed. 2011)は、昔から有名なゲルホーン&バイスのケースブックになります。初版1940年でもうゲルホーンもバイスも故人なのですが、編集者を変えていまでも出版され続けています。昔から行政法のケースブックならこれと言われていました。
 このケースブックは歴史に裏打ちされていて、依然として独習用として使うにもいいケースブックであると思います。私もたまに引用します。ゲルホーン&バイスのケースブックを薦める声は日本でも聞かれるので、私が一番にブライヤーほかを挙げて、こちらを一番にしなかった理由を書くと、まず、個人的にアスペンの紙面レイアウトのほうが見やすくて好きというのがあります。判例集と考えると見やすさは結構重要です。あとゲルホーン&バイスは1500ページ近くあるので、一番いいのは何かを聞いてくるようなアメリカ行政法ビギナーには、ちょっと分量が多くて欲しい記述を探しにくくなることを懸念したということがあります。しかし、調査用資料集と考えると分量が多いというのは情報量が多いということなので、それほど致命的ではありません。最後の改版から時間が経っていますが、ウエスト・アカデミックから補遺をダウンロードできます。そうすると決め手になるのは判例収集や解説の質と信頼性に関わってく編者の「格」になるのですが、この点についてはブライヤーほかのほうが現時点で上だと思います。ゲルホーン&バイスの編者のシュトラウスはW・ゲルホーン直系の大家ですし、ファリーナとメツガーもアメリカ法曹協会行政法学術大賞の受賞歴がある実力者なのですが、全体としてみるとブライヤーほかケースブックには及ばないかな、と感じます。
  このケースブックは2017年末に12版が出る予定で、編集からファリーナが抜けて、新しく第1巡回区控訴裁判所の裁判官のバロン(David J. Barron)とアメリカ法曹協会行政法学術大賞を2回受賞した若手実力者のオコンネル(Annie O'Connell)が編集に加わるようです。ゆえに12版が出るまでは買い時ではないですね。

アメリカ法曹協会行政法学術大賞(たぶんこんな訳)年度別受賞者リスト
https://www.americanbar.org/groups/administrative_law/initiatives_awards/scholarshipawards.html

  Jerry L. Mashaw, Richard A. Merrill, Peter M. Shane, M. Elizabeth Magill, Florentino Cuellar, Nicholas R. Parrillo "Administrative Law, the American Public Law System: Cases and Materials" (West Academic Publishing, 7th ed. 2014)は、マショウほかのケースブックです。マショウは日本ではあまり有名ではありませんが、アメリカでは学界随一の理論家として知られている人物です。『アメリカ行政法』で「官僚制的正義(bureaucratic justice)」の議論が少し紹介されていましたが、そちらの提唱者になります。一番薄い行政法の教科書でも紹介されるような、アメリカ行政法の革新的理論を唱えた人物ということになります。個人的に好きな学者です。マショウほかのケースブックは、付録を含めると1600ページの重量級ケースブックになります。特徴としては、いろいろなことを述べて最後に「官僚制機構による決定には正統性がある」みたいな結論を下す解説が随所でなされる、マショウ的な主張が前面に出たケースブックになります。上のアメリカ法曹協会行政法学術大賞の受賞者リストを見たらわかる通りで、このケースブックの編者も大賞受賞歴がある学者が多いです(マショウ3回...彼は単著を出版すれば必ず受賞するという感じ、マギル1回、パリーロ1回)。ブライヤーほかのケースブックはハーバード・ロースクール関係者が中心なのですが、マショウほかケースブックはイェールとスタンフォードの連合軍という雰囲気です。このように、マショウほかのケースブックは、アメリカでの評価を基準とすれば編者に実力者を揃えています。ですが、解説が相当に高度で勉強になる反面、英語が難しくて読みにくいとか、論調が日本人の嗜好にマッチしないとかで、日本人が読むとすごくクセが強いと感じるかと思います。正直、ここでどれが一番いいのかを調べている人の最初の一冊には薦めにくい本です。ですが、アメリカで高い評価を得ている人物達の手によるこのケースブックは、是非とも手にとって欲しい1冊です。

 最後は、Andrew F. Popper, Gwendolyn M. McKee, Anthony E. Varona, Philip J. Harter, Mark C. Niles, Frank Pasquale"Administrative Law: A Contemporary Approach" (West Academic Publishing, 3rd ed. 2016)になります。紹介するケースブックとして5つ挙げようと考えていて、上の4つはすぐに決まったのですが、最後の1つを何にするかを考えて変化球としていれた、というのが最初の原稿を書いていたときの意識になります。このケースブック、正直なところ編者の魅力は上4つのケースブックに及ばないと思います。書籍版の特徴を述べると、Interactive Casebook Seriesは2色印刷にして青色のコラム欄を設けていたり、ウエスト製なのですがアスペンみたいな細いフォントを使っていたりして、学習用教材として見やすく使いやすいのが長所になります。また出版が新しいので、全体的に問題意識が新鮮であり、21世紀に入ってからの判例や文献への言及が他のケースブックよりも多く感じられるので、新動向を調べるにはいいのではないかというような理由で、「あまり知られていないけどこういうものもある」という趣旨で推薦リストに入れたということになります。他のケースブックでもいいのではないかと少し迷いました。
 だが、しかし!!文献案内を脱稿した後で色々試してみて気づいたのですが、このポパーほかのケースブック、というよりもInteractive Casebook Series全般に言えるのですが、このウエスト・アカデミックの最新鋭ケースブックは、「データベースのウエストローに常時接続できる環境で、書籍版にシールで貼ってあるコードをウエスト・アカデミックのウェブサイトで登録して電子書籍版を使用するという条件の下でなら、他の追随を許さない利便性を持つ、おそらくは世界でも類を見ない近未来型法学教材」となり、第一に推奨できる電子書籍版ケースブックになります。大げさに感じられるかもしれませんが、このケースブックの電子書籍版の利便性は突出しています。というのも、Interactive Casebook Seriesの電子書籍版は、データベースのウエストローとのハイパーリンクが行われています。具体的には、電子書籍版では判例・法令と参考文献が青字で強調表示され、青字でリンクされた判例・法令や参考文献をクリックすると、そのままウエストローにリンクして、ウエストローから全文を見ることができます。つまりインターネットのリンクをたどる感覚で、ケースブックの記述から参考文献・判例・法令を調べていけるようになります。日本のLEX/DBの関連判例へのリンクはとても使いやすいと感じられかと思いますが、それが参考文献に対してもできるような感覚なのだと考えてください。

 Interactive Casebook Seriesの電子書籍版の魅力は、電子書籍版のほうが本体で紙版のほうが付録ではないかと思わせるほどです。書籍版を買えばコードが添付されていて、インターネット接続環境があれば登録するだけで、無料でウェブブラウザから電子書籍版の全文が読めるようになるので、お買い得感が高く、必ず登録するべきです。日本で、このケースブックのポテンシャルを完全に発揮させるにはかなりハードルが高いですが、大学関係者等でウエストローが使える環境であれば、是非とも試して欲しいケースブックです。第一関門としてユーザー登録をしてウエストのアカウントを作る必要がありますが、これは普通に英語で入力すればいいです。地域記入欄に日本があるので、日本から登録してもいいのだと思います。入力フォームが米国仕様で郵便番号が5桁しか入力できないのが気になりますが、上3桁だけ入れて下2桁は00にでもしておけばいいかと思います。電話番号記入欄が10桁で国番号をいれられませんが、お構いなしに日本の研究室の電話番号をそのまま登録しておけばいいでしょう。アカウントを作るとインターネット経由でどこからでも電子書籍版が読めるようになります。ウエストローに常時接続というのはハードルが高いですが、例えば私の大学の環境の場合、図書館のウェブサイトからウエストローにログインできるので、ウェブブラウザの一つのタブから図書館経由でウエストローにログインしておき、別のタブからインターネット経由でウエスト・アカデミックの電子書籍ページ(http://eproducts.westacademic.com)からサインインしてInteractive Casebook Seriesの電子書籍版を開くと、ケースブックの紙面からのウエストローへの直接リンクが使えるようになります。
 近未来の法学教材のスタイルを提示するかのような、Interactive Casebook Seriesの電子書籍版のウエストローへの直接リンクは、非常に快適です。自前のデータベース(トムソンロイター傘下だけど)のウエストローを持つウエスト・アカデミックにしかできない芸当だというのはわかりますが、いつの日か日本でもこのような電子書籍が発売されたらと願わずにはいられません。日本では論文データベースの整備から始めないといけませんが...。

 ウエスト・アカデミックのケースブックの電子書籍同梱版は、おまけとして、電子書籍版スタディエイド3冊の1年間の体験版がバンドルされています。ポパーほかのケースブックのおまけスタディエイド電子書籍版3冊1年間体験版は、ナットシェル旧版(E・ゲルホーン=レヴィンの行政法)、コンセプツ・アンド・インサイツ(ピアースの行政法、訳書の原著)、コンサイス・ホーンブック(ワーハンの行政法)になります。1年間しか使えませんが、満足度が高いおまけです。本来的に考えると、授業期間中の1年間だけ当該科目のスタディエイドがおまけで付いてくるわけなのですが、商品としてかなり考えられていると思います。予習復習や試験対策に体験版を使ってもらって、気にいった学生に書籍版や電子版を買ってもらうという誘導がされているのです。さらにいうと、ウエストローにリンクするようにして使ってもらい、気に入った学生には、将来弁護士として独立したときに、(レクシスではなく)ウエストローと契約して使ってもらうという誘導がされているのです。囲い込み力がすごいですね。
図書館や本屋でInteractive Casebook Seriesのケースブックを見つけても、コードを勝手に自分のものにしてアカウント登録をしてはいけません。...こういうことにも気をつけなければいけない時代なのか)。


※文献案内で選外になったケースブック

 『アメリカ行政法』に載らなかったのですが、他に挙げる候補となったケースブックとしては、 Ronald A. Cass, Colin S. Diver, Jack M. Beermann, Jody Freeman"Administrative Law: Cases and Materials" (Aspen Publishers, 7th ed. 2015)と、Michael R. Asimow, Ronald M. Levin"State and Federal Administrative Law" (West Academic Publishing, 4th ed. 2014)があります。前者のキャスほかのケースブックは、読みやすくて無難な感じのケースブックで載せようか迷ったのですが、ポパーほかの革新性をとったため惜しくも選に漏れたということになります。許可制やエンフォースメントの紹介があるのが特徴でしょうか。後者のアジモウとレヴィンのケースブックは定評があるのですが、私とは相性が悪いらしく、買ってはみるもののあまり使わないので、自分が使わないものはリストに入れられないかな、と思って外しました。分量が少なくて扱いやすいことと州行政法についての記述が多いのが特徴かと思います。
 『アメリカ行政法』刊行後に気がついたRobert L. Glicksman, Richard E. Levy"Administrative Law: Agency Action in Legal Context" (Foundation Press, 2d ed. 2015) は大変優れた本だと思います。これを薦めても良かった。このケースブックですが、 環境保護庁、全国労働関係委員会、社会保障局、内国歳入庁、連邦通信委員会(EPA, NLRB, SSA, IRS,FCC)を例として、行政実体法を随時紹介しながら解説をしていくというスタイルをとっています。この本は行政組織、行政活動の法的仕組み、エンフォースメントといった行政法として日本人がイメージするものについて、上の5つの行政機関を素材に法律の適用関係について充実した説明がされています。このあたりは日本人の読者がアメリカではどうなっているのかまさに知りたい事項なのですが、他のケースブックを使うと手続中心に書かれていてあまりわからないところなので貴重です。判例の抜粋が少なく教科書的な記述が多いのもむしろ長所になります。編集のグリックスマンは日本ではほぼ無名か思うのですが、環境法を中心に様々な著作を記してきた学者であり、その各論指向が反映されたケースブックとなります。伝統的なアメリカ行政法の手続中心の体系からするとかなり異色の体系のケースブックになるので初学者の1冊目のケースブックとしては薦められないのですが、2冊目以降のケースブックとしては実体法指向の唯一無二の本として一読すべき価値がある本だと感じます。


※電子書籍同梱版ケースブックについて

 他のウエスト・アカデミックのケースブックも、電子書籍同梱版(ウエストの呼称は"Casebookplus")がある場合は、そちらを買ったほうが個人利用にはいいのではないかなとか思っています。登録さえすれば電子書籍版は結構使いやすいです。おまけもうれしい。例えば、正木が試しに買ってみた、このサリバンとフェルドマンの憲法のケースブックの電子書籍同梱版は
https://www.amazon.co.jp/Constitutional-Law-Casebookplus-University-Casebook/dp/1634608801/
通常版より8000円高いですが(ウエスト・アカデミック直販だと20$しか違わない)、買ってしまえばどこからでもネット経由で見ることができる電子書籍版とスタディエイド3種体験版が付いてきます。書籍版に電子版のコードが入った紙が同封されているという形で届きます。広告だけを見てウエストローへのハイパーリンクはInteractive Casebook Seriesの特権で他では利用できないのではないかと思っていたのですが、サリバンとフェルドマンの憲法のケースブックについては、なんとCasebookplusの電子版でウエストローへのハイパーリンクが利用可能になっていました。1937年初版のこのケースブックは憲法では定番のケースブックとされてきたのですが、電子書籍版では参考文献や判例へのウエストローへのハイパーリンクという他にはない付加価値がありますので、個人使用するのであれば書籍オンリー版より電子書籍同梱版のほうがいいと思います(行政法でもゲルホーン&バイスやマショウほかでこれが欲しい...)。

Casebookplusの紹介はこちら
http://faculty-casebookplus.com/
(Interactive Casebook Seriesで利用可能なウエストローへのハイパーリンクはCasebookplusでは利用できないかもしれない。サリバン=フェルドマンの憲法では利用可能だった。他のケースブックでは不明)

※アスペンにも同じようなシリーズとしてcasebookconnectがありますが、おまけはウエストよりも少ないようです。アスペンの電子教材へのコメントはまだ一つも試していないので保留

casebookconnectの紹介はこちら
https://www.casebookconnect.com/


3 テキスト

 テキストについては、分量別に挙げておきましたが、用途によって使い分けるべきです。

 まず、 Richard J. Pierce, Jr."Administrative Law Treatise" (Aspen Publishers, 5th ed. 2010)は調べ物をするときには目を通すべきで、調査用には一番なのですが、電話帳サイズの3冊本なので、オフィス備え付けにして、調べ物をするときに入念に読むタイプの本であって、手軽に目を通すような感じの本ではないということになります。オーソリティとされている本なので、アメリカ行政法を研究するのであれば用意すべき本であると思います。ですが、薦めておいてこういうことを書くのもなんなのですが、1000ドル・オーバーの価格は、導入のネックになるかと思います。
 どれか1冊一番いいものを求めるようなリクエストは、手軽な1冊本をという趣旨なのでしょうから、手軽な1冊もので検討していきます。

 結論から言うと、手頃な1冊本として、私が今一番だと思って手に取る機会が多いのは、Keith Werhan"Principles of Administrative Law" (West Academic Publishing, 2d ed. 2014)になります。この本は刊行が新しいというのが最大の長所になると思います。現在のアメリカ行政法を考えるうえでは、Chevron判決関係の議論を避けて通れないのですが、ワーハンによるこのコンサイス・ホーンブックは刊行が新しいぶん、司法審査に関して近時の知見をふまえた整理がなされています。中国の分類だと第5世代といった感があります。記述の明快性が高く、時には図表を交えた説明は読みやすいと思います。ホーンブック準拠の丁寧なサイテーションも長所です。弱点としては、情報公開や損害賠償訴訟などがカットされているように、取り上げていない論点が多いのが気になる難点になります。ですが、論点を絞ったぶん取り上げられた論点は詳しいので、ピアースのAdministrative Lawの弱いところを補ってくれると思います。

  Ronald M. Levin, Jeffrey S. Lubbers"Administrative Law and Process in a Nutshell" (West Academic Publishing, 6th ed. 2017)は、定評があるナットシェル・シリーズの一冊になります。ページ数は本文約400ページと多いのですが、判型が小さいのでページ数ほど読むのに負担感は感じません。改版のたびにアップデートされ、最新の判例も押さえたものになっていると思います。読みやすいので、まだまだ現役の本だと思います。ですが、初版からの記述を使い回している部分に古さを感じたり、論文についてのサイテーションが甘いので、研究用にと考えると、個人的には少なくとも現在の一番ではないかな、と思っています。

 Jack M. Beermann"Inside Administrative Law: What Matters and Why" (Aspen Publishers, 2011)は、ヴォルタース・クルワーのテキストになります。ヴォルタース・クルワー(アスペン)は全体的に学習教材志向が強く、これもわかりやすさを重視した作りになっています。多色刷で目に優しく、あちこちに"FAQ"や"Sidebar"といったコラム欄を設け、章末には"Summary"としてまとめがある、学生向け教材として工夫を凝らした紙面作りが特徴のテキストになります(アメリカの経済学の翻訳教科書みたいな見やすい本というイメージでしょうか)。悪く言えば予備校本的で品格がないということにもなります。内容的には、ビアマンがレベルを落とさずにわかりやすい記述をしており、優れたテキストになっていると思います。版はA4サイズですがページ数は約350ページで論点の網羅性は高いです。これを一番に挙げなかったのは、論文のサイテーションに甘さを感じることと、刊行よりすこし年が経っていること、人によっては学習教材指向のつくりに拒否感が感じられるかもしれないことが理由になります。

  Richard J. Pierce, Jr., Sidney A. Shapiro, Paul R. Verkuil"Administrative Law and Process"(Foundation press, 6th ed. 2014)は、University Textbookシリーズのうちの一冊で、名著であると思います。ピアースの教科書を翻訳していると言ったとき、こちらのほうと間違えられることが多かったです。ピアースほか2名のこの本は、A4版450ページでそこまで分量も多くなくサイテーションがしっかりしていて、以前はこれが一番無難な教科書ではないかと思っていました。今回、これを一番にしなかったのは、まず、この本は訳書の原著のピアースのAdministrative Lawと項目の重複が多いことがあります。Administrative Lawの足りない部分をほどよく詳しく記述しているので、良く言えば、正木訳『アメリカ行政法』を読んで物足りなさを感じたが、かといってAdministrative Law Treatiseを3冊とっかえひっかえして調べるのは面倒くさいという人が、ちょっと詳しく知りたいという場合には最適です。ただ悪く言うと、ヒックマン=ピアースのケースブックと同じで、Administrative lawを読んだ後でこちらを読むと、同じような論調の記述に飽きることがあるかもしれません。この教科書は、中国の整理だと第4世代にあたる行政法学者による教科書の完成形といった雰囲気です。論点の網羅性も高いので、総合的に見るとコンサイス・ホーンブックよりも論点落ちが少ない無難な一冊としては、こちらが一番であるとも感じますが、どのサイズの教科書でもピアースが関わったものが一番というのはちょっと面白くないので、この記事では1冊本の個人的な一番として、ワーハンのコンサイス・ホーンブックを推しておきます。

 最後に、Alfred C. Aman, Jr., William T. Mayton"Administrative Law" (West Academic Publishing, 3d ed. 2014)ですが、こちらは伝統のホーンブック・シリーズの1冊になります。旧版は、ちょっと古くなったかなという感じだったのですが、改版によって最新の議論もフォローされたものになっていると思います。A4版ハードカバー本文約750ページで、そろそろ通読には向かなくなっているので、Administrative Law Treatiseと同じく、備え付けの本という雰囲気です。論点の網羅性が高く、古い論点までカバーしているのが特徴で、"summary action"とか"agency press releases"のような他の薄い本では扱われない論点も、しっかりと記載されています。重量級の本で通読には向かないので、手軽な本をどれか1冊という観点からのチョイスからは外しましたが。ですが、調査用に定評のある本なので、研究をするのであれば、トリーティスと違って高価ではないので、書架に常備すべき本であると思います。


※文献案内で選外になったテキスト

 その他の本で、紹介したほうが良さそうなのは、Peter L. Strauss"Administrative Justice in the United States" (Carolina Academic Press, 3rd. ed., 2016)と、 William F. Funk, Richard H. Seamon"Administrative Law" (Aspen Publishers, 5th ed., 2015)になります。前者は大家のシュトラウスの単著で、サイテーションもよく魅力的なのですが、旧版までの印象だと、読みにくくて個人的に今ひとつ使いにくい印象があったので、選外にしました(最新版は未見)。後者はExamples & Explanationsの1冊です。ロースクールのライブラリーではよく薦められているシリーズです。このシリーズなのですが日本で言うと内田貴民法のようなスタイルで統一されている教科書になります。つまり随所に設例(Example)が設けられ、その後で解説(Explanation)をするというスタイルで叙述がされた教科書になります。このスタイルには日本にも一定の支持があるように、独習者の理解には優れたスタイルなので人気シリーズになっていてヴォルタース・クルワーのテキストの看板商品となっています。行政法については実力者のファンクが書いていて、独習用教材としてはいい本だと思います。基本的に学生向け教科書なので文献へのサイテーションが少し弱いのが難点でしょうか。William F. Fox"Understanding Administrative Law" (Carolina Academic Press, 6th ed. 2012)は評判はいいのですが、昔から個人的にフォックスは学者としてあまり活躍していないような気していて使っていないので選外にしました。
 このあたり、個人の好みみたいなものが大きくて、私が食わず嫌いをしているだけかもしれないので、これを読んでいる人は色々試す中で自分に合った1冊が見つかるといいなと思っています。
  他に紹介すべきものとしては、Section of Administrative Law and Regulatory Practice, American Bar Association, A Blackletter Statement of Federal Administrative Law (American Bar Association, 2d ed. 2014)があります。これはアメリカ法曹協会行政法規制手法部会が行政法についての法曹間の多数説をまとめたという位置づけの本になります。100ページ強で行政法の全分野を概説する本で、ブラックレターというだけあって簡単なアウトライン的な本になります(Blcakletterという語の小難しい解説は英米法辞典にのっていますが、現在ではアメリカ法曹業界俗語として「〜の基本」「〜の要点」といった意味で使われています)。アメリカ法曹協会行政法規制手法部会が認めた多数説をわかりやすく説明するという本で、コンセプト的に持っておいたほうがいいし、安いので経済的な負担にもならないのですが、サイテーションがほとんどないというのが難点です(判例へのサイテーションもない)。書いてあることを見て、「これはあの判例」というようなことを思い浮かべることができるプロ向けの本になります。


4 原著"Administrative Law"はどんな本? 

 他のテキストとの比較で原著を説明すると、Richard J. Pierce, Jr."Administrative Law"は、かなり個性的な本になります。ピアースの本はトリーティスもピアース=シャピロ=バークイルの本も無難な感じで読みやすいので、正直に言うと、原著を「他のピアースの本と同じような雰囲気で、トリーティスは大、ピアースほか2名は中としたら、これは小と位置付けられる本」だと思って翻訳対象にしたのですが、後で少し判断の甘さを後悔するはめになった...。原著ですが、A5判よりすこし大きめのサイズで本文約170ページくらいの本になります。これは、コンセプツ・アンド・インサイツの中でも最も短いものの1つで、ナットシェル行政法よりも短いということになります。アメリカの行政法の1冊本は判型にもよりますが400ページ前後くらいが標準的だと思います。原著は、短く圧縮して詰め込めるだけ詰め込んで、サイテーションをびっしり付け、かつ授業でするような小話や著者の年来の主張も盛り込んだというような本になります。著者の「アウトラインみたいな本は作らない、短くても本物の本を作る。」という気持ちを感じさせる本になります。実際、正木も分量の割に情報量が多い本だと思っています。
 と、志は感じるのですが、いろいろと詰め込みすぎた影響が出て、他の本では3センテンスかけてじっくり説明することを1センテンスで済ますような書き方になっていて、原著にはかなり読みにくいと感じられる箇所が散見されます。そこで翻訳に際して、「難しい」という感想を漏らす関係者が多かったです。――そもそも気づくべきだった。スタディエイドなのに"mini-treatise"が売りなのは、言葉の意味からして矛盾を孕んでいるということに。

 そのような本ですので、原著は薄い本の中でも、「ある程度勉強が進んだ人がまとめに使うといい本」といった感があります。ですので、翻訳本を原著と比べながら読んでみたくなるかもしれませんが、原著にはかなり読みづらい箇所がありますので、純粋にアメリカ行政法への知見を深めたいのであれば、余裕を持って丁寧な記述がされている他のテキストも見たほうがいいと思います。また、原著で簡単にすましている判例や法律も、じっくり原文にあたるためにケースブックを適宜参照したほうがいいでしょう。


5 最後に ――他の分野の文献一覧が欲しい人のために

 私の作ったリストは基本的に私の好みでリストアップされていますので、もっと中立的なリストが欲しいという人がいるかもしれないし、行政法以外の文献のテキストのリストが欲しいという人もいるかもしれません。
 アメリカのロースクールの図書館は、学生のために各分野のスタディエイドとトリーティスのおすすめ一覧表を作ってくれています。若干の名門校の図書館のサイトにリンクを張っておくので興味のある人はそちらをご覧ください。

イェール大学ロースクール図書館のイェール大学・ジョージタウン大学合同treatise-finders
http://library.law.yale.edu/research/treatise-finder

シカゴ大学法学図書館のHornbooks & Study Supplements
https://www.lib.uchicago.edu/law/course/supplements/
シカゴ大学法学図書館のTreatises
https://www.lib.uchicago.edu/law/course/treatises/

カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクールの法学図書館のLaw School Study Aids / Supplements
http://libguides.law.ucla.edu/studyaids

 各分野で、レクシスやウエストローのオンライン・トリーティスが紹介されているのですが、これは加除式出版物等が、オンライン化されたものです。私はこの記事を書くために調べるまで知らなかったのですが、大学で試してみると、あっさりと読めました。便利なのですが、こういった情報も日々アップデートされていかないといけないなあと思います。
 しかしこれを見ていて思うのですが、日本でこういうものを作っているのは、2ちゃんねる有志や司法試験予備校なのですが、――それでいいのでしょうか?



 これで、2回に分けて書いた文献紹介記事はおわりです。新しい記事は当分書かないと思います。人によってはもう知っているということが多かったかもしれません。こういう話は大学院生が休憩室でするような話なのですが、この手の話が活字化されることも少ないので、何か皆さんのお役に立つことがあれば幸いです。


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