行政法I 第16回「行政裁量(2)」大橋p143〜147,208〜214の範囲
正木宏長
1 裁量が認められない場合の司法審査(塩野Up159〜160)
 
・民事訴訟の基本原則に従うと、法解釈、事実認定はいずれも裁判所の専権に属する。
 → 「実質的証拠法則」が法律で採用されている場合は、行政機関の事実認定が尊重される
・伝統的行政法学の図式に従えば、裁量が認められない(覊束行為、覊束裁量)行政活動については裁判所は、判断代置による完全な司法審査を行う(小早川下Up194〜195)。
 

判例@ 最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決(民集51巻1号147頁、行政判例百選216事件)
 
 土地収用に関する補償額の争いの事案。
 
 土地収用法の「補償額」の決定につき収用委員会に裁量権が認められるものと解することはできない。土地収用「法133条所定の損失補償に関する訴訟において、裁判所は、収用委員会の補償に関する認定判断に裁量権の逸脱濫用があるかどうかを審理判断するものではなく、証拠に基づき裁決時点における正当な補償額を客観的に認定し、裁決に定められた補償額が右認定額と異なるときは、裁決に定められた補償額を違法とし、正当な補償額を確定すべきものと解するのが相当である。」

 
 最高裁平成25年4月16日第3小法廷判決(判例時報2188号35頁)は、公害健康被害補償法4条2項による水俣病の認定は、「客観的事象としての水俣病のり患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為であって,この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではないというべきであり,(略、[判断過程の統制の方式を採らないことを判示した])裁判所において,経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等を審理の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すべき」とした。
 
2 裁量が認められる場合の司法審査(塩野T147〜154、塩野Up160〜162)
2.1 総論 
 
「裁量」が認められる場合、裁量権の濫用や踰越は違法となる。裁判所の審査方法としては以下のものがある
 
@「判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らか」な場合(行政機関の事実認定はもともと裁量の領域には含まれていなかった) → 人違い等
 → 2.2の最小限審査を参照
 
A目的違反・動機違反 → 根拠法規に含まれていない目的で裁量行使することは違法
 
 ソープランドの出店を阻止するために、児童遊園の設置許可を下したことが行政権の著しい濫用によるもので違法とされた事例がある(最高裁昭和53年5月26日第2小法廷判決、民集32巻3号689頁、行政判例百選33事件)。
 
B平等原則違反 → 不平等取り扱いは違法
 
C比例原則違反 → 違反の程度と処分の程度が釣り合わないと違法の余地がある
 
 最高裁平成24年1月16日第1小法廷判決(国旗国歌拒否事件判決、判例時報2147号139頁)は、卒業式での不起立教員に対して、「停職の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等...に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要する」とし、過去の処分歴や非違行為の内容を検討したうえで、一部の教員への停職処分を違法とした。
 
D行政手続の不備 → 手続を尽くすべきであったのに、手続をしなかった
 
E裁量基準及び裁量基準適用過程の不備 → 2.4の裁量基準と司法審査を参照
 
F行政の判断過程の不備  → 考慮すべきことを考慮せず、重視すべきでないことを重視した場合には違法となる余地がある(公務員の分限処分について、最高裁昭和48年9月14日第2小法廷判決、民集27巻8号925頁)
2.3の中程度の審査を参照
 
2.2 社会観念審査(最小限審査) 
 
・行政事件訴訟法30条は「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」とする。
 → ここで言う裁量処分とは伝統的行政法学で言う便宜裁量(自由裁量)のこと。
・自由裁量への司法審査については、「事実の基礎を欠き」又は「その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く」というような基準が、判例で用いられてきた
 → 小早川はこれを、「最小限審査」と呼んでいる(小早川下Up195)
 
2.3 判断過程の統制(中程度の審査)
 
・裁判所は、近時、「考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮」といった審査方式を用いている
 → 行政機関の判断過程の審査。小早川は「中程度の審査」と呼ぶ(小早川下Up197)
 

判例A(エホバの証人事件) 最高裁平成8年3月8日第2小法廷判決(民集50巻3号469頁、行政判例百選84事件)
 
 Xは信教上の理由から高校での剣道実技の授業への参加を拒否したところ、原級留置処分を受け、さらに退学処分を受けてしまった
 
 「原級留置処分又は退学処分を行うかどうかの判断は、校長の合理的な教育的裁量に委ねられる」が、「剣道実技の履修は必須ではなく、Xの信仰上の理由に基づく履修拒否に対して代替的措置をとることもできるので、校長の措置は考慮すべき事柄を考慮しておらず、又は考慮された事柄に対する評価が明白に合理性を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものである。」


判例B 最高裁平成18年2月7日第三小法廷判決(民集60巻2号401頁、行政判例百選77事件)
 
 公立小中学校教職員団体Xが、教育研究集会の会場としてY市立A中学校の体育館等の使用を申し出たところ、右翼団体の街宣車が押し掛けてきて、住民から苦情が寄せられたことがあったため、A中学校の校長は呉市立学校施設使用規則5条1号、3号に該当するとして、使用不許可処分をした
 
 「学校施設の目的外使用を許可するか否かは,原則として,管理者の裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。」
 それまで、本件集会を除いて教育研究集会で学校施設の使用が許可されなかったことがなかった。「本件不許可処分は,校長が,...口頭で使用を許可する意思を表示した後に,...右翼団体による妨害行動のおそれが具体的なものではなかったにもかかわらず,市教委が,過去の右翼団体の妨害行動を例に挙げて使用させない方向に指導し,自らも不許可処分をするに至ったというものであり,しかも,その処分は,県教委等の教育委員会とXとの緊張関係と対立の激化を背景として行われたものであった。」
 「事実関係等を考慮すると,本件中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由で行われた本件不許可処分は,重視すべきでない考慮要素を重視するなど,考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており,他方,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,その結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものということができる。」


判例C(小田急線訴訟本案判決)平成18年11月2日第1小法廷判決(民集60巻9号3249頁、行政判例百選79事件)
 
 小田急の複々線化計画について鉄道事業と附属街路事業が、都市計画法の都市計画事業として建設大臣に認可された。周辺住民Xらがこの認可を争った。
 
 「前記事実関係の下においては,平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。」
 東京都平成5年決定は、環境影響「評価書の内容にも十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害防止計画にも適合するものであって,都市計画法等の要請に反するものではなく,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったということもできない」
 (地下式に関してシールド工法によれば事業費が安上がりだということについて)「平成5年当時,本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかったことに照らせば,A(東京都知事)が本件区間全体をシールド工法により施工した場合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当であるとはいえない」。「本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくなるなどの問題があったこと等に照らせば,上記の前提を基に本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したことのみをもって,合理性を欠くものであるということはできない」 

 
・このような審査方式は、行政裁量に厳しい審査を加えるものであり、「覊束と裁量の相対化」という形容で語られている。そして相対化は、「覊束」されていると解されていた行為についても完全な司法審査が及ばない場合があること(法規裁量であるとされながら、運転免許取消に事案ごとの判断をする公安委員会の「裁量権」が認められた最高裁昭和39年6月4日第1小法廷判決(民集18巻5号745頁)を参照)についても言及されることがある
 
・判例BCのように、近時の判例には判断過程統制を社会観念審査に取り込んでいるものも見られる
 
 桟橋を設けて海岸を占用するための海岸法37条の4に基づく一般公共海岸区域の占用許可申請に対する知事の不許可処分について、知事の裁量を認めたうえで、本件海岸の占用の許可をしないものとした判断は,「考慮すべきでない事項を考慮し,他方,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,その結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものということができ,本件不許可処分は,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる」とした最高裁平成19年12月7日第2小法廷判決(民集61巻9号3290頁)もある。
 
2.4 裁量基準と司法審査 
 

判例D(伊方原発訴訟) 最高裁平成4年10月29日第1小法廷判決(民集46巻7号1174頁、行政判例百選81事件)
 
 原子力発電所設置予定場所近くの住民達が内閣総理大臣の原子炉設置許可を争った事例。原子炉規制法24条1項は4号で原子炉設置の許可要件は「原子炉の位置、構造及び設備が...原子炉による災害の防止上支障がないもの」と定めていた
 
 原子炉規制法は、原子炉規制法24条1項所定の基準の適合性について、「各専門分野の学識経験者などを擁する原子力委員会の科学的、専門的技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断に委ねる趣旨と解するのが相当である。」
 原子炉施設の安全性については、現在の科学技術水準に照らし、原子炉安全専門審査会の「調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断過程に看過しがたい過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合」に、原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。

 
・伊方原発訴訟では、原子炉の安全性という事実問題について、行政の判断を尊重する格好となった
・裁量基準が定められ、基準に従って処分が行われている場合、裁判所が裁量基準への司法審査を行う場合がある(伊方原発訴訟判決を参照)。裁量基準にある程度、外部への拘束力が与えられていることになる
 
・裁量基準が定められていても、行政機関が事案に応じて柔軟な判断をしなければならない場合があると考えられている(個別事情考慮義務、小早川下Tp25)
 
 最高裁平成10年7月16日第1小法廷判決(判例時報1652号52頁)では、酒類販売業の免許申請について、税務署長が行政の内部基準である取扱要領に従って申請拒否処分をしたことについて、取扱要領は合理的な認定方法を定めており、「これに適合した処分は原則として適法というべきである」とした。ただし「取扱要領についても、その原則的規定を機械的に適用さえすれば足りるものではなく、事案に応じて、各種例外的取扱いの採用をも積極的に考慮し、弾力的にこれを運用するよう努めるべきである」としている。
 
2.5 補助金支出と裁量 
 
・美濃部説によれば、受益的行政処分は便宜裁量となる。しかし、現在ではこのような解釈は否定されている。受益的行政処分でも、給付の要件が法律で詳細に規定されている場合、裁量は認められない
・補助金支出について、行政機関の裁量が認められても、裁量の濫用・逸脱があれば、その支出は違法となる
 
 最高裁平成18年1月19日第1小法廷判決(判例時報1925号79頁)は、静岡県元県議会議員会の「県議会議員の職にあった者に対する礼遇として社会通念上是認し得る限度を超えて補助金を交付することは許されない」として、「本件各補助金の交付につき地方自治法232条の2の『公益上必要がある場合』に当たるものと認めた県としての判断は裁量権の範囲を逸脱したものであって,本件各補助金の支出は全体として違法というべきである。」とした
 
 次回は、「行政契約、行政指導」大橋p240〜290の範囲