行政法T 第14回 「行政行為の失効、行政行為の附款」大橋p190〜198
正木宏長
1. 行政行為の職権取消し(塩野p188〜191)
1.1 定義 
 
・「取消し」 → 瑕疵ある行政行為によって成立した法律関係を元にもどすこと
・行政行為の職権取消し → 成立時に瑕疵があった行政行為を行政庁が職権で取り消すこと
 ex. 誤った業務停止命令を行政庁が自ら取り消す
・職権取消しの根拠 : 法治国原理(塩野)や当然の事理(田中)
→ 職権取消しの際には行政行為に瑕疵があることが前提であるというのが理由
 
1.2 職権取消しの制限 
 
・行政庁の職権取消しは結構なことにようにも思えるが授益的処分の場合は問題になる
→ 処分の取消しには、「処分の帰責事由、取消しのもたらす具体的影響、信頼保護の程度、法制度の趣旨、不利益緩和措置の存在などを、事例に則して総合的に解釈する」ことが必要(大橋p192)
 

判例@ 最高裁昭和28年9月24日第2小法廷判決(民集7巻9号868頁、行政判例百選91事件)
 
 Xは農地をAに賃貸していたが更新拒絶することにした。Xは賃貸契約更新拒絶の認可を知事に求め、知事は認可をした。だが、約1年後、知事は更新拒絶の認可を職権で取り消した。Xはこの取消し処分の取消しを求めた。
 
 「処分をした行政庁が自らその処分を取消すことができるかどうか...は...、各処分について授権をした当該法律がそれによって達成せしめんとする公益上の必要、つまり当該処分の性質によって定めるものと解するのが相当である。」
 本件では、申請者側に詐欺等の不正行為があったことが顕著でない限り、処分をした行政庁もその処分に拘束されて処分後は先の処分は取消しできないことにしなければ、賃貸当事者の意思の自主性を制限して、その効力を許可にかからしめた法的秩序に客観性がないことになって、かえって耕作者の地位の安定を図る農地調整法の目的には添わない。

 
 自作農創設特別措置法に関する事件で、県知事はAへの農地買収処分を、地形・面積につき、土地の現況と公簿の記載とが大きく相違していて買収の対象を確定し得ないなどを理由に、職権で取り消した。そこで、問題の土地の売り渡しを受ける予定だったXが、職権取消しの取消しを求めた事例で、最高裁は「特段の事情がない限り買収農地の売り渡しを受くべきXの利益を犠牲に供してもなおかつ買収令書の全部を取り消さなければならない公益上の必要があるとは解されない」と判決した(最高裁昭和33年9月9日第3小法廷判決、民集12巻13号1949頁)
 だが、同種の事例で、売り渡しをうけた者がいたとしても、所有者を誤った農地買収処分であった場合では、行政庁が職権で取り消すことは、公共の福祉に添うものであるとされた(最高裁昭和43年11月7日第1小法廷判決、民集22巻12号2421頁、行政判例百選92)
 
1.3 職権取消しの効果 
 
・ 行政行為の職権取消しは、行政行為に当初から瑕疵があったことを前提とするので、取消しの効果は遡及するというのが一般的
・ 授益的行為の職権取消しは、将来に向かってのみ行政行為の効果が取り消されるとする余地がある
・ 職権取消しは上級庁も可能(通説)
 
2 行政行為の撤回 (塩野p191〜196)
2.1 定義 
 
行政行為の撤回 : 「瑕疵なく成立した法律関係について、その後の事情により、その法律関係を存続させることが妥当でないということが生じた時、この法律関係を消滅させる行為」
 
職権取消しと撤回の違い
・職権取消しは行政行為の成立時に瑕疵があったことを前提とするが、撤回は行政行為成立時には瑕疵がなかったが、その後の事情で行政行為を取り消したい時に行われる
 ex. 医事犯罪を犯した医師の医師免許の取消し(医師法7条2項)、法律違反をした旅館業者の営業許可の取消し(旅館業法8条)
 
・取消しにせよ撤回にせよ、許認可等を取り消す不利益処分や地位や資格を剥奪する不利益処分には、行政手続法の聴聞手続を経る必要がある(行政手続法13条)
・法律関係を形成しない処分には撤回の余地がない
ex. 退学処分 → 退学の時点で法律関係が消滅し、もう戻せない。「復学処分」が必要
 
2.2 撤回と法律の根拠 
 
・撤回に法律の根拠は必要か
@不要説(通説・判例)
A必要性(少数説) → 撤回も侵害処分だから
 
・不要説(塩野)の説明
 → 撤回は私人の申請にもとづく授益処分で生じた法律関係を消滅させようとするものである。これは許可制・免許制といった法的仕組みの一部であり、このような場合、法律関係を消滅させるために、個別の法律の根拠が必要とは当然にはならない。免許・許可などの授権法律で足りる

判例A 最高裁昭和63年6月17日第2小法廷判決(判例時報1289号39頁、行政判例百選93)
 
 医師であるXは中絶を望む女性に出産をさせて、赤ん坊を、子供を望む別の女性が産んだと虚偽の出生証明書を発行するという「実子あっせん行為」をおこなったため、Y(県医師会)から人工妊娠中絶を行うことのできる医師指定の「指定取消」処分を受けた。
 Xはこの「指定」の撤回は違法だと争った
 
「撤回によってXの被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められる場合」、「法令上その撤回について直接明文の規定がなくても」撤回はできる

 
2.3  撤回権の制限
 
・法律関係が生じた後、何の理由もないのに私人の不利益に消滅させることは許されない
・撤回の可否は、当該行政行為の性質、有効期間の有無、有効期間の意味、撤回の公益、第三者の利益の保護の必要性を考慮して解釈される
 
・法律に「XXのときは、許可を取り消すことができる」という条項がある場合、それが必要的取消し(取り消さなければならない)か、裁量的取消し(行政機関に判断に委ねる)かの解釈が問題になるが、必要的取消権の制度の存在は、限定的に解される(塩野)
・期限を定めて許可が与えられた場合には、期間内はその地位を保障するという趣旨なので、法律の根拠なくしては撤回できないと解するべき(塩野)
 

判例B 最高裁昭和49年2月5日第3小法廷判決(民集28巻1号1頁、行政判例百選94)
 
 Xは東京都の土地の使用の無期限の許可を受けたが、12年後、東京都は使用許可を取り消した。Xは取消処分を争った。
 
「都有行政財産たる土地につき使用許可によって与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば、当該行政財産本来の用途又は目的上の必要を生じた時はその時点において原則として消滅すべきであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものと見るのが相当である。」

 
・撤回は上級庁はなしえない、監督庁は監督として撤回を命じることができるだけ(通説)
・撤回に損失補償が必要な場合がある
・撤回は将来にわたって効力を発する
 
3 その他の行政行為の効力の消滅事由(塩野p197〜198)
 
@期限の到来: 期限が設定されている行政行為は、期限の到来によって効力が消滅する
ex. 運転免許は、期間の経過により効力を失う(道路交通法92条の2)
 
A相手方の事情 : 国家公務員法に定める欠格事由(ex. 国家公務員法38条2号、禁固以上の刑に処せられたもの)に後から該当すると、国家公務員は当然失職となる(国家公務員法76条)
 
4 行政行為の附款(塩野p198〜205)
4.1 附款の定義
 
「行政行為によって法律関係が形成される時においても、その具体的内容を法令以外にその行政行為において定めること」
ex. 河川法24条の河川敷の占用許可を与えるにあたって、許可が撤回された時には被許可者が原状回復することを附款で定める
 
・附款の機能 → 行政は弾力的な対応ができるようになる。
 
※附款のかつての通説的定義(田中上巻、p127)
→ 「行政行為の効果を制限するために意思表示の主たる内容に付加されたる従たる意思表示」
→ かつての通説では附款の内容が法律上定まっているものを「法定附款」と呼んでいた。
 ex.「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」55条2項で狩猟者登録の有効期間が狩猟登録を受けた年の10月15日から翌年の4月15日と定めているがごとし
 
4.2 附款の種類
 

※法令用語では「条件」という語が全ての附款を含む。以下の分類は学問上のもの
ex. 第1項の許可(農地の権利の移転の認可のこと)は、条件を付けてすることができる。」農地法3条5項)

 
@条件 → 「行政行為の効力の発生・消滅を発生不確実な事実にかからしめる附款」
ex. 停止条件  → 会社の成立を条件として会社の発起人に道路の占用を許可する
ex. 解除条件 → 一定期間内に工事が終了しなければ原子力発電施設の設置許可を取り消す
 
A期限 → 「行政行為の効力の発生・消滅を発生確実な事実にかからしめる附款」
ex. 始期 → 河川の流水の占用を2019年4月1日から許可する
ex. 終期 → 道路の占用を2020年4月1日まで許可する
 
 公務員の任期付きの任用は認められるかについて、最高裁は、小学校教員の期限付き(1年)任用について、地方公務員法上、特にこれを認める規定がなくても、許されるものと解するのが相当と判示している(最高裁昭和38年4月2日第3小法廷判決、民集17巻3号435頁、行政判例百選95事件)
 
B負担 → 「法令に規定されている義務以外の義務(作為・不作為)を付加する附款」
 ex. 不作為義務を課す負担 → 公安条例での集団示威行進(デモ行進)の許可に際して、駆け足をしてはならないという負担を課す
 ex. 作為義務を課す負担  → 道路の占用許可(道路法32条、電柱や公衆電話の設置など)に際して、一定額の占用料を課す
 
 建築許可に、建物を「無償で撤去を命じうる等の所論条項を」附することも、「必要やむを得ない制限であ」り、違憲違法なものではない(最高裁昭和33年4月9日大法廷判決、民集12巻5号717頁、行政判例百選96事件)
 
・負担への違反は行政行為の効力に影響を与えない
※負担留保(ex. 河川法75条)
 → 負担を行政行為と同時ではなく後に付加することを予め告げておく
 
 行政行為の内容を制限する附款という論点がある。つまり、集団示威行進(デモ行進)の許可に際して、申請とは異なった進路を指定した上で許可処分をするということがあるのだが、この場合、進路は申請の重要部分なので、負担ではなく、変更処分と解するべき
 
C撤回権の留保 → 「行政行為をするにあたって、撤回することがあることを予め宣言しておくことを内容とする附款」
        → 撤回に法律上の根拠は不要(通説・判例)であるし、いずれにせよ撤回権の制限が及ぶかどうかが争点になるので、実際上あまり意義を持たない
 
4.3 附款の許容性の限界 
 
※かつては「確認」「公証」「通知」「受理」の準法律行為的行政行為には附款を課すことができないといわれていた
 
・附款の限界は当該行政行為の性質を考慮して具体的に解釈していく必要がある
・附款の限界 → 法律上の目的以外の目的で附款を課すことはできない
ex. 都市景観の見地から、「風俗営業等の規制及び業務の適正化などに関する法律」の適用にあたって、キャバレー等のネオンの色彩を附款により指定することはできない
 
※附款の瑕疵
 → 附款だけの取消訴訟や無効確認訴訟も提起できる
 → 附款がなかったら当該行政行為がなされなかっただろうと客観的に言える場合には、行政行為全体が瑕疵を帯びるものと解するべき
 
     次回は「行政裁量」大橋p143〜146、200〜214