環境法U第3回「環境政策の手法」
正木宏長
1 環境政策の手法(大塚BASICp60〜70)
1.1 総説 
 
・環境政策の手法としては、まず規制的手法が挙げられる
 → 行政が、排出基準の遵守を排出者に求め、その遵守を強制する
・利点として明確性と確実性がある
「監視の限界」「不確実なリスクへの対応」の問題
・「監視の限界」:人の監視能力の限界、行政リソースの限界
・「不確実なリスクへの対応」:不確実なリスクに対しては、被害発生の蓋然性が明確ではないため、強力な規制が困難な場合がある
・規制手法と他の手法の併用が必要とされている
 
1.2 総合的手法 
 
・総合的手法として、計画や環境影響評価がある
 → 予防的・長期的観点から環境配慮をするうえで役立つ
 
・「計画」:環境を総合的に把握する計画によって、将来を見据えた環境管理を達成する
ex. 環境基本計画(環境基本法15条)、公害防止計画(環境基本法17条)
・「環境影響評価」:開発行為などの公共事業に際して、その環境影響について、調査予測評価したうえで決定する
 → わが国では1997年に環境影響評価法が制定されている
 
1.3 規制的手法 
 
・法律によって命令・禁止をし、違反には代執行や処罰をする
・法律で直接禁止する場合と、行政機関が禁止命令を出す場合とがある
ex. 法律による禁止(不法投棄禁止) → 不法投棄には刑罰
ex. 工場の基準違反 → 行政機関の命令 → 刑罰
 
・公害規制の場合、個々の排出を規制するものが主であるが、難分解性物質の規制のように、物質の製造・輸入自体が規制されている場合もある
 ex. 化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)
・個々の排出を取り締まることが難しい場合、製品の使用規制が行われることがある
 ex. スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律
 
・土地利用に対しては、土地利用規制が加えられる
 → 土地の利用に一定の制限を課す手法
 ex. 都市計画法の開発許可制度
 
1.4 誘導的手法および合意的手法 
 
・近時、環境政策の手法として「誘導的手法」と「合意的手法」が注目されている
「柔軟性」「自主性」を重視する手法
・「柔軟性」:社会の変化に対する法律の対応の限界、行政活動における未知の要素の増加に対処するため必要
・「自主性」:行政リソースの限界、私人の専門的知識の活用
 
(1)市場を用いる誘導的手法
 
・私人に助成を与えたり、賦課を課すことで、一定の行動へと誘導する
→ 補助金制度、賦課金制度、排出枠取引制度
(経済的手法と重なるので、詳細は経済的手法の項で説明する)
 
(2)情報を用いる誘導的手法
 
・情報公開、情報提供を通じて国民を誘導する
 ex. 環境影響評価(総合的手法と重なるが)、環境情報の公開
 ex. PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)は、特定のリスク不確実物質(ダイオキシン、ベンゼン、水銀等)の移動や排出に関する情報の提供を企業に求めている
 
・環境基本法27条の国の環境情報提供の努力義務
 
(3)合意的手法
 
・私人と行政との合意によって環境保護を図る手法 ex. 公害防止協定、行政指導
 
公害防止協定が有名
 → 公害防止協定は、かつて公害規制の権限を与えられていなかった地方公共団体が、工場との合意によって公害対策を進める際に用いられた
 → 法令を超えた義務を課すものであっても、自発的な意思で合意されている限り違法ではない
 → 紳士協定と見る学説もあるが、法的拘束力を認める契約説が有力である
 

一方的公約
 
「環境マネジメントシステム」:企業が環境方針を定めて実行に移すための体系
 → Plan(計画)、Do(実施)、Check(点検)、Action(改善実施)のPDCAサイクルを一つの流れとして実施していく
 → 環境方針を含めた環境マネジメント計画、管理手法、実施体制、責任体制、環境教育体制から構成される
「環境監査システム」:環境マネジメント全般についての監査
 → 環境マネジメントが計画と合致しているか、そのシステムが効果的に実施されているか等を決定するために行われる体系的評価
 
・1980年代初頭以来、一部の欧米企業で導入されてきた
・わが国の1971年に制定された「特定工場における公害防止組織の整備に関する法律」は、公害防止統括者や公害防止管理者の設置を企業に求めている
・環境マネジメント・監査に関する世界的な標準としてISO(国際標準化機構)が定めているISO14000シリーズがある
→ 環境に配慮している組織に対して認定機関が認証を与えるというもの

 
行政指導も合意的手法の一種である
 → 行政機関が規制権限を持っていない場合や、規制権限を行使したくない場合、行政指導が行われる
 → 行政指導は、命令ではないので、相手方に法的義務を課すものではない
 
2 経済的手法(大塚BASICp70〜79)
 
・規制的手法が、汚染者の行動を直接統制するのに対して、経済的手法は、市場を用いて汚染者の活動を間接的に統制する
・環境は「自由財」であって、無料で無限に使えるとの考え方から、1980年代末に、地球環境は有限であり、地球の使用料を適正に支払うべきだという考え方が国際的にも支持されるようになった
・環境基本法22条は、国が環境の保全上の支障を防止するための経済的助成を行うこと等を定めている
 
(1)賦課金制度
 
・ 税・賦課金制度:一定の汚染物質の排出や原料物質の投入等について一定額の賦課金を課するもの
→ 租税は、国民の能力(担税力)に応じて一般的に課せられるが、賦課金又は負担金は、特定の事業の経費に充てるためにその事業と特別の関係のある者から、その関係に応じて徴収される。関係者が広範か否か、受益負担の原因の程度を個々人ごとに特定しうるかが、税と負担金の相異
 
排出賦課金:汚染物質の排出に賦課される ex. 家庭ゴミの有料化
利用者賦課金:公共サービスを受ける者だけに賦課される ex.  自然公園の入園料
製品賦課金:生産過程での使用、消費、処分に際して環境に害を及ぼす製品に賦課される
税率差別制度:環境汚染の少ない製品に対する税金を安くし、そうでない製品に対する税金を高くする
ex. 地球温暖化対策税
 
※利益の没収手法も検討されている ex. 独占禁止法や金融商品取引法の課徴金制度
※地方自治体で環境税導入の動きが見られる ex. レジ袋税
 
(2)補助金制度
 
・環境保全のための新技術の開発利用や、自然環境を積極的に回復する行為を財政的に支援し、奨励する制度
ex. クリーンエネルギー普及のためにソーラーパネルを設置する国民に補助金を支給する
ex. 独立行政法人環境保全再生機構によるNGOへの助成事業(国が出資を行っている)
ex.「公害の防止に関する事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」
 → 公害防止計画に基づいて実施する事業で一定のものに国の補助金を割り増しする
 
(3)排出枠取引
 
・人工的に市場を作り出す手法
・汚染枠の売買が行われることになる
 
(4)デポジット制度
 
・汚染をもたらす可能性のある製品を取得した際に預託金を支払わせ、その製品が返還された際に預託金の払い戻しを行う
 
空き缶のデポジット
 缶入り飲料水の販売に際して、一定額を上乗せして、返還の際にその金額を返還することにして、空き缶の返還を誘導するもの。アメリカの多くの州で導入されている。日本では一升瓶やビール瓶が、元来デポジット方式であった
 → 返還された缶を管理する小売店の負担が大きいという問題点がある
 
(5)経済的手法の利点と問題点
 
◎利点
 
・規制的手法は一律規制であるため企業によって汚染削減のコストが異なることは無視されるが、経済的手法では各企業が汚染削減の方法を自主的に選択することができる
・規制的手法では汚染削減のために技術革新のインセンティブは与えられないが、経済的手法では汚染削減のための技術革新のインセンティブが与えられる
・規制的手法よりも、経済的手法のほうが修正・調整が容易である
・賦課金を課せば、環境保全のための新しい財源が得られる
 
◎問題点
 
・環境損害は測定困難なので、賦課金制度の賦課料率や、排出権取引制度での許容排出量の割り当てを決定することが困難
・緊急に汚染物質の削減を必要とする場合や、局地的に集中した汚染の改善が必要な場合は、規制的手法が有効
 
2 自主的取り組みと情報的手法(大塚BASICp80〜83)
 
(1)環境報告書
 
「環境報告書」:企業が自らの環境に対する取り組み、環境負荷に関する情報等を公表する
・環境報告書による情報の公表は、わが国では任意に行われているに過ぎないが、大企業は環境配慮の姿勢を示すために環境報告書の作成をするようになっている
・1997年に環境省が環境報告書作成ガイドラインを示した
・企業間で内容・基準の統一化が図られていないため企業間の比較ができないことや、環境報告書が実際に適切に記載されているか否かを確かめる措置がとられていないといった、問題点も指摘されている
 → 第三者レビューの実施の必要性
・2004年に、「環境配慮促進法(環境情報の提供の促進等による特定事業者等の環境に配慮した事業活動の促進に関する法律)」が制定され、特定事業者(本法では独立行政法人や特殊法人など)に環境報告書の作成・公表が義務づけられることになった
 
(2)エコラベル
 
・環境に配慮した製品を認定して、その製品にはエコラベルを表示することを許すというもの
 → 消費者に製品を選ぶ参考にさせ、製品の環境上の影響についての製造者の責任感を養い、市場を通じて環境を保護する
ex.  日本環境協会のエコマーク
・日本の場合は、日本環境協会がエコマークを認証しているが、ドイツのように政府主導で認証するものもある
 
               次回は「環境基本法」大塚BASICp57〜59、84〜96、144〜149