行政法U第30回 「公務員法(2)」
正木宏長
1 公務員の権利(宇賀Vp436〜493)
 
・戦前の天皇と官吏の関係は特別権力関係であり、官吏の天皇に対する権利の概念が成立する余地は存在しなかった
・日本国憲法の下では、公務員も勤労者として、雇用主である国・地方公共団体等に対して勤労者としての権利を有するのは当然とされた
・公務員の権利を考察するにあたっては、労働法的考察とともに、公務の特殊性にも配慮しなければならない
 
1.1 身分保障と諸権利 
 
(1)分限
 
・公務員は法定の事由によらなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない(国家公務員法75条)
 → 成績主義の公務員制度を維持するために、任命権者による恣意的な人事を禁ずる必要があるため
 
・降任の事由は免職の事由と共通であるが、降任が行われるのはまれである
・転任、配置換については法定の事由への限定という制約はないが、裁量権の逸脱濫用にわたるときは違法となる
※臨時的職員、条件付採用期間中の職員には身分保障の規定は適用されない
 
(2)懲戒
 
・「職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。」(国家公務員法82条)
 
・停職は人事院規則で1日以上1年以下とされている
・懲戒処分については効果裁量が認められているが人事院は指針を定めている。懲戒処分の公表についても指針が定められている
・懲戒処分の事前手続としては、処分理由と不服申立ての教示をした処分事由説明書の交付が求められているにとどまる(国家公務員法89条)
 
(3)財産的権利
 
・公務員の財産的権利のうち、国家公務員法に規定されているのは給与、公務災害補償、退職年金である(国家公務員法62条以下、93条以下、107条以下)
 → 具体的事項は個別法で定められている
 
・給与とは、国または地方公共団体の職員の俸給(給料)と諸手当の総称である
・国家公務員に支給される基本給が俸給であり、正規の勤務時間による勤務に対する報酬であって、諸手当を控除したものである。国家公務員の俸給に該当するものが地方公務員の場合は給料と呼ばれる
 
給与の原則
職務給の原則 : 職員の給与は、官職の職務と責任に応じて定められる(国家公務員法62条)
給与法定主義 : 職員の給与は、法律に基づいてなされる(国家公務員法63条)
 
俸給請求権の融通性
・戦前は、官吏の俸給請求権は公権であるとされ、その融通性は否定されていた
・戦後も、一般職の公務員については俸給のみにより生活することが想定されているので、一般職の公務員の俸給請求権の放棄は認められないとする説が少なくない
 → 地方議会の議員については「普通地方公共団体の議会の議員の報酬請求権は、公法上の権利であるが、公法上の権利であつても、それが法律上特定の者に専属する性質のものとされているのではなく、単なる経済的価値として移転性が予定されている場合には、その譲渡性を否定する理由はない。」とした判例がある(最高裁昭和53年2月23日第1小法廷判決、民集23巻1号11頁)
 
・民間労働者と同様、公務員の俸給請求権の差押えには制限がある(民事執行法152条)
※戦前の恩給制度は戦後、年金制度となった
 
1.2 労働基本権 
 
・1948年、ポツダム政令である、政令201号により国家公務員の団体交渉権、争議権が否定された
・1948年、政令201号に即して、国家公務員法が改正され、労働3法は一般職職員には適用しないこととされた
 
(1)団結権
 
・一般職職員には団結権が認められている
 → 一般職職員は職員団体を組織することができる(国家公務員法108条の2)。職員団体は登録することで勤務条件に関する交渉権を有する(国家公務員法108条の5第1項)
・非現業の国家公務員のうち、警察職員、海上保安庁職員、刑事施設職員については団結権が認められていない(国家公務員法108条の2第5項)。他に、特別職の自衛隊員や地方公務員では消防職員も団結権を認められていない
 
(2)団体交渉権
 
・登録された職員団体は、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関して団体交渉をすることができるが、団体協約締結権は認められていない(国家公務員法108条の5)
→ 団体交渉の結果、結ばれた覚書等は、紳士協定であり法的拘束力を持つわけではないが、事実上の拘束力を持つことが少なくない
 
・管理運営事項(行政機関が自らの判断と責任において処理すべき事項)に関しての団体交渉は認められていない
 
※独立行政法人のうちの行政執行法人の職員の労働関係については、「行政執行法人の労働関係に関する法律」が適用される。団結権と、管理運営事項を除く協約締結権を含む団体交渉権が認められている
 
(3)争議権
 
・「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」(国家公務員法98条2項)
 → 公務員は争議権を有しない
 
・独立行政法人のうちの行政執行法人についても「行政執行法人の労働関係に関する法律」によって争議権は否定されている
 
 全農林警職法事件判決(最高裁昭和48年4月25日大法廷判決、刑集27巻4号547頁)は、公務員の争議行為の禁止を合憲としている。その根拠としては@勤務条件法定主義や財政民主主義、A私企業の使用者はロックアウトで争議行為に対抗できるし、過大な要求は企業そのものの存立を危うくする、B私企業の場合、市場による抑制力が働く、C人事院勧告等の代償措置の存在を挙げている
 
1.3 政治的行為の制限 
 
・行政の政治的中立性を確保するために、一般職公務員の政治的行為は制限されている(国家公務員法102条1項)
 → 具体的な制限は人事院規則に委任されている
 
 猿払事件判決(最高裁昭和49年11月6日大法廷判決、刑集28巻9号393頁)は、「行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである」として、現業職員の選挙用ポスターの掲示や配布を規制することは憲法21条に違反しないとした
 近時の最高裁判例(最高裁平成24年12月7日第2小法廷判決(刑集66巻12号1337頁)、最高裁平成24年12月7日第2小法廷判決(刑集66巻12号1772頁))では、「当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずる」かどうかが争点とされており、実質的に猿払事件判決の判例変更が行われているとする見方がある
 
1.4 不服申立手続 
 
・一般職の国家公務員は、不利益処分に対して人事院に対してのみ行政不服審査法による審査請求をすることができる (国家公務員法90条1項)
公平審査と呼ばれる人事行政機関による不利益処分の審査は、準司法的手続として位置づけられる
 →請求者が口頭審理の公開を請求した場合には原則公開で審理される。対審構造による手続が採られ、審査請求前置主義が採用されている(実質的証拠法則は採用されていない)
 
2 公務員の義務と責任(宇賀Vp494〜538)
2.1 公務員の義務 
 
・「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」(国家公務員法96条1項) → 服務の根本基準
・「職員は、政令の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。 」(国家公務員法97条)
・「職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。 」(国家公務員法98条)
 → 上司の職務命令は口頭によることもでき、個別の法律の根拠を要しない。もっとも職務と無関係な私生活を対象とすることはできない
 
違法な職務命令の拘束力
・職務命令のうち上級行政機関から下級行政機関への指揮監督権の行使としての訓令としての性格を持つものは、訓令的職務命令となり、訓令の拘束力の議論があてはまる
・職員自身が名あて人となり、当該職員の後任者を拘束するものではない。非訓令的職務命令については違法の抗弁を認めるべきとの説がある
 → 最高裁平成15年1月17日第2小法廷判決(野球大会参加旅費等返還請求事件、民集57巻1号1頁)は、「地方公共団体の職員は,...上司の職務命令に重大かつ明白な瑕疵がない限り,これに従う義務を負うものと解される」として、非訓令的職務命令への服従義務についても重大明白説を採っているように思われる
 
・訓令的職務命令に対する訴訟を認めることは機関訴訟を認めることにつながるので、法律の定めがない限り許されない
 
 最高裁平成24年2月9日第1小法廷判決(民集66巻2号183頁、行政判例百選207事件)は、卒業式の際に教職員に対し、国歌斉唱することやピアノ伴奏をすることを命ずる職務命令について、職務命令は抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないとしたが、将来の懲戒処分については差止訴訟を、将来の処遇上の不利益については公的義務不存在の確認を求める当事者訴訟を、それぞれ認めた
 
・「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」(国家公務員法99条)
→ 職務外においても公務への信用を失墜させる行為は、信用失墜行為の禁止に違反する
 
※国家公務員倫理法は、国家公務員が事業者者から贈与等を受けること等の国民の疑惑や不信を招くような行為を規制しており、贈与等の報告義務を職員に課している
 
・「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」(国家公務員法100条1項)
 → 「秘密」とは、「国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、右『秘密』とは、非公知の事項であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいうと解すべき」(最高裁昭和52年12月19日第2小法廷判決、刑集31巻7号1053頁、行政判例百選41事件)
 
※安全保障に関する情報については「特定秘密の保護に関する法律」が適用される。同法により、特定秘密に指定された情報の漏洩には刑罰が科せられる
 
・「職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対して給与を受けてはならない。」(国家公務員法101条1項) → 職務専念義務に関する定め
ex. 「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いた政治的プレートを勤務時間中に着用して政治的内容を職場の同僚に訴えかけることは、職務専念義務に違反する(最高裁昭和52年12月13日第3小法廷判決、民集31巻7号974頁)
 
・兼業規制が、国家公務員法103条、104条で定められている
※ 国家公務員の再就職規制のために、2007年に国家公務員法が改正され、官民人材交流センターや再就職等監視委員会の設置、現職職員の求職活動の規制や再就職者による職務上の行為の依頼等の規制がなされた
 
2.2 公務員の責任 
 
・公務員の信用失墜行為に対する刑事制裁として、職権濫用罪(刑法193〜196条)、収賄罪(197条〜197条の5)等がある。学校事故や医療事故では、業務上過失致死傷罪に問われることがある
・国家公務員の弁償責任について、出納官吏については会計法が、物品管理職員については物品管理法が、予算執行職員については「予算執行職員等の責任に関する法律」が、それぞれ特別の定めを設けている