行政法U第24回「国家賠償法1条(2)」
正木宏長
※引用なき条文の指定は国家賠償法から
1 加害公務員の特定(大橋p412〜413)
 
ex. 警視庁の警察官100人とデモ参加者の1人が乱闘になって、警察官の中のいずれか1人から暴行を受け障害を負ったという場合、警察官の中の1人から暴行を受けたということが明らかであれば、加害行為を行った公務員の責任は東京都に帰属し、東京都が国家賠償法1条に基づく責任を負う
 → この場合は加害公務員の特定は求められていない
 

判例@ 最高裁昭和57年4月1日第1小法廷判決(民集36巻4号519頁、行政判例百選230事件)
 
 税務署職員Xは、税務署長の実施する定期健康診断を受けたが、異常なしと診察された。ところが1年後、Xの結核と、定期健康診断の際のレントゲン写真に結核に罹患していることを示す陰影があったことが判明したため、XはY(国)に対し、国家賠償請求を提起した。なお医師が読影を誤ったか、結果報告を怠ったのか、税務署が必要な措置を怠ったかは不明である
 
 「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当」である。
 ただし、本件ではレントゲン写真による検診及びその結果の報告は「公権力の行使」にあたらないとして、原審に破棄差戻しの判決が下されている

 
2 職務行為関連性(大橋p413〜415)
 
・公務員が、職務を行う際に相手に損害を与えたことが要件とされている
 ex. 国家公務員が職務と全然関係のない家庭内暴力をふるうなどをしても国が責任を負うわけではない
・国家賠償法1条の「職務を行うについて」の解釈に際し、最高裁は、民法715条(使用者責任)の場合と同じく外形標準説をとっている
 

判例A 最高裁昭和31年11月30日第2小法廷判決(民集10巻11号1502頁、行政判例百選229事件)
 
 警視庁の巡査Aは非番の日に、金を盗むために、警察官の格好をして通行人Bを射殺した。Bの遺族XはY(東京都)に対して損害賠償請求をした
 
 国家賠償法1条は「公務員が主観的に権限行使の意思をもつてする場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもつてする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによつて、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめ」るものである

 
3 故意・過失・違法性(大橋p415〜422)
3.1 違法性と過失の関係 
 
・民法学では、故意・過失と違法性が別個に判断されるのか、違法性なり過失なり収斂するかについて議論が分かれている
 
・同種の議論は国家賠償法1条についても存在し、国家賠償法1条に関しては以下のような立場があるとされる
 
@違法と過失の二元的判断(違法性二元説):違法性と故意・過失を別個に判断する
→ 行政活動の「違法」と公務員の「過失」を認定して損害賠償責任を認める
A違法一元的判断(違法性一元説):違法性の要件に、過失の要件が吸収されるとする
    → 公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかったことが「違法」であるとして損害賠償責任を認める
 
 他に、過失の要件に、違法性の要件が吸収されるとする過失一元的判断もあるとされる。「注意義務違反」などからただちに損害賠償責任を認めるというのが例である。学校事故などで用いられているとされるが、結局、違法性一元説と類似した判断枠組みとなる
 
3.2 違法性二元説 
 
・一部の学説は、行政行為に対する国家賠償請求での違法性は取消訴訟と同じだと解するべきと主張している(公権力発動要件欠如説)、
 → この説に立つと、公務員の故意・過失を判断するために違法性と故意・過失の二元的判断を行うべきだとされる
 
・判例でも次のように行政活動の違法性を判断したうえで、公務員の過失なしとしたものがある
 

判例B 最高裁平成16年1月15日第1小法廷判決(民集58巻1号226頁)
 
 国民健康保険法5条では、国民健康保険の被保険者の要件として、「市町村...の区域内に住所を有する者」であることを挙げている。事件当時の厚生省の通知は、外国人で「住民」に該当するのは「入国当初の在留期間が1年以上」の者等に限るとしていた。
 短期在留の資格で日本に入国した、在留資格を有しない外国人であるXはY1(横浜市)港北区長に国民健康保険被保険者証の交付を申請したが、厚生省の通知に従えば在留資格がないとして、拒否された。
 Xは、後に、在留特別許可と被保険者証を得たが、それまでの過払い分は違法な通知と処分による損害だとしてY1とY2(国)に国家賠償請求をした
 
 「Xは,...法5条にいう『住所を有する者』に該当するというべきである。そうすると,本件処分は違法であるというべきであ」る
「しかしながら,ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を遂行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない。」
(Y1Y2の国家賠償責任を否定)

 
3.3 違法性一元説 
 
・行政処分に起因する国家賠償請求について、裁判所は、いわゆる職務行為基準説に基づく違法一元的判断を行うことが多い
 → 職務行為基準説は、「公務員が職務上尽くすべき注意義務を懈怠したことをもって違法」とする立場である
 
・職務行為基準説は、国家賠償法と取消訴訟とで「違法性」の内容が異なるという「違法性相対説」に立つものだとされる
 
・違法性相対説は、国家賠償法上の違法性は、被侵害法益の重大性、損害の内容・程度、被害者側の事情、加害の態様など多種多様な判断要素を踏まえて違法性が総合判断されるのであり、処分発動要件の充足は一つの要素であるという考えに立脚している
→ 学説には、国家賠償法で、取消訴訟で言う意味での違法性の判断がされなくなるおそれがあることから、職務行為基準説を批判するものがある
 
・職務行為基準説は検察官の起訴に関連して現れた議論である
 

判例C 最高裁昭和53年10月20日第2小法廷判決(民集32巻7号1367頁、行政判例百選228事件)
 
 Xは窃盗罪等などで起訴されたが無罪判決を得た。そこでY(国)に対して、捜査や公訴の提起について故意・重過失があったとして損害賠償を求めた
 
 「刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるということはない。けだし、逮捕・勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎりは適法であり、...起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、...起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからである。」

 
・下の判例も職務行為基準説によるとされることがある
 

判例D 最高裁昭和61年2月27日第1小法廷判決(民集40巻1号124頁、行政判例百選216事件)
 
 巡査Aら乗るパトカーは、Bの運転する速度違反者を発見し追跡を開始した。しかし信号無視をしながら時速100kmで追跡したところ、Bは交差点でCの乗る車両に衝突し(Cは死亡)、さらにCの車両がXの車両に追突したためXは重傷を負った。XはY県に損害賠償を求めた
 
 警察官は被疑者を追跡することは出来るが、「警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被つた場合において、右追跡行為が違法であるというためには、右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、又は逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。」
 本件追跡行為が違法であるとすることはできないとされた

 
・最高裁は、職務行為基準説を通常の行政活動に対する国家賠償請求についても用いている
 

判例E 最高裁平成5年3月11日第1小法廷判決(民集47巻4号2863頁、行政判例百選219事件)
 
 税務署長がXに更正処分をしたところ過大に税を課すものだったので、XはY(国)に対して損害賠償請求をした。なお更正処分の違法性は別訴の取消訴訟で確定している
 
 「税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。」
「本件各更正における所得金額の過大認定は、専らXにおいて本件係争各年分の申告書に必要経費を過少に記載し、本件各更正に至るまでこれを訂正しようとしなかったことに起因するものということができ、奈良税務署長がその職務上通常尽くすベき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をした事情は認められないから、...本件各更正に国家賠償法1条1項にいう違法があったということは到底できない。


判例F 最高裁平成19年11月1日第1小法廷判決(民集61巻8号2733頁、行政判例百選220事件)
 
 原爆特別措置法に基づく健康管理手当の受給権は、日本からの出国によって失権の取扱いになると、厚生省の局長通達(402号)が定めていた。これに従ってY(国)が在外被爆者Xに支給拒否をしていたことの違法性が、国家賠償訴訟で争われた
 
「402号通達の発出の段階において,原爆二法の統一的な解釈,運用について直接の権限と責任を有する上級行政機関たるYの担当者が,それまでYが採ってきたこれらの法律の解釈及び運用が法の客観的な解釈として正当なものといえるか否かを改めて検討することとなった機会に,その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば,当然に認識することが可能であったものというべきである。
 そうすると,Yの担当者が,原爆二法の解釈を誤る違法な内容の402号通達を発出したことは,国家賠償法上も違法の評価を免れないものといわざるを得ない。
 そして、Yの担当者が,このような違法な402号通達に従った失権取扱いを継続したことも,同様に,国家賠償法上違法というべきである。」 

 
3.4 国家賠償の対象とする保護利益と反射的利益論 
 
・反射的利益論が国家賠償法1条についても語られることがあった
 ex. 最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決(判例タイムズ755号98頁)は、検察官の不起訴処分に対して損害賠償請求がなされた事案について、告訴人の受ける利益が反射的利益であるとした
・現在の学説は、反射的利益という言葉を用いるべきではなく、被侵害利益を法令が保護する趣旨であるかどうかを問うべきであるとする
 
 最高裁平成25年3月26日第3小法廷判決(裁時1576号8頁、行政判例百選221事件)は、Xの委託した一級建築士Aによって耐震強度偽装がされたXの建築物に、Y(京都府)の建築主事が建築確認をしたことについて、XがYに国家賠償請求をした事例である。
 最高裁は,「建築確認制度の目的には,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを通じて得られる個別の国民の利益の保護が含まれており,建築主の利益の保護もこれに含まれているといえる」として、「建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき建築確認を行ったと認められる場合に,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である」とした(違法性は否定し請求棄却した)