行政法U第25回「国家賠償法1条(3)、賠償責任をめぐる諸問題」
正木宏長
※引用なき条文の指定は国家賠償法から
1 国家賠償請求訴訟と抗告訴訟(大橋p423~428)
1.1 国家賠償訴訟と取消訴訟の関係 
 
・国家賠償請求には行政処分の公定力は及ばない。国家賠償請求の提起について、あらかじめ行政処分につき取消又は無効確認の判決を得なければならないものではないというのが判例である(最高裁昭和36年4月21日第2小法廷判決、民集15巻4号850頁)
 
・わが国では国家賠償と取消訴訟の自由選択主義を採用しているので、両方とも請求できるし、片方だけでも請求できる。両方とも請求する場合、国家賠償請求は取消訴訟に対する関連請求になる(行政事件訴訟法13条1項)
 
 税を賦課する処分への国家賠償請求が認められるかについて、学説には争いがあったが、最高裁平成22年6月3日第1小法廷判決(民集64巻4号1010頁、行政判例百選233事件)は、固定資産税について「公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,...取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。」とした
 
1.2 取消判決の既判力と国家賠償訴訟 
 
・取消訴訟の既判力が、処分の違法性に関する限りで国家賠償訴訟にも及ぶかについては、国家賠償法1条の違法性に関連して議論がある
 → 取消判決が確定した場合、違法性同一説に立てば、取消判決の既判力が国家賠償訴訟に及ぶが、処分が違法であっても公務員に故意・過失が要件となることから、直ちに国家賠償請求が認容されることにはならない。違法性相対説に立つと、取消判決の既判力が国家賠償訴訟に及ばず、国家賠償訴訟では、公務員が通常尽くすべき職務上の義務を果たしたかどうかによって、国家賠償法上の違法が存在したかどうかが審査される
  
1.3 国家賠償請求権の法的性格 
 
・国家賠償請求は、訴訟手続としては民事訴訟の手続による。なお国家賠償請求に損失補償請求(公法上の当事者訴訟)を追加的併合することは、可能であるが、相手方の同意が必要である(最高裁平成5年7月20日第3小法廷判決、民集47巻7号4627頁、行政判例百選210事件)
・立証責任は民事訴訟の例による
 
2 公務員の個人責任(大橋p428〜429) 
 
・「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。 」(国家賠償法1条2項)
 
・国家賠償法1条は公務員の国民への不法行為の代位責任を規定したものであるが(通説)、国の賠償責任の他に、公務員の不法行為が成立する余地があるか?
 
・最高裁は、国家賠償法1条の国家賠償請求について「国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない」としている(最高裁昭和30年4月19日第3小法廷判決、民集9巻5号534頁)
 → 一部の学説からは、例えば公務員に故意・重過失ある場合について、公務員個人責任を肯定することが主張されている
※地方公共団体が加害公務員に対して国家賠償法1条2項の求償権を行使しないことは、住民訴訟の対象となる
 
3 立法、裁判に対する国家賠償請求(大橋p430〜436)
3.1  裁判官の行為 
 
・裁判官の行為も国家賠償法1条の損害賠償の対象となる。ただし、その要件は限定されている
 

判例@ 最高裁昭和57年3月12日第2小法廷判決(民集36巻3号329頁、行政判例百選227事件)
 
 Xは、Xが当事者となった留置権が争点の民事訴訟において、大阪地裁の判決には留置権について商法521条の規定を適用しなかった違法があったとして、Y(国)に対し、国家賠償法1条に基づく損害賠償を求めた
 
 「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによつて当然に...国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする」
 本件は「特別の事情」がある場合にはあたらないとされた

 
 最高裁昭和57年3月12日第2小法廷判決の「理は、刑事事件において、上告審で確定した有罪判決が再審で取り消され、無罪判決が確定した場合においても異ならないと解するのが相当である。」(最高裁平成2年7月20日第2小法廷判決、民集44巻5号938頁)
 
3.2  立法行為 
 
・「公権力の行使」には、国会の立法行為も含まれるので、国会の立法の内容や立法不作為に対して、国家賠償法1条に基づき国家賠償請求をすることができる
 
 最高裁昭和60年11月21日第1小法廷判決(民集39巻7号1512頁)は、在宅投票制度の廃止について、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない」として、立法不作為の責任が認められなかった
 

判例A(在外邦人選挙権訴訟判決)最高裁平成17年9月14日大法廷判決(民集59巻7号2087頁、行政判例百選208事件)
 
 海外に在住する日本人が、在外選挙制度がなかったため、国政選挙で投票できなかったことについて、立法不作為であるとして、損害賠償請求をした事例
 
 国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項「の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。」
 (昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が廃案となった後、10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったことが、「著しい不作為」であり、「例外的な場合」にあたるとされて、国の損害賠償責任が肯定された)

 
4 公私協働における責任問題(大橋p437〜438)
 
・「公権力の行使」をする限りで、その団体は国家賠償法1条の賠償責任を負う
 → 国、地方公共団体(都道府県、市町村、特別区、地方公共団体の組合、財産区)、公共組合、特殊法人、弁護士会、指定機関
・「公務員」とは身分上の公務員ではなく、公権力の行使を委ねられた者のことを指す
ex. 弁護士会で懲戒処分を下す懲戒委員会の委員の弁護士は公務員ではないが「公務員」と扱われる(この場合、国家賠償請求の被告は、国ではなく、弁護士会になる)
 
・公共主体から委託を受けて私的団体が行政事務を遂行する場合、国家賠償法1条の責任を公共主体が負うか、それとも私的団体が負うかという問題が生じる
 

判例B 最高裁平成19年1月25日第1小法廷判決(民集61巻1号1頁、判例百選232事件)
 
 児童養護施設に入所した児童が同施設に入所していた他の児童から暴行を受けた場合の、県の責任
 
 児童福祉法27条1項「3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では,入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり,このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は,3号措置に伴い,本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される。したがって,都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は,都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である。」
(養護施設の被用者個人の民法709条の責任と使用者の民法715条の責任は否定)

 
5 申請に対する不作為 
 
・申請に対する不作為も国家賠償請求の対象となる
 

判例C 最高裁平成3年4月26日第2小法廷判決(民集45巻4号653頁、行政判例百選218事件)
 
 水俣病患者Xらは昭和47年、水俣病認定申請を熊本県知事に行ったが、知事からは昭和52年に至るまで何ら応答処分を受けなかった。Xらは応答の遅れによって精神的苦痛を被っているとしてY1(国)とY2(熊本県)に対し、損害賠償を求めた
 
 「一般に、処分庁が認定申請を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できることであるから、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。」
 「そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには、客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず、その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである」

 
6 賠償責任をめぐる諸問題(大橋p458〜p464)
6.1 賠償責任者 
 
・公務員給与(1条の場合)や営造物の設置・管理(2条の場合)の費用負担者が、職の帰属主体や営造物の設置管理者と異なる場合、費用負担者も賠償責任を負う(3条1項)
 ex. 市立中学校の教師の活動によって生徒が被害を被った場合、教師が市の公務員であることに着目して、市に対して国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求することが可能であるが、教師の給与を県が払っていることに着目して、県を被告として国家賠償法3条1項に基づき損害賠償を請求することができる
 
補助金の交付額が本来の負担者と同等であり、実質的には事業の共同執行であり、補助金交付者が危険を効果的に防止しうるなら、補助金交付者は費用負担者である(最高裁昭和50年11月28日第3小法廷判決、民集29巻10号1754頁、行政判例百選242事件)
・3条1項の場合で、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する(3条2項)
 
 行政内部での最終的な責任の帰属については諸説あったが、最高裁平成21年10月23日第2小法廷判決(民集63巻8号1849頁、行政判例百選243事件)は、国家賠償法「法3条2項に基づく求償についても,上記経費の負担について定める法令の規定に従うべきであり,法令上,上記損害を賠償するための費用をその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が,同項にいう内部関係でその損害を賠償する責任ある者に当たると解するのが相当である」とした。上記の学校事故のような事例について、県が賠償をした場合、費用負担者である市が最終的に責任を負うとするものである
 
6.2 民法の適用 
 
・共同不法行為、過失相殺、消滅時効等の民法の不法行為の規定は国家賠償法にも適用される(4条)。損害賠償は民法722条により金銭賠償になる
・特別法の適用(5条)
 
 失火者の責任要件として「重過失」を要求する失火責任法は、民法の特別法として国家賠償法にも適用される(最高裁昭和53年7月17日第2小法廷判決、民集32巻5号1000頁、行政判例百選244事件)
 損害賠償額を法定する郵便法68条(書留郵便等への責任免除規定)が憲法17条に違反するとされた最高裁平成14年9月11日大法廷判決(民集56巻7号1439頁、行政判例百選245事件)には注意
 
7 安全配慮義務 
 
・債務不履行についての安全配慮義務違反の法理は、学校事故や公務員勤務関係で適用されている
・最高裁昭和50年2月25日第3小法廷判決(民集29巻2号143頁、行政判例百選26事件)は自衛隊員の公務災害について、安全配慮義務違反を認めた
・安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任の消滅時効期間は民法167条1項により10年である
 
次回は「国家賠償法2条」「損失補償(1)」大橋p440-457、p467〜480