個別行政分野の法 第4回 「警察」
正木宏長
1 「警察」の概念(室井編p89〜93)
 
◎講学上の警察の概念(小早川、行政法 上、p34)
 
・近世のドイツでは社会公共の福祉を維持増進するために人の自由に対して制限を加える作用を一般に警察と称し、それについての君主の権能を警察権と呼んだ。
 → 自由主義的法治国思想の展開につれて、警察権には限界があるとされ、社会公共の安全・秩序に対する危険を除去するという消極的な「警察目的」のために、その限度で人の自由に制限を加える作用を警察とするようになった。
 
・警察の概念について争いはあるが、わが国の行政法学では、おおむね「治安維持という消極的な目的のための作用」(田中下巻p30)が行政警察とされてきた
 

※行政警察と司法警察(田中下巻p32)
行政警察:「行政上の目的のためにする警察」 ex.風俗規制、道路交通規制
司法警察:「犯罪の捜査・被疑者の逮捕等を目的とする刑事司法権に従属する作用」
ex.犯罪の捜査、被疑者の逮捕

 
→ 戦前は、「司法警察」は司法権に従属する作用で検察の事務だが、行政機関が、便宜上、同時に司法警察の機関としてこれにあたるに過ぎないと考えられていた。そして行政法の考察対象となるのは「行政警察」であった
 
※戦前には行政警察は、「保安警察」が狭義の行政警察とされ、他の「衛生警察」、「交通警察」、「森林警察」、「鉱業警察」、「漁業警察」と区別されるとされた
 
◎実定法上の警察概念
 
「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」(警察法2条1項)
→ 犯罪の捜査や被疑者の逮捕といった司法警察の作用が警察の責務に取り入られた
→ 衛生警察や産業警察は、実定法上の警察法上の概念から排除された
 
・警察法上の警察は司法警察と行政警察の双方を含む
 
2 警察の組織(室井編p93〜101)
 
(1)概略
 
・戦前の国家警察の反省から、戦後改革で、警察は自治体警察とされ、市町村警察が置かれた。市町村警察を置かない区域について国家地方警察が置かれた
 → 市町村の財政を圧迫する事態となった
・昭和29年の警察法により、都道府県警察が設けられることになった。
・警察の組織については警察法が定めている
 → 警察庁、国家公安委員会、都道府県警察が一緒に規定されている
・警察法の目的(警察法2条1項、上掲):個人の権利と自由の保護を目的に掲げている
 
(2)国家公安委員会
 
・国家公安委員会は 内閣総理大臣の所轄の下に置かれる。国家公安委員会は、委員長及び5人の委員をもつて組織する(警察法4条1項)
・国家公安委員会は、国務大臣を長として、内閣府の外局として置かれる(内閣府設置法49条、62条)
・「国家公安委員会は、国の公安に係る警察運営をつかさどり、警察教養、警察通信、情報技術の解析、犯罪鑑識、犯罪統計及び警察装備に関する事項を統轄し、並びに警察行政に関する調整を行うことにより、個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持することを任務とする。」(警察法5条1項)
・国家公安委員会は、警察法5条2項各号の掲げる任務(警察に関する制度の企画及び立案に関すること等)について、警察庁を管理する。
 
 「内閣総理大臣は、大規模な災害又は騒乱その他の緊急事態に際して、治安の維持のため特に必要があると認めるときは、国家公安委員会の勧告に基き、全国又は一部の区域について緊急事態の布告を発することができる。」(警察法71条1項)。この布告がなされた場合、内閣総理大臣は一時的に警察を統制し、緊急事態を収拾するため必要な限度において、警察庁長官を直接に指揮監督する(警察法72条1項)
 
(3)警察庁
 
・国家公安委員会に警察庁が置かれる(警察法15条)。国家公安委員会の「特別の機関」である(内閣府設置法56条)
・警察庁は国家公安委員会の庶務を司る。(警察法13条)
・警察庁は、国家公安委員会の管理の下に、第5条第2項各号に掲げる事務(警察に関する制度の企画及び立案に関することなど)をつかさどる(警察法17条)
・警察庁の長は警察庁長官。国家公安委員会が内閣の承認を得て任命する(警察法16条1項)
・警察庁長官は、国家公安委員会の管理に服し、警察庁の庁務を統括し、所部の職員を任免し、及びその服務についてこれを統督し、並びに警察庁の所掌事務について、都道府県警察を指揮監督する(警察法16条2項)
 → 指揮監督権については、自治体警察の制度の観点からして問題であるとされている
 
(4)都道府県警察
 
・都道府県に、都道府県警察が置かれる(警察法36条)
 
・都道府県知事の所轄の下に、都道府県公安委員会が置かれる。都道府県公安委員会は都道府県警察を管理する(警察法38条1項、3項)
・「都道府県公安委員会は、その権限に属する事務に関し、法令又は条例の特別の委任に基いて、都道府県公安委員会規則を制定することができる。」(警察法38条5項)
・都道府県公安委員会の庶務は、警視庁又は道府県警察本部において処理する。(警察法44条)
・ 警視総監又は警察本部長は、都道府県警察の職員が「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」等に該当する疑いがあった場合、速やかに事実を調査し、当該職員がそれに該当することが明らかになったときは、都道府県公安委員会に対し、その結果を報告しなければならない(警察法56条3項)
 → 2000年警察法改正で、公安委員会の管理権限の強化のために導入された。他に、都道府県公安委員会により、都道府県警察への、個別的事項にわたる監察の指示の制度も導入された(警察法43条の2第3項)
 
・都警察の本部として警視庁が、道府県警察の本部として道府県警察本部が置かれる。(警察法47条1項)
 → 長として、都警察に警視総監が、道府県警察に道府県警察本部長を置かれる(警察48条1項)
・警視庁及び道府県警察本部は、それぞれ、都道府県公安委員会の管理の下に、都警察及び道府県警察の事務を司る(警察法47条2項)
・都道府県の区域を分ち、各地域を管轄する警察署が置かれる。警察署には、署長を置かれる。警察署の下部機構として、交番その他の派出所又は駐在所を置くことができる。(警察法53条)。
・2000年警察法改正で、警察署長の諮問機関として、警察署協議会が置かれた(警察法53条の2)
 
※管轄区域外の権限行使が警察法61条で定められている
 
(5)警察官
 
・「警察官(長官を除く。)の階級は、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長及び巡査とする。」(警察法62条)
・巡査部長以上の警察官が司法警察員とされ、巡査が司法巡査とされる。いずれも刑事訴訟法189条の司法警察職員である(刑事訴訟法39条3項)
 
※防犯協会、防犯連絡所、警察官友の会、都道府県暴力追放推進センター、交通安全協会、といった様々な民間団体が警察に協力している。2004年の道路交通法改正では、放置車両の確認等について民間の法人への委託が可能になった(実際に取り締まりをするのは法人に所属する「駐車監視員」)
 
3 警察活動(室井編p101〜107)
 
(1)警察活動の根拠規範
 
・判例、実務では警察法2条は、単なる組織規範ではなく、警察活動の一般的根拠規範としての性質を有するが、警察が命令・強制等の公権力を行使する限りにおいては、他の法令の規定による授権を必要とするとの立場に立っている(藤田宙靖、行政法の基礎理論上巻p378以下)
 → 警察法はあくまで組織規範ではないかと学説からは批判されている
 
・行政警察に関しては、一般法として警察官職務執行法が、根拠規範となる
・個別法として、風俗営業等適正化法、道路交通法、質屋営業法、古物営業法、銃砲刀剣類所持等取締法
 
(2)警察活動の行為形式(田中下巻p62〜72)
 
@警察下命: 一般統治権に基づき、警察上の目的のために、人民に対して、作為・不作為・給付・受忍の義務を命ずる行為
(作為:.一定の届出、不作為:営業禁止、給付:手数料の納付、 受忍:健康診断の受忍)
 ex.風俗営業者への業務停止命令、質屋への物品保管命令、銃砲刀剣類等の提出命令
 
A警察許可: 警察上の目的のためにする一般的な禁止を特定の場合に解除し、適法に、特定の行為をすることができるようにする行為をいう
 ex. 自動車の運転免許、質屋営業の許可、銃砲刀剣類の所持の許可
 
※行政法での講学上の特許にあたると解されるものとして、指定自動車教習所の「指定」はなどがある
 
B警察強制: 警察上の目的のために、人民の意思に反して、その身体又は財産に実力を加え、よって警察上必要な状態を実現する事実上の作用をいう
 
・警察上の強制執行即時強制に分けられる
・警察上の強制執行: 義務の不履行に対して、強制執行をする
 ex. 道路における違法工作物で、道路交通法81条1項に基づき警察署長が除去等を命じたが、相手方がその命令に応じない場合、違法工作物除去義務を代執行する。
 → 戦前の行政執行法は、代執行、執行罰、直接強制の三手段を認めていたが、戦後になり、行政代執行法が行政代執行を定めているに止まっている
 
・警察上の即時強制: 義務の履行を強制するためではなく、警察上の目前急迫の障害を除く必要があり、しかも、義務を命ずる暇のない場合、又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達しがたい場合に、直接に、人民の身体又は財産に実力を加え、もって警察上必要な状態を実現する作用
 ex. 警察官職務執行法の質問、保護、避難等の措置、犯罪の予防及び制止、立入、武器の使用
 
※質問、立入は行政調査の性質を帯びることもあるだろう
 
C警察罰: 警察法上の義務違反に対し、一般統治権に基づき、制裁として科せられる罰を総称する。これを科せられるべき非行を警察犯という
 ex. 銃砲刀剣類所持等取締法違反に対して科せられる刑罰
 
※他に、少年非行総合対策要綱のような「要綱」や、わいせつ出版物販売業者への自粛要請、始末書提出のような「行政指導」が、警察活動でも用いられている。
 
4 警察活動の統制(室井編p107〜108)
 
◎警察権の限界(田中下巻p55〜61)
 
・伝統的行政法学では以下のような警察権の限界論が語られていた
 
@警察消極目的の原則 : 警察の活動は公共の安全を維持するという消極目的のためにのみ発動される
 → 営業者間の競争を防止するために許認可権を行使するように、積極的に社会公共の福祉の増進のためにする作用は警察権の限界を超える
 
A警察責任の原則 : 警察権は違反状態に責任を有する者に対してのみ発動される
 → 土地に対しての責任は土地所有者が負う。違反状態が生活範囲から生じたことをもって、故意過失を問わず、警察責任を負うことがある
 
B警察公共の原則 : 警察権は消極目的のためにのみ発動され、公共の安全と維持に直接関係のない私生活や民事関係は、原則として警察権の関与する限りではない
(i)私生活不可侵の原則 → 未成年者の喫煙・飲酒には警察権は及ぶ
(II)私住所不可侵の原則 → 私宅には警察権は及ばない
→ 劇場・旅館のような公衆が出入りする場所に及ぶ
(iii)民事上の法律関係不干渉の原則 → いわゆる民事不介入の原則
→ 私法関係は司法裁判所に任せられる
 
※ストーカー規制やDV規制・児童虐待規制のように、近時は私生活不可侵や民事不介入の原則が修正されつつある
 
C警察比例の原則
・必要性の原則 → 違反状態の是正のために必要なものでなければならない
・比例原則  → 目的と手段が比例していなければならない(過剰規制の禁止)
 
             次回は「医事衛生規制」室井編p136〜149