環境法U 第13回「公害健康被害補償、地球温暖化」
正木宏長
 
1 公害健康被害の補償等に関する法律(公健法)(大塚BASICp345〜349)
1.1 制度の背景と沿革 
 
・1960年代に四大公害訴訟が提起される中、国における健康被害者救済制度が必要であることが痛感された
・1969年:公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法が制定された
→ 事業者の負担が自発的な寄付としての任意負担であり、かつ財源の公費負担が大きいといった限界があった
・1973年:公害健康被害補償法が制定された
・1987年:公害健康被害補償法が改正され公害健康被害の補償等に関する法律(以下、公健法)と改称された
 
1.2 制度の概要 
 
(1)目的
 
・「この法律は、事業活動その他の人の活動に伴つて生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁(水底の底質が悪化することを含む。以下同じ。)の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染の影響による健康被害を予防するために必要な事業を行うことにより、健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることを目的とする。 」(公健法1条)
 
(2)地域指定
 
「1項 この法律において『第一種地域』とは、事業活動その他の人の活動に伴つて相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病(次項に規定する疾病を除く。)が多発している地域として政令で定める地域をいう。」
「2項  この法律において『第二種地域』とは、事業活動その他の人の活動に伴つて相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ、その影響により、当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり、かつ、当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域をいう。 」(公健法2条)
 
・政令により、第一種地域第二種地域が指定される
 → 第一種地域はかつては41地域が指定されていたが、現在は全て解除されている。第二種地域は、現在、水俣病、イタイイタイ病など5地域が指定されている
 
・第一種地域、第二種地域とも、疾患の認定は、都道府県知事が申請に基づき行う(公健法4条)
 → 第一種地域の非特異性疾患については、指定地域に一定期間以上居住または通勤し、指定疾病にかかっていることが認められれば認定が行われる(公健法4条1項)
 → 第二種地域の特異性疾患については都道府県知事により、個別的に認定が行われる(公健法4条2項)
 
(3)補償
 
・都道府県知事による疾患の認定がされた場合、@療養の給付及び療養費、A障害補償費、B遺族補償費、C遺族補償一時金、D児童補償手当、E療養手当、F葬祭料の給付が行われる(公健法3条1項)
 
・補償の財源は事業者に課せられる賦課金によっている
 → 第一種地域の非特異性疾患については、排出された硫黄酸化物の量に応じてばい煙発生施設を設定している事業者など(ばい煙発生施設等設置者)から徴収される汚染負荷量賦課金(公健法52条)と、自動車重量税収入の一部によって支弁される
 → 第二種地域の特異性疾患については、特定疾患の原因となる物質を排出している大気汚染防止法のばい煙発生施設や水質汚濁防止法の特定施設を設置している設置者(特定施設等設置者)からその原因の度合いに応じて徴収される特定賦課金が補償の財源(公健法62条)となる
 

公健法の評価
 
・第一種地域の汚染負荷量賦課金制度の目的が汚染防除ではなく、被害補償のための財源確保にあった
 → 賦課料率の高騰がもたらされ、結果として汚染防除のインセンティブが企業に与えられた
 
・第一種地域以外の地域から徴収される賦課金額が徴収総額の7割に近く、第一種地域の認定者の救済を全国の事業者が負担するシステムとなっており、汚染者負担原則から乖離する面があった
 
・1987年改正により、第一種地域の指定は解除されたが、幹線道路周辺に居住する住民の大気汚染による呼吸器系疾患有症率は、他の地域より高かったので、幹線道路周辺については、浮遊粒子状物質や二酸化窒素を指標とした第一種地域の制度の設計を検討すべきではなかったかという問題がある

 
2 水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法(水俣病救済特別措置法)(大塚BASICp349〜353)
 
・水俣病については、公健法による認定を受けられなかった患者による訴訟が相次いでいた(訴訟については大塚BASICp509〜519)
・全身性の感覚障害を有する者そのほか四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者についても、メチル水銀中毒症の罹患を認めた原判決を維持した水俣病関西訴訟最高裁判決(最高裁平成16年10月15日第2小法廷判決、民集58巻7号1802頁)を受けて、2009年に水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法(水俣病救済特別措置法)が制定された(水俣病救済特別措置法前文)
 
・「政府は、関係県の意見を聴いて、過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があり、かつ、四肢末梢優位の感覚障害を有する者及び全身性の感覚障害を有する者その他の四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者を早期に救済するため、一時金、療養費及び療養手当の支給(以下「救済措置」という。)に関する方針を定め、公表するものとする。 」(水俣病救済特別措置法5条)
 → 2010年に閣議決定で方針の内容が具体的に定められた。給付内容として療養費、療養手当、一時金があり、一時金の額は210万円でチッソが支給し、療養費は関係県が支給するとされた
 
・チッソの分社化に関する措置が定められた(環境大臣が指定する特定事業者の分社化、8条〜16条)
 
3 地球温暖化対策 (大塚BASICp358〜373、382〜391)
3.1 京都議定書 
 
・二酸化炭素やメタンガスといった温室効果ガスにより地球温暖化問題が生じた
・1992年の国連環境開発会議の際に気候変動に関する国際連合枠組条約が締結された
 → 枠組条約なので、施策の内容は締約国会議(Conference of Parties, COP)に委ねられていた
・1997年京都議定書が締結された
 

◎京都議定書の主な内容
 
@日本は温室効果ガスを基準年(1990年)と比べて、少なくとも6%削減しなければならない
A温室効果ガスの吸収源として、日本は基準年より、温室効果ガスを森林吸収分により3.8%削減させなければならない
B排出枠取引が認められている

 
 
・2005年に京都議定書が発効された
 

◎京都メカニズム
 
@共同実施
 → 先進国と先進国が共同で温室効果ガス削減事業を実施する。投資国は削減分を自国の目標達成に利用できる。先進国全体での総排出枠には影響を与えない
A排出枠取引
 → 先進国間の排出枠の売買、先進国全体の総排出枠には影響を与えない
Bクリーン開発メカニズム
 → 先進国と途上国が共同で温室効果ガス削減事業を実施する。認証された削減量について先進国の総排出枠が増加する。途上国は投資と技術移転を得られる

 
 
・2015年にパリ協定が採択された。そこでは世界共通の長期目標として2℃目標を設定し、さらに1.5℃に抑える努力を追求するとされた。全ての国が削減目標を5年ごとに提出・更新し、その実施状況を報告してレビューを受けることとされた。全ての主要国が参加する公平かつ実効的な枠組みとなったことに意義があるとされる。
 
3.2 地球温暖化対策推進法 
 
・京都議定書の目標達成のため、地球温暖化対策推進法(正式名称 : 地球温暖化対策の推進に関する法律)が1998年制定された
 → 法律制定時は事業者に対して努力義務を課すものであったが、2005年改正により法的に拘束力のある義務を事業者に課すことになった
 
・目的規定: 「この法律は、地球温暖化が地球全体の環境に深刻な影響を及ぼすものであり、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ地球温暖化を防止することが人類共通の課題であり、全ての者が自主的かつ積極的にこの課題に取り組むことが重要であることに鑑み、地球温暖化対策に関し、地球温暖化対策計画を策定するとともに、社会経済活動その他の活動による温室効果ガスの排出の抑制等を促進するための措置を講ずること等により、地球温暖化対策の推進を図り、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする。 」(地球温暖化対策推進法1条)
 
 → 地球温暖化は、人類共通の課題という認識がある
 
・削減が求められる「温室効果ガス」とは、@二酸化炭素、Aメタン、B一酸化二窒素、Cハイドロフルオロカーボン、Dパーフルオロカーボン、E六ふっ化硫黄、F三ふっ化窒素(2013年改正で追加)(地球温暖化対策推進法2条3項、CDEはいわゆる代替フロン)
 
・政府は、地球温暖化対策の総合的かつ計画的な推進を図るため、地球温暖化対策計画を定めなければならない(地球温暖化対策推進法8条)
 → 国内対策としては事業者による発生抑制と森林吸収(シンク)がある
 
・特定排出者(多量の温室効果ガスを排出する事業者のこと)は、温室効果ガス排出量を算定し、事業所管大臣に報告しなければならない(地球温暖化対策推進法26条1項)。違反の場合は罰則(20万円以下の過料、地球温暖化対策推進法68条)
 
 →「『温室効果ガス算定排出量』とは、温室効果ガスである物質ごとに、特定排出者の事業活動に伴う温室効果ガスの排出量として政令で定める方法により算定される当該物質の排出量に当該物質の地球温暖化係数を乗じて得た量をいう」(地球温暖化対策推進法26条3項)
 
・事業所管大臣は報告された排出量を集計して、環境大臣及び経済産業大臣に通知する。両大臣は報告された事項を電子計算機のファイルに記録し、その結果を公表する(地球温暖化対策推進法28条、29条)
 
※ 報告に係る温室効果ガス算定排出量の情報が公にされることにより、特定排出者の権利、競争上の地位その他正当な利益が害されるおそれがあるときは、特定排出者は、温室効果ガス算定排出量に代えて、当該特定排出者に係る温室効果ガス算定排出量を合計した量によって環境大臣及び経済産業大臣への通知を行うよう事業所管大臣に請求を行うことができる(権利利益保護請求制度、地球温暖化対策推進法27条)
 
 最高裁平成23年10月14日第2小法廷判決(判例時報2159号53頁)は、地球温暖化対策推進法の権利利益保護請求制度に言及して、省エネルギー法により事業者から提出された燃料の使用量等が記載された定期報告書は、情報公開法5条2号イ(法人情報)の非開示事由に該当するとした。
 
・事業者は、温室効果ガスの排出抑制計画を作成・公表する努力義務を負う(地球温暖化対策推進法36条)
・事業者が排出削減したと見なされる量(クレジット)は、算定割当量(地球温暖化対策推進法2条6項)として、環境大臣及び経済産業大臣が作成する割当量口座簿の口座で管理される(地球温暖化対策推進法43条、44条)
 
※事業者の自主参加による試行的取組として国内排出枠取引が行われている
ex. 東京都、埼玉県による排出枠取引制度
・2010年、国内排出量取引や環境税などを法制化する「地球温暖化対策基本法案」が国会で審議されたが成立しなかった
 
次回は「環境行政訴訟(1)」大塚BASICp431〜448