行政法U 第2回「行政組織編成権、行政官庁法理」
正木宏長
1 行政組織と法(宇賀Vp1〜p7)
 

◎伝統的には行政組織法は以下のように説明されてきた
 
・行政組織法は直接に私人の権利義務と関わらない行政機関内部の法である
・行政組織法は「組織規範」である
・国や地方公共団体など行政を行う法人を「行政主体」と呼ぶ

 
 
・行政主体の組織編成や行政機関相互の指揮監督・協力・調整等に関する法である行政組織法は重要である
・私人の権利義務に直接関わる外部法と直接関わらない内部法の区別が主張されることもある。
 ex. 食品衛生法のような行政作用法は外部法である。
 
・行政組織に関する法規範は組織規範であるが、当然に裁判規範となるわけではない。省庁間での権限争議は「法律上の争訟」にあたらないため機関訴訟が認められていない限り、訴訟では解決されない。
 → このような組織規範は内部法
 
・組織規範が外部法として機能する場合もあるので、内部と外部の峻別は強調されるべきではない
・行政機関の所掌事務を逸脱した行政活動は違法である
 ex. 土地管轄を有しない国の地方支分部局の長の処分は、無権限であり違法である
・行政機関間の手続を定める規範も組織規範だが、行政救済法上意味を持つ
 ex. 諮問機関への諮問を経ずに処分を行うと瑕疵ある処分となる
 
2 行政組織編成権(宇賀Vp8〜24)
2.1 大日本帝国憲法下における行政組織編成権 
 
・行政組織について決定する権限を行政組織編成権という
・大日本帝国憲法下 → 官制大権・任官大権
・「天皇は行政各部の官制及び文武官の俸給を定め及文武官を任命す」(大日本帝国憲法10条)
 
・美濃部説によれば、人民との間に法律関係を設定する権限を有する行政機関については勅令で定めることを要するとされていた。
 → 侵害留保説と官制大権の妥協。美濃部説では、人民との間で法律上の交渉が行われる職務を担当しない機関については、勅令によることを要しないともされていた。
 
2.2 日本国憲法下における行政組織編成権 
 
・日本国憲法下では、官制大権・任官大権の理論は採用されていない
・行政組織編成権は、議会と行政のいずれに帰属するか。議会に帰属するという説が通説だが、その根拠については様々な説がある
・「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」(日本国憲法41条)
 → 憲法41条の「立法」とは法規に限られるか、それとも一般的・抽象的規範すべてであるかの説の対立も背景にある
 

@狭義の法規概念説(柳瀬良幹) : 法規(国民の権利義務に関する定め)の中には、国の行政機関のうち、直接国民に対して行動する権限を有するものに関する規律を含むとする説
 
A広義の法規概念説(伊藤正己、佐藤幸治) : 国家機関内部の問題であっても、国家と国民との関係に関連することがありうるとして、組織規範も「法規」に含まれるとする説。戦後憲法学における法規の概念を拡張を前提とする
 
B一般的規範説(芦部信喜) : 日本国憲法41条の立法とは、法規に限られず、「およそ一般的・抽象的な法規範」全てを含むとする。よって組織規範も立法であり、国会で法律で定めるべき
 
C民主的統制説(塩野宏) : 日本国憲法は、国会の最高機関性に見られるように、国会中心主義をとっている。このような憲法の民主主義的構造からして、法律の留保は、侵害留保のみならず行政組織の編成にも及ぼされるべきとする。公務員の選任の究極の根拠は国民にあることや(日本国憲法15条)、公務員制の基準は法律によって定められることを根拠とする(日本国憲法73条4号)。行政法学の多数説
 
※他に重要事項留保説から行政組織法律主義を主張する説もあるが、これは民主的統制説に含まれると考えられる

 
・いずれの説をとるにせよ行政組織の基本的事項については、法律によって定められなければならないという、行政組織法律主義が妥当することになる
・国家行政組織については内閣法、内閣府設置法、国家行政組織法。各省の設置法、地方行政組織については地方自治法が基本的な定めをしている
 
・行政組織について、憲法上どの範囲まで法律で定めなければならないかということについては解釈の余地がある。
・府、省のような国務大臣が行政長官となる行政組織の設置とその所掌事務や、委員会、庁のような基本的行政組織の設置とその所掌事務は、法律事項と解釈される。(国家行政組織法3、4条も法律事項としている)
 
・国家行政組織法は、当初は、官房、局、部の設置及び所掌事務を法律事項としていたが、行政組織規制弾力化のため1983年改正により、官房、局、部の設置及び所掌事務は政令事項とされた(国家行政組織法7条4項)
※現行の行政組織の規制では、省令や訓令によっても組織が定められている(参照宇賀V23〜24)。
 
3 行政官庁法理と事務配分的行政機関概念(宇賀Vp25〜p39)
 
・行政権に属する機関一般が行政機関
・行政機関をどのように構成するか、その単位をどうするかについては、二つの種類の「とらえかた」がある
 
@作用法的行政機関概念行政官庁法理)→ 行政機関と私人との関係でとらえる
A事務配分的行政機関概念 → 担当する事務を単位として把握する
 
3.1 作用法的行政機関概念(行政官庁法理)
 
・最終的に行政の意思を決定し、対外的に表明する「行政庁(行政官庁)」に、重点を置いた把握法。ドイツ的
 
・行政庁としては、各省の大臣や税務署長が挙げられる
・法律行為(行政行為)が主たる関心であった戦前の行政法学の特色とも対応する
・理論的なものであり、個別行政作用法解釈から導かれる(行政官庁法理の一般法があるわけではない)
 
・戦後、国家行政組織法は行政官庁法理を採用しなかったが、行政作用法上、行政官庁法理を基礎にする行政機関概念が用いられている
  ex. 更正処分は税務署ではなく税務署長が行う(国税通則法24条)
 
※「行政官庁」は国の機関のみを念頭に置いたものであり、「行政庁」には地方公共団体の機関も含まれる
 

◎行政官庁法理による行政機関の分類(参照、田中中巻p29〜30)
 
@行政庁(行政官庁) → 国のために、その意思を決定し、これを外部に表示する権限を有する機関
ex. 各省大臣、各種委員会(公正取引委員会など)、都道府県知事、市町村長、税務署長
ex. 税務署長は更正・決定を行う(国税通則法24条、25条)
ex. 火薬庫を設置・移転・設備変更する者は経済産業省令の定めるところにより、都道府県知事の許可を得なければならない。(火薬類取締法12条)
 
※何が行政庁になるかは行政作用に関する法令による。各省の局長が行政庁となる場合もある(参照、宇賀Vp29)
 
A補助機関 →行政官庁を補助することを任務とする機関
ex. 局長、課長等の行政の一般職員
 
B諮問機関 → 行政官庁からの諮問に応じ又は自ら進んでこれに意見を陳述することを主な任務とする機関
  → 諮問機関の意見には拘束力は無いとされる
ex. 税制調査会、地方制度調査会、中央環境審議会
 
C参与機関 → 行政官庁が意思決定をするための前提要件として議決をし、これに基づいて国の意思が決定表示される意味において、国の意思決定に参与する機関
  → 議決に拘束力がある点で、参与機関は、諮問機関と異なる
ex. 電波監理審議会の議決には、総務大臣の決定を拘束する力が認められる(電波法94条)
 
※諮問機関と参与機関を区別する意義はないとの説もある(塩野Vp86)
 
D執行機関 → 行政官庁の命を受け、実力をもって執行することを任務とする機関
ex. 警察官、徴収職員、消防吏員、自衛官、海上保安官、入国警備官

 
 
独任制の行政庁は、一人の者からなる(ex. 厚生労働大臣)
合議制の行政庁は、複数の者から構成され、合議を通じて意思決定が行われる
ex. 合議制の行政庁もある → 公正取引委員会、国家公安委員会
 
※権限が全国に及ぶ行政官庁を中央官庁、権限が地方に限定されている行政官庁を地方官庁と呼ぶ
 
◎行政庁の上下関係
 
・大臣以外の行政機関が行政庁たる地位を法律上与えられた場合、行政庁間で上下関係が生じることになる → 上級庁(上級行政庁)、下級庁(下級行政庁)
 ex. 西成税務署長は行政庁であるが、大阪国税局長との関係では下級庁である
 
◎地方自治法における作用法的行政機関概念
 
・地方自治法は、普通地方公共団体の長(都道府県知事、市町村長)、委員会、委員を執行機関としている(地方自治法138条の4)
 → 地方自治法でいう「執行機関」は行政官庁法理での「行政庁」の意味
 
◎行政官庁法理の問題点
 
・行政指導、行政機関内部の計画策定、行政機関相互間の調整といった法律行為ではない行政活動が視野に入りにくい
・行政機関内部の職員の活動や組織的決定の実体を認識する上での阻害要因となる可能性がある
 
3.2 事務配分的行政機関概念 
 
・国家行政組織法が採用した機関概念。アメリカ的
・行政事務の配分の単位に注目したもの
ex. 環境問題は環境省、教育問題は文部科学省、といった具合
・所掌事務の配分が行われる場合、同一の組織が担うことが適切か、分離したほうが適切かが考慮される
 → 2012年、環境省の外局として原子力規制委員会が設置された
 
・現在、1府11省で、国の行政機関が組織されている(国家行政組織法別表第一)
に配分された所掌事務は、内部部局と、場合によっては委員会という外部部局に分配される
 

省(外局として、委員会、庁) → 最大の単位(国家行政組織法3条の行政機関)
局(官房) → 局以下は国家行政組織法上、内部部局とされる(国家行政組織法7条)

 
※職を占めるものが職員である。職とは行政組織内における役割分担を示す概念である。これに対して公務員とは、国・地方公共団体等との雇用関係の観点から捉えた概念である
 
4 作用法的行政機関概念と事務配分的行政機関概念の相互補完関係(宇賀Vp39〜p40)
 
・作用法的行政機関概念は、事務配分的行政機関概念による補完を必要とする場合がある
ex. 個人情報保護法44条の「事業所管大臣」(作用法的行政機関概念による「行政庁」)が誰であるかは、各省設置法(事務配分的行政機関概念による)に照らして判断しなければならない
ex. 上級庁について、どの機関が直近上級行政庁になるか、どの機関が最上級行政庁になるかは、事務配分的行政機関概念によって解釈される
 
次回は、「行政機関相互の関係、内閣」「国の行政機関」宇賀Vp41〜85、93〜248