行政法U 第18回「無効確認訴訟」
正木宏長
※指定のない条文の引用は行政事件訴訟法から
1 無効を争う訴訟形態(大橋p211〜212) 
 
・重大明白な瑕疵(違法性)を有する行政行為は無効とされるが、行政行為の無効はいかなる訴訟類型で争われるか
・取消訴訟の出訴期間内であれば、瑕疵の大小を問わず取消訴訟で争えば、さしあたり救済は得られる(後述)
 

◎取消訴訟の出訴期間経過後の場合
・公法上の法律関係で公法上の当事者訴訟で争えるものであれば公法上の当事者訴訟
・私法上の法律関係で、民事訴訟(争点訴訟)で争えるものであれば民事訴訟
・行政事件訴訟法36条の要件を満たしていれば、無効確認訴訟

 
2 取消訴訟 
 
・無効の(重大明白な違法性を持つ)行政行為を取消訴訟で争うこともできる
 → 重大明白な違法とはつまり、「違法性がはなはだしい」ということであり(芝池総論p156)、取消訴訟の訴訟物である違法性の中に無効の場合も含まれるから
・取消訴訟で、「実際には重大明白な違法性を持った行政行為」が争われたとしても、裁判所は普通の取消訴訟の審理を行う。違法性の存在が認められれば、裁判所は取消判決を下す(塩野Up222)
 
 行政行為が無効の場合、「全く行政行為のなされなかったのと同様」と表現されることがある。効力を有しないものとして扱われることを説明するための比喩であるが、この説明を額面通り受け取ると様々な問題が生じる(存在しないものに取消判決が下せるのかだとか、存在しないのなら第三者効を論じる余地はないのではないかとか、存在しないものに事情判決は下せないのではないかだとか)
 さらに言えば、行政行為が無効の場合、「私人さえも、それぞれ、独自の判断と責任においてこれを無効として無視することができる」というのも説明のための一種の比喩である
 たとえ客観的には無効であって、私人の側が無効であることを主張しても、行政側は適法であることを主張しているような場合、行政過程はさしあたりは有効なものとして進行する。「訴訟が提起されない場合および訴訟外の場では、当然無効の観念は法的な意味をもたない。例えば行政行為によって課された義務の強制執行は、違法の行為か無効の行為かを問わずに行われる」(芝池総論p157)
 結局、適法違法の判断権は裁判所にあるわけであるから、裁判所が有権的に判断を下すまでは、たとえ客観的には無効の行政行為であっても、有効であるかのように振る舞うのである。要は行政行為が無効だというのは、「正規の取消手続外においてその行政行為の効果を否定することができる」ということなのである。(詳しくは、藤田総論p247〜250)
 
・出訴期間内であれば取消訴訟で救済が得られるのであり、原告の側は、通常の違法性があれば取消してもらえる取消訴訟を選択する。あえて、勝訴には重大明白な違法性が必要な無効確認訴訟を選択する必然性はない
 → 無効確認訴訟は、出訴期間が経過して取消訴訟が使えなくなったときに、行政行為の効力を争う手段として用いられることになる(準取消訴訟としての無効確認訴訟)
 → 取消訴訟の出訴期間内で無効確認訴訟が意味を持つ場合として、審査請求前置がとられている場合がある。無効確認訴訟なら、審査請求前置が要求されないというメリットがある(無効確認訴訟に審査請求前置の規定は準用されていない)
 → 取消訴訟の規定が完全に準用されていないことから、取消訴訟と無効確認訴訟の併合提起は認められている(司法研修所、実務的研究、p166〜167)
 
・取り消しうる瑕疵がある行政処分は取消訴訟で争い、無効の瑕疵がある行政処分は無効確認訴訟で争うというわけではないので注意しておくこと
 
3 無効確認訴訟(大橋p212〜222)
 
・36条の「無効等確認訴訟」には、処分または裁決の無効確認訴訟、有効確認訴訟、存在確認訴訟、不存在確認訴訟、失効確認訴訟が考えられる
 → 以下では無効確認訴訟に限定して記述する
 
・特例法時代、明文の規定がなかった無効確認訴訟が認められるか否かが争点であったため、行政事件訴訟法では無効確認訴訟について明文の規定が置かれた
 
・無効確認訴訟については行政事件訴訟法36条により、訴訟要件が定められている
 
「無効等確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる。」(行政事件訴訟法36条)
 
 →「現在の法律関係に関する訴え」とは争点訴訟と当事者訴訟のこと
 
(1)36条後段の解釈
 
・「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り」という要件について、立法者の立場は、行政行為が無効であるなら第一次的には民事訴訟(争点訴訟)や当事者訴訟で争えばよく、無効確認訴訟はそれらを利用できないときに訴えることが出来るというものであった。
 ex. 営業申請に対する営業不許可処分のような処分への無効確認訴訟は許容される
 

判例@ 最高裁昭和62年4月17日第2小法廷判決(民集41巻3号286頁、行政判例百選180事件)
 
 Y(土地改良区)が土地改良法の換地処分を行った所、Xが農道に接する部分が極端に狭くなったのは換地照応の原則に反するとして無効確認訴訟を求めた。
 
 「施行地域内の土地所有者等多数の権利者に対して行われる換地処分は通常相互に連鎖し関連し合つているとみられる」。
 「紛争の実態にかんがみると、当該換地処分の無効を前提とする従前の土地の所有権確認訴訟等の現在の法律関係に関する訴えは右紛争を解決するための争訟形態として適切なものとはいえず、むしろ当該換地処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態というべきであ」る。
 (原告が換地照応の原則違反を主張して、自己に有利な換地が交付されるべきことを主張している場合、土地所有権確認訴訟に適さないので、無効確認訴訟が認められた)


判例A(もんじゅ訴訟) 最高裁平成4年9月22日第3小法廷判決(民集46巻6号1090頁、行政判例百選181事件)
 
 A(旧動力炉・核燃料開発事業団)が高速増殖炉「もんじゅ」を設置しようとしたところ、周辺住民Xらが原子炉設置許可の無効確認訴訟をY(内閣総理大臣)に提起した。
 Xらは既に民事訴訟でAの原子炉の運転の差止めを求める訴訟を提起していたが、無効確認訴訟は認められるだろうか?
 
 「Xらは本件原子炉施設の設置者であるAに対し、人格権等に基づき本件原子炉の建設ないし運転の差止めを求める民事訴訟を提起しているが、右民事訴訟は、行政事件訴訟法三六条にいう当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えに該当するものとみることはできず、また、本件無効確認訴訟と比較して、本件設置許可処分に起因する本件紛争を解決するための争訟形態としてより直截的で適切なものであるともいえない」。

 
→ 民事差止訴訟と原子炉設置無効確認訴訟の並立が認められた
 
(2)一元説と二元説
 

要件@「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」
要件A「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者
要件B「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」

 
・「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」(要件@)が無効確認訴訟を利用するのに、「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」(要件B)が必要であるか否かに議論がある
 
一元説 : 要件@+Bまたは要件A+Bの者が無効確認訴訟を利用できる
 
二元説(通説) : 要件@の者または要件A+Bの者が無効確認訴訟を利用できる
「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」と「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」が無効確認訴訟を提起できると読む
 
・判例は滞納処分のおそれがある場合について、課税処分の無効確認訴訟を認めている(最高裁昭和48年4月26日第1小法廷判決、行政判例百選83事件)。学説では、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」の要件を独立的に捉える二元説が有力である
 
(3)取消訴訟の規定の準用
 
・無効確認訴訟については取消訴訟の規定が準用されている(38条)
 →執行停止も可能(原告の救済のために執行停止の規定が準用されている)
 
・「法律上の利益を有する者」という要件が課せられているので、取消訴訟で必要とされる処分性や原告適格、狭義の訴えの利益は、無効確認訴訟でも訴訟要件となる。出訴期間の遵守は訴訟要件とならない。
 
・審査請求前置は無効確認訴訟に準用されていない
 →無効確認訴訟は個別法で要求されている不服申立てを経ずに提起することが出来る
 
・取消訴訟の規定が準用されていないものとして事情判決がある。
 →立法者が行政行為が有効であることが事情判決の前提と考えていたからだが、学説からは批判がある
 
・第三者効は準用されていないので、条文上は、無効確認判決に第三者効はない。しかし、無効確認訴訟に第三者効は認められるとするのが学説・判例である
 
 行政事件訴訟特例法の時代の判決だが、最高裁昭和42年3月14日第3小法廷判決(民集21巻2号312頁、行政判例百選205事件)は、無効確認判決に第三者効を認めている。
 
※無効確認訴訟の立証責任について、最高裁昭和42年4月7日第2小法廷判決(民集21巻3号572頁、行政判例百選197事件)は、「行政庁の裁量に任された行政処分の無効確認を求める訴訟においては、その無効確認を求める者において、行政庁が右行政処分をするにあたつてした裁量権の行使がその範囲をこえまたは濫用にわたり、したがつて、右行政処分が違法であり、かつ、その違法が重大かつ明白であることを主張および立証することを要する」としている 
 
4 処分の無効を前提とする争点訴訟及び当事者訴訟(大橋p222〜223、p317〜318)
4.1 争点訴訟 
 
・民事訴訟で行政行為の無効が前提となっているものを、学問上、争点訴訟と呼ぶ
 ex. 新地主に対する旧地主の所有権確認の訴えで、権利取得裁決の無効が争点となっている訴訟
 
・争点訴訟は民事訴訟である
・行政事件訴訟法45条により、処分をした行政庁への参加の通知がなされ、釈明処分の特則、職権証拠調べの規定が準用される
・争点訴訟の判決には争点効があるのではないかと議論がされている。最高裁は争点効を認めていない
 
・行政事件訴訟法44条は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については、民事保全法に規定する仮処分をすることができない。 」としている
 ex. 民事訴訟で国営空港での離発着の仮の差止めを求めることは許されない
・行訴法44条により、争点訴訟の際の原告の仮の救済に問題が出てくるので、執行停止の規定を準用する説や、民事の仮処分によるとする説が唱えられている
 
 千葉地裁松戸支部昭和51年11月5日決定(判例時報822号95頁)は、行政事件訴訟法第44条により、争点訴訟で行政処分の効力の一時停止を求めるのは不適法だが、「行政事件訴訟法第44条によつて排除される仮処分は、それが公権力の行使を阻害する場合に限定されている」として、土地の占有者が占有回収の訴を本案として、当該土地に仮換地の指定を受けた者に対して行なう建築禁止等の仮処分の申請は、適法であるとした
 
4.2 当事者訴訟 
 
・行政行為の無効が前提として争われているときに、現在の法律関係が公法関係となるものは、公法上の当事者訴訟となる
 ex. 免職処分の無効を前提とする公務員の身分確認訴訟
 ex. 国立学校における学生退学処分の無効を前提とする在学関係の確認の訴え
 
・行政事件訴訟法41条により33条の拘束力の規定が準用されるので、法律関係が確認されれば、行政庁は判決の趣旨に添った処置をしなくてはならない。