個別行政分野の法第9回 「教育」
正木宏長
1 教育の基本原理(室井編230〜232)
1.1 総説 
 
・日本国憲法26条の教育を受ける権利の保障と、無償の義務教育の保障のため教育行政が行われる
・ 国・地方公共団体には、学校その他教育施設の設備の整備、教員の配置など、教育条件整備のための積極的行政活動が要請されている
・教育は地方公共団体の処理する事務なので、国の地方自治体への関与は謙抑的でなければならない
・教師の教育活動は専門的なものであり、中立的に行われなければならない(教育の「専門性」「中立性」
 → 教育活動自体については、自由と自主性の尊重が要請されるので、これに対する行政の関与は慎重かつ抑制的でなければならない
・憲法の他に、教育に関しては教育基本法、学校教育法、地方教育行政法(正式名称、地方教育行政の組織及び運営に関する法律」、私立学校法、など諸々の法規がある
 
1.2 憲法の教育に関する定め 
 
・国民の学習権:「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」(日本国憲法26条1項)
 → とりわけ子供の学習権と教育の機会均等を保障したものとされる
 
・教育制度は国が定め、実際の教育は教師や親権者が行う。そこで教育の内容や方法について決定するのは誰かということで教育権の所在が議論されたことがあった

国家の教育権説:議会制民主主義の下では、国民全体の教育意思は、国会の法律制定によって具体化されるから、法律は公教育の内容及び方法について包括的に定めることができる
国民の教育権説:教育権の主体は親権者を中心とする国民全体であり、教育内容及び方法については親権者から付託を受けた教師が決定・遂行するべきである

 
・旭川学力テスト訴訟判決(最高裁51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615頁、憲法判例百選147事件)は、国家の教育権説も国民の教育権説も極端かつ一方的であるとして退けて、それぞれ一定範囲の「親の自由」、「教師の自由」、「国の教育決定の権能」が認められるという立場をとった
 
・「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」(日本国憲法26条2項)
 → 授業料を無償にするという趣旨で、教科書代金、給食費を無償にするという趣旨ではないとするのが通説・判例である(最高裁昭和39年2月26日大法廷判決、民集18巻2号343頁、憲法判例百選146事件)。国公立の小・中学校の授業料の無償については学校教育法6条に定めがある
 
1.3 教育基本法 
 
・教育基本法は、教育と教育原則に関する基本原則を定めている
 
 教育基本法について、最高裁は、前述の旭川学力テスト訴訟で「わが国の教育及び教育制度全体を通じる基本理念と基本原理を宣明することを目的として制定されたものであつて」、「同法における定めは、形式的には通常の法律規定として、これと矛盾する他の法律規定を無効にする効力をもつものではないけれども、一般に教育関係法令の解釈及び運用については、法律自体に別段の規定がない限り、できるだけ教基法の規定及び同法の趣旨、目的に沿うように考慮が払われなければならないというべきである。」とした。(最高裁昭和51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615頁、憲法判例百選146事件)。
 
・「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」(教育基本法1条)
 → 平成18年改正で、「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」という旧法の条文が削除された
 
・平成18年改正は2条の教育の目標についての条文を大きく改めた
→ 「幅広い知識と教養」を身につけること、「豊かな情操と道徳心を培う」こと、「自主及び自律の精神」を養うこと、「男女の平等」を重んずること、「主体的に社会の形成に参画」すること、「環境の保全に寄与する態度」を養うこと、「我が国と郷土を愛する」こと等の明記が主要な改正点である
 
・平成18年改正で「生涯教育の理念」「大学」「私立学校」「家庭教育」「幼児期の教育」「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」「教育振興計画」に関する条文が追加された
・他に教育の機会均等(4条)、義務教育(5条)、教員の研究と修養(9条)、社会教育の奨励(13条)、政治教育及び特定の政党を支持反対するための政治教育の禁止(14条)、宗教教育及び特定の宗教のための宗教教育の禁止(15条)などが定められている
 
2 教育行政の組織(室井編232〜234、239〜242)
2.1 国の組織 
 
・文部科学省
・文化庁:文部科学省の外局
・独立行政法人として、独立行政法人国立美術館や独立行政法人国立文化財機構(旧、独立行政法人国立博物館と独立行政法人文化財研究所が統合されたもの)が設置されている
 
※内閣府は青少年の健全育成に関する事務なども担当している
 
・文部科学大臣は都道府県又は市町村に対し、都道府県又は市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言又は援助を行うことができる。(地方教育行政法48条)
・平成19年の地方教育行政法の改正により、文部科学大臣は、教育委員会に対して、是正・改善の「指示」、「是正の要求」をすることができるようになった(地方教育行政法49条、50条)
 
2.2 地方公共団体の組織 
 
(1)教育委員会
 
・「教育委員会は、別に法律の定めるところにより、学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編制、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教育職員の身分取扱に関する事務を行い、並びに社会教育その他教育、学術及び文化に関する事務を管理し及びこれを執行する。」(地方自治法180条の8)
・教育委員会は教育行政に関する執行機関である。行政委員会として設置される。
・地方議会の同意を得て長が任命する原則5人の委員による構成を基本とする(地方教育行政法3条)
  → 平成19年改正で委員の人数の弾力化が図られた(都道府県・市の教育委員会の委員は6人以上、町村の教育委員会の委員は3人以上にすることができるとされた。従来はそれぞれ6人、3人にすることができるというものだった)
・地方公共団体の長は、委員を議会の同意を得て罷免することができる(地方教育行政法7条)
・委員の中から委員長が選挙される(地方教育行政法12条)
 
・教育長:教育委員会の指揮監督の下にその権限事務を担当する。教育委員会の委員のうちから教育委員会により任命する(地方教育行政法16条)
・教育委員会には事務局が置かれる(地方教育行政法18条)
 
・教育委員会の所掌事務として、「教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること」、「学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学、転学及び退学に関すること」、「学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること」、「教科書その他の教材の取扱いに関すること」等がある(地方教育行政法23条)
 
(2)地方公共団体の長
 
・地方公共団体の長の職務権限として、「大学に関すること」「私立学校に関すること」「教育財産を取得し、及び処分すること」「教育委員会の所掌に係る事項に関する契約を結ぶこと」がある(地方教育行政法24条)
・平成19年の地方教育行政法の改正で、条例で定めることにより、教育に関する事務のうち、スポーツに関することと、文化に関することを地方公共団体の長の事務とすることができるとされた(地方教育行政法24条の2)
 
3 学校の組織と運営 −学校教育法−(室井編p234〜239)
 
(1)総説
 
・学校の組織運営については、学校教育法が定めをおいている
・学校教育法では、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とされる(学校教育法1条)
 →中等教育学校は「中等普通教育並びに高等普通教育及び専門教育を一貫して施すこと」を目的とする学校で、1998年に学校教育法改正により新設された
 
・学校は、国、地方公共団体、及び私立学校法第3条に規定する学校法人のみが、設置することができる。(学校教育法2条1校)
・学校の名称独占の定めがあり、学校教育法1条の学校、専修学校(学校教育法124条による学校、いわゆる専門学校)、各種学校(学校教育法第134条による学校、自動車学校など)以外の教育施設は「学校」の名称を用いてはならない(学校教育法135条、罰則は146条)
 
(2)監督
 
・「学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。」(学校教育法3条)
 → 設置基準で、教職員配置、学年、学級、施設設備についての基準が定められている
・ 小学校・中学校については市町村が設置義務を負う
 
・国立学校や学校教育法によって設置義務を負う者の設置する学校や、都道府県の設置する学校以外の学校の、設置・廃止・設置者の変更については、学校の種類に応じて、文部科学大臣(ex.私立大学)、都道府県教育委員会(ex.市町村設置の公立高校)、又は都道府県知事の認可(ex.私立高校)を受けなければならない(学校教育法4条)
 → 設置基準は認可基準となる
 
・法令違反に対して、4条の認可を得て設置される学校には、法令への故意の違反などについて、認可者による廃止命令の制度(学校教育法13条)がある
・市町村設置の学校や私立学校の法令違反については、それぞれ都道府県教育委員会、都道府県知事の変更命令の制度がある(学校教育法14条)
・高専、大学の法令違反については、文部科学大臣による勧告→改善命令→廃止命令の制度がある(学校教育法15条)
・都道府県立高校については監督が学校管理に吸収されるので監督の定めがない
 
・小学校、中学校、高等学校においては、文部科学大臣の検定を経た教科用図書又は文部科学省が著作の名義を有する教科用図書を使用しなければならない。(学校教育法34条、49条、62条)
 
 教育行政の分野で、議論となるのは、文部科学省が、教育課程(カリキュラム)の基準として「告示」で定めている学習指導要領に法的拘束力が認められるかという問題があることである。学習指導要領は教科書検定の際にも基準として用いられるのだが、最高裁平成2年1月18日第1小法廷判決(民集44巻1号1頁、行政判例百選49事件)は学習指導要領に法的拘束力を認めた(学習指導要領から逸脱した指導をした公立学校教員への懲戒処分が適法とされた)
※平成19年改正で、義務教育として行われる普通教育は、教育基本法の目的を実現するため、21条で掲げる目標(「我が国と郷土を愛する態度を養う」こと等)を達成するように行われるものとされた(学校教育法21条)
 
(3)就学義務
 
・保護者は、子に9年の普通教育を受けさせる義務を負う(学校教育法16条、小学校・中学校に就学させる義務については17条)
→ 市町村教育委員会は、毎年学齢簿を編成して、修学予定者の保護者に対して、入学期日の通知や、修学すべき学校の指定・変更を行っている。この指定は行政行為である
・就学義務を怠った保護者には督促がなされ、なお履行しない場合、10万円以下の罰金に処せられる(学校教育法17条、144条)
 → 病弱などやむを得ない事由がある場合、保護者は就学義務を免除される(学校教育法18条)
・市町村の教育委員会は、性行不良であつて他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる(学校教育法35条、49条)
 
(4)学校の組織・運営
 
・学校には、校長及び相当数の教員を置かなければならない。(学校教育法7条)
・平成19年改正で「副校長」、「主幹教諭」、「指導教諭」という職を、小・中学校、高等学校に置くことができるとされた(学校教育法37条、49条、60条)
・学校には、校長が主催する職員会議、及び学校運営に関して校長に意見を述べることができる学校評議員を置くことができる
 
・「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」(学校教育法11条)
・「学校においては、別に法律で定めるところにより、幼児、児童、生徒、及び学生並びに職員の健康の保持増進を図るため、健康診断を行い、その他その保健に必要な措置を講じなければならない。」 (学校教育法12条)
 
次回(12/25)は、シラバスから予定を変更して、「財政」室井編p312〜360