行政法U第28回 「損失補償(2)、国家補償の谷間」
正木宏長
1 補償の範囲(大橋p480〜485)
 
・法律に補償の内容について定めをおくことがある。土地収用法70条以下など
・任意買収にあたっては、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」が策定されている
・以下で土地収用法の補償の規定を解説する
 
(1)残地補償(土地収用法74条1項)
 
ex. 残地が三角形になって地価が低下した
ex. 将来別荘地としても使用できる雑木林が、高圧送電線によって分断され地価が低下した
※収用後、土地が空港や鉄道等の公共事業に供されて、残地の住民が損害を被ることがある。これを事業損失と呼ぶ。裁判実務ではこれを国家賠償法の問題だとしている
 
(2)みぞかき補償(土地収用法75条)
 
ex. 2戸連結した建物のうち1戸だけ収用した際の屋根の修復費用
ex. 庭の一部を収用した際の庭の修復費用
 
(3)移転料補償(土地収用法77条)
 
ex. 建物・立木の移転費用(実際には除却新築や伐採除却が行われる場合が多い)
 
(4)通常受ける損失の補償(土地収用法88条)
 
ex. 営業休止・廃止の補償、移転雑費、動産移転料
 
(5)精神的損失、文化財的価値
 
・先祖伝来の土地を離れることによる精神的損失についての補償等は、損失補償基準要綱の施行に伴う閣議了解では行わないとしている。学説からは批判もある
・最高裁昭和63年1月21日第1小法廷判決(判例時報1270号67頁)は、長良川の「輪中堤は...歴史的、社会的、学術的価値を内包しているが、それ以上に本件堤防の不動産としての市場価格を形成する要素となりうるような価値を有するというわけではないことは明らかである」として、文化財的価値は土地収用法88条の「通常受ける損失」にあたらないとした
 
(6)生活再建措置
 
・少数残存者補償(ex. 村の大半がダムに沈んだとき、残された者が集落から得ていた生活上の便益への補償、損失補償基準要綱45条)
・離職者補償(ex. 再就職までの期間の賃金相当額の補償。損失補償基準要綱46条)
・裁判例では生活権補償が通常生ずべき損害であるとはされていない
・損失補償基準要綱6条2項は、土地等の権利者が要求した場合の、金銭給付に代わる現物給付を定めている。
 → 現物給付は例外的位置づけ
・土地収用法139条の2、都市計画法74条などが、生活再建措置についての努力義務を定めている
 
2 公用制限と損失補償、不許可補償(大橋p485〜488)
 
・都市計画事業に関連する建築制限について損失補償がされる場合がある。都市計画でも用途地域規制のような場合は損失補償は不要と解されている
 
・その他の法律でも「通常生ずべき損失」の補償が義務付けられている例がある
 ex. 自然公園法は、特別地域における工作物の新築の不許可等に対する損失補償を定めている(不許可補償、自然公園法64条)
 
3 補償手続と補償金支払い時期(大橋p489〜490)
 
・土地収用により所有者が被る損害は起業者が補償しなければならない(土地収用法68条)
・土地の収用は金銭補償による(土地収用法70条)
・「補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。 」(土地収用法71条)
 → 判例は、ここでの「相当な価格」は「完全な補償」を指すものであるとする
 
 前回、完全補償説として紹介した最高裁昭和48年10月18日第1小法廷判決(民集27巻9号1210頁、行政判例百選250事件)は、「被収用者に対し土地収用法72条によつて補償すべき相当な価格とは、被収用地が、右のような建築制限を受けていないとすれば、裁決時において有するであろうと認められる価格をいうと解すべきである」とする。
 
・価格固定制度の合憲性については、前回紹介した最高裁平成14年6月11日第3小法廷判決(民集56巻5号958頁)参照
 
 なお、土地収用法の損失補償の額について最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決(民集51巻1号147頁、行政判例百選209事件)は、「裁判所は、収用委員会の補償に関する認定判断に裁量権の逸脱濫用があるかどうかを審理判断するものではなく、証拠に基づき裁決時点における正当な補償額を客観的に認定し、裁決に定められた補償額が右認定額と異なるときは、裁決に定められた補償額を違法とし、正当な補償額を確定すべきものと解するのが相当である」として、収用委員会の損失補償額決定の裁量を否定した
 
4 国家補償の谷間(大橋p491〜496、宇賀Up511〜512、534~543)
 
・違法無過失の行為には国家賠償法1条も損失補償も適用されない。
 → 予防接種禍訴訟に見られるような国家補償の谷間の問題
 
・立法で、違法・適法を問わず国が補償を行うとする例もある(結果責任主義)
 
(1)予防接種禍の問題
 
・一定の者に予防接種を義務付けるとして、後遺症が出た場合や、死亡事故が起こったときの補償の問題。予防接種自体は正当だが、結果は不当。そして過失はない
 
・予防接種法15条は無過失の補償責任を定めている。かつては、このような規定がなかったため、しばしば紛争となっていたが、医師や行政の過失の認定が困難であった。
 → 近時の判例では、厚生大臣が予防接種の際、禁忌を識別するための措置を怠ったことを過失ととらえて国家賠償法1条による救済がなされている(例としては、東京高裁平成4年12月18日判決、判例時報1445号3頁)。
 

判例@ 最高裁平成3年4月19日第2小法廷判決(民集45巻4号367頁、行政判例百選217事件)
 
 予防接種により後遺障害を被ったX及びその両親が、Y(国)ほかに国家賠償法1条に基づき損害賠償を求めた事例
 
 「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」
(原審に破棄差戻し)

 
→ 予防接種担当医師に適切な質問をする義務があるとして高度の注意義務を課した最高裁昭和51年9月30日第1小法廷判決(民集30巻8号816頁)とあわせみると、予診不十分であることを理由に広範に過失を認めるうるもの
 
損失補償による予防接種禍の解決
 
・予防接種禍については、かつては損失補償の法理によって救済を行うことが主張されていた
 → 憲法29条3項は私有財産についての補償を定めているため、生命・身体という非財産的法益に対する適法な侵害に憲法29条3項が適用されるかが問題となっていた。下級審裁判例・学説は憲法29条3項を「類推適用」するという説と「もちろん適用」するという説に分かれていた
・現在は国家賠償法1条による予防接種禍の救済が判例で定着している
 
(2)危険責任にかかる補償
 
・国家補償の制度として、危険状態を国が作り出したことや、危険状態に人をおいたことから生じる補償の制度がある
ex. 「国家公務員災害補償法」「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」
 →無過失での補償を定めている
 
戦争損害
 
・一般的に、第二次世界大戦の被害の損失補償について、最高裁は消極的である。
 
 最高裁昭和43年11月27日大法廷判決(民集22巻12号2808頁、行政判例百選254事件)は、カナダ政府による第二次世界大戦中の日本国民の在外資産の接収について、「戦争損害は、他の種々の戦争損害と同様、多かれ少なかれ、国民のひとしく堪え忍ばなければならないやむを得ない犠牲なのであつて、その補償のごときは、さきに説示したように、憲法29条3項の全く予想しないところで、同条項の適用の余地のない問題といわなければならない」とした
 
※戦争被害についての損失補償の否定例
・シベリア抑留の際の捕虜への補償(最高裁平成9年3月13日第1小法廷判決、民集51巻3号1233頁)、朝鮮人軍属への補償(最高裁平成13年4月5日第1小法廷判決、判例時報1751号68頁)、従軍慰安婦への補償(最高裁平成16年11月29日第2小法廷判決、判例時報1879号58頁)
 
(3)国家補償との性格を併有した社会保障給付
 
・国の行為の結果責任と社会保障の双方の側面を持つ法律がある
→ 社会保障は、国家起因性ではなく、実際に存在する貧困・疾病などに対して、社会連帯の立場から救済を与えようとするものであり、被害者の資力などが重要な要素になる場合が多い
 
・最高裁昭和53年3月30日第1小法廷判決(民集32巻2号435頁、行政判例百選255事件)は、原爆医療法に「実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは、これを否定することができない」ので、原爆医療法は社会保障法と戦争被害への国家補償の複合的性格を持ち、被爆者であれば不法入国者にも適用されるとした
 
・無罪判決を受けた者に対する補償を定める刑事補償法については、違法無過失責任を定めたものと解する説もあるが、国家賠償法1条の違法性の解釈によっては、結果的には無罪判決が下されたが公訴の提起・追行は適法だとされる場合もあるので、適法違法を問わない結果責任的性質を有している。また補償額の決定の際、本人の年齢・健康状態などが考慮されるので社会保障的色彩も混在している
・少年審判事件で身柄を拘束されたが非行事実なしとして不処分決定を受けた少年については、1992年に制定された「少年保護事件に係る補償に関する法律」により補償が与えられる
 
(4)その他の立法措置 
 
◎違法な行政活動への補償
 
・消防法の、改善命令の取消がなされた場合や、適法な構造を有する建物へ消防法上の措置を行った際の補償(消防法6条2項、3項)など。故意・過失の有無を問わず補償する
 
◎正当な行為への結果責任
 
ex. 文化財保護法は修理の際に生じた損失の補償(文化財保護法41条)や、公開のための出品に起因する滅失・毀損への補償(文化財保護法52条)を規定している
 →適法・違法を問わない結果責任を定めている
 
◎租税優遇措置
 
・阪神・淡路大震災の際のように、被害者の損害を軽減するために、国家補償は行われなくても、租税優遇措置が行われる場合がある
→ 国家補償制度の下での被害者救済機能・損害分散機能の限界は、租税優遇措置によって、ある程度代替されうる