行政法T 第15回 「行政裁量(1)」大橋200〜208の範囲
正木宏長
1 古典的な説明(塩野p136〜p141、田中上巻p116〜p120)
 
・法律で、行政がどのように行動するかが規定されている場合は法律で「覊束」されているという(ex. 成年被後見人は選挙権を有しない、公職選挙法11条1項)
・法律で、行政がどのように行動するかが行政の自由に任されている場合は行政に「裁量」が与えられているという。(ex. 温泉の採掘許可、外務大臣の旅券の発給)
 
・覊束か裁量かの区別は、特に行政庁の行為への司法審査の際に重要なものとなる。
・行政事件訴訟法30条は「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」とする。
 → ここで言う裁量処分とは伝統的行政法学で言う便宜裁量のこと
 
・ 伝統的行政法学では、裁量行為の中で、法律判断である覊束裁量(法規裁量)と、公益判断である便宜裁量(目的裁量)の区別が想定されていた
 
 
・現在では、かつての覊束裁量と覊束行為の双方をまとめて「覊束」されていると呼び、かつての便宜裁量を「自由裁量」や「裁量」と呼ぶことが多い。「覊束裁量」という語を用いず、司法審査の有り様に着目して裁量の存在を判断しているのである
 

※ 裁量の問題は行政行為論にとどまるものではない。例えば、行政計画を策定する裁量や行政契約を締結する裁量も考えられるということには注意
 
◎まとめ
・伝統的行政法学は、行政機関の判断の必要性に着目して「裁量」の語を用いた。現在では司法審査の有り様に着目して「裁量」の語が用いられている
 
2 裁量の有無(塩野p138〜145)
2.1 行政判断の各局面 
 
※例として、万引きをした国家公務員Xが国家公務員法82条により処分される流れを挙げる
 
 
 
 

2.2 古典的な枠組み 
 
・新旧どちらの説に立っても、裁判所の審査範囲の問題として、結局、裁量が認められるか(裁量行為、便宜裁量)、裁量が認められないか(覊束行為、覊束裁量)の区別が重要になる
 
・かつて、東京系の学者にとって「裁量」とは、「行政行為をするかどうか、何時どういう行政行為をするか」(田中上巻116頁)の判断余地があるということだった(図のDの部分の判断効果裁量と呼ばれる)
 → 美濃部は、権利又は自由を制限剥奪する行為は法規裁量(裁判所の審査が及ぶ)、それ以外は便宜裁量(裁判所の審査が及ばない) としていた
 

判例@ 最高裁昭和31年4月13日第2小法廷判決(民集10巻4号397頁、行政判例百選75事件)
 
 Xは、農地の賃借について、農地委員会の「承認」を求めていたが(承認の基準について農地調整法に定めはなかった)、行政庁は承認を与えなかった。
 
 「農地に関する賃借権の設定移転は本来個人の自由契約に任せられた事項であって」、「法律が承認について客観的な基準を定めていない場合でも、法律の目的に必要な限度においてのみ行政庁も承認を拒むことができるのであって、農地調整法の趣旨に反して承認を与えないのは違法であるといわなければならない。換言すれば承認するかしないかは農地委員会の自由な裁量に任せられているのではない。」

 
・これに対して、京都系の学者にとっての「裁量」とは、法律の不確定要件の内容を確定するための判断余地があるということだった(図のBの部分の判断要件裁量と呼ばれる)
 → 佐々木惣一は、法律が「善良な風俗を害する」というような語を用いていても裁量は認められないが、「公益のため」というような程度しか要件が定められていなかった場合は裁量であるとしていた
 

判例A(マクリーン事件) 最高裁昭和53年10月4日大法廷判決(民集32巻7号1223頁、行政判例百選80事件)
 
 アメリカ人であるXは、1年の在留許可を得てわが国に上陸したが、1年後法務大臣はXの在留期間の更新を許可しなかったので、Xは不許可処分を争った。
 
 「法務大臣は、在留期間の更新の拒否を決するにあたっては、...申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、...など諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せ」られる
 出入国管理令の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」の有無の判断は、「右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる。」

 
・裁判所は、美濃部説にも佐々木説にも立っていない。不確定な文言を用いていても裁量を認めないし(判例@)、権利を侵害する処分でも裁量を認めるのである(判例A)
 → 結局、裁量と覊束の区別は、「個々の法令の合理的解釈によって決するほかはない」(田中二郎『司法権の限界』p144)
 
・最近の判例では、法律が不確定概念を用いていれば要件裁量が認められる傾向にある。また、法律が「〜できる」規定の場合も効果裁量が認められることが多い(芝池総論p78〜79)。ただし「〜できる」規定にもかかわらず裁量が認められない場合もある
・最近の学説は、裁量が認められる根拠として、例えば、@教育に関する専門的判断の尊重の必要性、A政治的判断の必要性、B科学技術に関する専門組織による判断の尊重の必要性、C全国一律に基準を定めることが適当でない、D予測困難な状況の変化に対応するために行政機関に判断の余地を与える、ことを挙げている(宇賀p318〜319)
 
裁量が認められない(覊束行為、覊束裁量)例としては、建築基準法の建築確認や、土地収用の際の土地の価格、入管法の難民認定がある
 
◎行政庁の裁量が認められた事例

判例B 最高裁昭和47年10月12日第1小法廷判決(民集26巻8号1410頁、行政判例百選78事件)
 
 旧清掃法では特別清掃地域内で汚物取扱業を営むには市町村長の許可が必要であるとされていた。Y(市長)はXの許可申請に対して不許可処分を下した。
 
 旧清掃法15条1項の許可を市町村長が与えるかどうかは「清掃法の目的に照らし、市町村がその責務である汚物処理の事務を円滑に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から、これを決すべきものであり、その意味において市町村長の自由裁量に委ねられている。」


判例C 最高裁平成5年3月16日第3小法廷判決(民集47巻5号3483頁、行政判例百選82事件)
 
 教科書検定は、「申請図書について、内容が学問的に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるあるから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられる。」

 
 事業者のタクシー運賃値上げ申請が、道路運送法の基準に適合しているかどうかの判断は、専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要としているとして、行政庁の裁量が肯定された(最高裁平成11年7月19日第1小法廷判決、判例時報1688号123頁、行政判例百選76事件)
 
3 その他の裁量(塩野p140、145〜146) 
 
(1)行為選択の裁量(図のDの部分の判断)
 
・構成要件に該当するとしても、行為の選択や、処分をするかしないかの判断が(図Dの部分の判断)、裁量に委ねられることがある。
 ex. 公務員を懲戒「免職」にするか、懲戒「停職」にするかといった行為選択は行政庁の裁量に委ねられる
 

判例D 最高裁昭和52年12月20日第3小法廷判決(民集31巻7号1101頁、行政判例百選83事件)
 
 税関職員Xは勤務時間中に組合活動を行い、職務専念義務違反で懲戒免職処分を受けた
 
「公務員につき、国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。」「したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて」判断するものではない。

 
(2)時の裁量(図のEの部分の判断)
 

判例E 最高裁昭和57年4月23日第2小法廷判決(民集36巻4号727頁、行政判例百選131事件)
 
 X(不動産業者)が建築のために資材を搬入するには、道路法47条4項と車両制限令5条2項、12条で道路管理者Y(東京都中野区)の「特殊車両通行認定」が必要だった。Yは認定を5ヶ月間保留した。損害を被ったとしてXはYに損害賠償を求めた
 
 「特殊車両通行認定」にあたっては「具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許用されないものと解するのは相当ではない。」「中野区長が本件認定申請に対して約5ヶ月間認定を留保した理由は、右認定をすることによって本件建物の建築に反対する付近住民との間で実力による衝突が起こる危険を招来するとの判断の下にこの危険を回避するためということであり、右保留期間は約5ヶ月に及んではいるが、結局、中野区長は当初予想された実力による衝突の危険は回避されたと判断して本件認定に及んだというのである。」
 本件認定留保は行政裁量の行使として許容される範囲内にとどまる。

 
 
(3)手続の裁量(図Cの部分の判断)
 
・法律が行政手続を規定していない場合、行政手続を行うかどうか、どのような手続をとるかも行政裁量となりうる