行政法U第15回「主観的訴訟要件(3)− 訴えの利益 −、取消訴訟の審理(1)」
正木宏長
※指定のない条文の引用は行政事件訴訟法から
1 狭義の訴えの利益(大橋p122〜139)
1.1 要件 
 
・取消判決によって回復すべき権利や利益が存在する場合に取消訴訟の提起が認められる
・訴えの利益の消滅 : 取消判決によって回復すべき利益が後発的に消滅したことを意味する
・訴えの利益 : 本案判決による紛争の解決可能性
 
・行政事件訴訟法9条1項の「法律上の利益を有する」とは狭義の訴えの利益を有していることも含む
・「訴えの利益の存否は、判決言渡時において、処分が取消判決によって除去すべき法的効果を有しているか否か、処分を取り消すことによって回復される法的利益が存在するのか否か、という観点から検討する必要がある。」(司法研修所、実務的研究p115
 
1.2 処分の取消・撤回 
 
・農地買収計画が職権取消しされた場合、当該計画の無効確認を求める利益は失われる。国家賠償を求めるために、処分取消し後もなお無効確認を求める利益は認められない(最高裁昭和36年4月21日第2小法廷判決、民集15巻4号850頁)
・裁決取消しの訴えは原処分が取り消されれば訴えの利益を失うが、原処分取消訴訟で請求が棄却されても、裁決取消しの訴えは訴えの利益を失う(後半について、最高裁昭和37年12月26日第2小法廷判決、民集16巻12号2557頁、行政判例百選139事件)
・情報公開条例による公文書の非公開決定の取消訴訟において、当該公文書が書証として提出されたとしても(原告が当該文書の内容を知るに至っても)、当該公文書の非公開決定の取消しを求める訴えの利益は消滅するものではない(最高裁平成14年2月28日第1小法廷判決、民集56巻2巻467頁)
 
1.3 期間経過後の訴えの利益 
 
・典型例としては皇居前広場事件。昭和27年5月1日に皇居外苑を利用することへの不許可処分の取消しの訴えは同日の経過により訴えの利益を失う(最高裁昭和28年12月23日大法廷判決、民集7巻13号1561頁、行政判例百選65事件)
 

判例@ 最高裁昭和55年11月25日第3小法廷判決(民集34巻6号781頁、行政判例百選176事件)
 
 XはA(県警本部長)から運転免許停止処分を受けたので、取消訴訟を提起した
 
「本件原処分の日から一年を経過した日の翌日以降、Xが本件原処分を理由に道路交通法上不利益を受ける虞がなくなつた...から、...Xは、本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。」
 免許停止による名誉権の侵害のおそれは「本件原処分がもたらす事実上の効果にすぎない」。



判例A 最高裁平成27年3月3日第3小法廷判決、民集69巻2号143頁、行政判例百選175事件
 
 X(パチンコ店)は函館方面公安委員会より代表者が提供商品を客から買い取ったこと(風営法23条違反)を理由に風営法26条1項に基づき、40日間を期間とする風俗営業の停止命令を受けた。Xはこの命令に対して取消訴訟を提起した。そして、訴訟中に40日が経過した
 
「行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準において,先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合には,上記先行の処分に当たる処分を受けた者は、将来において上記後行の処分に当たる処分の対象となり得るときは,上記先行の処分に当たる処分の効果が期間の経過によりなくなった後においても,当該処分基準の定めにより上記の不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものと解するのが相当である。」
 「本件において,Xは,行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準である本件規程の定めにより将来の営業停止命令における停止期間の量定が加重されるべき本件処分後3年の期間内は,なお本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものというべきである。」 

 
1.4 処分の効果の終了 
 

判例B 最高裁昭和59年10月26日第2小法廷判決(民集38巻10号1169頁、行政判例百選174事件)
 
 建築物完成後に、建築確認の違法性を争う訴えの利益はあるのか?
 
 「工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを基準とし、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とし、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられているから、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。したがつて、建築確認は、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない。」

 
・都市計画法の市街化区域内における開発行為に関する工事について、工事が完了し、工事完了の検査済証が交付された後には、開発許可の取消訴訟の訴えの利益は消滅する(最高裁平成5年9月10日第2小法廷判決、民集69巻8号2404頁)
・都市計画法の市街化調整区域内における開発行為に関する工事について、工事が完了し、工事完了の検査済証が交付された後でも、開発許可の取消訴訟の訴えの利益は消滅しない(最高裁平成27年12月14日第1小法廷判決、民集69巻8号2404頁)
 
1.5 原状回復不能 
 
・原状回復不能な場合、訴えの利益なしとされることがある
・長沼ナイキ訴訟(最高裁昭和57年9月9日第1小法廷判決、民集36巻9号1679頁、行政判例百選177事件)は、保安林指定解除の取消訴訟の訴えの利益は、「代替施設の設置によつて右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなつたと認められるに至つたとき」失われるとした。これは代替的措置がとられたことを理由とする
 
◎権利利益の回復が不可能になった場合

判例C 最高裁平成4年1月24日第2小法廷判決(民集46巻1号54頁、行政百選178事件)
 
 土地改良事業施行認可処分の訴えの利益は、事業完了後に失われるか?
 
 土地改良「事業において、本件認可処分後に行われる換地処分等の一連の手続及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において本件認可処分が取り消されるとすれば、これにより右換地処分等の法的効力が影響を受けることは明らかである。そして、本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である。」

 
 最高裁昭和43年1月24日第3小法廷判決(民集22巻13号3254頁、行政判例百選173事件)は、5社の競願となったテレビ放送局開設免許申請において1社に対して与えられた予備免許に対する取消訴訟につき、予備免許の「期間満了後ただちに再免許が与えられ、継続して事業が維持されている場合に、これを前記の免許失効の場合と同視して、訴えの利益を否定することは相当でない。けだし、訴えの利益の有無という観点からすれば、競願者に対する免許処分の取消しを訴求する場合はもちろん、自己に対する拒否処分の取消しを訴求する場合においても、当初の免許期間の満了と再免許は、たんなる形式にすぎず、免許期間の更新とその実質において異なるところはないと認められるからである。」と判示した。
 
◎回復すべき法的地位の消滅

判例D 最高裁平成10年4月10日第2小法廷判決(民集52巻3号677頁、行政判例百選179事件)
 
 Xは、我が国で永住することができる地位を得た、いわゆる永住外国人であったが、米国留学のため出入国管理及び難民認定法に基づく再入国許可申請をしたところ、Y(法務大臣)は、Xの指紋押捺拒否を理由に不許可処分を下した。Xは不許可処分を争ったが、再入国の許可を得ないまま米国に出国した。出国により訴えの利益は失われるか?
 
 「本邦に在留する外国人が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格は消滅するところ、出入国管理及び難民認定法26条1項に基づく再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、新たな在留資格を付与するものではなく、同人が有していた在留資格を出国にもかかわらず存続させ、右在留資格のままで本邦に再び入国することを認める処分であると解される。そうすると、再入国の許可申請に対する不許可処分を受けた者が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格が消滅することにより、右不許可処分が取り消されても、同人に対して右在留資格のままで再入国することを認める余地はなくなるから、同人は、右不許可処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を失うに至るものと解すべきである。」

 
・代執行の戒告の取消訴訟は、建物が除却されてしまえば取消しの利益がなくなる(最高裁昭和40年4月28日、民集19巻3号721頁)
 
1.6 一身専属的権利 
 
・権利が一身専属的であれば原告の死亡で、訴えの利益はなくなる(最高裁昭和42年5月24日大法廷判決(朝日訴訟)、民集21巻5号1043頁、行政判例百選16事件)
・公務員の俸給請求権は相続可能なので原告が死亡しても訴えの利益はなくならない(最高裁昭和49年12月10日第3小法廷判決、民集28巻10号1868頁)
 
1.7 9条1項かっこ書き 
 
・行政事件訴訟法9条1項かっこ書きは、法律上の利益を有する者には、「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。」とする。
・かつて議員が除名処分を受けたなら、在職期間の終了によって訴えの利益がなくなるという議論があったが、現在では9条1項かっこ書きのの規定により、このような者にも訴えの利益が認められる。(最高裁昭和40年4月28日大法廷判決、民集19巻3号721頁)
 
 最高裁平成21年2月27日第2小法廷判決(民集第63巻2号299頁)は、自動車の運転免許について、優良運転者であった者が一般運転者として更新処分を受けた場合に、「道路交通法は,...優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに,優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば,同法は,客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを,単なる事実上の措置にとどめず,その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を,交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため,特に採用したものと解するのが相当である。」として、更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである。」
 
2 司法審査の範囲(大橋p140〜p143)
 
・裁判所は事実認定・法律問題とも全面的に審理を行う
・行政審判で法律により実質的証拠法則が適用される場合はこの例外となる。裁判所の事実認定が制限を受ける
・「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」(30条)
 
3 立証責任(大橋p143〜p149)
 
立証責任 : 当事者の主張した事実が証拠によって確定されなかったとき、いずれの当事者が不利益を負うかの問題
 
◎裁判実務における原則的な取り扱い
@不利益処分の場合、当該処分の適法性に関する要件については被告側が立証責任を負う
A利益処分の申請拒否の場合、給付要件の存在について、原告側が立証責任を負う
B裁量権行使の違法を導く逸脱・濫用を基礎づける事実については、原告側が立証責任を負う
C処分が重大な違法を有し無効であることは、原告側が立証責任を負う
D証明度として、民事訴訟と同様に、高度の蓋然性の証明が要求される
 
 最高裁平成4年10月29日第1小法廷判決(伊方原発訴訟、民集46巻7号1174頁、行政判例百選77事件)は、原子炉設置許可について、「被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があ」ると判示した。原告側の負担を軽減するものである     
 
次回は「取消訴訟の審理(2)」「訴訟の終了、仮の救済」大橋p149〜 210、p292〜308