環境法U第6回 「大気汚染防止」
正木宏長
1 大気汚染問題(大塚BASICp154〜156)
 
・第2次世界大戦後、日本各地で大気汚染による健康被害が顕在化した
 → 重化学工業化に伴う石炭の大量消費
 
・大気汚染への対策は条例が先行していた。
→1932年の大阪府煤煙防止規則
→1949年の東京都公害防止条例 :「公害防止上適当な措置を講ずる」という規定以外に具体的な規制がなかった。
・1955年の東京都ばい煙防止条例では、規制区域を第1種、第2種と指定して、そこに立地する一定の事業場に排出基準の遵守を義務づけた。排出基準違反には行政命令が規定されていた
・1962年、国レベルでの大気汚染規制の法律として「ばい煙規制法」(正式名称:ばい煙の排出の規制等に関する法律)が制定された
 

※ばい煙規制法の問題点
 
@調和条項があった
A指定地域制を採用していたが、指定の要件が厳しすぎて、指定が進まなかった。四日市市のように亜硫酸ガス公害が深刻な地域でさえ、地域指定に4年かかった
B排出基準が緩く、硫黄酸化物の排出基準は当時普通に用いられていた硫黄分3.5%の重油を用いていれば楽にクリアできた
C規制対象物質が少なかった。対象物質は、粉塵・亜硫酸ガス(二酸化硫黄)・無水硫酸(三酸化硫黄)のみであった。自動車の排ガス規制はなかった

 
※一部の自治体は、企業との間で公害防止協定を結んで自主的な大気汚染防止の取り組みを行っていた
 
2 大気汚染防止法(大塚BASICp138〜169)
2.1 制定の経緯 
 
・1967年に制定された公害対策基本法を受けて、ばい煙規制法に代え、1968年に大気汚染防止法が制定された。
・1970年、公害国会の際に大気汚染防止法は改正された
 

※現在の大気汚染防止法とかつてのばい煙規制法との主な違い
 
@調和条項の削除 :経済発展から生活環境保全へのパラダイム転換
A指定地域制の廃止 :全国的な規制の実施
B上乗せ・横出し条例を容認 :地域独自の規制を容認
C直罰制度の導入 : 違反に対して直ちに罰則を適用し処罰する

 
・目的 : 「この法律は、工場及び事業場における事業活動並びに建築物等の解体等に伴うばい煙、揮発性有機化合物及び粉じんの排出等を規制し、水銀に関する水俣条約(以下「条約」という。)の的確かつ円滑な実施を確保するため工場及び事業場における事業活動に伴う水銀等の排出を規制し、有害大気汚染物質対策の実施を推進し、並びに自動車排出ガスに係る許容限度を定めること等により、大気の汚染に関し、国民の健康を保護するとともに生活環境を保全し、並びに大気の汚染に関して人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図ることを目的とする。」 (大気汚染防止法1条)
 
※大気汚染防止法2015年改正により水銀排出施設への規制が導入された(大気汚染防止法18条の21〜18条の35)
 
2.2 規制の仕組み 
 
(1)環境基準
・環境基本法16条に基づく環境基準で、大気汚染についての環境基準が定められている
・大気汚染に係る環境基準の性質は努力目標である
 → 国道43号線訴訟(最高裁平成7年7月7日第2小法廷判決、民集49巻7号1870頁・2599頁、環境法判例百選39事件)では、道路が、騒音環境基準を満たしていないことが設置管理の瑕疵とされ、損害賠償請求上の違法性を判断する要素となった
 
・大気については、現在、二酸化硫黄、一酸化炭素、浮遊性粒子状物質、光化学オキシダント、二酸化窒素、ベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロメタン、ダイオキシン類、に環境基準が設定されている
 
(2)ばい煙に関する規制
 
ばい煙 :燃焼に伴い発生する、@硫黄酸化物(二酸化硫黄・三酸化硫黄)、Aばいじん(すすや微粒粉など)、B有害物質(カドミニウム、塩素など)(大気汚染防止法2条1項)
・ばい煙を排出する「ばい煙発生施設」が規制対象となる(大気汚染防止法2条3項)
ex. ボイラー、ディーゼル機関、ガスタービンなど。詳細は大気汚染防止法施行令別表第1
 
・ばい煙を排出する施設は、環境省令で定める、ばい煙に係る「排出基準」を遵守しなければならない。基準違反の排出には直罰(大気汚染防止法3条1項、2項、13条、33条の2)
 → 硫黄酸化物については、煙突が高さと地域ごとに定められる定数(K)により排出量が計算される「K値規制」の方式がとられている
 → ばいじんや有害物質については、全国一律の規制が行われている
 
・工場密集地帯には、通常の「排出基準」よりも厳しい「特別排出基準」が適用される(大気汚染防止法3条3項)
 → 対象地域は大気汚染防止法施行規則7条で定められている
 
※都道府県の条例で上乗せ基準を定めることができる(大気汚染防止法4条)
 → K値規制基準が適用される硫黄酸化物については上乗せが認められていない
 

大気汚染防止法の総量規制の制度(大気汚染防止法5条の2、5条の3)
 
・排出基準による規制は、煙突が高くなればなるほど、多量のばい煙が排出可能である
・施設が多数集中している地域では、環境基準の達成が困難
 → 地域で排出されるばい煙の総量に制約を課す、総量規制の制度が導入されている
 
・総量規制では、地域を指定して、都道府県知事が指定ばい煙総量削減計画を策定し、計画に従って、総量規制基準を定めて、その遵守を求めている。
 
 → 総量規制の指定地域は、指定ばい煙ごとに異なる。硫黄酸化物については千葉市や東京23区など24地域。窒素酸化物については、東京23区や大阪市など3地域が指定されている。
 
※大気汚染防止法の総量規制基準は違反について直罰制を採用している(大気汚染防止法33条の2)

 
※暖房による汚染悪化に対処するため、政令で定める地域には、燃料使用基準を定めることができる。燃料使用基準は都道府県知事が定め、燃料の質や使用量を規制する(大気汚染防止法15条)
 
・ばい煙発生施設を設置しようとするときは、都道府県知事への届出が必要。届出の内容に対して、都道府県知事は届出者に計画変更命令をすることができる。無届け操業、命令違反には刑罰(大気汚染防止法6条、9条、33条、34条)
・ばい煙排出者が、「排出基準に適合しないばい煙を継続して排出するおそれがあると認めるとき」は、知事は改善命令等を発することができる。命令違反には刑罰(大気汚染防止法14条、33条)
 
・ばい煙排出者はばい煙量・ばい煙濃度について測定し、結果を記録し、保存しなければならない(大気汚染防止法16条、罰則は35条)
 → 2010年改正で、保存の要求と違反への罰則が追加された。
・2010年改正により、ばい煙の排出の排出状況の把握や、排出抑制のために必要な措置を講ずることを求める事業者の責務規定が創設された(大気汚染防止法17条の2)
 → 自主的な公害防止の取組の促進を促すもので罰則はない
 
(3)粉じんに関する規制
 
「粉じん」 :物の破砕や選別などに伴って発生・飛散する物質(大気汚染防止法2条8項)
「特定粉じん」 :粉じんのうち、石綿その他の人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質(ex. アスベスト)(大気汚染防止法2条9項)
 
 →「特定粉じん」以外の粉じんが「一般粉じん」
 
・大気汚染防止法では「一般粉じん発生施設」「特定粉じん発生施設」「特定粉じん排出等作業」が規制対象となる(大気汚染防止法2条10〜12項)
 → 一般粉じん発生施設には「基準」、特定粉じん発生施設には「敷地境界基準」、特定粉じん排出等作業には「作業基準」が環境省令で定められる(大気汚染防止法18条の3、18条の5、18条の14)
 ex. 「一般粉じん発生施設」とは、土砂の堆積場やコークス炉やコンベアなどであり、集じん機の設置や、散水設備による散水、防じんカバーの設置等が「基準」で要求されている
 ex. 「特定粉じん発生施設」とは、アスベスト等を含有する製品の解綿用機械、混合機、切断機等であり、工場の敷地内の大気について1リットルにつきアスベスト繊維10本と「敷地境界基準」で要求されている
 ex. 「特定粉じん排出等作業」とは、アスベストが用いられている耐火建築物等の解体作業等であり、作業場を隔離し、放射性エアロゾル用高性能エアフィルタを付けた集じん・排気装置を使用すること等が、「作業基準」で要求されている
 
・「一般粉じん発生施設」「特定粉じん発生施設」の設置には都道府県知事への届出が必要(大気汚染防止法18条、18条の6)
 
・「特定粉じん排出等作業」の実施には都道府県知事への届出が必要(大気汚染防止法18条の15)
 
・「特定粉じん発生施設」の設置、「特定粉じん排出等作業」の届出に対して都道府県知事は計画変更命令等を行うことができる(大気汚染防止法18条の8、18条の16)
・「一般粉じん発生施設」「特定粉じん発生施設」「特定粉じん排出等作業」の際、基準が守られていない場合には、都道府県知事は基準適合命令等を行うことができる(大気汚染防止法18条の4、18条の11、18条の18)
・無届、命令違反には罰則(大気汚染防止法33条〜37条)。直罰制ではない
 
(4)その他の物質に対する規制
 
・トルエン、キシレン、酢酸エチルのような揮発性有機化合物(VOC)については、届出制と改善命令による、排出基準の遵守義務づけが行われている(大気汚染防止法17条の3〜15)
 → 呼吸器系疾患の原因となる、光化学オキシダントの発生原因となる物質(VOC)に特別の規制をするもの。ばい煙規制と同じような仕組みが設けられている
 
・ダイオキシン、ベンゼンのような長期毒性を有する物質は有害大気汚染物質とされる(大気汚染防止法2条15項)
・「事業者は、その事業活動に伴う有害大気汚染物質の大気中への排出又は飛散の状況を把握するとともに、当該排出又は飛散を抑制するために必要な措置を講ずるようにしなければならない 」(大気汚染防止法18条の37)
 → リスク不確実物質について、予防的アプローチを採り、事業者に自主的な対応を促すもの
 → 大気汚染防止法による排出基準は設定されていない。努力義務である(ただしダイオキシンについては、ダイオキシン類対策特別措置法によって排出基準が設定され、規制が行われている)
 
(5)自動車排気ガスに関する規制
 
・移動し、多量に存在する自動車から排出される排気ガスの規制は難しい
・環境大臣は自動車排気ガスの量の許容限度を定める(大気汚染防止法19条1項)
・国土交通大臣は道路運送車両法の保安基準を設定するときに、許容限度が達成されるようにしなければならない(大気汚染防止法19条2項)
 → 自動車メーカーに、製品の基準を課すことで、自動車の排気ガス削減をはかっている。
 
・自動車の燃料規制のために環境大臣は、燃料に含有される物質の量に関する許容限度を定める(大気汚染防止法19条の2第1項)
 → 経済産業大臣は、揮発油等の品質の確保等に関する法律に基づく命令で自動車の燃料に係る規制に関し必要な事項を定める場合には、許容限度が確保されるように考慮しなければならない(大気汚染防止法19条の2第2項)
 
(6)無過失責任
 
・工場又は事業による大気汚染によって生じた健康被害は、民法上、無過失責任となる(25条)
 
           次回の講義は「水質保全」大塚BASICp138〜154、169〜194