行政法U第29回「公務員法(1)」
正木宏長
1 公務員法総論(宇賀Vp346〜390)
1.1 公務員法の歴史 
 
・戦前のわが国は、ドイツの公務員法制に範をとり、国に勤務する者を官吏と雇員・傭人に分けていた
 → 官吏は公法上の勤務関係に立ち、種々の特権を付与されていた。雇員と傭人は私法上の契約により勤務するものとされた
・戦前は、官吏は天皇の官吏とされ、天皇に対して無定量に忠勤に励むべきとされた
・日本国憲法では、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」(日本国憲法15条2項)とされている → 国民全体の奉仕者への転換
 
※ 現在の国家公務員法では、官吏と雇員・傭人を区別する身分的公務員制度は否定されている
 → 人事管理について、法制上は画一化された。現在は任期付職員のように公務員の多様化、柔軟化が推進されている
 
1.2 公務員の概念 
 
憲法の公務員概念(日本国憲法15条〜17条、99条) : 国または公共団体の公務に携わる者の総称として「公務員」の語が用いられている
→ 憲法に公務員への言及があることから、直ちに一定の法効果が生ずるものではない
刑法の公務員概念 :「この法律において『公務員』とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。」(刑法7条)
 
 最高裁昭和35年3月1日第3小法廷判決(刑集14巻3号209頁)は、刑法上の公務員について「単純な機械的、肉体的労務に従事するものはこれに含まれないけれども、当該職制等のうえで『職員』と呼ばれる身分をもつかどうかは、あえて問うところではない」としたうえで、国営時代の郵便集配人は郵便法等に基づく精神的労務に属する事務をもあわせ担当しているので公務員であるとして公務執行妨害罪の適用を認めた。
 
※個別法で、刑法の適用について法令により公務に従事する者と扱う「みなし公務員」規定が置かれることがある
 ex. 国立大学法人の役員及び職員は「みなし公務員」である(国立大学法人法19条)
 
国家賠償法の公務員概念 : 国家賠償法1条でも公務員の用語が用いられているが、、これは不法な行為をした者の身分ではなく、当該行為が公権力の行使であるかどうかで適用関係が決まる
国家公務員法: 定義規定をおいていないが、国家に勤務する者が国家公務員である(警察官で例外がある)
 → 国家公務員法において公務員概念をより明確に定義すべきとの批判がある
 
1.3 公務員の類型 
 
一般職、特別職 : 国家公務員法2条3項、地方公務員法3条3項に列挙されている職が特別職であり、そうでない職が一般職である。選挙で選ばれるもの、政治任用によるもの、立法府や司法府の公務員であるものが特別職とされている
常勤、非常勤 : 国家公務員法は常勤・非常勤を問わず特別職以外の一切の職を一般職としている。国の非常勤職員については人事院規則に定めがある。地方公務員法は非常勤の委員などを特別職としている
現業、非現業 :国・地方公共団体の企業経営などの非権力的な業務を現業といい、それに従事する職員を現業職員という
 → 国の現業職員は「特定独立行政法人等の労働関係に関する法律」(かつては公共企業体労働関係法といった)の適用を受けていたが、2013年に国有林野事業の企業的運営の廃止がなされ、現在では、国の現業事業自体がなくなった。地方公務員については、現在でも水道、ガスなどの現業事業が存在する
 
1.4 公務員法の体系 
 
・内閣は、「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理する」(日本国憲法73条4号)
・公務員に関する法律として、国家公務員法と地方公務員法が定められている
・国家公務員法も地方公務員法も基準的性格が強調されている(参照、国家公務員法1条1項)
 
1.5 人事行政機関 
 
・人事管理行政は、一般的な個々の公務員の任免や日常的な服務管理は国にあっては府省やその外局の長が行う(任命について国家公務員法55条)
 → 内閣総理大臣は、法律の定めるところに従い、標準職務遂行能力や採用昇任等基本方針などに関する事務などをつかさどる(国家公務員法18条の2第1項)
・2014年国家公務員法改正による内閣人事局の創設
・一方で、給与その他勤務条件、採用試験、懲戒、分限については、人事行政のための独立行政委員会として、国にあっては人事院、地方公共団体にあっては人事委員会または公平委員会が設置されている
 
・人事院は、給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告、採用試験、任免、給与、研修、分限、懲戒、苦情の処理、職務に係る倫理の保持その他職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどる(国家公務員法3条2項)
 → 国家公務員の俸給表に関して人事院勧告が行われている
 
・人事院は準立法的機能の行使として人事院規則を制定する
・人事院は準司法的機能の行使として不利益処分にかかる不服申立ての審査などを行う
 
※地方公共団体には、国の人事院に対応する労働基本権制約の代償措置のために条例で設けられる行政委員会として、人事委員会・公平委員会が置かれている
 
2 公務員の勤務関係(宇賀Vp391〜435)
2.1 公務員の勤務関係の法的性格 
 
・大日本帝国憲法下では官吏の勤務関係は特別権力関係とされたが、現在は否定されている
 → 現在では公務員の勤務関係について広範に法律・条例による規律が及んでいる
・ 現業の国家公務員の「勤務関係は、基本的には、公法的規律に服する公法上の関係である」(最高裁昭和49年7月19日第2小法廷判決、民集28巻5号7頁、行政判例百選8事件)
 → 民法の安全配慮義務の法理が公務員の勤務関係に適用されていることに注意
 
2.2 任用の基本原則 
 
・国家公務員法は当初、職階性を導入していた
 → 職階性は実施に移されなかった
・2007年の国家公務員法改正により職階性は廃止された
 
・能力主義、実績主義に基づく人事評価のために、内閣総理大臣は係員、係長、課長補佐、課長のような官職について、標準職務遂行能力を定める(国家公務員法34条1項5号)
・ある者を特定の官職に就ける行為を任用という。国家公務員法は任用の方法として、採用、昇任、降任、転任を定めている(国家公務員法35条)
・現在の国家公務員法では能力主義、実績主義がとられている
 → 猟官主義を廃して成績主義を導入したアメリカの影響
 
2.3 勤務関係の成立 
 
・採用の法的性格については、公法契約説、同意に基づく行政行為説、労働契約説がある
 → 一般的には、採用は行政処分と見るべき説が有力である
・民間企業では採用内定通知の発送により、翌年度の4月1日を効力発生日とする始期付労働契約が成立したものと解されているが、公務員については採用の効果は辞令書が交付された時点またはこれに準ずる時点と解されている
 → 公務員の採用内定は、採用の準備としてなされる事実上の行為にすぎず、行政処分ではない(最高裁昭和57年5月27日第1小法廷判決、民集36巻5号777頁)
 
・国家公務員法59条1項は、6月を下らない期間の条件付き採用を定め、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとしている
 → 不適格者の排除を容易にし、成績主義の原則を貫徹しようとするもの
・公務員の採用は、欠格事由に該当する者を除いて、すべての者に平等に受験の機会が与えられる成績主義に基づく競争試験によって行うことが原則とされる(国家公務員法33条、36条、38条、46条)
 
◎外国人の公務就任能力
→ 「外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべき」(最高裁平成17年1月26日大法廷判決、民集59巻1号128頁)
 
◎勤務関係成立の特別の形態
・勤務関係成立の特別の形態として、臨時的任用(国家公務員法60条)や任期付任用(任期付職員法)がある
 → 法令に根拠のない任期を定めた公務員の採用も行われている。最高裁は、小学校教員の期限付(1年)任用について、地方公務員法上、特にこれを認める規定がなくても、許されるものと解するのが相当と判示している(最高裁昭和38年4月2日第3小法廷判決、民集17巻3号435頁、行政判例百選91事件)
 
2.4 勤務関係の異動 
 
・公務員の勤務関係の異動の主要なものには、昇任、転任、降任がある
・本人の意に反した転任、配置換えは本人に不利益となる場合があるので、 転任、配置換の処分性は一つの問題になる。人事院では、転任・配置換を行政処分として扱っている
・現に官職に任用されている職員を、その官職を保有させたまま、他の官職にも任用することを併任という。 ex. 局長を審議会委員に併任する
 
※公務員の身分を保有させたまま他の団体等の職務に従事させることを、派遣という。国では官民人事交流法やその他の法律によって国家公務員の派遣が行われている。派遣される職員は派遣期間中も、派遣元の国の職員としての身分を保有する
 
休職 : 官職を保有したまま職員を職務に従事させない処分を休職という(参照、国家公務員法79条)
休業 : 一定の個人的な目的のために任命権者の承認を得て、公務員の身分を保持したまま職務に従事しないことを認める休業として、育児休業などがある
 
2.5 勤務関係の消滅 
 
・公務員の勤務関係の消滅を総称する用語として離職がある(国家公務員法77条)
 
(1)失職
 
失職 :一般職職員が欠格事由に該当するに至った場合、当然に職員の身分を失う。これを失職という(国家公務員法76条)
 →失職制度は憲法13条、14条、31条に違反しない(最高裁平成元年1月17日第3小法廷判決、判例時報1303号139頁)
 →1973年の有罪判決をもって、2000年に、有罪判決確定時に遡って失職した旨を通知しても、信義則に反し権利の濫用となるわけではない(最高裁平成19年12月13日第1小法廷判決、判例時報1995号157頁)
 
(2)分限免職
 
分限免職 :行政運営上、当該職員を官職に就けておくことが適切でないために行われ、本人に対する非難、制裁の性格を有しない
 → 勤務実績が良くない場合や、その職に必要な適格性を欠く場合に行われる。参照、国家公務員法78条
・分限免職での裁量権行使のありかたについては、目的違反・動機違反や、要考慮事項の審理不尽の観点から審査するとした、最高裁昭和48年9月14日第2小法廷判決(民集27巻8号925頁)がある
 
(3)懲戒免職
 
懲戒免職:本人の非行に対する非難、制裁の性格を有する
 → 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合等に行われる。 参照、国家公務員法82条
・懲戒免職での裁量権の行使のありかたについて、最高裁昭和52年12月20日第3小法廷判決(民集31巻7号1101頁、行政判例百選80事件)は、懲戒権者と同一の立場に立って判断代置をすべきではなく、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法となるとしている。
 
(4)退職
 
・失職の場合及び懲戒免職の場合を除いて、職員が離職することを退職という(人事院規則8−12第4条9号)
・退職には定年による場合、公務員が公職の候補者となったために当然に公務員としての身分を失う場合、臨時的任用の期間が満了した場合、任期制の場合で任期を満了した場合などがある
・定年制は、1981年の国家公務員法改正で導入された(国家公務員法81条の2)
 
(5)辞職
 
・本人の意思により離職するのが辞職である
・公務員の場合、辞職の申出があっても自動的に辞職の効果が発生するのではなく、任命権者の承認が必要であるとされている。
 → 信義に反すると認めるべき特段の事情がない場合は、退職願の撤回も可能である(最高裁昭和34年6月26日第2小法廷判決、民集13巻6号846頁、行政判例百選128事件)