個別行政分野の法第6回「環境」
正木宏長
1 環境行政の意義(室井編p202〜205)
 
・わが国の環境行政は、公害対策行政から始まった
・公害問題自体は、足尾鉱毒事件に見られるように明治時代から存在していた
 → そういった問題の規制は衛生警察の領域に属すると戦前は考えられていた
・第二次世界大戦後、公害問題は急速に深刻化した
・(旧)公害対策基本法や水質汚濁防止法のような公害対策法と、自然環境保全法のような自然環境保全のための法の、二つの体系の下で環境行政が進められた
・1993年に、自然環境保全法と公害対策基本法の、基本法的部分を統合して、環境基本法が制定された
・近年の環境法制の整備
 ex. 土壌汚染対策法、PRTR法、循環型社会形成推進基本法、地球温暖化対策の推進に関する法律
 
・環境行政は、伝統的警察法理によって規律することができない
 → 積極的行政措置が期待される
 
※環境問題は、原因者も被害者も不特定であり、民法の過失責任主義には限界がある。また金銭による損害賠償は生命・身体・自然環境に対する侵害の救済としては不十分であるとか、訴訟は時間がかかるというように、訴訟的解決に適していない部分がある
 
2 環境行政の基本理念(室井編p205〜209)
 
・現在及び将来の世代の環境の享受(環境基本法3条)
・持続可能な発展(環境基本法4条)
・国際的協調(環境基本法5条)
 
◎汚染者負担原則
・汚染者負担原則はOECD(経済開発協力機構)の1972年の理事会勧告で示された
 → 環境を汚染するものは、自らの責任で汚染防除対策を講じ、その費用も自ら負担すべしというもの
・環境基本法では汚染を生じさせた原因を作り出した事業者に浄化費用の費用負担を課すとしている(原因者負担、環境基本法37条)
 → わが国の原因者負担原則は、環境復元費用のようなものまで事業者に負担を求めるもの
 
環境権の理論
・学説上、憲法13条や25条を根拠として、良好な環境を享受する権利として環境権が主張されている
 → 判例や法律で明確に認められたものではない
 
その他の原則
・室井編の教科書ではさらに、環境行政の原則として以下の原則を挙げている
@環境権保護の原則
 → 環境行政は環境権保護のために行われなければならない
A行政の環境保全責任の原則
 → 警察行政と違い、環境行政では環境保護のための措置を積極的にとらなければならない
B地方自治の尊重
C住民参加の保障
 → 情報公開制度やパブリックコメント手続の整備
 
3 環境行政組織(室井編p209〜211)
 
・国の環境行政組織として環境省がある
 → 2001年に環境庁から昇格した
 → 環境省となったが、廃棄物処理やリサイクルに関しては、環境大臣が、経済産業大臣や厚生労働大臣と共同して行政決定を行うことが求められていることが多い。
 
・環境省の地方支分部局として、地方環境事務所がある
 → 2005年に新設された
・環境省の審議会として「中央環境審議会」「公害健康被害補償不服審査会」がある。関連する独立行政法人として、「独立行政法人環境再生保全機構」がある。これは民間団体が行う環境の保全に関する活動の支援を行っている
 
・地方公共団体にも環境関連部局が置かれている
 
4 環境行政の主要領域(室井編p211〜219)
4.1 公害対策行政 
 
・公害対策としては、環境基本法で環境基準・公害防止計画が定められる他、規制や助成など様々な手段がとられる
 
◎環境基本法
 
・大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下、悪臭を公害としている(典型7公害、環境基本法2条3項)
・環境基本計画の策定 (環境基本法15条)
 → 環境保全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱などを定めるもの。オゾン層破壊対策・光化学オキシダント対策の実施などを定めている
・環境基準の策定(環境基本法16条)
 → 「大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」
・公害防止計画の策定の指示(作成は都道府県)(環境基本法17条)
 → 郊外に関する施策を総合的に講じるために定められる。地域の範囲・汚染状況や、公害防止に関する施策、監視測定体制などが定められている。
 
◎大気汚染防止法
 
・公害対策は、行政が基準を定めて、それを事業者に遵守させることで行われている。ここでは大気汚染防止法を例に見てみる
 
・ばい煙に係る排出基準が環境省令で定められる(大気汚染防止法3条)
 →環境基準を達成するために排出基準が策定される
・ばいじん、有害物質については都道府県が上乗せ条例で厳しい基準を定めることができることが規定されている(大気汚染防止法4条)
 
・工場密集地帯については、都道府県知事が特別の総量規制基準を定めることができることも定められている(大気汚染防止法5条の2)
 
・ばい煙を大気中に排出する者は、ばい煙発生施設を設置しようとするとき、当該施設の種類・構造等について都道府県知事に届出なければならない(大気汚染防止法6条)
 → 届出の内容について、都道府県知事が、排出基準に適合しないと認めるときは、計画の変更や廃止を命令することができる(大気汚染防止法9条)
 
・ばい煙排出者に対して、環境大臣又は知事は、報告を求め、職員に工場等への立入をさせることができる(大気汚染防止法26条)
 
・ばい煙排出者は、そのばい煙量又はばい煙濃度が当該ばい煙発生施設の排出口において排出基準に適合しないばい煙を排出してはならない。排出基準に違反した事業者は直ちに刑罰が科せられる(直罰主義、大気汚染防止法13条、33条の2)
・都道府県知事は、「ばい煙排出者が、そのばい煙量又はばい煙濃度が排出口において排出基準に適合しないばい煙を継続して排出するおそれがある場合において、その継続的な排出により人の健康又は生活環境に係る被害を生ずると認めるとき」その者に対し、改善命令や施設使用の一時停止を命ずることができる。(大気汚染防止法14条、命令違反には罰則、大気汚染防止法33条)
 
4.2 自然環境保全 
 
・自然環境保全に関する法律として、自然環境保全法と自然公園法がある
 
◎自然環境保全法
 
・国は自然環境保全基本方針を定めなければならない(自然環境保全法12条1項)
 → 自然環境の保全に関する基本構想などを内容とする
 
・原生自然環境保全地域や自然環境保全地域が指定される
 → これらの地域に指定されると、建物の建築等が禁止されて、許可や届出が必要となる
 
◎自然公園法
 
・自然公園の利用について定めている
 → 国立公園、国定公園を環境大臣が指定する(自然公園法5条)
・国立公園・国定公園に、@特別保護地区、A特別地域、B海中公園地区、C普通地域が設けられ、それぞれ建物の建築等が禁止されて、許可や届出が必要となる
 
5 環境行政の手法(室井編p219〜222)
 
・環境行政の分野では国の法令の基準よりも厳しい上乗せ条例や横出し条例を自治体が定める例が見られる
 → 国の基準は全国的観点からの最低基準と考えるべし
 
・1997年の環境影響評価法により、大規模開発について、事業者に環境影響評価が義務づけられている
 
・事業者と地方公共団体との間で、公害規制のために公害防止協定が結ばれることがあった
 → 公害防止協定の法的性質について、様々な説がある
 
6 公害紛争の処理(室井編p222〜226)
6.1 公害紛争処理法 
 
・公害紛争に対しては、因果関係の不明確性や、立証の困難性から、民事訴訟による被害者救済は難しい部分がある
 → 簡易迅速なADRの制度として公害紛争処理制度がある
・国の公害等調整委員会が、公害紛争について、あっせん、調停、仲裁、裁定を行う
・公害等調整委員会は、委員長と6人の委員と30人以下の専門委員からなる
・公害紛争には航空機騒音紛争や大気汚染に関する紛争等がある
 
・あっせん → 話し合い、交渉の支援
・調停 → 調停委員会が調停案の提示
・仲裁 → 仲裁委員会が仲裁判断を示す。仲裁判断は確定判決と同一の効力を有する
・裁定 → 責任裁定と原因裁定とがある。法的効力を有するものではないとされるが、責任裁定に対して訴えがなされなければ損害賠償について責任裁定と同一の合意が成立したとみなされる
 
6.2 公害健康被害の救済 
 
・公害被害者の救済の制度として、公害健康被害の補償等に関する法律(通称:公健法)がある
 → 補償の財源について、原因者負担の制度がとられている
・指定地域の指定疾病について公害病患者と認定された者に、@療養の給付及び療養費、A障害補償費、B遺族補償費、C遺族補償一時金、D児童補償手当、E療養手当、F葬祭料を給付する(公健法3条)
・地域指定は政令による。「第1種地域」と「第2種地域」が指定される(公健法2条)。公害病患者の認定は、公害健康被害認定審査会の意見をきいたうえで、都道府県知事が行う(公健法4条)
 
次回は「公共施設」室井編p150〜167