環境法U 第2回 「環境法の基本理念」
正木宏長
1 持続可能な発展(大塚p31〜33, 88)
 
・sustainable developmentの訳語(SD)。持続可能な開発とも訳される
・1980年の世界自然資源保全戦略で「持続可能な発展」という語が用いられたことを嚆矢とする
 
持続可能な発展 : 将来の世代が自らのニーズを満たそうとする能力を損なうことなく現在の世代のニーズを満たすような発展 
 → 鯨類や魚類といった海洋資源を国際的に管理する方策を模索する過程で生成された。再生可能な資源を再生可能な範囲で捕獲するようにする
 
・主な内容は「自然のキャパシティ内での開発」、「世代間の公平」、「世界的に見た公正」
・ 経済・社会・環境を「統合」する原則
 
ex. 環境基本法4条は「持続的に発展することができる社会が構築されることを旨」としている
 
・「持続可能な開発を達成するために、環境の保護は開発過程の欠くことのできない部分とならなければならず、それから離れて検討することはできない。」(リオ宣言第4原則)
 
※リオ宣言
・1992年、リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(通称:地球サミット)で宣言された
 
※かつての公害法に見られた調和条項は、「環境か、経済か」という二者対立の下で、経済発展の枠内で環境保護を行うというものだった。公害対策基本法の時代の調和条項の廃止は、経済と公害を切り離すことに目的があった
 
自然のキャパシティ内での開発
 
・自然のキャパシティ内での自然の利用・環境の利用
 → 先進諸国は資源を消費して豊かな国になったが、負の遺産として公害や環境容量を超える廃棄物が発生してしまった
 
世代間の公平
 
・現在の世代だけでなく、将来の世代も環境を享受することができる
 
 「開発の権利は、現在および将来の世代の開発と環境での必要性を公平に満たすよう行使されなければならない。」(リオ宣言の第3原則)
 
世界的に見た公正
 
・南北間の衡平や貧困の克服
 
「すべての国及びすべての国民は、生活水準の格差を減少し、世界の大部分の人々の必要性 をより良く充たすため、持続可能な開発に必要不可欠なものとして、貧困の撲滅という重要 な課題において協力しなければならない。 」(リオ宣言第5原則)
 
2 予防原則(大塚p34〜36)
 
・環境法政策には未然防止的アプローチと事後対応的アプローチがある
 
未然防止原則:「環境に脅威を与える物質又は活動を、環境に悪影響を及ぼさないようにすべきであるとするもの」
 
・近時、重要になっているのが予防的アプローチである
 → 科学的不確実性への対応
 
・科学的に不確実な環境リスクへの対処に関して「予防原則」が主張されることがある
・環境リスクとは「環境中の化学物質又は環境の状況が一定の条件の下で害を生じうる可能性」である
 
予防原則:「環境への重大な回復不可能な損害の脅威がある場合に、環境への脅威を提示する物質又は活動が、その特定の物質・活動と環境損害を結びつける決定的な科学的証
拠がない場合でも、環境・資源への悪影響を防止することを確保しようとする原則」
 
 → 国際環境法でしばしば用いられる原則であり、ドイツ法に起源がある
 
・「環境を保護するため、予防的方策は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として使われてはならない。」(リオ宣言第15原則)
 
・予防原則は、環境に対してリスクの余地のある行為を行う行為者に証明責任を負わせるものとして主張されることがある(証明責任の転換、国際環境法では「強い予防原則」と呼ばれる)
 
3 環境権(大塚p41〜51) 
 
環境権 :「環境を破壊から守り、健全で恵み豊かな環境を享受する権利」
 
◎1972年の国連人間環境会議の人間環境宣言第1原則 
「〔環境に関する権利と義務〕(1)人は、尊厳と福祉を保つに足る環境で、自由、平等及び十分な生活水準を享受する基本的権利を有するとともに、現在及び将来の世代のため環境を保護し改善する厳粛な責任を負う。これに関し、アパルトヘイト(人種隔離政策)、人種差別、差別的取扱い、植民地主義その他の圧制及び外国支配を促進し、又は恒久化する政策は非難され、排除されなければならない。 」
 
・日本では、環境権は憲法13条ないし25条の解釈を通じて認められるという説が有力である(憲法に明文の規定はない)
 
※他国の憲法では明文で環境権が認められている例がある
 ex. オランダ、スペイン、ポルトガル、韓国
 
・環境権には訴訟における権利としての側面と、環境法の理念としての側面がある。今日主として論じられるのは理念としての側面
 
・昭和40年代に大阪弁護士会により「環境権」が主張された
 → わが国では民事の差止訴訟での受忍限度論を克服するために提唱された
 → 訴訟における権利としての主張。なお今日まで最高裁判例は環境権を私権として認めていない
 
・環境アセスメント手続への参加や環境情報へのアクセスなどについて、参加権としての環境権を主張する立場が現れてきている ex. オーフス条約(日本は締結していない)
 → 環境公益の形成と実現に参加する公法上の権利として環境権をイメージする
 
・「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加することにより最も適切に扱われる。国内レベルでは、各個人が、有害物質や地域社会における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適切に入手し、そして、意志決定過程に参加する機会を有しなくてはならない。各国は、情報を広く行き渡らせることにより、国民の啓発と参加を促進しかつ奨励しなくてはならない。賠償、救済を含む司法及び行政手続への効果的なアクセスが与えられなければならない。」(リオ宣言第10原則)
 
※ 大阪弁護士会の環境権論を修正して、自然支配権を想定せず、「自然という有機的集合体から恵みを受けることについての権利」であるとする「自然享有権」も主張されている
 
4 汚染者負担原則、原因者負担原則(大塚p52〜55)
 
・汚染者負担原則はOECD(経済開発協力機構)の1972年の理事会勧告で示された
 → 環境を汚染する者は、自らの責任で汚染防除対策を講じ、その費用も自ら負担すべしというもの
 
・環境基本法では汚染を生じさせた原因を作り出した事業者に浄化費用の費用負担を課すとしている(原因者負担、環境基本法37条)
 
・日本の場合、「自らの活動によって改変された環境状態を社会的に望ましいレベルに復元するために必要な費用は、基本的に、当該負荷発生者が直接負担するべきという考え方」として運用されてている。
 
 日本の原因者負担の制度は、公害対策として蓄積された汚染(ストック)への対策の費用についても負担を求めるという点で、経済的な「最適汚染水準」までの対策を目指し、経済効率性の観点から汚染物の排出防止(フロー)の対策の費用負担を求めるOECD(経済開発協力機構)の「汚染者負担原則」と異なるとされる。つまり、OECDの汚染者負担原則よりも日本の原因者負担原則のほうが責任が重いのである
 
5 拡大生産者責任(大塚p55、287〜289)
 
・拡大生産者責任 : Extended Producer Responsibilityの略
・製品の製造者や輸入者が生産・使用段階だけでなく、使用後に廃棄物になった後まで一定の責任を負担するという廃棄物処理法の分野で採用される原則
 → 環境負荷発生についての製造者の環境責任
 
※環境配慮設計
 
※企業の社会的責任 : CSR, Corporate Social Responsibilityの略
 → 現在のCSRは法的責任ではなく、企業のあり方を示すもの
 
6 地方分権(大塚p25〜29)
 
「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。 」(日本国憲法94条)
 
◎法律と条例の関係
 
・自治体は、「法令に反しない限りにおいて」(地方自治法14条1項)条例制定権を持つわけだが、「法令に反しない限り」とは、どこまでかが問題になる。特に、かつて公害規制については自治体の条例が先行していたため問題となった
→ 自治体の条例のほうが法令よりも厳しい規制をしていたが、それが許容されるかどうか
 

判例(徳島市公安条例事件) 最高裁昭和50年9月10日大法廷判決(刑集29巻8号489頁)
 
 デモを行ったところ、道路交通法違反と公安条例違反の二つの観念的競合(刑法54条1項)で訴追されたという事例(公安条例のほうが刑罰が重かったので、公安条例の無効を主張していた)
 
 「道路交通法は道路交通秩序の維持を目的とするのに対し、本条例は道路交通秩序の維持にとどまらず、地方公共の安寧と秩序の維持という、より広はん、かつ、総合的な目的を有するのであるから、両者はその規制の目的を全く同じくするものとはいえない」。
 「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであつても、国の法令が必ずしもその規定によつて全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。」

 
◎上乗せ条例・横出し条例
 
・規制内容に注目した条例の区別である
 
@横出し条例 : 国が規制していないものを規制する
 ex. 大気汚染規制で、法令が二酸化窒素を規制しているのに、条例で二酸化炭素を加える
 
A上乗せ条例 : 同一目的で、同一対象に厳しい規制を加える
 ex. 法令では3ppm以下とされる排出基準を、条例で2ppm以下に強化する
 
※上乗せ条例を法律の明文で容認している場合がある(ex.水質汚濁防止法3条3項)
 
               次回は「環境政策の手法」大塚BASICp57〜83