行政法U第22回「民衆訴訟、機関訴訟」
  正木宏長
※引用なき条文の指定は行政事件訴訟法から
1 概説(大橋p320~321)
 
主観訴訟 : 主観的な個人の権利利益保護の制度(抗告訴訟、当事者訴訟)
客観訴訟 : 客観的な法秩序維持の制度
 
・行政事件訴訟法では、客観訴訟として民衆訴訟機関訴訟が定められている
 
・「この法律において「民衆訴訟」とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。」(5条)
・「この法律において「機関訴訟」とは、国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟をいう。」(6条)
 
・「民衆訴訟及び機関訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。」(42条)
 → 民衆訴訟や機関訴訟を認めるかどうかは立法政策の問題である
 
・民衆訴訟として、住民訴訟選挙訴訟がある
 → 自己の権利義務を争うものではなく、地方自治体の住民、あるいは選挙人という資格に基づいて訴訟を行うもの
 ex. 市長の宗教団体への無償の土地提供が違憲であるとして住民訴訟で争う
 ex. 選挙訴訟として議員定数不均衡訴訟を提起する
 
2 住民訴訟(大橋p322〜336) 
 
(1)概説
 
・地方自治法の制度(地方自治法242の2)で、地方公共団体の職員のなした違法な財務会計上の管理運営をただして、地方公共団体の財務行政の適正な運営の確保を図るもの
 

判例@ 最高裁昭和53年3月30日第1小法廷判決(民集32巻2号485頁、行政判例百選216事件)
 
 「地方自治法242条の2の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による...財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであ」る。
 「住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によつて特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。」

 
・住民訴訟を提起するためには住民であることが必要(地方自治法242条の2第1項)
 → 住民訴訟はアメリカの納税者訴訟をモデルとしたと言われるが、住民訴訟の提起に納税は要件とされていない
 
・提起には住民監査請求を経ることが必要(地方自治法242条)
・違法な「公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」又は、違法な「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」を争うもの
 → 財務会計行為が対象であり、地方公共団体の全ての行為が対象となるのではない。
 
・住民訴訟の提起には、監査委員に対して住民監査請求を行うことが必要(住民監査請求前置主義、地方自治法242条の2第1項)
 → 住民監査請求は、当該財務会計行為「のあつた日又は終わつた日から1年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」
(地方自治法242条第2項)
 → 住民監査請求を行った場合、住民訴訟は、「当該監査の結果又は当該勧告の内容の通知があつた日から30日以内」(地方自治法242条の2第2項1号)に住民訴訟を提起しなければならない
 
(2)4種類の住民訴訟(地方自治法242条の2第1項)
 
@「当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求」(1号請求)
ex. 違法な公有水面埋立のための公金の支出の差止めを求める
 
A「行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求」(2号請求)
ex. 補助金交付決定の取消しを求める
 
B「当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求」(3号請求)
ex. 地方税の賦課徴収を怠っている事実の違法確認
 
C「当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求」(4号請求)
ex. 市長が不当に安い値段で市有地を売却する契約を締結した場合、市長に対して損害賠償請求をするよう市の執行機関(多くの場合は機関としての市長)に求める訴訟
 
 現行法では4号請求の被告は、地方公共団体の「執行機関又は職員」とされている。
 かつての地方自治法242条の2第1項4号では、長や職員個人を被告として直接損害賠償を求めていたが、それは相手方に負担となっていた(ex. 例えば、現場の課長の玉串料の支出同意が訴えられ、課長が訴訟対応をしなければならなかった)。
 そこで平成14年地方自治法改正で、いったん、地方公共団体の執行機関または職員に損害賠償請求権の行使をしないことの違法を争う訴訟を提起し(この場合、長が相手だとしても、執行機関としての長の責任が問われるわけだから訴訟追行は自治体が行う)、違法が確定した後で、地方公共団体が長や職員個人に損害賠償請求をする(地方自治法242条の3)こととなった
 
(3)住民訴訟に関する論点
 
◎財務会計上の違法
 
・住民訴訟は、財務会計上の違法だけではなく、行政運営の違法を争うためにも提起されている(ex. 玉串料訴訟など)。この場合財務会計上の違法が問題となる。つまり、財政法上の手続に沿った支出であっても、その前提となる決定に違法があったときその決定を争えるかどうかということである
 ex. 漁港鉄抗撤去事件(最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決、民集45巻3号164頁、行政判例百選101事件)では、鉄抗撤去の強行は違法であっても、民法720条(緊急避難)の法意により、撤去のための公金の支出は違法ではないとしている
 
 最高裁平成4年12月15日第3小法廷判決(一日校長事件判決、民集46巻9号2753頁)は、「当該職員の財務会計上の行為をとらえて右の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である」として、原因行為の違法性を住民訴訟で争うことに制限を課している。
 しかし、織田が浜判決(最高裁平成5年9月7日第3小法廷判決、民集47巻7号4755頁)では、公有水面埋立免許と埋立てのための公金支出は「全体として一体とみてその適否を判断することが可能」であるとして、住民訴訟(1号の差止請求)の提起を認めている
 
◎4号請求の「当該職員」
 
・最高裁昭和62年4月10日第2小法廷判決(民集41巻3号239頁)は「当該職員」として、以下の2つを挙げている
 
@「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者」
 ex. 予算の執行権や支出命令権を有する地方公共団体の長
A「これらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至つた者」
 ex. 財務会計上の行為を行う権限を委任されて公金の支出等について権限を有するに至ったもの
 
・下記の最高裁平成3年判決では専決の処理を任された補助職員も「当該職員」にあたるとしている
 
 最高裁平成3年12月20日第2小法廷判決(民集45巻9号1455頁、行政判例百選22事件)は、専決が行われた場合は、長と専決権者の双方が「当該職員」に該当するとの立場をとったうえで、「専決を任された補助職員が管理者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り」242条の2第1項4号の責任を負うとした
 
◎弁護士費用・訴訟費用
 
・住民訴訟で原告が勝訴した場合、原告は、弁護士費用の支払いを当該地方公共団体に請求することができる(弁護士費用相当額支払請求制度、地方自治法242条の2第12項)
・住民訴訟は是正請求権という非財産権上の請求権を行使するもので、財産権上の請求ではない。原告が訴え提起にあたって支払うべき手数料額算定の基礎となる訴訟の目的の価格は160万円であり(民事訴訟費用等に関する法律4条2項)、訴状に添付する印紙代は第1審で1万3000円である
 
◎4号請求訴訟における請求権放棄
 
・住民訴訟について、4号請求訴訟で原告が勝訴した後に、地方公共団体の議会が、地方自治法96条1項10号によって議決することにより、長に対する損害賠償請求権を放棄することができるかどうかについて、議論はあるが、最高裁は以下のような判決を下した
 

判例A 最高裁平成24年4月23日第2小法廷判決(民集66巻6号2789頁)
 
 住民訴訟が控訴審係属中に、市議会が市長に対する損害賠償請求権を放棄する議決をした。このような損害賠償請求権の放棄は適法か?
 
 「地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合は,その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。もっとも,...住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。」
(違法であるとした原審判決を破棄差戻しした)

 
・2017年の地方自治法改正で、条例を定めることで、長や職員等に対する損害賠償責任については、善意かつ重過失がなければ責任賠償額を限定することができるとされた。無限定の免責を許容するものではなく、責任の下限額は国が政令で設定することとされている(改正後地方自治法243条の2第1項)
 
3 選挙訴訟(大橋p336〜339)
 
・国会議員、地方公共団体の長、地方議会議員の選挙の効力を争う訴訟(公職選挙法202条〜220条)
・原告は、選挙時における「選挙人」であることが必要
 
※ 選挙人名簿に関する訴訟(公職選挙法25条)は、参政権侵害に関する主観訴訟と理解することもできるが、現行法はこれを客観訴訟と理解している
 
4 機関訴訟(大橋p339〜343) 
 
・「国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟」(行政事件訴訟法6条)
・同一の行政主体に属する機関相互間の紛争のほか、異なる行政主体に属する機関相互間の紛争も含む
・伝統的には、機関相互間の紛争は、裁判の方法によるのではなく、行政主体内部で上級機関の裁定により決することが基本とされてきたため、機関訴訟の例は、現行法においては多くない
 
◎機関訴訟の例
 
@議会の議決や選挙に権限を超えたり法令違反があったときの地方公共団体の長による裁判所への出訴(地方自治法176条7項)
A国の関与に対する地方公共団体の訴え(地方自治法251条の5第1、3項)