個別行政分野の法第5回 「医事・衛生」
正木宏長
1 医事衛生行政の意義(室井編p136〜137)
 
・衛生行政は従来、消極行政に位置づけられていたが、国民の生存権を実現するために、積極的な行政対応が求められている。
 → 医事衛生行政の積極行政化
 
◎医事衛生行政の分類(室井編p137による分類)
 @一般保健行政(ex. 食品衛生法、旅館業法)、A医事行政(ex. 医療法、医師法)、B薬事行政(ex. 薬事法、薬剤士法)、C防疫行政(ex. 予防接種法、感染症予防法)
 
・医事衛生行政の法律
 → 食品安全基本法、食品衛生法、医療法、薬事法、感染症予防法
 → その他地方公共団体による条例
 
2 医事衛生行政の特徴(室井編p137〜139)
 
@積極性・予防性
 → 人の生命や健康のような非代替的価値の保全については、行政の積極的な予防活動こそが不可欠
A科学性
 → 医事衛生行政は、医学、薬学、栄養学、衛生学、その他健康の保持増進に関連する科学技術的知見を取り入れて、それを基礎にしてあれこれの施策が行われなければならない
 → リスク分析の導入
B総合性
 → 医事衛生行政は、複雑で多様な健康危害に対処するため、分散的になりがちであるが、国民の健康権実現に向けて連携・収斂させたり、総合調整したりする必要が出てくる
 
※医事衛生行政は世界保健機関(WHO、World Health Organization)と密接な関連を有することが指摘されている
 
◎医事衛生行政の法原則
 
@国民の健康権保障の原則
 → 個々の国民は健康や生命に関連して人間としての権利を妨げる状態の排除を求めうる権利を持つ(健康権の消極的側面)
 → 国民は健康の回復や増進を国や社会に対して要請する(健康権の積極的側面)
A予防原則
 → 人の生命や健康という非代替的価値を保全するためには、リスクが不確実な段階でも、行政が予防的措置をとることが要請される
B情報の公開・透明性の原則
 → 行政法一般の原則
 
3 医事衛生行政の組織(室井編p139〜140)
 
国の行政機関
 厚生労働省本省:大臣官房、医政局、健康局、医薬食品局が置かれている
 厚生労働省の地方支分部局:地方厚生局、都道府県労働局
ex. 近畿厚生局、大阪労働局
 厚生労働省の施設等機関:検疫所、国立高度専門医療センター、国立ハンセン病療養所
ex. 国立がんセンター
 厚生労働省の審議会:医道審議会、薬事・食品衛生審議会
 
※食品安全基本法22条により、内閣府に食品安全委員会が置かれている
 
地方公共団体の行政機関
 ・都道府県、市町村、保健所(都道府県、政令市、中核市が設置する、地域保険法5条)、市町村保健センター(市町村が設置する、地域保健法18条)
 
4 医事衛生行政の法(手嶋豊、医事法入門27~48、村上武則編、応用行政法p230〜231)
4.1 医師法 
 
・医師に関する法律として医師法がある
・「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」(医師法1条)
・「医師になろうとする者は、医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない。」(医師法2条)
 → 未成年者、成年被後見人、心身の障害、麻薬の中毒者などの欠格要件が2条、3条で定められている 
・医師としての品位を損するような行為があった場合、厚生労働大臣は、戒告、3年以内の医業の停止、免許の取消しをすることができる(医師法7条2項)
・診療に従事しようとする医師は、2年以上、医学を履修する課程を置く大学に附属する病院又は厚生労働大臣の指定する病院において、臨床研修を受けなければならない。(医師法16条の2)
 
・「医師でなければ、医業をなしてはならない。」(医師法17条)
・「医師でなければ、医師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない。」(医師法18条)
・「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。 」(医師法19条1項)
 
・医師は、自ら診察しないで治療をしてはならない(医師法20条)
 → 無診察治療の禁止。厚生労働省の通達では、テレビ電話等を用いた遠隔治療も、医師が患者を直接診察するのと同等のレベルを保ちうるなら、本条に抵触しないとしている
・「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」(医師法21条)
 → 憲法38条1項の自己負罪拒否特権の観点から問題になることがある(参照、最高裁平成16年4月13日第3小法廷判決、刑集58巻5号247頁、医事法判例百選3事件)
・他に、医師法22条が処方箋作成・交付義務を、23条が本人又は保護者への診療方法等の療養指導義務を、24条が診療録(カルテ)の作成・保存義務を医師に課している
 
4.2 医療法 
 
(1)目的、定義
 
・目的:「医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与すること」(医療法1条)
 →  医療提供体制の枠組みを定めている
・「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手」の責務として、「良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」ことや「医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」ことや、「医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介」したり情報提供することを定めている(医療法1条の4)
 → 適切な説明とはインフォームドコンセントを明記したものとされる
 
(2)病院
 
・「『病院』とは、医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であつて、20人以上の患者を入院させるための施設を有するものをいう。」診療上は入院施設がないか、19人以下のもの。(医療法1条の5)
 → 病院の施設については21条。各科専門の診察室、手術室、処置室、臨床検査施設、エックス線装置、調剤所、給食施設を有することが求められている。
 → 疾病の治療をなす場所であっても、病院、診療所にあてはまらないものは、紛らわしい名称をつけてはならない(医療法3条、名称独占の定め)
 
・病院のうち、地域医療支援病院とは、都道府県知事の承認を得た病院で、紹介された患者に医療を提供し、また救急医療を行う(医療法4条、16条の2)
・病院のうち、特定機能病院は、厚生労働大臣の承認を得た病院で、高度の医療を提供し、高度の利用に関する研修を行わせることが義務づけられている(医療法4条の2、16条の2、16条の3)
 
・病院を開設しようとするとき、都道府県知事の許可を得なければならない(医療法7条)。臨床研修修了医師が診療所を開設しようとするときは都道府県知事への届出、その他の者は許可が必要(医療法7、8条、診療所に病床を設けようとするときは別に許可が必要になる、医療法7条3項)
 → 病院開設後、病床数や病床の種別を変更しようとするときは、都道府県知事の許可が必要(医療法7条)。都道府県の医療計画に適合しない申請については不許可にすることができる(医療法7条の2)
 → 医療計画は、都道府県が当該地域の医療提供体制の各法に関して定める計画である。病床の整備や休日診療、夜間診療などの救急医療の確保に関する事項、へき地医療確保に関する事項などが定められている(医療法30条の4)
・病院・診療所については法律で掲げる事項を除いて広告してはならないとされる(医療法6条の5)
 
・「病院又は診療所の開設者は、その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に、歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に、これを管理させなければならない。」(医療法10条1項)
・ 病院又は診療所の管理者は、管理者の氏名、診療に従事する医師又は歯科医師の氏名、医師又は歯科医師の診療日及び診療時間等を当該病院又は診療所内に見やすいよう掲示しなければならない。(医療法14条の2)
 
・「医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。」(医療法16条)
・「病院又は医師が常時3人以上勤務する診療所にあつては、開設者は、専属の薬剤師を置かなければならない。但し、病院又は診療所所在地の都道府県知事の許可を受けた場合は、この限りでない。」(医療法18条)
 
4.3 食品衛生法 
 
(1)目的
 
・「この法律は、食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする。」(食品衛生法1条)
 
(2)食品、添加物規制
 
・ 販売の用に供する食品又は添加物の採取、製造、加工、使用、調理、貯蔵、運搬、陳列及び授受は、清潔で衛生的に行われなければならない(食品衛生法5条)
 → 衛生・清潔の基本原則
・腐敗した食品や、有毒物質を含む食品の販売・製造・輸入などが禁止されている(食品衛生法6条)
 → 違反には、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金(食品衛生法71条)
 
・ 人の健康を損なうおそれのない場合として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める場合を除いては、添加物並びにこれを含む製剤及び食品は、これを販売・製造等してはならない。(食品衛生法10条、違反への罰則は71条)
 → 厚生労働大臣定めたもの以外の添加物に対する規制。厚生労働大臣による規格の策定については、食品衛生法11条
・「食品、添加物、器具又は容器包装に関しては、公衆衛生に危害を及ぼすおそれがある虚偽の又は誇大な表示又は広告をしてはならない。」(食品衛生法20条)
 
・法律や厚生労働省令で指定された異常があり、又はへい死した獣畜又は家きんの肉若しくは臓器についての食品としての販売の禁止(食品衛生法9条1項)
・リスク食品への厚生労働大臣の個別の販売禁止の規定がある(食品衛生法7条1項)
 
(3)容器包装規制
 
・「営業上使用する器具及び容器包装は、清潔で衛生的でなければならない。」(食品衛生法15条)
・有毒な器具又は容器包装等は販売等をしてはならない(食品衛生法16条)
 
(4)営業、製造業への規制
 
・飲食店営業その他公衆衛生に与える影響が著しい営業を営むには厚生労働省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない。(食品衛生法51条、52条)
 → 食品衛生法52条2項で、「基準に合うと認めるときは、許可をしなければならない」と定められているため、消極目的の「警察許可」の典型例とされることが多い
 
・「厚生労働大臣又は都道府県知事等は、営業者その他の関係者から必要な報告を求め、当該職員に営業の場所等に臨検し、食品、添加物、器具若しくは容器包装、営業の施設、帳簿書類その他の物件を検査したり、無償で収去させることができる。」(食品衛生法28条1項)
 → 行政調査に関する規定
 → 食品衛生法28条4項で民間の登録検査機関に収去した食品の試験に関する事務を委託させることができると定めている
ex.(財)日本食品分析センター、(社)大阪食品衛生協会、(社)京都微生物研究所
 
・厚生労働大臣又は都道府県知事は、営業者が食品・添加物規制や容器包装規制に付いての食品衛生法の基準に違反した場合、営業者若しくは当該職員にその食品、添加物、器具若しくは容器包装を廃棄させ、又はその他営業者に対し食品衛生上の危害を除去するために必要な処置をとることを命ずることができる(食品衛生法54条)。基準違反に対して、許可を取り消し、又は営業の全部若しくは一部を禁止し、若しくは期間を定めて停止することができる。(食品衛生法55条)
  
             次回は室井力編「環境規制」p202〜229