行政法T第13回 「行政行為の瑕疵、行政行為の効力の発生」大橋p183〜190の範囲
正木宏長
1 行政行為の瑕疵(塩野p178〜183)
1.1 行政行為の無効と取消し 
 
・ 行政行為の公定力 → 排除するには取消訴訟が必要
※ 現行法の下では取消しうべき行政行為は、取消訴訟の管轄に服し、出訴期間が短い(行政事件訴訟法14条)
 
上のような取消訴訟の排他的管轄が及ばない制度として、特許法の分野がある。特許法では、特許に無効理由がある場合(ここでは取り消うしべき瑕疵がある場合も含む)、特許審判での無効審決によって対世的に無効化される。だが、民事の特許権侵害訴訟の中で、無効の特許に基づく請求が権利の濫用にあたるというような、特許無効に係る主張をすることも可能とされている(特許法104条の3、さらに参照、最高裁平成12年4月11日第3小法廷判決(キルビー事件判決)、民集54巻4号1368頁、行政判例百選69事件) 
 
1.2 取り消しうべき行政行為と無効の行政行為の区別 
 
・「無効の行政行為」と評価されるのはどのような場合か?
 
重大明白説 : 通説、最高裁平成16年7月13日第3小法廷判決(判例時報1874号58頁)
・ 瑕疵ある行政行為が「無効」になるのは、瑕疵が重大かつ明白であるときとする説
※ 判例では「重大・明白な瑕疵」が、「重大・明白な違法」と呼ばれることがある
→「明白」という概念は明解ではないのかという批判がある
 
 「瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指す。」「行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落としたかどうかは、処分の外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではない。」(最高裁昭和36年3月7日第3小法廷判決、民集15巻3号381頁)
 
※最高裁が「明白性」の要件を弱めているかのような判例(明白性補充要件説?

判例@ 最高裁昭和48年4月26日第1小法廷判決(民集27巻3号629頁、行政判例百選86事件)
 
 Aが、Aの土地・建物をXら(妻の妹夫婦)には無断で、書面上Xらに譲渡した形にして、さらにその土地を第三者に譲渡したところ、税務署長はXらに譲渡所得を課税したので、勝手に名前を使われていただけのXらが課税処分の無効確認を求めた事例
 
「被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には」、課税要件の根幹についての過誤による「瑕疵は当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当」。「本件課税処分は、譲渡所得の全くないところにこれがあるものとしてなされた点において、課税要件の根幹について重大な過誤を犯した瑕疵を帯有するものといわなければならない。」

 
1.3 伝統的行政法学による瑕疵ある行政行為の分類(田中上巻p143〜150)
 
@主体に関する瑕疵 − 行政主体の側に間違いがあった −

A内容に関する瑕疵 − 処分の中身に間違いがあった −

B手続に関する瑕疵  − 法律が定めている手続を怠ってしまった −

C形式に関する瑕疵 − 法律が定めている形式を守らなかった −

上の有効(取り消しうべき瑕疵)・無効のリストは、伝統的行政法学が掲げていたものであるが、この区別は、必ずしも全面的に学説・判例の支持を受けているものではないので、参考として理解しておくこと(詳しくは藤田総論p252〜259)
 → 学説・判例では、「重大明白説を基本としながらも、単に処分の瑕疵それ自体の重大・明白性のみならず、当該処分をとりまく諸般の事情を総合的に衡量し、”公定力にもとづく権利主張制限”を貫くことが具体的にみて妥当であるかどうかの視点から問題を処理しようとする傾向が、次第に強くなってきている」(小早川、行政法上p296〜297)
 「無効原因の主張としては、誤認が重大・明白であることを具体的事実(右の例でいえば地上に堅固な建物が建つているような純然たる宅地を農地と誤認して買収したということ)に基いて主張すべきであり、単に抽象的に処分に重大・明白な瑕疵があると主張したり、若しくは、処分の取消原因が当然に無効原因を構成するものと主張することだけでは足りないと解すべき」(最高裁昭和34年9月22日第3小法廷判決、民集13巻11号1426頁、行政判例百選85事件)
 
瑕疵の程度が軽微で違法にはあたらないとされた事例

判例A 最高裁昭和49年12月10日第3小法廷判決(民集28巻10号1868頁、行政判例百選123事件)
 
 旧教育委員会法では会議の開催の3日前の告示(ただし緊施を要する場合にはこの限りではないとされていた)が必要とされていたが、教育委員会は本件では数十分前に告示をしただけで会議を開き、秘密会にて、Xを懲戒免職にした
 
 「具体的事案における違反の程度及び態様が当該事案の議事手続全体との関係から見て実質的に前記公開原則の趣旨目的に反するというに値しないほど軽微であって、その瑕疵が議決の効力に影響を及ぼすとするに足りない場合もあり得る。」同委員会では従来から人事案件は全て秘密会で審議しており、瑕疵は、実質的に公開原則の趣旨目的に反するに値しないほど軽微であって、議決を取消すべき事由にあたらない

 
2  瑕疵の治癒・違法行為の転換(塩野p183〜185)
2.1 瑕疵の治癒 
 
「瑕疵の治癒」 → 行政行為がなされた後、欠けていた要件の追完がなされてその結果瑕疵が無くなること
 → 瑕疵が軽微でしかも第三者の既存の利益が存在している場合には、治癒を認める余地があるが、そうでないときには、法律による行政の原理からして安易に治癒を認めるべきではない
 
 ※瑕疵の治癒が認められた事例

判例B 最高裁昭和36年7月14日第1小法廷判決(民集15巻7号1814頁、行政判例百選88事件)
 
 自作農創設特別措置法では、農地の買収計画を定めた後、訴願(不服申立て)があった場合、訴願に裁決するまでは買収はできないことになっていた。しかし、本件では、買収計画に対してXの訴願があったにもかかわらず、訴願への裁決をしないまま、農地を買収をしてしまった。
 
「農地買収計画につき異議・訴願の提起があるにもかかわらず、これに対する決定・裁決を経ないで事後の手続を進行させたという違法は、買収処分の無効原因となるものではなく、事後において決定・裁決があったときは、これにより買収処分の瑕疵は治癒されると解するのを相当とする。」(瑕疵の治癒が認められた)

 
 ※瑕疵の治癒が認められなかった事例

判例C 最高裁昭和47年12月5日第3小法廷判決(民集26巻10号1795頁、行政判例百選89事件)
 
 Xは税務署長から更正処分を受けたが、理由が不備であった、Xは国税局長に審査請求をしたが、更正処分の詳しい理由が付されて、更正処分の一部取消しがなされた
 
「本件更正の付記理由には不備の違法がある。」「処分庁とは異なる機関の行為により付記理由不備の瑕疵が治癒されるとすることは、処分そのものの慎重、合理性を確保する目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によって初めて具体的な処分根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において充分な不服理由を主張することができないという不利益を免れない。」「それゆえ更正における付記理由不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではない。」

 
2.2 違法行為の転換 
 
違法行為の転換 → 「ある行政行為が法令の要件を充足していないにもかかわらず、別の行政行為として見るとこれを充足している場合に、その別の行政行為であるとしてその効力を維持しようとするテクニック」
 
 自作農創設特別措置法の農地買収計画について、自作農創設特別措置法「施行令43条による場合と施行令45条による場合とによって、市町村農地委員会が買収計画を相当と認める理由を異にするものとは認められない。」として、施行令43条から施行令45条への違法行為の転換が認められた事例がある(最高裁昭和29年7月19日大法廷判決、民集8巻7号1387頁、行政判例百選90事件)
 
3 行政行為の成立と効力の発生(塩野p185〜188)
 
(1)行政行為の成立
 
・「行政行為は...行政機関の内部で確立したものであっても外部に表示しない間は意思表示ではあり得ない。そして当該行政行為が...書面によって表示された時は書面の作成によって行政行為は成立し、その書面の到達によって行政行為の効力を生じる。」(最高裁昭和29年9月28日第3小法廷判決、民集8巻9号1779頁)
・許可処分があったかのような状況が作出されたにすぎないとし、外部的意思表示がされたものとみることはできないとして、行政行為が不成立とされた事例がある(最高裁昭和57年7月15日第1小法廷判決(民集36巻6号1146頁、行政判例百選59事件)
 
(2)行政行為の効力はいつ発生するか?
 
 → 民法(97条1項)と同じく到達時主義
 → 行政行為の効力が発生するのは「相手方が現実に了知し、又は相手方の了知しうべき状態におかれた時」(最高裁昭和29年8月28日第3小法廷判決、刑集8巻8号1372頁。他に、最高裁平成11年10月22日第2小法廷判決、民集53巻7号1270頁、行政判例百選61事件)
 
(3)送達方法
 
@ 交付送達 → 職員が送達を受けるべき者の住所または居所で、書類を交付する
A 郵便送達 → 書留、配達記録郵便、普通郵便で送達する(国税通則法12条2項)
B 差置送達 → 書類の送達を受けるべき者が不在・あるいは受領を拒んだ時に、送達すべき場所に書類を差し置く方法(国税通則法12条5項2号)
C 公示送達 → (民法98条、国税通則法14条)
 → 出奔し所在不明になった地方公務員への懲戒免職処分は、県公報掲載後2ヶ月後に効力を生じたものというべきとした判例がある(最高裁平成11年7月15日第1小法廷判決、判例時報1692号140頁、行政判例百選60事件)