環境法U 第8回 「土壌汚染対策法」
正木宏長
1 序(大塚BASICp194〜199) 
 
・土壌汚染は、大気汚染や水質汚濁などにより排出された重金属等の有害物質が土壌に蓄積することにより発生する(蓄積型汚染)
・1890年代の足尾鉱毒事件による農作物被害問題
・1950年代の富山県神通川流域のイタイイタイ病の原因となったカドミニウム汚染
・1970年の公害対策基本法の改正時に典型公害に土壌汚染が追加され、農用地土壌汚染防止法が制定された
・2002年、市街地を対象に含む「土壌汚染対策法」制定
・2009年と2017年に土壌汚染対策法の改正がなされた(レジュメは改正後条文)
 
・環境基本法は土壌汚染を典型7公害の一つとして位置づけている
・環境基本法の環境基準(環境基本法16条)として、土壌汚染に係る環境基準が定められている
 → 土壌汚染には、汚染された土壌から地下水への溶出を規制する観点からの項目として28項目の「溶出基準」があり、汚染された土壌の農作物への影響の観点から農用地に付加的に適用される3項目の「農用地基準」がある。「カドミニウム」と「砒素」は両基準に共通する項目であるので、土壌に関する環境基準は計29項目である
 
2 土壌汚染対策法(大塚BASICp199〜216、485〜487)  
2.1 目的と定義  
 
・目的 : 「特定有害物質」による土壌汚染に起因する人の健康被害の防止が目的(土壌汚染対策法1条)
・「特定有害物質」 : 「鉛、砒(ひ)素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるもの」(土壌汚染対策法2条)
 → 特定有害物質には鉛、砒素、トリクロロエチレンほか、計26物質が指定されている
 
2.2 土壌汚染状況調査 
 
・土壌汚染対策法は、土地所有者等に第一次的に土壌汚染の調査義務を課している
 
(1)3条調査
 
・使用が廃止された「有害物質使用特定施設」の、工場又は事業場の敷地であった土地への調査(土壌汚染対策法3条1項)
 →「有害物質使用特定施設」とは水質汚濁防止法に規定する特定施設であって、特定有害物質をその施設において製造し、使用し、又は処理する施設のこと
 
・特定施設の使用廃止時に(水質汚濁防止法10条により特定施設の使用廃止には都道府県知事への届出が必要)、土地の所有者、占有者、管理者に調査義務が課せられ、汚染状況の調査をしたうえで都道府県知事にその結果を報告しなければならない(土壌汚染対策法3条1項)。事業者の特定施設の使用廃止は、都道府県知事から、土地所有権者等に通知される(土壌汚染対策法3条3項)
 → 無報告や虚偽報告の場合、都道府県知事はその者に対して報告や是正を命ずることができる(土壌汚染対策法3条4項)
 
 3条3項による通知は,抗告訴訟の対象となる行政処分にあたる(最高裁平成24年2月3日第2小法廷判決、判例地方自治355号35頁)
 
※3条1項ただし書きにより、関係者以外立入禁止の倉庫に利用するような場合などには、人が積極的に暴露する可能性がないため、都道府県知事の確認を得れば、調査が猶予されるが、この場合も土地の利用方法を変更しようとするときは都道府県知事に届出が必要(土壌汚染対策法3条5項)。届出内容によっては確認の取消しがなされる(土壌汚染対策法3条6項)。2017年改正により、ただし書き適用の場合も、土地の形質変更時には例外を除いて、届出と土壌汚染調査が必要とされた(土壌汚染対策法3条7項、8項)
 
(2)4条3項調査
 
・環境省令で定める規模以上の面積の土地の形質変更の際に、届出が必要とされる(土壌汚染対策法4条1項)
 → 届出を行う者は、形質変更の届出時に指定調査機関に汚染状況を調査させて、その結果を届出に併せて都道府県知事に提出することができる(土壌汚染対策法4条2項、2017年改正で追加)
・土壌汚染のおそれがある場合、知事は土地所有者等に土壌汚染調査を命じることができる(土壌汚染対策法4条3項)
 
※法定の調査がされていない土地であるが客観的には土壌汚染が存在する場合に対応するため、2009年改正で設けられた。2017年に改正
 
(3)5条調査
 
・土壌汚染による健康被害が生ずるおそれがある土地には、都道府県知事は、土地の所有権者、占有者、管理者に調査を命ずることができる(土壌汚染対策法5条1項)。調査等を命ずべき者を確知することができず、かつ、これを放置することが著しく公益に反すると認められるときは、都道府県知事が自ら調査をすることができる(土壌汚染対策法5条2項)
 
(4)指定調査機関
 
・調査義務を負う土地所有権者等は、土壌汚染を指定調査機関に調査させ、調査結果を都道府県知事に報告する(土壌汚染対策法3条1項、4条3項、5条1項)
 → 技術的能力を有する事業者として、環境大臣が指定した業者が「指定調査機関」である(指定調査機関に関する規定は、土壌汚染対策法29条〜43条)
 
※実際にはサンプル調査ポイントを設定して調査を行うので、土壌汚染が見逃される可能性もある
 
2.3 区域指定と台帳管理 
 
(1)要措置区域
 
・土壌汚染調査の結果、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染状態が環境省令で定める基準に適合せず、その汚染が人の健康に係る被害が生じ、又は生ずるおそれがある場合、都道府県知事は、その土地を「要措置区域」に指定する(土壌汚染対策法6条1項)
 → 指定された要措置区域は公示される(土壌汚染対策法6条2項)
 
(2)形質変更時要届出区域
 
・土壌汚染調査の結果、土壌汚染は判明したが、その汚染が人の健康に係る被害が生じるおそれがない場合、都道府県知事は、その土地を「形質変更時要届出区域」に指定する(土壌汚染対策法11条)
・「形質変更時要届出区域」では土地の形質変更の際に、都道府県知事への届出が必要となる。届出に対して都道府県知事は計画変更命令を発することができる(土壌汚染対策法12条)
・形質変更時要届出区域では形質変更の際の施行方法に制限が課せられる。汚染された土壌の飛散などによって近隣に影響を与える、あるいは汚染された土が搬出されて搬出先に汚染が拡大したりするなどのリスクが発生することを防止するため
 
※2017年改正により、健康被害のおそれがない土地等については事前の届出でなく、事後の届出でよいとする例外規定が設けられた(土壌汚染対策法12条1項1号、4項)
 
(3)台帳管理・情報収集
 
・都道府県知事は、要措置区域の台帳、形質変更時要届出区域の台帳、要措置区域と形質変更時要届出区域の指定が解除された区域の台帳を調製し、これを保管しなければならない(土壌汚染対策法15条1項)
・都道府県知事は、当該都道府県の区域内の土地について、土壌の特定有害物質による汚染の状況に関する情報を収集し、整理し、保存し、及び適切に提供するよう努めるものとする(土壌汚染対策法61条1項)
 
2.4 要措置区域における汚染除去等の措置 
 
・要措置区域内においては、何人も、土地の形質の変更をしてはならない(土壌汚染対策法9条。汚染除去措置などは除く)
・環境省水・大気環境局長平成22年通知によると自然的原因により汚染された土壌についても規制対象になるとされる
 
・都道府県知事は、要措置区域内の土地の所有者等に対し、相当の期限を定めて、当該要措置区域内において汚染の除去等の措置等を記載した汚染除去等計画を作成し、都道府県知事に提出すべきことを指示する(土壌汚染対策法7条1項)
ex. 汚染除去の措置とは、立入制限、覆土、舗装、汚染土壌の封じ込め、堀削除去など
 → 土地所有権者が汚染をしたわけではない場合も、土地所有権者に対して土壌汚染除去の指示がなされる。
 → 所有権者等は汚染除去等計画作成及び汚染除去の費用を、汚染原因者に求償することができる(土壌汚染対策法8条1項)
 
※ ただし、当該土地の所有者等以外の者の行為によって当該土地の土壌の特定有害物質による汚染が生じたことが明らかな場合であって、その行為をした者に汚染の除去等の措置を講じさせることが相当であると認められ、かつ、これを講じさせることについて当該土地の所有者等に異議がないときは、汚染原因者に対して指示がなされる(土壌汚染対策法7条1項後段)
 
・都道府県知事は、汚染除去等計画の提出があった場合において、当該汚染除去等計画に記載された実施措置が環境省令で定める技術的基準に適合していないと認めるときは、その提出があった日から起算して30日以内に限り、当該提出をした者に対し、その変更を命ずることができる(土壌汚染対策法7条4項、汚染除去等計画を審査するもので2017年改正で新設された)
 
・汚染除去等計画の提出をした者は、当該汚染除去等計画に従って実施措置を講じなければならない。(土壌汚染対策法7条7項)
 → 都道府県知事は、汚染除去等計画の提出をした者が当該汚染除去等計画に従って実施措置を講じていないと認めるときは、その者に対し、当該実施措置を講ずべきことを命ずることができる(土壌汚染対策法7条8項)。命令違反には刑罰(土壌汚染対策法65条)
・都道府県知事は、汚染の除去等の措置により、要措置区域の指定の事由がなくなったと認めるときは、要措置区域の指定を解除する (土壌汚染対策法6条4項)
 
2.5 汚染土壌搬出に関する規制 
 
・「要措置区域」又は「形質変更時要届出区域」の土地から汚染土壌を搬出するには、知事への届出が必要。届出内容に対して知事は計画変更命令を発することができる(土壌汚染対策法16条)
・汚染土壌の処理を業として行おうとする者は、汚染土壌の処理の事業の用に供する施設ごとに、当該汚染土壌処理施設の所在地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない(汚染土壌処理業者、土壌汚染対策法22条)
 
※汚染土壌の搬出は、汚染土壌処理業者に委託をしなければならないとする規制があるが、2017年改正で「自然由来等形質変更時要届出区域」に関する処理委託規制の例外規定が設けられた(土壌汚染対策法18条1項、2項)
 
2.6 土壌汚染対策法の特徴 
 
・土地所有権者等に汚染調査の責任が課せられている
 → 調査段階では原因者不明であり、土地所有権者等には私有財産についての状態責任があるから
 → 土地所有権者等以外の者には、土地に対する権限がないので調査に許諾を得なければならず、迅速な対応ができない
 
・汚染除去の主体としては、土地所有権者等と汚染原因者の双方が挙げられている
 → 原因者が原因者責任を負うことは、汚染者負担原則による
 → 土地所有権者等は、土壌汚染による健康リスクを支配しており、それを根拠とする状態責任を負っている
 → 所有権者等と汚染原因者の関係については、汚染者負担原則が貫かれていると解するべき
 
3 土壌汚染と民事訴訟(大塚BASICp488〜490)
 
・土壌汚染された土地を買い受けた現在の所有者が、売主に瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求する事例がある
 → 土壌汚染が隠れた瑕疵にあたるかどうかが問題となる
 

判例 最高裁平成22年6月1日第3小法廷判決(判例時報2083号77頁)
 
 売買契約が成立した平成3年にはふっ素は危険だと認識されていなかったが、平成15年に成立した土壌汚染対策法はふっ素を規制対象としていた
 
「本件売買契約締結当時の取引観念上,それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について,本件売買契約の当事者間において,それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず,本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても,そのことは,民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。」

 
※他に民法709条により、売主や汚染原因者に損害賠償請求をすることも可能である
 
            次回は「リサイクルと法」大塚BASICp230〜233、285〜312