行政法U第21回「義務付け訴訟(2)、差止訴訟」
  正木宏長
※条文の指定なき引用は行政事件訴訟法から
1 仮の義務付け(大橋p308〜312) 
 
義務付け訴訟が提起されている場合、次の@Aの両方の要件を満たせば、裁判所は仮の義務付けが出来る(37条の5第1項)
 
@「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり」
ex. 申請却下処分で法人である申立人の倒産の危機が現実的になる
 
A「本案について理由があるとみえるとき」
→ 主張・疎明責任を申立人に負わせる趣旨
 
・裁判所は当事者の申立てにより仮の義務付けの決定を行う(職権では出来ない)(37条の5第1項)
仮の義務付けは公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときは、することができない(37条の5第3項)
 
・仮の義務付けを決定する場合、裁判所は予め当事者の意見を聞かなければならない(37条の5第4項、25条6項ただし書き)
 
・仮の義務付け決定によって行政庁には処分を行うことが義務づけられる。処分は暫定的なものだが、請求が認容された場合で処分に終期が付されていないのであれば当該処分が判決確定後も継続する
 → 原告が敗訴すると処分は効力を失う
 
・仮の義務付けを認める裁判所の決定に対し、当事者は即時抗告が出来る。裁判所は即時抗告を受けて仮の義務付けを認める決定を取り消すことが出来る。仮の義務付けへは内閣総理大臣の異議の制度も適用される。仮の義務付けに関する裁判所の決定に行政機関は拘束される(37条の5第4、5項(準用規定)
 
・仮の義務付けによってなされた処分に第三者が取消訴訟を起こすことは可能
 
◎仮の義務付けが認容された事例
 
・障害が残っているとして市立保育園入園を拒否された幼児の、入園承諾の仮の義務付け(東京地裁18年1月25日決定、判例時報1931号10頁)
・公の施設の使用不許可処分に対して、使用許可を仮に義務づけた事例(岡山地裁平成19年10月15日決定、判例時報1994号26頁)
 
2 差止訴訟(大橋P252〜268)
2.1 差止訴訟前史 
 
・大阪空港訴訟をきっかけに多様な救済手段の可能性が議論されていた
→ 公共施設の供用については処分性は認められないとされていた。では空港供用に対して民事訴訟による差止めは認められるか?
 

判例@ 最高裁昭和56年12月16日大法廷判決(民集35巻10号1369頁、行政判例百選149事件)
 
 大阪空港の周辺住民Xが民事訴訟で、Y(国)に対し、大阪空港の夜間の空港使用の差止め、及び騒音被害への損害賠償を求めた(損害賠償請求は認容された)
 
 「航空機の離着陸の規制は、...空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが、...不即不離、不可分一体的に行使実現されているものと解するのが相当である。」
 「Xらの前記のような請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。...民事訴訟の手続により一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求にかかる部分は、不適法というべきである。」

 
・大阪空港訴訟のような事例を受けて、平成16年改正以前の議論として、行政訴訟法3条の定める類型の抗告訴訟以外の抗告訴訟(法定外抗告訴訟)としての義務付け訴訟や差止訴訟の利用可能性、あるいは当事者訴訟の利用可能性が論じられていた
 → 法定外抗告訴訟として差止訴訟が許容されるかどうかには議論があった。最高裁は利用可能であることを横川川訴訟判決(最高裁平成元年7月4日第3小法廷判決、判例時報1336号86頁)で示唆していた
 
2.2 差止訴訟 
 
・行訴法平成16年改正により抗告訴訟の一つとして差止訴訟が法定された
・差止訴訟は行われようとしている将来の処分を対象とすることから、「先にずらされた取消訴訟」と呼ばれる
・処分の名宛人が提起する場合と、第三者が提起する場合がある
 
(1)訴訟要件(第37条の4第1項)
 
「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」
ex. 名誉や信用に重大な損害を生ずるおそれ
ex. 生命や健康への重大な損害のおそれ
 → 処分後の取消訴訟提起と執行停止により回避可能な損害は、重大な損害要件を充たさない
 
 大阪地裁平成18年1月13日決定(判例タイムス1221号256頁)では、大阪城公園内でテントを設置している者に対し、市長が都市公園法27条に基づいて除却命令を予定している事案について、「一定の処分又は裁決がされることにより損害を生ずるおそれがある場合であっても,当該損害がその処分又は裁決の取消しの訴えを提起して[行訴法]25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることができるような性質のものであるときは,[行訴法]37条の4第1項にいう『一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合』には該当しないものと解すべきである」として、除却命令が下されてから当該命令の取消訴訟にあわせて執行停止を申し立てれば損害を回避できることから、除却命令に対する差止訴訟は不適法であるとされた
 
「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」は、差止訴訟を利用できない(37条の4第1項ただし書き)
 ex. 国税徴収法の滞納処分は、納税義務者が取消訴訟を提起している場合は財産の換価をすることができないので、差止訴訟を提起する必要はない(国税徴収法90条3項)
 
  → 民事訴訟の提起が可能であることは、他に適当な方法があるとは言えない
 

判例A 最高裁平成24年2月9日第1小法廷判決(民集66巻2号183頁、行政判例百選207事件)
 
 通達・職務命令によって命じられた卒業式における起立・斉唱義務に従う意思のない教員が、将来の懲戒処分の差止めを求めた
 
 「差止めの訴えの訴訟要件としての上記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である。」
 「本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられ,その違反に対する懲戒処分が累積し加重され,おおむね4回で(略)停職処分に至るものとされている。このように本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では,事案の性質等のために取消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ,その回復の困難の程度等に鑑み,本件差止めの訴えについては上記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるというべきである。」
 「差止めの訴えの訴訟要件については,『その損害を避けるため他に適当な方法があるとき』ではないこと,すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。...本件通達及び本件職務命令は...行政処分に当たらないから,取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり,また,...本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか,懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから,本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,補充性の要件を満たすものということができる。」

 
 → 当事者訴訟の講義の際に紹介したが、処分以外の処遇上の不利益については当事者訴訟で争うとされている
 → 条文上「一定の処分」という形で対象処分を特定することが求められているが、具体的な懲戒処分名まで特定する必要はなく、懲戒処分差止訴訟といった争い方で適法である
 

判例B 最高裁平成28年12月8日第1小法廷判決、民集70巻8号1833頁、行政判例百選150事件
 
 厚木基地の周辺に居住するXらが自衛隊及び米軍の使用する航空機の発する騒音により精神的及び身体的被害を受けていると主張して,Y(国)に対し,行政事件訴訟法に基づき,厚木基地における一定の態様による自衛隊機及び米軍機の運航の差止訴訟を提起した。
 
 「第1審原告らは,...本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,睡眠妨害,聴取妨害及び精神的作業の妨害や,不快感,健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けており,その程度は軽視し難いものというべきであるところ,このような被害の発生に自衛隊機の運航が一定程度寄与していることは否定し難い。また,上記騒音は,本件飛行場において内外の情勢等に応じて配備され運航される航空機の離着陸が行われる度に発生するものであり,上記被害もそれに応じてその都度発生し,これを反復継続的に受けることにより蓄積していくおそれのあるものであるから,このような被害は,事後的にその違法性を争う取消訴訟等による救済になじまない性質のものということができる。」
(差止訴訟の提起を認めた。本案請求については請求棄却)

 
→ 自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使が「処分」とされ、「重大な損害を生ずるおそれ」も認められた
 
・差止めの訴えにも、原告適格、狭義の訴えの利益は必要。事実上の利益では差止めの訴えを提起することは出来ない(37条の4第3、4項)。被告は、原則として処分庁の属する行政主体(38条1項、11条)
 ex. 処分が行われれば、差止訴訟の訴えの利益は消滅する
 
(2)本案勝訴要件(37条の4第5項)
 
・次の@Aのいずれかの場合には差止めが認められる
@「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」る
A「行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」
 
→ 処分を行うことが違法であることが必要
 
(3)訴訟審理
 
・差止訴訟においては、判決時を基準時として、差止訴訟の勝訴要件の存否が判断される
・差止訴訟は給付判決に該当する。もっとも判決の執行についての規定は置かれていないので、差止判決には執行力が認められない
・差止訴訟には取消判決の第三者効の規定や釈明処分の特則の規定が準用されていない(38条1項)
 
 
(4)差止めが認容された事例
 
・鞆の浦訴訟では公有水面埋立免許の差止めが認容された(広島地裁平成21年10月1日判決、判例時報2060号3頁)
 
3 仮の差止め(大橋p313〜317)
 
・差止訴訟における仮の救済は、仮の差止めである。当事者の申し立てにより、裁判所は仮の差止めの決定を行う(37条の5第1項)
 

◎仮の差止の要件(37条の5第2項、仮の義務付けと同じ)
@差止訴訟の係属
A本案について理由があると見える = 本案での勝訴の見込み
B償うことのできない損害を避けるため緊急に必要がある
 ex. 金銭賠償により償うことが不可能な損害が発生する場合
C公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと

 
※仮の差止めが認容された事例
・保育所の廃止と民間移管について、保育所の廃止の仮の差止めの申立てが認容された事例(神戸地裁平成19年2月27日決定、賃社1442号57頁)
 
次回の講義は「民衆訴訟、機関訴訟」「国家補償法総説、国家賠償法1条(1)」大橋p4〜5、320〜345、395〜411、p464〜466