行政法U 第8回「公物(2)、行政争訟総説」
1 公物、営造物、公共施設(宇賀Vp570〜571、公物法の続き)
・伝統的行政法学においては、行政の物的手段について次の二つの概念があった(参照、田中中巻p305、p325)
・公物: 国又は地方公共団体等の行政主体により、直接、公の目的に供用される個々の有体物をいう。
ex. 道路、河川、公園、庁舎
・営造物: 人的・物的施設の総合体
ex. 国公立学校、図書館、博物館、病院、保健所
※営造物の事業活動に関する側面が「公企業」と把握されることもあった(参照、田中中巻p303〜304。用語法は伝統的行政法学でも定まっていなかった)
公物・営造物の区分論に対して、公共施設に関する法を総合統一的にとらえて、行政主体が公共の福祉を維持増進するという目的のために、人民の利用に供するために設ける施設を「公共施設」とし、これに関する法を「公共施設法」として把握する試みが、戦後見られるようになった(参照、遠藤博也、行政法各論p226〜227、原龍之助、公物営造物法p361〜362)。しかし、公共施設法として統一的に把握することへの批判もある。自由利用を中心とした公物利用関係を営造物利用関係とともにとらえることは、その特色を見失うことになるというものである(塩野、行政法Vp404)
※営造物に関連する実定法上の概念として、地方自治法244条の「公の施設」の概念がある。条文上は、「住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設」と定義されている。
ex. 水道、下水道、図書館、博物館、病院、公園
→ 営造物の語を用いると混乱を来すおそれがあるので、地方自治法では「公の施設」という語が用いられたというのが立法経緯。もっとも住民による施設の利用関係に着目する概念であるので、学問上の営造物とは必ずしも一致しない。例えば住民の利用に供されない試験研究所は「営造物」ではあるが、地方自治法の「公の施設」ではない(参照田中中巻p325〜326)
・営造物の概念についても、営造物法論を公物法とならんで論ずる意味に乏しいとの批判がある(塩野Vp403)
2 行政救済法の意義(大橋p2〜p3)
設例(最高裁平成8年3月8日第2小法廷判決、民集50巻3号469頁、行政判例百選81事件の事例)
市立高等専門学校の学生Xは信仰上の理由により剣道実技を拒否したところ、進級拒否決定がされて原級留置とされ、2回続けて原級留置であったため、同校の内規により、退学が命じられた。Xはどのような救済手段を用いることができるか?
・進級拒否決定や退学命令が行政処分にあたる。これを争うには?
→ 行政争訟と国家補償の両方を検討する必要がある
・行政争訟 : 行政活動の是正を求める
→ 進級拒否決定や退学命令の取消しを求める。取消しによってAは学生の地位を回復する
・国家補償 : 金銭による財産的損失の補填
→ 退学に伴う精神的苦痛に対する慰謝料や転校に伴う経費を求める
→ 損害賠償の手段では金銭を手にすることはできるが、高専への復学には直接結びつかない
・行政争訟と国家補償の選択はXの手に委ねられている。併用も可能
3 2つの行政争訟(大橋p4)
・争訟の形式的特徴(雄川一郎、行政争訟法p1〜2)
@その手続は当事者の発意(争訟の提起)によってのみ開始される
A手続の対象となる事項は、これを提起した者とは別の国家機関によって裁断される
B適式の争訟の提起があれば、右の裁断機関は、これを審理し、争訟を提起した者に対して何らかの判断を与えなければならない
Cこの審理にあたっては、当事者又は利害関係人が何等かの程度においてこれに参与する
Dその手続の結果としてなされる裁断行為(判決、裁決、決定等)には、その手続をとったことに伴うものとして特別の効力(確定力、覊束力等)が認められることが多い
※要するに裁判のように、当事者が訴えを提起して、第三者が裁断を下し、その裁断に何らかの効力が与えられる手続のこと
行政争訟
→ 裁判所に訴えて、判決を通じて是正させる :行政訴訟
→ 行政機関に不服を申し立てて、行政機関により是正させる :行政上の不服申立て
・行政訴訟 : 中立性を保障された裁判官が関与する点で信頼性が高い
: 訴訟費用がかかる。判決まで長い時間を要する
※行政訴訟は民事法では民事訴訟に対応する
・行政上の不服申立て :簡易迅速
:裁判のような厳格な手続ではない
4 国家賠償と損失補償(大橋p4~5)
国家補償
→ 国家賠償 :違法な行政活動による損害の賠償
→ 損失補償 :適法な行政活動により生じた損失の填補
・設例の場合、学生は違法な行為によって損害を被ったとして国家賠償を求めることができる
・高速道路建設のために、土地が適法に強制収用されるというような場合、土地所有者に生じる損失については、財産権保障の観点から補償を認める必要がある
→この場合は損失補償
※国家賠償は、民事法では民法の不法行為法に対応する
5 行政訴訟の主要課題(大橋p6〜7)
(1)訴訟類型の選択
・訴訟を提起する場合には...
@民事訴訟を提起すべきか、行政訴訟を選択すべきか
A行政訴訟を提起するとして、法律に挙げられた複数の訴訟類型の中でどれを選択すべきか
...が課題となる
ex. 進級拒否決定と退学命令 : 取消訴訟を求める
・さらに、ある訴訟類型を利用する場合には、それが裁判所で審理されるためには、訴訟提起のために必要とされる条件(訴訟要件)を満たす必要がある
(2)仮の権利救済制度の活用
・設問の事例で取消訴訟を提起した場合、Xが直ちに救済されるわけではない
→ 取消判決が出るまでXは退学の状態にあり、権利侵害の状況は継続する
→ 判決が出るまでの間をXはどのようにしのぐべきかが、Xにとって重要
・判決が下されるまで暫定的に原告の地位や利益を保護するための仕組み(仮の権利救済手段)が必要となる
→ 取消訴訟の場合、仮の権利救済手段は、取消判決が出るまでの間、裁判所の命令によって原級留置処分や退学命令の効力を止める執行停止
ex. 執行停止が得られればXは生徒としての地位を訴訟中は回復することができる
(3)本案審理
・行政訴訟が適法に裁判所に係属すると、行政活動の適法性が裁判所によって審理される。これを本案審理という
→ 本案審理では行政法総論で扱った内容が中心的な審理事項になる
ex. 設例の場合は、校長に裁量権の濫用があるかどうかが争点となる
6 苦情処理、オンブズマン(宇賀Up11〜p15)
6.1 苦情処理制度
・行政機関に対して、違法な行政処分を争う争訟として行政上の不服申立ての制度があるが、一般国民にとって敷居の高い面はある
→ インフォーマルに行政に対する国民の不服に応えるルートを設けることが望ましい
・苦情処理 :私人の苦情に対して何らかの対応をする
・法律で行政機関の長は苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない旨明記する例はあるが(ex. 行政機関個人情報保護法48条)、かかる規定がない場合でも、行政機関の長は自己の機関の行為に起因する苦情を真摯に処理すべきは当然である
・第三者的立場による苦情処理の仕組みも必要
・総務省による、各行政機関に関する苦情の申し出についての必要なあっせん(総務省設置法4条15号)
→ 苦情を聴取し、必要があると認めるときは、関係機関等に照会等をして調査を行い、苦情申し出に理由があると認める時は、関係機関に口頭又は書面で苦情の内容を連絡し、必要があれば意見を付してあっせんを行う。関係機関がとった措置等の内容については、苦情申出人に通知する
・行政相談委員法により、約5000人の行政相談委員が各市町村に置かれている。申し出人に助言したり、行政機関に苦情を通知したりする
・行政相談を通じて把握した問題のうち、行政制度及び行政運営の基本に関わるものについては、総務省に置かれた行政苦情救済推進会議に付議され、民間有識者の意見をふまえて苦情解決が促進されることもある
→ ミニオンブズマンと称されることもある
・法務省人権擁護局と人権擁護委員法に基づく人権擁護委員は、人権擁護の観点から苦情処理を所掌しているが、その中には、公務員による人権侵犯事案も含まれる
※苦情処理は拘束力ある決定をなしえないために、行政争訟には含まれない
6.2 オンブズマン
・定義 :「官公庁が、法令で定められた責務を適正に遂行しているかどうかを公衆に代って監視するために、議会の代理人として、議員以外の人びとから選ばれた者をいう」(塩野Up60)
・もとはスウェーデンの制度
・苦情申立てまたは職権に基づいて調査を行い、行政に不備があれば、勧告、懲戒、刑事訴追を行う
・自治体レベルでは、行政機関の下に条例や要綱でオンブズマンが置かれている例がある
ex. 川崎市市民オンブズマン(地方自治法138条の4第1項の制約から改善勧告や意見表明を行う権限を有するに止まる)
・現在、日本では国において一般的なオンブズマンの制度は導入されていない
※オンブズマンは法的拘束力ある裁断を行うというわけではないので、行政争訟には位置づけられない
次回は「行政上の不服申立て」大橋p346~354、362〜387