行政法U第23回「国家補償法総説、国家賠償法1条(1)」
  正木宏長
※引用なき条文の指定は国家賠償法から
1 国家補償法総説(大橋p4〜5)
 
・国家の違法な活動により生じた損害の賠償 → 国家賠償
・国家の適法な活動による損失を補償する → 損失補償
・国家補償の理論:「国家の活動によって生じた損失の公平負担」
 
2 国家賠償制度の概観(大橋p396、p464〜466、宇賀概説Up410〜412) 
 
国家賠償制度の歴史
 
・1916年、徳島遊動円棒事件(大審院大正5年6月1日判決、民録22巻1088号)において、校舎施設のような営造物の管理責任について民法717条の適用が認められた
 → 戦前は権力活動について損害賠償責任が、認められなかった。公務員の個人責任についても職権濫用のような例外的な場合にしか認めなかった
・1946年、日本国憲法17条により、国又は公共団体の賠償責任が憲法上要請されることとなった
・1947年、国家賠償法制定
 
※憲法17条の規定は、国家賠償制度を定めるプログラム規定と解されており(判例・通説)、国家賠償法は制定されているので、現在ではあまり問題とならない
 
国家賠償法の基本構造
 
1条 :公権力に係る国の損害賠償責任
    → 民法709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)に対応
2条 :道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理の瑕疵に基づく損害賠償
    → 民法717条(土地の工作物の設置保存の瑕疵)に対応
 ex. 国道の管理を怠って交通事故が起こったら、国は損害賠償責任を負う
 
・国家賠償法1条は民法715条の特則である
・民法やその他の法律も適用される(4条、5条)
・国家賠償法は「外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り」外国人にも適用される(6条)
 → 相互保証主義: 外国人の本国で我が国の国民の被害に対する賠償責任が認められているときに限り賠償責任を認めること(田中上巻、p204)
 
3 国家賠償法1条に基づく損害賠償責任(1)(大橋p397〜411)
 
国家賠償法1条
「1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2項 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」
 
3.1 責任の本質 
 
※民法715条は使用者責任を定めている。その根拠は他者を利用して事業活動を拡大して利益を得る者は、反面において生じるリスクや損害賠償責任をも負うべきであるという報償責任の考え方である
 
・国家賠償法1条では、公務員が違法に他人に損害を与えたとき「国又は公共団体」が損害を賠償する責任を負うとされているが、なぜ、「国又は公共団体」が責任を負わなければならないのか?
 →責任の根拠の問題
 
@自己責任説 : 損害賠償責任は第一次的に国又は公共団体に帰属するとする説
A代位責任説(通説) : 公務員個人が負っている責任を国が代位したものとする説
 
 @の自己責任説は、国は公務員を使用して国家活動をして、社会的利益をあげる反面、時には特定の者に損害を与える危険を内在しているのであるから、国家活動に伴う損害について国が当然責任を負うべきであるということを根拠にするものである。
 これに対して、Aの代位責任説は、違法な行政活動について責任を負うべきなのは公務員であるが、国が公務員に代わって責任を負うことで、有効な被害者救済を図っているのだと説明する。
 現在の国家賠償法1条は公務員の故意・過失を要件としており、国の公務員への求償権を認めているので(自己責任説に立つと無過失責任に近づく)、解釈論としては代位責任説のほうが妥当であるとされる。なお、代位責任説は、国の雇用者としての責任を問うているわけではないので民法の使用者責任とは異なる。ゆえに国家賠償法1条では民法とは異なり選任監督の過失は要件とされない(田中上巻p206、p208)
 
3.2 国家賠償責任と使用者責任の適用の区別 
 
・加害行為者が「公権力の行使」にあたる公務員か否かで、国家賠償法1条が適用されるか民法715条が適用されるかが決まる
・民法715条の使用者責任の場合、加害者本人に対して民法709条により直接、損害賠償責任を追及することができるが、国家賠償法1条の国家賠償責任の場合、加害者本人に対して賠償請求をすることができない
 ex. 市立小学校での教育活動は「公権力の行使」にあたるので、教育事故が起こった場合、市を被告として国家賠償法1条に基づく国家賠償請求訴訟を提起することが可能だが、加害公務員を被告とすることはできない
 
3.3 公権力の行使の判断基準 
 
(1)「公権力の行使」についての学説
 
@狭義説       : 「公権力の行使」は命令・強制等に限る
A広義説(通説・判例): 純粋な私経済的作用と国家賠償法2条の対象である営造物の設置・管理の瑕疵を除く、全ての作用が「公権力の行使」に含まれる
B最広義説      :私経済的作用も「公権力の行使」に含める
 
・裁判例は、公立学校の教育活動、行政指導、調査活動結果の公表を「公権力の行使」にあたるとしている(ex. 最高裁平成5年2月18日第1小法廷判決(民集47巻2号574頁、行政判例百選98事件)。最高裁昭和62年2月6日第2小法廷判決(判時1232号100頁、行政判例百選215事件)。狭義説の否定)
・最高裁昭和57年4月1日第1小法廷判決(民集36巻4号519頁、行政判例百選230事件)は、税務署での健康診断の際の医師の診療行為は「公権力の行使」にあたらないとしている(最広義説の否定)
 
※上述のように国家賠償法の対象にならなかったとしても、民法の不法行為責任の追及は可能である
 ex. 私立学校での教育活動に国家賠償法の適用はなく、民法の不法行為として争われる
 
※国立大学法人の教職員の行為に国家賠償法1条の適用を認めた裁判例がある(東京地裁平成21年3月24日判決、判例時報2041号64頁)
 
(2)医療行為
 
・医療行為については非権力的行為であることから、原則的には民法715条の問題として処理される
 ex. 国立病院での医師の診療行為の違法性は民法の不法行為として争われる
 
・最高裁は一定の場合については、公共的な政策目的や強制の要素を理由として医療行為が「公権力の行使」にあたるとしている
 ex. 予防接種が強制接種ないし勧奨接種として実施された場合、担当医師による接種行為には国家賠償法1条が適用される(最高裁平成3年4月19日第2小法廷判決、民集45巻4号367頁、行政判例百選217事件)
 ex. 刑務所又は拘置所の医官による診療行為には国家賠償法1条が適用される(最高裁平成17年12月8日第1小法廷判決、判例時報1923号26頁)
 
3.4  行政の不作為 
 
・行政の不作為も国家賠償法1条の対象である。行政機関の作為義務が認められれば、それを怠ったことについて損害賠償責任が認められる
 
(1)安全措置の懈怠
 
最高裁昭和57年1月19日第3小法廷判決(民集36巻1号19頁)は、警察官が、前科23犯の危険人物Aを警察に連行した後、ナイフを持たせたまま帰宅させたところ、Aがその後Xに斬りつけ、重傷を負わせたという事例について、「Aに帰宅を許す以上...本件ナイフを提出させて一時保管の措置をとるべき義務があつたものと解するのが相当であつて、前記警察官が、かかる措置をとらなかつたことは、その職務上の義務に違背し違法であるというほかはない」として、大阪府の損害賠償責任を肯定した
 
・最高裁昭和59年3月23日第2小法廷判決(民集38巻5号475頁)では、海岸で中学生が焚き火に旧日本軍の不発弾を投入したところ爆発し死亡したことについて、警察官は「単に島民等に対して砲弾類の危険性についての警告や砲弾類を発見した場合における届出の催告等の措置をとるだけでは足りず、更に進んで自ら又は他の機関に依頼して砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講ずべき職務上の義務があつたものと解するのが相当」として東京都の損害賠償責任を肯定した。
 
(2)規制権限の不行使
 
・かつて行政庁の裁量がゼロに収縮するという裁量収縮の理論が唱えられことがあったが、最高裁判例は、違法性の一元的判断により規制権限の不行使が違法になるとしている
 

判例@ 最高裁平成元年11月24日第2小法廷判決(民集43巻10号1169頁、行政判例百選222事件)
 
 Aは宅建業者の免許を得て事業を行っていたが、顧客Xに損害を与えた。XはY(京都府)に対し、Aに対する業務停止処分などの規制権限の行使を怠ったことが違法であるとして、損害賠償を求めた。
 
 業務停止等の「処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、...国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない」

 
 薬害クロロキン事件判決(最高裁平成7年6月23日第2小法廷判決、民集49巻6号1600頁、行政判例百選223事件)では、最高裁は、「クロロキン製剤について、厚生大臣が日本薬局方からの削除や製造の承認の取り消しの措置を採らなかったことが著しく合理性を欠くものとはいえない」と判示している。
 これに対し、筑豊じん肺判決(最高裁平成16年4月27日第3小法廷判決、民集58巻4号1032頁)では、通商産業大臣が、じん肺被害の実情を把握しながら、じん肺法が制定されるまでじん肺対策を怠ったことについて、「昭和35年4月以降,鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは,その趣旨,目的に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。」としている
 泉南アスベスト訴訟でも、石綿関連の疾患になることを防止するために、昭和46年4月28日まで,労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったことは,旧労基法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。」とされた(最高裁平成26年10月9日第1小法廷判決、民集68巻8号799頁、行政判例百選224事件)
 

判例A(水俣病判決) 最高裁平成16年10月15日第2小法廷判決(民集58巻7号1802頁、行政判例百選225事件)
 
 Xらは水俣病患者であり、水俣病の発生及び被害拡大の防止のために規制権限を行使することを怠ったことについてY(国)に損害賠償を求めた。
 
 昭和34年末には「通商産業大臣において,上記規制権限を行使して,チッソに対し水俣工場の...工場排水についての処理方法の改善,当該施設の使用の一時停止その他必要な措置を執ることを命ずることが可能であり,しかも,水俣病による健康被害の深刻さにかんがみると,直ちにこの権限を行使すべき状況にあったと認めるのが相当である。また,この時点で上記規制権限が行使されていれば,それ以降の水俣病の被害拡大を防ぐことができたこと,ところが,実際には,その行使がされなかったために,被害が拡大する結果となったことも明らかである。」
 以上の諸事情を総合すると,昭和35年1月以降,「規制権限を行使しなかったことは,上記規制権限を定めた水質二法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。」

 
※規制権限の不行使の違法の考慮要素(宇賀概説Up440)
 

@被侵害法益の重大性 :被侵害法益が生命・身体のように重要なものであるほど作為義務が認められやすい
A予見可能性     :被害の発生を予見できたか(この要件の中で危険の切迫も問題となる)
B結果回避可能性   :行政権限行使により、危険を回避することができたか
C期待可能性     :私人による危険回避が可能であったか(補充性)、客観的に見て行政介入が期待される状況にあったのか

 
次回は「国家賠償法1条(2)(3)、賠償責任を巡る諸問題」大橋p412〜438、458~464