行政法U第16回  「取消訴訟の審理(2)」
正木宏長
※指定のない条文の引用は行政事件訴訟法から
1 違法性判断の基準時(大橋p149〜p155)
 
・処分時から判決時までに、事実関係の変動や法令の改廃があった場合、違法性をどの時点で判断するか?

 処分時説(通説・判例) :処分の時点で違法性を判断する
 判決時説(田中)    :判決の時点で違法性を判断する

 
 「行政処分の行われた後法律が改正されたからと言つて、行政庁は改正法律によつて行政処分をしたのではないから裁判所が改正後の法律によつて行政処分の当否を判断することはできない。」(最高裁昭和27年1月25日第1小法廷判決、民集6巻1号22頁、行政判例百選193事件)
 
・処分時説に立っても、瑕疵の治癒は認められている。瑕疵の治癒が認められた事案として、最高裁昭和36年7月14日第2小法廷判決(民集15巻7号1814頁、行政判例百選85事件)
 
※伊方原発訴訟では、「現在の科学技術水準」にてらして、原子力安全委員会又は原子炉安全専門審査会の調査審議に用いられた具体的審査基準に不合理な点がある場合、原子炉設置許可は違法になるとされた(最高裁平成4年10月29日第1小法廷判決、民集46巻7号1174頁、行政判例百選77事件)
 →科学技術水準(事実?)について現在の水準が用いられれている
 
・都市計画決定については、都市計画決定時を基準として都市計画の適法性が判断されている(最高裁平成11年11月25日第1小法廷判決、判例時報1698号66頁、行政判例百選56事件)
 
2 主張制限(大橋p158〜p167)
 
取消訴訟の性質 → 通説は形成訴訟説をとる
訴訟物:審判の対象あるいは対象となる単位
取消訴訟の訴訟物:処分の違法性(「行政処分の違法性一般」とも言われる)
 
取消訴訟の要件事実:法令の「適法要件について、その要素としてこれを構成する事実(そのような事実の集合が存在することによって当該適法要件を充足するという結論が導かれるという、そのような事実)が攻撃防御方法としての請求原因ないし抗弁を構成する要件事実となる」(司法研修所、実務的研究p167)
 
・取消訴訟では、当事者は、口頭弁論終結時に至るまで、訴訟物である行政処分の違法性に対する攻撃防御をすることができる。時期に遅れた攻撃防御方法は認められない(民事訴訟法157条)
 
(1)自己の法律上の利益に関係のない違法の主張の制限
 
・「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。」(行政事件訴訟法10条1項)
・原告以外の者の利益をもっぱら保護していると解釈することができる規定の違法を、原告は違法事由として主張することができない
 
ex. 納税義務者は、滞納処分の際の抵当権者への公売の通知(国税徴収法96条)の欠如を課税の違法原因として主張することはできない(東京地裁昭和28年8月10日判決、行集4巻8号1835頁)
ex. 使用者は不当労働行為に対する救済命令の取消訴訟において、労働委員会による組合の資格審査の方法ないし手続の瑕疵を主張しえない(最高裁昭和32年12月24日第3小法廷判決、民集11巻14号2336頁)
 
 新潟空港の騒音被害をうける近隣住民は、運輸大臣の日本航空への新潟−小松−ソウル間の定期航空運送事業免許の取消しを求める原告適格を持つが、運輸大臣の着陸帯B及び滑走路Bの供用の違法性や、本件免許は、当該路線の利用客の大部分が遊興目的の韓国ツアーの団体客であることが免許基準に適合しないことの主張は、いずれも自己の法律上の利益に関係のない違法である。(最高裁平成元年2月17日第2小法廷判決、民集43巻2号56頁、行政判例百選192事件)
 
(2)理由の追加・差替え
 
・通常、理由の差替えとは、処分の同一性の範囲内で、根拠法条や根拠事実を変更することを言う。別の処分として処分の適法性を維持しようとする場合は、「違法行為の転換」となる
・行政庁が処分時に付した理由を取消訴訟の際に変更(差替え)したり、追加(追完)することができるかどうかは一つの問題となる
 
◎不利益処分の場合
 
・公務員の懲戒処分について、交通違反による懲戒処分と、秘密漏洩による懲戒処分は別の処分なのでこのような理由の差替えは認められない
 → 処分要件の変更は認められない
 
・処分が同一性を有する範囲なら、理由の差替えは認められる。ある集会に出席していたので処分したところ、別の集会に出席していたというような場合
 ex. 東京高裁昭和59年1月31日判決(行裁例集35巻1号82頁)では、「収賄の容疑で逮捕、留置されたこと」を理由に懲戒免職をして、訴訟で、「収賄行為自体」を理由に追加することを認めている。
 → 処分を基礎付ける事実の変更については、同一性のある事実の変更として処分理由の差替え・追加の余地がある
 
 理由付記が義務づけられている青色申告への更正処分について、「一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、Yが本件追加主張を提出することは妨げない」(最高裁昭和56年7月14日第3小法廷判決、民集35巻5号901頁、行政判例百選188事件)。租税確定処分の取消訴訟の訴訟物については、確定処分に対する争訟の対象はそれによって確定された税額の適否であるとする、総額主義が判例・実務であるとされる
 
◎申請拒否処分の場合
 
・申請拒否処分の場合、理由の差替えの範囲を狭めると、それは一方で、行政庁が取消判決後、別理由で再処分をして、紛争を蒸し返す可能性が高まることも意味する。紛争の一回的解決の点では差し替え、追加を認めることにメリットがある。申請処理手続では、弁明の機会の付与や聴聞のような事前手続がないので手続軽視にもならない
 

判例@ 最高裁平成11年11月19日第2小法廷判決(民集53巻8号1862頁、行政判例百選189事件)
 
 X(住民)の情報公開請求に対して、Y(逗子市監査委員)は、条例5条2(ウ)の「争訟の方針に関する行政執行情報」に該当するとして、非開示処分を行った。Xはこの非開示処分を取消訴訟で争ったが、Yは訴訟において、本件文書は条例5条2(ア)の「意思決定過程における行政執行情報」に該当するとの主張を追加した
 
「本件条例9条4項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、...非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。...本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。」

 
3 当事者主義と職権主義(大橋p167〜170)
3.1 訴訟の開始 
 
・訴訟の開始や取消しを求める処分の特定については、処分権主義により当事者に任せられている。
処分権主義 : 「いかなる権利関係について、いかなる形式の審判を求めるかは、当事者の判断に委ねられている」こと
※取消訴訟での和解も許容されると解されている
 
3.2 訴訟資料の収集 
 
・証拠収集については、修正弁論主義が採用されている
※弁論主義 : 「訴訟物たる権利関係の基礎をなす事実の確定に必要な裁判資料の収集、即ち事実と証拠の収集を当事者の権能と責任に委ねる原則」
 
・職権証拠調べの規定がある(24条)
・裁判所は当事者の主張していない事実を取りあげることはできない(通説)
・職権証拠調べは、裁判所の権限であって、義務ではない(最高裁昭和28年12月24日第1小法廷判決、民集7巻13号1604頁、行政判例百選194事件)
・裁判所は自白(自己に不利な事実を認める陳述)に反する事実認定をすることはできない(民事訴訟法179条)
・訴訟の進行については、裁判所に主導権が認められている(職権進行主義、民事訴訟法93条の期日の指定や民事訴訟法98条の送達など)
 
3.3 釈明処分 
 
・「裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。」(民事訴訟法149条1項)
 → 釈明権
 
・訴訟関係を明瞭にするため釈明処分の規定(23条の2)が平成16年改正で設けられた → 民事訴訟法151条の釈明処分の特則
・釈明処分 : 行政庁に対し、処分又は裁決の内容、処分又は裁決の根拠となる法令の条項、処分又は裁決の原因となる事実その他処分又は裁決の理由を明らかにする資料であつて当該行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求める
 
・特殊法人が処分をしたが、監督官庁が資料を有しているような場合、監督官庁に資料の送付の嘱託(しょくたく)がなされる(23条の2第1項2号)
※ 審査請求の後、行政訴訟が提起された場合、審査庁が審査の記録を秘密文書扱いにして、裁判所に提出を拒むということがあったために、23条の2第2項が設けられた。
 
4 文書提出義務(大橋p170〜172)
 
・民事訴訟法219条以下の文書提出制度は行政訴訟にも適用される
・民事訴訟法220条により一般的な文書提出義務が行政にも課せられている
 
・民事訴訟法の平成13年改正により、文書提出義務の除外事由に関する民事訴訟法220条4号ロの規定の解釈問題が重要となった
  220条4号ロ : 職務上の秘密に関する文書 
・ 民事訴訟法220条4号ロに掲げる文書に該当するかについて、民事訴訟法223条3項〜6項は監督官庁の意見聴取、イン・カメラ審査の手続を設けている。
 
5 訴えの移送・併合・変更(大橋p172〜p183)
 
・行政事件訴訟法では関連請求の概念によって、訴えの移送・併合についての特別の規定が設けられている。
・関連請求 :処分・裁決に関連する原状回復・損害賠償請求、当該処分とともに1個の手続を構成する他の処分の取消しの請求、処分に係る裁決の取消しの請求、裁決に係る処分の取消しの請求など(13条1号〜6号)
 
(1)移送
・移送 : 訴訟が特定の裁判所に係属した後に、受訴裁判所の裁判に基づいて当該訴訟が他の裁判所に係属せられる場合、その裁判を移送の裁判と呼ぶ
・関連請求の移送の規定(13条)
 
(2)訴えの併合、訴えの変更

◎訴えの併合
・ 1の訴えによって被告に対する複数の請求について審判を求める行為(伊藤眞『民事訴訟法』より、客観的併合、民事訴訟法136条)
・ 数人が共同して、訴え又は訴えられること(伊藤眞『民事訴訟法』より、主観的併合、共同訴訟とも呼ぶ、民事訴訟法38条)

 
・訴えの客観的併合については16条、訴えの主観的併合(共同訴訟)については17条
・第三者の関連請求の主観的追加的併合の規定(18条)
・客観的訴えの併合は訴えの提起時にも認められるが、追加的併合(訴訟中に併合する)ことも認められる。別の被告に対する訴えを併合することも可(19条)
・処分の取消しと審査請求棄却の裁決の取消しの併合の場合、取消しの訴えの併合に被告の同意は不要であり、また、処分の取消しの訴えは裁決の取消しの訴え提起時に提起されたものと見なされる(20条)
 
・損害賠償請求等への訴えの変更の規定(21条1項)
ex. 取消訴訟の訴えの利益がなくなった場合
 
 最高裁平成17年6月24日第2小法廷決定(判例時報1904号69頁、行政判例百選7事件)は、「地方公共団体は,指定確認検査機関の当該確認につき行政事件訴訟法21条1項所定の『当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体』に当たるというべき」として、指定確認検査機関Aに対する取消訴訟をB市に対する国家賠償請求訴訟に変更することを認め