環境法U 第7回 「水質保全」
正木宏長
※指定のない条文の引用は水質汚濁防止法
1 水質保全の歴史(大塚BASICp169〜171、194) 
 
・戦後の重化学工業の発展による水質汚濁の悪化
・1958年6月の浦安漁民騒動
→ 本州製紙江戸川工場の、硫酸アンモニアを含む排水による漁業被害
・1958年「公共用水域の水質の保全に関する法律(略称:水質保全法)」「工場排水等の規制に関する法律」が制定される(水質二法)
 → 国レベルの初めての公害対策法だった
 

水質二法の問題点
・水質二法には調和条項があった
 → 「産業の相互共和と公衆衛生の向上に寄与することを目的とする」(水質保全法1条)
・指定水域制度をとったが、指定水域の指定がすすまなかった
・水質基準が現状追認的であった

 
・1970年に現行法である水質汚濁防止法が制定された
 
※2014年に水循環基本法が制定された
 → 基本理念として、@水循環の重要性、A水の公共性、B健全な水循環への配慮、C流域の総合的管理、D水循環に関する国際協調、を挙げている(水循環基本法3条)
 
2 水質汚濁防止法(大塚BASICp138〜154、171〜194) 
2.1 目的 
 
・目的(1条)
 → 調和条項はない
 → 制定当初は、工場・事業場からの公共用水域への排水の規制のみが目的だったが、後に、地下浸透水の規制や生活排水対策の実施も目的に加えられた
 
・水質汚濁防止法は公共用水域への排水を規制するものである
・公共用水域の定義は2条1項
 ex. 河川、湖沼、港湾、沿岸海域、これに接続する公共溝渠、かんがい用水路など(下水道を除く)
 
2.2 環境基準と排水基準 
 
(1)環境基準
 
・環境基本法により、水質汚濁についても、環境基準が策定される(環境基本法16条1項)
 → 国道43号線訴訟(最高裁平成7年7月7日第2小法廷判決、民集49巻7号1870頁、2599頁)では、道路が、騒音環境基準を満たしていないことが設置管理の瑕疵とされ、損害賠償請求上の違法性を判断する要素となっている
 
・人の健康被害(健康項目)と生活環境保全(生活環境項目)について、基準が設定されている
・健康項目は一律に適用されるが、生活環境項目は海域・河川・湖沼と水域別に設定されている
・環境基準は、中央環境審議会による審議を経て、閣議決定により設定される
 
(2)排水基準
 
・水質汚濁防止法は「排水基準」の遵守を求めるという方法をとっている
・「排水基準は、排出水の汚染状態(熱によるものを含む。以下同じ。)について、環境省令で定める。 」(3条1項)
・「前項の排水基準は、有害物質による汚染状態にあっては、排出水に含まれる有害物質の量について、有害物質の種類ごとに定める許容限度とし、その他の汚染状態にあっては、(略)、項目ごとに定める許容限度とする。 」(3条2項)
 
※排水基準については、都道府県が上乗せ条例を策定することができる(3条3項)。上乗せ条例の制定について環境大臣は都道府県知事に勧告することもできる(4条)
 
・排水基準も、人の健康の保全に関する項目(健康項目)と生活環境の保全に関する項目(生活環境項目に分かれる)
 
※環境基準(海や川の水質基準)を達成するために排水基準が(工場の排水の基準)策定される
 
※生活環境項目については1日平均排水量が50立法メートル未満の特定事業場には適用されない。
 
2.3 特定施設設置の届出制 
 
・工場又は事業場から公共用水域に水を排出する者は、特定施設を設置しようとするときは、施設の種類や汚水処理の方法を、都道府県知事に届出しなければならない(5条)
 
 特定施設とは、カドミウムのような人の健康に係る被害を生ずる恐れのある物質(「有害物質」)や、生活環境に係る被害を生ずるおそれがある程度の、汚水又は廃液を排出する施設で、政令の定めるもののこと(2条2項)。政令とは、水質汚濁防止法施行令1条(別表1)のこと
 
ex. 鉱業の選鉱施設、水産食料品製造業の洗浄施設、化学肥料製造業のろ過施設、セメント製品製造業の成型器、ほか多数。
 
※特定施設を設置している事業場のことを特定事業場と呼ぶ(2条6項)
 
・都道府県知事は、届出に対して、特定施設が排水基準に適合しないと認めるときは、届出後60日以内であれば、計画の変更を命ずることができる(8条)。届出後60日を経過するまでは、施設の設置はできない(9条)
 → 実際には届出時に行政指導がなされるので、変更命令が出されることはまれである
 
2.4 事業者への規制 
 
・「都道府県知事は、公共用水域及び地下水の水質の汚濁の状況を常時監視しなければならない」(15条1項)
・都道府県知事・環境大臣は事業者に対して報告を求めたり検査をすることができる(22条)。検査拒否には罰則がある(33条)
 
・「都道府県知事は、排出水を排出する者が、その汚染状態が当該特定事業場の排水口において排水基準に適合しない排出水を排出するおそれがあると認めるときは、その者に対し、期限を定めて特定施設の構造若しくは使用の方法若しくは汚水等の処理の方法の改善を命じ、又は特定施設の使用若しくは排出水の排出の一時停止を命ずることができる。」 (13条1項)
 
 → 特定施設稼働開始後も、排水基準に違反した排水のおそれがある場合は、改善命令や一時停止命令が、事業者になされる。改善命令等をするかどうかは都道府県知事の裁量。命令違反には刑罰が科せられる(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金、30条)
 
・排水基準に反する排水をしてはならない(12条1項)。排水基準に違反した場合、直ちに刑罰が科せられる(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金、31条)。違反に直ちに刑罰を科すことを直罰制(直罰主義)と呼ぶ
 
・事業者は排出水・浸透水の汚染状態について測定し、結果を記録し、保存しなければならない(14条1項、罰則は33条)
 → 2010年改正で、保存の要求と違反への罰則が追加された
 
・2010年改正により、汚水の排出状況の把握や、汚水による水質汚濁の防止のために必要な措置を講ずることを求める事業者の責務規定が創設された(14条の4) → 自主的な公害防止の取組の促進を促すもので罰則はない
 
※瀬戸内法 
 → 瀬戸内海環境保全特別措置法(通称「瀬戸内法」)は、水質汚濁防止法の規制を強化して、瀬戸内海沿岸地域について、特定施設の設置を許可制にしている(瀬戸内法5条1項)
 
2.5 総量規制 
 
・水質汚濁防止法は濃度規制によって、規制を行っていたが、工場が集中している地帯では、環境基準の達成が困難になる状況が現れた。
 → 都道府県の上乗せ条例では都道府県レベルでの規制しかできない。水域に流れ込む、汚染物質の総量を規制する必要がある
 
・1978年、水質汚濁防止法に総量規制が導入された
 → 全国的に行われているのではなく、政令で定める指定項目について、指定水域と指定地域に対して行われる(4条の2)
 
 化学的酸素要求量・窒素又はりんの含有量が指定項目であり、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海及びその関係地域が対策の対象となる指定水域・指定地域として指定されている(水質汚濁防止法施行令4条の2、別表2)
 
・政令により総量規制がなされる指定水域・指定地域が定められる。環境大臣は総量削減基本方針を定める(4条の2)
・都道府県知事は総量削減計画を定める(4条の3)
 → 削減目標量を決定する
・都道府県知事は総量規制基準を定める(4条の5)
 → 個々の事業場毎の総量規制基準が設定される
 
・総量規制基準の遵守については12条の2の遵守義務(違反に罰則は無し)、13条3項の都道府県知事の改善命令の規定があり、改善命令違反には罰則がある(30条)
・総量規制基準の適用されている事業場からの排水には汚濁負荷量の測定義務が課せられる(14条2項)。違反には罰則がある(33条)
 
 
2.6 地下浸透水規制、生活排水対策、緊急措置命令 
 
(1)地下浸透水規制
 
・「有害物質使用特定事業場から水を排出する者(特定地下浸透水を浸透させる者を含む。)は、第8条の環境省令で定める要件に該当する特定地下浸透水を浸透させてはならない。」 (12条の3)
→ 有害物質とは「カドミウムその他の人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定める物質」(2条2項1号)
→ 違反のおそれのある場合、都道府県知事による改善命令や一時停止命令(13条の2第1項)、命令違反への罰則は30条
 
※ 有害物質使用特定施設・有害物質貯蔵指定施設の設置者には、設置の届出および構造・設備・使用の方法に関する環境省令による基準の遵守が義務づけられている(5条3項、12条の4)
 
(2)流出事故対策
 
特定事業場から有害物質を含む水・生活環境項目についての排水基準に適合しないおそれがある水が、排出あるいは地下水に浸透し、人の健康被害のおそれがあるとき、特定事業場の設置者は、浸透防止の応急の措置を講じ、状況と措置の概要を都道府県知事に届出なければならない(14条の2)。無届への罰則は31条
 
・有害物質を貯蔵・使用する又は指定物質を製造・貯蔵・使用・処理する指定施設(2条4項)を設置する指定事業場貯油事業場等についても、上記の流出の際の応急措置、措置の概要の届出が求められる(14条の2第2項、3項)
 
・都道府県知事は地下への有害物質の浸透があったとき、被害防止のための措置を事業場の設置者に命じることができる(14条の3)。命令違反への罰則は30条
 
(3)生活排水対策・緊急措置命令
 
・生活排水の対策として、行政指導を中心とした規制が行われている(14条の5〜11)
 → 生活排水は一般家庭からの排水であり、刑罰による規制になじまないから
 
・都道府県知事は、一部の区域について、異常な渇水その他これに準ずる事由により公共用水域の水質の汚濁が著しくなり、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずるおそれがある場合、その事態を一般に周知させるとともに、当該一部の区域に排出水を排出する者に対し、期間を定めて、排出水の量の減少その他必要な措置をとるべきことを命ずることができる。(18条)
 → 違反には31条の罰則
 
2.7 無過失責任 
 
「工場又は事業場における事業活動に伴う有害物質の汚水又は廃液に含まれた状態での排出又は地下への浸透により、人の生命又は身体を害したときは、当該排出又は地下への浸透に係る事業者は、これによつて生じた損害を賠償する責めに任ずる。 」(19条1項)
→ 水質汚濁防止法施行令で定める、有害物質の排出・浸透による人の健康被害については、民法の不法行為訴訟において、無過失責任となることを定めている
・被害者は損害発生と因果関係を立証すればよい
 
  次回の講義は「土壌汚染対策法」大塚BASIC194〜216, 485〜490