行政法U第14回 「主観的訴訟要件(2) − 原告適格 −」
正木宏長
※指定のない条文の引用は行政事件訴訟法から
1 問題の所在(大橋p91〜101)
 
・取消訴訟は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(行政事件訴訟法9条1項)
→ 原告適格と後に講義する「狭義の訴えの利益」を加えて法律上の利益としている
 

原告適格 :処分の取消しを求めて出訴することのできる資格(原告となりうる資格)
狭義の訴えの利益:原告が請求について本案判決を求める必要性、実効性

 
・2面関係から3面関係にという言葉に表されるような行政法の展開の中で、原告適格が問題となってきた
 → かつては規制によって利益を受ける第三者(住民など)は、規制によって「反射的利益」を受けているだけだとして、原告適格が否定されていたが、現在では、第三者に原告適格が認められる場合も多い
・処分の名宛人には原告適格は認められる。問題になるのは処分の名宛人以外の第三者の原告適格
 
・第三者の原告適格について最高裁は次のような判例を示していた
 

判例@(新潟空港訴訟判決) 最高裁平成元年2月17日第2小法廷判決(民集43巻2号56頁、行政判例百選192事件)
 
 Y(運輸大臣)が日本航空に新潟−ソウル間の定期航空運送事業免許を与えたところ、X(空港近隣住民)がその取消しを求めて訴えを提起した
 
 「当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によつて形成される法体系の中において,当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによつて決すべきである。」
 航空法が、「定期航空運送事業免許の審査において、航空機の騒音による障害の防止の観点から、申請に係る事業計画が法101条1項3号にいう『経営上及び航空保安上適切なもの』であるかどうかを、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断すべきものとしているのは、単に飛行場周辺の環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、飛行場周辺に居住する者が航空機の騒音によつて著しい障害を受けないという利益をこれら個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含むものと解することができるのである。したがつて、...当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によつて社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有する」

 
・大橋の整理に従えば、最高裁判例によると「第1に、法律上の利益の有無は、法令の解釈を通じて判断される」、「第2に、(略)原告の主張する利益が処分の根拠法令によって保護されていること、当該利益への配慮が根拠法令の処分要件として要求されていることが必要とされる」(保護範囲要件)、「第3に、法令が保護する利益は、一般的公益とは区別された個別的利益であることが要求される」(個別保護要件)
 
・最高裁判例の展開を受けて、平成16年改正で9条2項が新設された
 → 9条2項の条文参照。「当該法令の趣旨及び目的」、「当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質」の考慮
 

平成16年改正以前の学説の対立
 
法律上保護された利益説(通説) :原告適格の範囲につき、当該被侵害利益を処分の根拠法規が保護しているかどうかで判断しようとする
法律上保護に値する利益説(原田尚彦説):原告の利益が法律によって保護されたものに限定されず、事実上の利益でも足りる

 
・大橋は、行政事件訴訟法平成16年改正は「両説の核心部分を法定化したものと評価することができる。」として、2つの見解の対立を強調するのではなく、それぞれの長所を実際の解釈において活かすことを主張している
 
2 関係法令の参酌(大橋p101〜104)
 

判例A(小田急線判決)最高裁平成17年12月7日大法廷判決(民集59巻10号2645頁、行政判例百選165事件)
 
 小田急の複々線化計画について鉄道事業と附属街路事業が、都市計画法の都市計画事業としてY(建設大臣)に認可された。周辺住民Xらがこの認可を争った
 
 「都市計画法13条1項柱書きが,都市計画は公害防止計画に適合しなければならない旨を規定していることからすれば,都市計画の決定又は変更に当たっては,上記のような公害防止計画に関する公害対策基本法の規定の趣旨及び目的を踏まえて行われることが求められるものというべきである」
 東京都公害防止条例の環境影響評価「の規定は,都市計画の決定又は変更に際し,環境影響評価等の手続を通じて公害の防止等に適正な配慮が図られるようにすることも,その趣旨及び目的とするものということができる。」
 都市計画法は、「騒音,振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して,そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって,都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。」
(本件では、従来の判例のように事業地内に不動産を有する住民だけではなく、鉄道事業地周辺に居住する騒音被害を受ける住民にも原告適格が認められた)

 
 → 9条2項に従い、都市計画法の目的規定や基本理念、関係法令である公害対策基本法や東京都公害防止条例の趣旨及び目的が考慮されている
 
3 被侵害利益への着目(大橋p105〜109)
 

判例B(もんじゅ訴訟判決) 最高裁平成4年9月22日第3小法廷判決(民集46巻6号571頁、行政判例百選162事件)
 
 旧動力炉・核燃料開発事業団は高速増殖炉「もんじゅ」の建設・運転を計画し、Y(内閣総理大臣)から原子炉設置許可を受けた。周辺住民Xが「もんじゅ」の稼働により被害を受けるとして原子炉設置許可の無効確認訴訟を提起した
 
 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律24条1項各号の設置許可基準は「単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。」
 (原子炉周辺29〜58kmの住民の原告適格が認められた)

 
→ 最高裁は、生命・身体への法益侵害を重視している
 

判例C(総合設計許可判決) 最高裁平成14年1月22日第3小法廷判決(民集56巻1号46頁、行政判例百選164事件)
 
 Y(都知事)がAのビル建設に対して建築基準法59条の2第1項の総合設計許可をしたところ、ビル近隣住民が、Yに取消訴訟を提起した
 
 建築基準法59条の2第1項「は,...当該建築物の倒壊,炎上等による被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物についてその居住者の生命,身体の安全等及び財産としてのその建築物を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると,総合設計許可に係る建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は,総合設計許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する」。

 
 林地開発許可事件(最高裁平成13年3月13日第3小法廷判決、民集55巻2号283頁、行政判例百選163事件)では、土砂の流出又は崩壊、水害等の被害を受けることが予想される範囲の住民については、森林法は住民の生命,身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むとして原告適格を肯定したが、河川周辺の立木の所有者については、「周辺住民の生命,身体の安全等の保護に加えて周辺土地の所有権等の財産権までを個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることは困難である」として原告適格を否定した
 
4 生活環境と原告適格(大橋p109〜114)
 
 公安委員会のパチンコ店営業許可については「風俗営業法の目的規定から、法の風俗営業の許可に関する規定が一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることは、困難である」として、周辺住民には原告適格が認められなかった。(最高裁平成10年12月17日第1小法廷判決(民集52巻9号1821頁、行政法判例百選166事件)
 墓地、埋葬等に関する法律による墓地経営許可についても「当該墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益を保護することを目的としているものとは解しがたい」とされて、墓地周辺住民の原告適格が認められなかった。(最高裁平成12年3月17日第2小法定判決、判例時報1708号62頁)
 

判例D 最高裁平成21年10月15日第1小法廷判決(民集63巻8号1711頁、行政判例百選167事件)
 
 Y(経済産業大臣)がAに自転車競技法(旧)4条2項に基づき場外車券発売施設「サテライト大阪」の設置の許可をしたところ、医療施設を開設するXらが取消訴訟を提起した
 自転車競技法施行規則は、許可基準として、@医療施設等から相当の距離を有し,文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこと(「位置基準」という)、A 施設の規模,構造及び設備並びにこれらの配置は周辺環境と調和したものであること(「周辺環境調和基準」という)を要件として定めていた。同規則は,場外施設の設置許可申請書に,敷地の周辺から1000m以内の地域にある医療施設等の位置及び名称を記載した場外施設付近の見取図などを添付すべき旨を定めていた
 
 「位置基準は,...業務上の支障が具体的に生ずるおそれのある医療施設等の開設者において,健全で静穏な環境の下で円滑に業務を行うことのできる利益を,個々の開設者の個別的利益として保護する趣旨をも含む規定であるというべきであるから,当該場外施設の設置,運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者は,位置基準を根拠として当該場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有するものと解される。」
 「周辺環境調和基準は,...場外施設の規模が周辺に所在する建物とそぐわないほど大規模なものであったり,いたずらに射幸心をあおる外観を呈しているなどの場合に,当該場外施設の設置を不許可とする旨を定めたものであって,良好な風俗環境を一般的に保護し,都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立脚した規定と解される。...そこから,場外施設の周辺に居住する者等の具体的利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることは困難といわざるを得ない。」

 
(距離が200mまでの医療施設開設者については1審に差戻し。800m離れた医療施設開設者については原告適格を認めなかった。単なる居住者や病院利用者の原告適格は否定された)
 
5 一般消費者・住民団体の原告適格(大橋p114〜117) 
  
・鉄道の定期券利用者は、運輸局長の鉄道業者への鉄道料金認可を争う原告適格を有しない(最高裁平成元年4月13日第1小法廷判決、判例時報1313号121頁、行政判例百選168事件)
 
 学術研究者Xが、遺跡の指定解除処分を争ったところ、文化財保護法・静岡県文化財保護条例の規定中に学術研究者の学問研究上の利益について、「一般の県民あるいは国民が文化財の保護・活用から受ける利益を超えてその保護を図ろうとする趣旨を認めることは出来ない」として、原告適格は認められなかった(最高裁平成元年6月20日第3小法廷判決、判例時報1334号201頁、行政判例百選169事件)
 
6 競業者(大橋p117〜118) 
 
・公衆浴場の営業許可については近隣既存業者の原告適格が認められていた(最高裁昭和37年1月19日第2小法廷判決、民集16巻1号57頁、行政判例百選170事件)
 → 新規開設について距離制限規定があったから
・新規質屋営業者の競業者となる既存質屋には原告適格が認められなかった(最高裁昭和34年8月18日第3小法廷判決、民集13巻10号1286頁)
・医療法に基づく病院開設許可について、最高裁は近隣の医師の原告適格を否定した(最高裁平成19年10月19日第2小法廷判決、判例時報1993号3頁)
 
 一般廃棄物処理業の許可について、最高裁平成26年1月28日第3小法廷判決(民集68巻1号49頁、行政判例百選171事件)は、廃棄物処理法の仕組みや判例により廃棄物処理法の一般廃棄物処理業について需給状況の調整が図られることが予定されているとされていることを手がかりに、「同法は,他の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請に対して市町村長が上記のように既存の許可業者の事業への影響を考慮してその許否を判断することを通じて,当該区域の衛生や環境を保持する上でその基礎となるものとして,その事業に係る営業上の利益を個々の既存の許可業者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である」として、既存業者に競業者に対する収集運搬業の許可更新処分を争う原告適格を認めた