個別行政分野の法 第11回「経済」
正木宏長
1 経済行政(室井編p276〜285、遠藤各論p177〜181も参照)
1.1 国家と経済 
 
・経済の基本秩序や基本的な諸制度は国家によって定められることがある
 ex. 貨幣や度量衡制度の統一
・日本国憲法の居住移転及び職業選択の自由(日本国憲法22条)、私有財産制度の保障(日本国憲法29条)も、我が国における経済の基本的性格(資本主義経済)を規定している
・法律としては、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(通称、独占禁止法、独禁法)が、自由市場の維持のため重要な機能を果たしている
 
1.2 経済行政の歴史 
 
・自由主義的国家観に立つと、経済への国家ないし行政権の不干渉が主張される
 → 20世紀に入ると、経済過程への積極的な行政介入が行われるようになった
・明治以来、我が国では殖産工業政策、官営模範工場の設立・払い下げのように、国家が特定の産業分野や経済全般に関与してきた
・昭和初期には世界恐慌に直面して、1931年の重要産業統制法によってカルテル促進・濫用防止法制がとられ、1938年には国家総動員法によって、価格、地代、小作料、家賃、会社経理、利益配当、労働力に至るまで国家の統制の網の中に入った
・現在でも、カルテルの容認や、特定分野の産業の保護育成のように、経済統制が行われている
・1988年の第2次行政改革推進審議会の「公的規制緩和に関する答申」は、経済活動への規制を、産業の発展を目的として参入制限や生産数量・価格規制を行う経済規制と、安全・健康の確保や災害防止のために事業活動を規制する社会的規制とに区別し、前者を原則的に撤廃し、後者についても最小限度にとどめるべきであるとした
 → 電気通信事業、電力事業などで新規参入の機会が拡大された
 → 石油関連事業の開業規制が登録又は届出制となった
 
1.3 経済行政の特色 
 
@広い立法裁量の存在:経済行政は積極目的の行政である。裁判所は経済規制の合憲性の審査に際して、消極目的の警察規制に比べて立法部の判断を尊重する立場をとってきた
 
 小売市場事件(最高裁昭和47年11月22日大法廷判決、刑集26巻9号586頁、憲法判例百選101事件)で、判決は、積極目的の規制は「著しく不合理であることの明白である場合」に限って違憲とした、(消極目的の場合「重要な公共の利益のために必要且つ合理的な措置」であることが要件)
 
A法令にも行政裁量が広く認められている:法律による行政への拘束がゆるやか。委任立法の委任も白紙委任的なものが少なくない(ex. 外為法52条:貨物の輸入承認を政令に委任している)
 
B関与方式の多様性 :ガイドライン、行政指導、経済計画、課徴金
 
2 独占禁止法 
2.1 独占禁止法の目的 
 
・経済競争秩序に関する法律としては独占禁止法が重要である
・財閥解体の後を受け、1947年に、改革の成果を将来にわたって定着させることを意図して制定された
・独占禁止法の目的(1条) → 直接的な目的は「公正且つ自由な競争を促進」することにあるが、究極的には「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」こと(参照、最高裁昭和59年2月24日第2小法廷判決、刑集38巻4号1287頁)
 →「公正且つ自由な競争を促進」することを重視するか(通説)、「国民経済の民主的で健全な発達を促進」することを重視するか(少数説)で学説の対立があったが、最高裁は上のような中間的な見方を示した
 
2.2 独占禁止法の規制の概要 
 
(1)市場支配力をもたらす行為の規制
 
@競争回避行為(カルテル)の規制
 
・不当な取引制限の禁止(独占禁止法2条6項、3条後段)
 ex. 価格協定、入札談合、
・事業者団体の規制(独占禁止法8条)
 → 事業者団体による競争制限や、参入制限が規制されている
 
A競争排除行為の規制
 
・私的独占の禁止(独占禁止法2条5項、3条前段)
 ex. 新規参入事業者の事業を困難にするための取引拒絶、略奪的価格設定
 
(2)市場構造の規制
 
@市場構造を悪化させる企業結合の規制(独占禁止法4章)
 
・市場支配力を生じさせる企業結合の禁止
  → 役員兼任の規制(独占禁止法13条)、合併の規制(独占禁止法15条)、共同新設分割、吸収分割の規制(独占禁止法15条の2)事業譲り受けの規制(独占禁止法16条)
・一般集中問題への対応
  → 事業支配力の過度集中の規制(独占禁止法9条)、銀行、保険会社の株式取得等による議決権保有の規制(独占禁止法11条)
 
A市場構造を改善する規制
 
・独占的状態の規制(独占禁止法8条の4)
 →独占状態がある場合に、公正取引委員会が、「競争を回復させるために必要な措置」を命じることができる
 
(3)公正競争阻害性をもつ行為の規制
 
・不公正な取引方法の禁止(独占禁止法19条)
 ex. 競争者を排除するために地域を限定して安い値段を設定する(差別対価)、不当廉売、不当高価購入、競争者と取引しないことを条件とする取引(排他条件付取引)、抱き合わせ販売、再販価格維持行為、親事業者が下請け事業者に圧力をかける(優越的地位の濫用)
 
2.3 独占禁止法の執行 
 
・独占禁止法違反の事業者に対して、公正取引委員会は排除措置命令を下すことができる(独占禁止法7条、8条の2、20条、49条)。違反行為の差止めや廃棄、株式の処分や事業譲渡などが命じられる
 → 排除措置命令に不服の場合、事業者は、審判請求をして、公正取引委員会の審判を求めることができる(独占禁止法49条、52条)
・競争回避行為(カルテル)などに対しては課徴金の制度がある(7条の2、8条の3)
 
・独占禁止法違反への刑罰も定められている(独占禁止法89条〜100条)
 
・競争回避行為などによって利益を侵害された者や侵害されるおそれがある者は、事業者などに対し差止請求や損害賠償請求をすることができる(独占禁止法24条、25条)
 
※不公正な取引方法の規制として他に、不当景品類及び不当表示防止法や下請代金支払遅延等防止法がある
 
3 その他の経済規制(室井編p298〜307) 
 
・2003年、主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律が制定され、米穀に関しては、政府の買入れと売渡しは維持されつつも、米穀の流通が自由化された。麦に関しては、同法で、依然として、政府の無制限買入れ義務が定められており、統制下に置かれている
・物価統制令は、インフレ時の各種物価について、最高額たる統制額を主務大臣が指定できるとしているが、現在は公衆浴場入浴料金にしか指定物価は指定されていない
・タクシー事業については料金が認可制であり、バス事業、鉄道事業については運賃届け出制であり、電気・ガス事業については料金を含む供給約款が認可制であり、たばこの最高販売価格については認可制である
・外国貿易に関しては、外国為替及び外国貿易法(通称、外為法)が規制している。輸出許可制度や輸入承認制度を定めるほか我が国へ投資や対外投資を規制している