行政法U第26回「国家賠償法2条」
正木宏長
※引用なき条文の指定は国家賠償法から
1 国家賠償法2条に基づく賠償責任(大橋p440〜442)
 
・明治憲法下でも大審院判例で、公の営造物については、土地の工作物の設置・管理の瑕疵に関する民法717条の規定が適用されるとされていた
・国家賠償法では、公の営造物の設置・管理の作用に基づく損害について、国又は公共団体の賠償責任を明確にするために、国家賠償法2条が規定されている
・「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。 」(国家賠償法2条1項)
 
◎民法717条と国家賠償法2条の責任の比較
→ いずれも危険責任(ないし報償責任)の思想に根拠を有する
→ 民法717条の「土地の工作物」よりも「公の営造物」のほうが広い概念である(国家賠償法2条の「公の営造物」は、天然の物や動産を含む)
 
 国立公園内の遊歩道で国有林内のブナ小枝の落下により、重症を負った原告が損害賠償を求めた事案で、木の占有者たる国には民法717条2項の責任を認め、国の許可を得て木材の伐採を行っていた事実上の管理者たる県には公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったとして、県の国家賠償法2条の責任を認めた裁判例がある(東京高判平成19年1月17日判タ1246号122頁)
 
2 「公の営造物」(大橋p442〜443、453〜454)
 
・国家賠償法2条でいう「公の営造物」とは、営造物のうち有体物の部分のことをいう(人的要素は含まない。工場の排水管の瑕疵には国家賠償法2条が適用される)
 → 国家賠償法2条でいう「営造物」は、講学上の公物に近い。自然公物のほか人工公物も含まれる
 ex. 道路、河川、官舎は典型的な国家賠償法2条の「公の営造物」である
 

◎「公の営造物」とは何か  
 
@公の用に供されていない物は「公の営造物」ではない
 ex. 道路予定地は「公の営造物」ではない
A「公の営造物」とは不動産だけではなく、動産も含む
 ex. 自動車、オードバイ、椅子、電気かんな、洗濯用脱水機、自動旋盤機、砲弾、テニスの審判台も「公の営造物」とされている
B「設置・管理」を国又は公共団体が事実上行っていれば、国又は公共団体が所有権等の法律上の権原を持っていなくても「公の営造物」となる
 ex. 私人が所有する水道施設の配水管も市が事実上管理しているなら「公の営造物」である
C国又は公共団体が「直接」、公の用に供していることが必要である
 ex. 私人たる町内会が、市教育委員会から承認を受けて児童広場を開設しても、市自ら開設した児童広場でなければ「公の営造物」ではない

 
※行政財産であるからといって当然に「公の営造物」ではないし、普通財産であるからといって当然に「公の営造物」ではないというわけではない。東京高裁昭和53年12月21日判決(判例時報920号126頁)では、行政財産たる国有林野は直接に公の目的に供されていないとして公の営造物ではないとされている
 
「国又は公共団体」
ex. 国、地方公共団体、土地改良区、土地区画整理組合、独立行政法人、国立大学法人
 
3 設置・管理の瑕疵(道路)(大橋p444〜447、453)
 

判例@(高知落石事件判決) 最高裁昭和45年8月20日第1小法廷判決(民集24巻9号1268頁、行政判例百選235事件)
 
 Aが国道で自動車を運転していたところ、雨が誘因となって落石が起こって、Aの自動車を岩が直撃し、Aは死亡した。Aの親Xは、Y(国)と県を相手に、国家賠償法2条により損害賠償を求めた
 
 「国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するを相当とする。」
 道路管理者においては、「落石注意」等の標識を立てて通行車に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護柵を設置し、あるいは山側に金網を張るとか事前に通行止めをする等の措置をとつたことはない。「本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があつたものというべきである」。
 防護柵を設置するとした場合、その費用の額は相当の多額にのぼるが、道路の管理の瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任を免れうるものと考えることはできない

 
※高知落石事件判決は次のようなことを示したとされる
 
@客観説と無過失責任
 → 営造物が通常有すべき安全性を欠いていれば賠償責任が成立するとしたことから、瑕疵に関する客観説に立ったものである。また、無過失責任も判示しており、管理者の作為義務や不作為義務に着目した判断(主観説)ではない
 
A予算制約の抗弁の排斥
 → 本件事案においては、予算制約が賠償責任を否定する抗弁にはなりえないとした
 
 最高裁平成22年3月2日第3小法廷判決(判例時報2076号44頁)は、キツネを避けようとして自動車事故が発生した事例について、道路へのキツネ侵入「対策を講ずるためには多額の費用を要する」ことを瑕疵を認めない理由として挙げており、最高裁が予算制約を考慮要素から一切排除しているわけではない(大橋p453)
 
B不可抗力、結果回避可能性
 → 不可抗力の事故ないし結果回避可能性の存在しない場合について、管理者に免責の可能性を残している
 

判例A 最高裁昭和50年7月25日第3小法廷判決(民集29巻6号1136頁、行政判例百選236事件)
 
 国道で故障車が発生したところ、オートバイを運転するAが故障車に追突し死亡した。Aの親XはY(和歌山県)に対し、国家賠償法2条により損害賠償を求めた
 
 「本件事故現場付近は、...道路中央線付近に故障した大型貨物自動車が87時間にわたつて放置され、道路の安全性を著しく欠如する状態であつたにもかかわらず」、B(道路管理者)は「本件事故が発生するまで右故障車が道路上に長時間放置されていることすら知らず、まして故障車のあることを知らせるためバリケードを設けるとか、道路の片側部分を一時通行止めにするなど、道路の安全性を保持するために必要とされる措置を全く講じていなかつたことは明らかであるから、...本件事故発生当時、Bの道路管理に瑕疵があつた」。

 
 安全対策をするための時間が設置・管理の瑕疵の要件となることがある。最高裁昭和50年6月26日第1小法廷判決(民集29巻6号851頁)では、自動車事故が起こった際、事故直前、他車によりバリケードや赤色灯標識が倒されていたことを理由に、設置・管理の瑕疵を否定している
 
→ いかなる状況でも責任を負うという意味での「結果責任」ではない。不可抗力の場合や結果回避可能性がない場合は、瑕疵が否定される
 
4 設置・管理の瑕疵(河川)(大橋p447〜450)
 
・最高裁は、河川管理と道路管理の差異を強調している

判例B(大東水害訴訟判決) 最高裁昭和59年1月26日第1小法廷判決(民集38巻2号53頁、行政判例百選237事件) 
 
 Xは昭和47年の集中豪雨により谷田川の氾濫によって床上浸水の被害を受けた。XはY(国)に対して、国家賠償法2条により損害賠償を求めた
 
 未改修河川又は改修の不十分な河川の安全性としては、「いわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえない」
 「当該河川の管理についての瑕疵の有無は、...同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、...早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもつて河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。」

 
・大東水害訴訟判決は堤防が未改修の河川に関する事例だが、改修済み河川の場合はどうなるか?

判例C(多摩川水害訴訟判決) 最高裁平成2年12月13日第1小法廷判決(民集44巻9号1186頁、行政判例百選238事件)
 
 昭和49年の集中豪雨により多摩川が氾濫した。被災者のXらは国に対して、国家賠償法2条により損害賠償を求めた。多摩川の堤防は改修済みであった
 
 工事実施基本計画に準拠して改修、整備がされた「段階に対応する安全性とは、同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいうものと解すべきである。」
 「水害が発生した場合においても、当該河川の改修、整備がされた段階において想定された規模の洪水から当該水害の発生の危険を通常予測することができなかつた場合には、河川管理の瑕疵を問うことができない。」
 「水害発生当時においてその発生の危険を通常予測することができたとしても、右危険が改修、整備がされた段階においては予測することができなかつたものであつて、当該改修、整備の後に生じた河川及び流域の環境の変化、河川工学の知見の拡大又は防災技術の向上等によつてその予測が可能となつたものである場合には、直ちに、河川管理の瑕疵があるとすることはできない。」「けだし...右危険の予測が可能となつた時点から当該水害発生時までに、予測し得た危険に対する対策を講じなかつたことが河川管理の瑕疵に該当するかどうかを判断すべきものである」

 
 → 改修済み河川について多摩川水害訴訟判決で、最高裁は、工事実施基本計画に準拠した管理水準を要求している
 
5 通常の用法に従った利用(大橋p450〜452)
 
・本来の用法と異なる異常な行動をとった結果として事故が発生した場合、異常な行動が管理者にとって予測不可能であれば、設置・管理の瑕疵は否定される

判例D 最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決、民集47巻4号3226頁(行政判例百選240事件)
 
 幼児が中学校のテニスコートのテニスの審判台で遊んでいたところ審判台が倒れ、幼児が死亡した事例
 
「国家賠償法2条1項にいう『公の営造物の設置又は管理に瑕疵』があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである」。
「公の営造物の設置管理者は、本件の例についていえば、審判台が本来の用法に従って安全であるべきことについて責任を負うのは当然として、その責任は原則としてこれをもって限度とすべく、本来の用法に従えば安全である営造物について、これを設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用しないという注意義務は、利用者である一般市民の側が負うのが当然であり、幼児について、異常な行動に出ることがないようにさせる注意義務は、もとより、第一次的にその保護者にあるといわなければならない。」
(町の責任を否定)

 
6 安全対策に対する社会的期待(大橋p452〜453)
 
・駅に点字ブロックを設置しないことが瑕疵にあたるかどうかは、当該地域の道路や駅のホームに点字ブロックが普及していたかどうか、必要性の程度等の事情が総合考慮されるべきである(最高裁昭和61年3月25日第3小法廷判決、民集40巻2号472頁、行政判例百選239事件)
 → 事件当時には点字ブロックが普及していなかったことが重視された
 
7 供用関連瑕疵(大橋p454〜456)
 
※営造物利用者以外の第三者に対する損害についても損害賠償は認められる

判例E(国道43号線訴訟) 最高裁平成7年7月7日第2小法廷判決(民集49巻7号1870頁)
 
 国道43号線の近隣住民Xらが騒音被害について、Y(国)らに国家賠償法2条により損害賠償を求めた。
 
 「Yにおいて騒音等が周辺住民に及ぼす影響を考慮して当初からこれについての対策を実施すべきであったのに、右対策が講じられないまま...本件道路が開設され、その後に実施された環境対策は、巨費を投じたものであったが、なお十分な効果を上げているとまではいえないというのである。そうすると、本件道路の公共性ないし公益上の必要性のゆえに、Xらが受けた被害が社会生活上受忍すべき範囲内のものであるということはできず、...YらはXらに対して損害賠償義務を負うべきである」 

 
・空港による騒音公害も公共性によって受忍を義務付けることはできないとして、国家賠償法2条の損害賠償責任が肯定されている(大阪空港訴訟、最高裁昭和56年12月16日大法廷判決、民集35巻10号1369頁、行政判例百選241事件)
 
国家賠償法1条と2条との関係は、どちらかが排他的に適用されるという関係ではない
ex. ダム操作事故などは1条で公務員の過失責任を争う、2条で設備の設置・管理の瑕疵を争うという二つの方法が考えられる