行政法T 第17回 「行政契約」 大橋p240〜251、254〜265の範囲
正木宏長
1 序(塩野P206〜209)
 
・行政は行政行為だけではなく契約によっても行われる
ex. 土地の調達、水道水の供給、官公庁の建築工事の請負
 
・伝統的行政法学では契約についての一般理論は発達してこなかった
 
◎理由
@公法私法二分論のもとでは、行政法学で取りあげる必要があるものは「公法上の契約」に限られるとされており、そもそも公法上の契約は許容されるかどうかが争点だった
A明治憲法以来の通説は電気ガス水道といった公営サービスの供給契約を私法上の契約と解していた
Bある行為が公法関係であるとされても、行政行為か契約かが問題視され、公法上の契約の一般理論は発達してこなかった
C公法私法二分論の批判がなされると、公法上の契約の存在自体が疑問視された。
 
・現在では、行政主体と私人が契約関係に入ることは広く存在し、領域は拡大しているので、公法私法を問わず「行政契約」として、広く行政主体と私人、あるいは、行政主体と行政主体が締結する契約を把握をするのが妥当
 → ただし「行政契約」とされるものの多くは、訴訟法上、通常の民事訴訟で争われる、「私法上」の契約であることには注意
 
 公法上の契約は当事者訴訟に服する。公法上の契約とされた事例として、最高裁昭和48年12月20日第1小法廷判決(民集27巻11号1549頁、行政判例百選3事件)。国民健康保険法上の保険者(市町村・国民健康保険組合)と社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会の診療報酬支払委託契約が公法上の契約とされた
 
2 行政契約の諸類型(塩野p209〜216)
2.1 調達行政における契約(宇賀概説Ip375〜377)
 
調達行政 ex. 土地の取得、官公庁の事務用品の購入
 
・会計法、国有財産法、物品管理法、地方自治法といった法律はあるが、これらの法は基本的には行政内部法。外部との関係を持つ規律も民事特別法として整理されている
 →民事特別法とする考え方は、行政の特権的地位を否定したことは評価されるが、公金の支出を伴うので、民法の契約法理の修正などが必要となってくる
 

※調達行政における契約への規制の実体 : 国の財政には会計法の規制が及ぶ
 → 会計法の定める契約方法 :@一般競争入札 A指名競争入札 B随意契約
 
(1)一般競争入札
 
・いわゆる競争入札
・国が「売買、賃借、請負、その他の契約を締結する場合には」、原則として、「公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならない」(会計法29条の3第1項)
・競争の方法は、「特に必要がある場合においてせり売りに付するときを除き、入札の方法を以てこれを行わなければならない」(会計法29条の5第1項)
・「契約担当官等は、競争に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもつて申込みをした者を契約の相手方とするものとする」(会計法29条の6第1項)
 
(2)指名競争入札
 
・入札参加者をあらかじめ指名して入札をする方法
・「契約の性質又は目的により競争に加わるべき者が少数で第一項の競争に付する必要がない場合及び同項の競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、指名競争に付するものとする」(会計法29条の3第3項)
 
※官製談合を防止するために2002年に「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」が制定されている
 
(3)随意契約
 
・発注者が相手を選んで契約する
・「契約の性質又は目的が競争を許さない場合、緊急の必要により競争に付すことができない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、随意契約によるものとする」(会計法29条の3第4項)
・随意契約の制限に関する法律に違反して締結された契約も私法上当然に無効になるわけではない(最高裁昭和62年5月19日第3小法廷判決、民集41巻4号687頁)
 
 最高裁平成20年1月18日第2小法廷判決(民集62巻1号1頁、行政判例百選100事件)は、市と土地開発公社との間で締結された土地の先行取得の委託契約について、「先行取得を行うことを本件公社に委託した市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があり,本件委託契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるという場合には,本件委託契約は私法上無効になる」として、差戻し判決をしている

 
 
2.2 給付行政における契約 
 
・給付行政については特段の規定のないかぎり契約推定が働く(ex. 水道水供給契約)
・しかし、給付行政でも法律の規定で契約ではなく、行政行為による方法が採用されている場合がある
 ex. 補助金交付決定(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律6条1項)、公の施設の利用関係(地方自治法244条の2)、社会保障給付(国民年金法16条)
 
 国民年金法19条によって、死亡した年金受給者の遺族が年金請求をした場合、それに対する社会保険庁長官の応答は、国民年金法101条1項の「給付に関する処分」に当たる(最高裁平成7年11月7日第3小法廷判決、民集49巻9号2829頁、行政判例百選70事件)
 
・給付行政において、あえて「公法上の」契約と観念する実益はない
 →公行政全体に平等原則は妥当する(ex. 水道水の供給義務規定(水道法15条))
 
2.3 規制行政における契約 
 
・規制行政には行政行為の方式がなじむ
・法律による行政の原理が強く支配する分野(租税行政)では合意による契約という行為形式は原則として用いることはできない
 
(1)公害防止協定
 
・地方公共団体と事業者が、相互の合意に基づいて公害防止のために事業者がとるべき措置について取り決める合意のこと
・1964年、横浜市と電源開発株式会社ならびに東京電力との間で締結されたものが嚆矢
・協定違反に違約金を規定する例があるがこうした内容は適法であり、民事的に執行可能(高知地裁昭和56年12月23日判決、判例時報1056号233頁)
・公害防止協定は契約なので、協定違反に対して罰則を科したり、強制調査を取り決めることはできない。このような公権力を創出することは法律の専管事項
 
 かつて、公害防止協定に対しては@紳士協定説とA契約説があり、@紳士協定説だと、公害防止協定は法的拘束力のない紳士協定なので民事執行も不可能であるとされていた。しかし、企業は自らの計算で、企業活動の自由の一部を自己放棄しているのだから、そこでの合意を法的拘束力のないものと解するのは妥当ではない。A契約説が妥当であるし現在の通説であろう。
 最高裁平成21年7月10日第2小法廷判決(判例時報2058号53頁、行政判例百選98事件)は、「公害防止協定において,協定の相手方に対し,その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは,処分業者自身の自由な判断で行えることであり」、協定の産業廃棄物最終処分場の使用期限を定めた期限条項が廃棄物処理法の趣旨に反するということはできず、「原審の判示するような理由によって本件期限条項の法的拘束力を否定することはできない」として、差戻しの判決を下した。
 
※協定方式は公害防止のみならず地域整備にも用いられている。
  ex. 建築協定(建築基準法69条以下)、緑化協定(都市緑地保全法14条以下)
 
(2)報償契約
 
 戦前に自治体とガス会社との間で結ばれたことがあった。市町村は長期にわたる独占経営権と、道路等の占有権、道路の使用料・特別税の免除をガス会社に対して約束し、ガス会社は報償金の納付と、ガス料金の変更・供給条件について市町村の監督を受けるということを約束するものだった
 
3 PFI、公共サービスの改革(塩野p216〜218) 
3.1 PFI 
 
・PFI(Private Finance Initiative)
・公共施設の設計から管理に至るまで民間事業者に一括して委ねることを想定している
ex. 美術館の設置・管理・運営を民間事業者に委託する。行政は事業者に料金を支払う
 
・PFI促進のため1999年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定されている
・公共施設の管理者と、PFI法の選定事業者との間に協定の締結が予定されている(10条)ことから、公共施設の管理者と事業者との間に契約関係がある
 
3.2 公共サービスの改革 
 
・2006年に「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(公共サービス改革法)」が制定され、いわゆる市場化テストが行われている
・公共サービス改革法は公共サービスについて、官民競争入札と民間競争入札を定めている
 → 民間事業者が落札者となった場合、国と民間事業者との間で契約が締結される
 
4 行政主体間の契約(塩野p218〜219) 
 
・行政主体間にも契約関係はある
ex. A町の児童の教育をB町の小学校で行うことを委託する(事務の委託、地方自治法252条の14)
 → 法律上の権限がB町に移動するので、法律の根拠が必要
・行政機関の権限が変動する行政主体間の契約は公法上の契約と解される
 → 行政主体間の私法上の契約 ex.国有財産である土地を地方公共団体に売却する
 
5 行政契約の統制(宇賀概説Ip372〜374) 
 
(1)契約自由の原則の修正
 
・法律に反する契約を結ぶことはできない
 
◎サービス行政分野での契約締結の強制

判例 最高裁平成11年1月21日第1小法廷判決(刑集38巻4号1287頁)
 
 Y町は水道事業給水規則を定めて共同住宅等で20戸を超える建物には、給水契約を締結しないと定めていた。この規定に基づいてマンション業者Xの給水契約の締結を拒否したところ、争いになった
 
 市町村は、深刻な水不足が避けられない場合、「需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に生活している住民の生活用水を得るためではなく、住宅を供給する事業を営むものが住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な需要の増加を抑制することは、水道法15条1項にいう『正当の理由』があるということができる。」

 
(2)平等原則
 
・私人間であれば契約相手は自由に選べるのだが、行政主体が私人と契約を結ぶ場合は平等原則が働くので、相手方を恣意的に選択することはできない
 
 最高裁平成18年10月26日第1小法廷判決(判例時報1953号122頁、行政判例百選99事件)は、村が指名競争入札に際して村外業者であることを理由に指名回避措置をとったことにつき、「価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば,考慮すべき他の諸事情にかかわらず,およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について,常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない。」とした
 
(3)効率性の原則
 
・行政も効率的に行わなければならない。予算の範囲で最も優れたものを、質的差異がなければ最も安価で購入し、売却は最も高額で販売して歳入を増加させるべき
 
(4)アカウンタビリティの原則
 
・契約締結の際には透明性を高めなければならない
 
(5)財政民主主義
 
・契約を締結するにも予算が国会で議決されてなければならない(日本国憲法85条)
・地方公共団体も同様
 → 地方公共団体では一部の契約について、契約自体についての議会の議決が必要(地方自治法96条1項5号〜9号、「政令」とは地方自治法施行令121条の2、地方自治法施行令別表3,4、予定価格が町村なら5000万円、市なら1億5000万円、指定都市なら3億円、都道府県なら5億円を下回らない工事又は製造の請負契約など)