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 「使用感レポート:アメリカの法学教科書読み放題サービスWest AcademicのStudy Aids Subscriptionを使ってみた」

                            正木宏長
              2019/02/24(初出、小修正は随時)


1 はじめに

 突然なのですが、以前にアメリカの法学教科書の記事を書いたときに、気になっていたサービスがありました。それがStudy Aids Subscriptionです。このサービスは一言で言えば、課金をすればウエストアカデミックが刊行している教科書タイプの電子書籍が全部読み放題になるというサービスです。前の記事を書いているとき興味はあったのですが、自分が身の回りのアメリカ法をやっている知り合いに聞いてまわったところ、そもそもこのサービスを知っている人や使っている人が同業者にいませんでした。当時は、契約するふんぎりがつかなくて言及していなかったのですが、去年から契約して使ってみてだいたいの使用感が得られたので、ここにレポート記事を書いて同業者向けに紹介してみようというのが、今回の趣旨になります。


2 どんなサービスなのか

 
サイトのほうを見たらわかるのですが、West AcademicがStudyAidに分類しているタイプの書籍の電子版が契約期間中、全部読み放題になるサービスになります。基本的にはウェブ上で使用するものですがウェブにアクセスできる端末ならスマートフォン、PC問わず利用できるうえ、ウエストが配布しているアプリを入れるとiPhoneやアンドロイド、PCでオフラインで読むこともできます。読み放題の対象になるものは主なものを挙げると、Nutshell, Hornbook, Concise Hornbook, Concepts & Insights, Law Storiesの各々全種になります。
 課金額はいろいろとコースがあるのですが、今(2019年2月)のところ、月額課金だと25$、3ヶ月一括だと60$、12ヶ月一括だと180$になります。2日間の無料トライアルもありますが、こちらはどうもアメリカのロースクールの電子メールアドレスが必要のようで私は試せませんでした。アメリカのロースクールでは組織単位で契約していて学生だったら誰でもアクセスできるという例もあるようなのですが、日本では今のところ個人単位で契約するしかないと思います
 インターネットにつなげる環境なら、年間約2万円で、ノートパソコンからでもスマートフォンからでもウエストアカデミックの600以上の法学教科書が読み放題になります。サービスのコンセプトは違うのですが、実質的にはこの記事で取り上げられているLegal Libraryと同等以上のことがアメリカのウエストアカデミックの法学教科書について可能になります。


3 使用法

(1)基本的使用法

 ウエストアカデミックのStudy Aids Subscriptionのサイトにアクセスするだけで使えます。
 あちらのロースクールの電子メールアドレスを持っていると無料トライアルが利用できるのですが、そうでない場合は本の内容を見たいときは課金をすることになります。課金をするときはこちらのウエストアカデミックのストアから支払いをします。クレジットカードを持っていれば容易に買えます。実は私は課金に関して少しトラブルがあったのですがそれは後で書きます。
 課金は1ヶ月月額課金コースだと自動更新されるというありがたくないオプションが付いてきます(こっそりと説明がされています。これで私はトラブった)。3ヶ月以上だと自動更新ではないみたい(ウエストの説明だと)なので、「少し試してみたい」というときは1ヶ月より3ヶ月のパックを買った方がいいと思います。
 購入した場合、利用者の登録が求められます。私の場合以前説明したCasebookplusのおまけの電子書籍版ケースブックを読むためにウエストアカデミックのアカウントをすでに作っていたのですが、すでにウエストアカデミックのアカウントを持っている場合は、そちらの登録メールアドレスとパスワードを入力すると即利用可能になりました。ウエストのアカウントを持っていない場合、住所や電話番号を登録する手続になると思いますので、作っていない場合は英語で住所を入力する準備をしておいた方がいいということになります。

 使い方ですが、サイトに飛んで、デフォルトの選択肢(1L(年次)科目とか2L/3L科目とかナッツシェルやホーンブックのシリーズ名)から選んだり、検索にかけたりすると、本の一覧が出てくるので、読みたい本をクリックしていけば、課金をしていれば本文まで全部読めます。

(2)無課金でもできること

 実はこのStudy Aids Subscriptionは無課金でも検索は使えて、検索結果や本の目次くらいまではみることができます。どんなサービスか知りたい人はサイトにアクセスして検索を試してみるといいと思います。

◎検索例 アメリカで裁判官のtwitterの使用が教科書レベルで取りあげられているか調べたい

 では検索窓に"judge twitter"と入れてみましょう。教科書の本文を手がかりに検索結果が出てくるのですが、たくさん出てきますね。無課金だと本文全部は見せてくれないのですが、検索結果を示すときにちょっとだけ本文を見せてくれていて、どうやら『Social Media Law in a Nutshell』の12章"Judge"や『Legal Ethics for the Real World: Building Skills Through Case Study』の6章"The Facebooking Judge"で裁判官のtwitterの利用を含むソーシャルメディアの利用が論じられているようです。おっと『The Japanese Legal System』もひっかかりました。Judge Okaguchiのことが書かれているみたいですね。耳が早い。無課金で楽しめるのはここまでですが、課金をすると本文を読むことができます。


4 使用感

 去年から8ヶ月使っていて、いま12ヶ月一括課金中なのですが、結論から言うと、課金継続しようと思っています。
 長所はいろいろとあるのですが、まず年間190$で全部読み放題は安いと思います。最近はアメリカの法学書は値上がりをしていて新品だとナッツシェルでも45$、ホーンブックなら120$とかになっています。読み放題で年間190$というのは安いなあと感じます。
 次に、全種類、現在600超のタイトルが読めるのがいいです。私の場合、専門の行政法の本は書籍版を揃えていくのですが、専門外の本については研究費用的にどうしても優先順位が下がっていきます。ですが、これと契約していれば、たまに目を通さなければならない経済法、環境法、憲法、救済法なども簡単にいつでも電子版で確認できます。
 そもそも日本にはこれに収録されている本すべてが読める大学図書館はおそらくは無いので、それだけでも価値があります。ホーンブックまでというのは詳しめの研究をするには物足りないと感じられるかもしれませんが、それ以上の知識が欲しいときはレクシスなりウエストローでローレビューや(オンライン)トリーティスを読めばいいのですね。ただそういう詳しい文献は必要なくて簡単に基本知識を確認したいというときに、利用できるデータベースが無かったのですが、このStudy Aids Subscriptionはレクシスやウエストローに行く前の段階の研究需要を見事に埋めてくれます。
 ギルバートやブラックレターみたいなコマーシャルアウトラインも読めるので、どんなものかちょっと見てみたいとか手っ取り早く知識だけ欲しい場合にも対応できます。こういうものはいざ買おうとするとおっくうになってしまうので簡単に中身が確認できるのはうれしいところです。ウエストアカデミックの本しかカバーしていないのですが、この会社は基本的に最大手なので不足を感じることは無いと思います。
 ちなみに、だいたい2017年以降の本については、Interactive casebookや一部Casebookplusに実装されているウエストローへのハイパーリンクが実装されていて、教科書からハイパーリンクでウエストロー収録の判決文やローレビューを直接読みに行くということもできます。
 サイトが軽くてストレスを感じないことも長所です。まあ重かったり頻繁にダウンするようだと、おそらくはアクセスが集中する試験期間中にうまくつながらなくなって、利用者からすさまじいクレームがくるからでしょうが。
 さらに、新刊本の掲載が早いこともいいことです。サイトに90日以内に出版されたものを確認する窓がありますが(これも新刊案内として結構便利です)、刊行後すぐに読むことができます。書籍版の方が先というようなケチなことはしていません。使ってみてわかったのですが、どうも出版時に印刷所に渡すデータから電子版を作って、電子版が完成次第すぐこちらで使用できるようにしているみたいで、実際には今のところ、書籍版の発売よりも早くStudy Aids Subscriptionで本文が読めます。発売前に本文を確認できるので、気になっていた本の中身を見たうえで本を買うかどうかを決めるという使い方ができます。
 という感じで、アメリカ法を研究対象としている人にはおすすめのサービスで、十分に課金する価値があるかと思います。貧乏な院生や年金生活者にもおすすめだと思います。日本だと大学で契約している例は今のところ聞いたことがありませんが、大学単位で利用できる日が待ち遠しいです。



5 短所

 基本的に満足しているのですが、あえて短所を挙げると、料金が安いのが略奪的価格設定の可能性があることがあります。意図したものではないのでしょうがデータベースで最初は安かったのに後で値上がりというのはよくある話です。そしてデータベースが使えなくなると、手元に紙の本がないので調べられなくなる、というのは懸念されることです。
 また、些細な短所ですが収録タイトルとして、Foundation pressのUniversity textbookシリーズを収録していないのは残念なところです(Concepts & Insightsは収録しているのに)。つまり、トライブ憲法とかピアースほか3人本行政法は収録されていません。残念。
 あと、基本的にアメリカ人相手のサービスなので利用には英語が必須になります。下に書くように何かトラブルが起こったら英語で先方とやりとりをしないといけなくなるということは覚悟しておくべきことです。



6 個人的経験 ―起こってしまったトラブル―

 このサービスを去年から使っていたのですが、記事にしなかったのはちょっと課金関係でトラブっていたからということがあります。いいサービスだと思うのですが、何かあると英語でやりとりをしなければならなくなるので、そちらも書いておきます。
 よく見るとFAQのところに課金関係のことが書いてあって、1ヶ月課金の場合、月次で自動的に更新されると書いてあります。私の場合、それに気づいていなくて、最初お試しのつもりで1ヶ月月次で課金しました。その後で12ヶ月分課金したのですが、ここでトラブりました。毎月課金だと毎月引き落としがされるのですが、12ヶ月課金を買っても、引き落としが止まりませんでした。そこで2ヶ月くらい引き落としが止まっていないことを確認して、サポートに引き落としをやめるように電子メールで頼んだら引き落としは止まりました。キャンセルは電話でしろとサイトに書いてあるのですが、メールでサポートに連絡しても止めてもらえるみたいです。
 これで終わりかなと思っていたら次のトラブルが発生しました。課金の有効期間が月次引き落としをキャンセルして12ヶ月課金に切り替えるというところでなにか誤動作をしたみたいで、課金の有効期間が2101年までになるという謎状態になりました。ちょっと気持ち悪いので、いつ直るかなと思っていたのですが結局直らなかったので、メールでサポートにまた連絡したらやっと正常になりました。正常になった後、計算してみると月次引き落とされた分について二重払いになっている月があるのですが、サービスには満足しているので、お布施のつもりでこの分については面倒くさいから追求していません。ただ、こういうことがあると気になる人は気になると思います。
 と、こんな具合でなにかトラブルがあるとあちらのサポートと電子メールで英語によりやりとりしなければならなくなる、というのはアメリカのサービスを利用する以上覚悟しなければいけないということになります。もっともサポートの対応は迅速だったと付記しておきます。



7 法学周辺産業と見た場合の考察

 
Study Aids Subscriptionを使っていると、冒頭の今日本で企画中の法情報サービスのLegal Libraryの話を思い出してしまうのですが、Legal Libraryで構想されていることはこれと既存のレクシスやウエストローを組み合わせれば、アメリカではだいたい実現できていると感じます。
 ここから日本の法学周辺事情の雑感になるのですが、関係者も見るかもしれないからあからさまに書くと差し障りはあるのですが、問題提起のつもりで書きますと、有斐閣がStudy Aids Subscriptionと同等のサービスを提供するだけでもLegal Libraryで構想されていることはある程度実現できると思います。
 ただ、現状の有斐閣のデジタル商品の価格設定を見るに難しいんだろうなとは思うところです。これはおそらくは電子書籍と紙の書籍の関係をどう考えるのかという問題に行き着くのだと思います。
 電子書籍を紙の書籍と同種の製品だと考えると、電子書籍が買われた分、紙の書籍の売り上げが減ることが懸念されるので、価格設定に慎重になると思うし、こういった発想だと、月額2480円あるいは年額19800円で法学教科書全種読み放題みたいなサービスには尻込みしてしまうと思います。個人的には有斐閣の教科書を毎年19800円分買っていく学生はどれくらいいるのか、ということを考えると読み放題サービスで個人単位で契約してもらうにはこのくらいの価格設定じゃないと法人需要以外は厳しいのではないかと思うのですが。
 書籍ケースブックのおまけとして無料で添付するといったアメリカの電子書籍の扱いを見ていて思うのは、おそらくウエストアカデミックやヴォルタースは電子書籍を紙の書籍とは別の商品だと考えているようなふしがあるということです。
 ウエストはかつて紙の法令集や判例集に代わって電子データベースが使用されはじめるということを経験しているのですが、なんとなく、電子化しても、紙の書籍製品の売り上げは減りはするが需要がなくなるわけではないということを体験的に知っているような感じがします。電子書籍が手に入っても、さらに同じものの紙の書籍を買うという行動をする人・組織は普通に存在するわけなのです。
 アメリカの出版社がやっているスタディエイドの電子版のばらまきは、結局、紙の本や自社の宣伝媒体として使っているのではないかな?とか思ったりします。ケースブックが200$位だから主力商品のそちらが売れてくれれば経営的には大丈夫ということもあるのかもしれませんが。
 紙の書籍が完全に電子書籍に切り替わるものではないという割り切りが出版社側でもできれば、日本でもこういったサービスは将来に実現するのではないか、と期待を込めて筆を置きます。


Study Aids Subscription
https://subscription.westacademic.com/




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