行政法T 第18回 「行政指導」 大橋p267〜290の範囲
正木宏長
1 意義と種類(塩野p220〜227)
 
・行政指導の定義:「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するために特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分には該当しないものをいう。」(行政手続法2条6号)
 
行政指導の種類
 
@規制的行政指導 → 行政の相手方たる私企業等の活動を規制する目的で行う
 ex. 農林水産省が農家に対して減反を指導する
 ex. 市が事業者がマンション建設する際に、市に負担金を拠出することを求める
 
A助成的行政指導 → 私人に対して情報を提供し、もって私人の活動を助成しようとする
 ex. 米から野菜に転換する農家に、技術的・農業経営的な助言をする
 
B調整的行政指導 → 私人間の紛争解決のための手法として用いられる
 ex. 事業者のマンション建設の際、周辺住民と協議するよう市が事業者を指導する
 
行政指導は行政過程あるいは法的仕組みの一部として用いられている

判例@ 最高裁昭和60年7月16日第3小法廷判決(民集39巻5号989頁、行政判例百選132事件)
 
 建築「確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認行為の性格を有するものと解するのが相当であるから...処分要件を具備するに至った場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。しかしながら、建築主事の右義務は...絶対的な義務であるとまでは解することができない。」
 関係地方公共団体において「当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画に付き一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあったとしても、これをもって違法な措置であるとは言えない。」
 建築主が「行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められる時には、他に前記特段の事情がないかぎり」それ以後の行政指導は違法となる。
 (本件の行政指導による建築確認留保は違法であると判決された)

 
2 行政指導と法(塩野p227〜233)
2.1 行政指導の法理論 
 
(1)組織規範と行政指導との関係
 
・所掌事務の範囲内で行政機関は行政指導を行う
 → 所掌事務の範囲を超えると行政手続法上の行政指導と解されない
 
 最高裁ロッキード事件判決では「一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為である」として、全日空にロッキード社の航空機を購入するようはたらきかけることは運輸大臣の職務権限の範囲内であると判示している(最高裁平成7年2月22日刑集49巻2号1頁、行政判例百選23事件)
 
(2)根拠規範(法律の留保)と行政指導との関係
 
 ・行政指導は強制力を有するものでも、相手方の権利自由を制限するものでもないので、(法律の留保についての侵害留保説に立つかぎり)根拠規範は不要
 →判例も行政指導に法律の根拠(根拠規範)を必要としていない(先の判例@)
 
※塩野説は相手方の任意性が客観的に見て期待できないような場合には法律の根拠が必要とする 
 ex. 建築確認の際の行政指導は確認留保という事実上の強制手段を有している
 
(3)規制規範と行政指導の関係
 
・侵害留保説に立つかぎり行政指導に法律の根拠は必要ないのだが、法律で行政指導についての規律(規制規範)がおかれている場合がある。
 ex. 監視区域での土地の売買等で権利移転を受ける者への都道府県知事の勧告(国土利用計画法24条1項)。違反事実の公表という制裁もある(26条)
 
・行政指導を一般にしうると解釈するなら法律の定めていない行政指導も可能である
 ex. 国土利用計画法の例で言うなら、届出申請時に、担当職員が土地利用審査会の意見を聞くまでもなく、土地利用基本計画に抵触すると助言するなど
 
・制定法の趣旨目的に反する行政指導は許されない
 

判例A(石油カルテル事件) 最高裁昭和59年2月24日第2小法廷判決(刑集38巻4号1287頁、行政判例百選101事件)
 
 オイルショックの際に、石油元売り業者が石油製品を一斉値上げする合意をしたことが独占禁止法の「不当な取引制限」の禁止(3条)に抵触するとして起訴された。だが、値上げの際に通産省から石油連盟に行政指導(石油製品の販売価格の引き上げは全油種平均1キロリットルあたり860円を限度とするというもの)が行われていた
 
 「流動する事態に対する円滑・柔軟な行政の対応の必要性にかんがみると、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導であっても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によって行われ、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しないものであるかぎり、これを違法とするべき理由はない。そして、価格の合意が形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であっても、それが適法な行政指導に従い、これに協力して行われたものであるときは、その違法性が阻却される。」
 本件では通産省の行政指導が違法とはされなかったが、石油業者の価格に関する合意の違法性は阻却されなかった。通産省の指導は価格引き上げ限度についての指導であって、カルテルを結ぶことではなかったのである。

 
・法の一般原則(比例原則、平等原則など)による制約は行政指導にも及ぶ
→ ex. 公務員への行きすぎた退職勧奨は違法(最高裁昭和55年7月10日判決、労働判例345号20頁)
 
※禁反言や信頼保護と行政指導については「行政法の一般原則」の講義で取り上げた町の工場誘致政策の変更や税務署長の法律解釈の変更の判例を参照
 
2.2 要綱行政と行政指導 
 
・要綱 → 国や自治体が内部的に定めている基準
・特に自治体が行政指導に従わなかった者への不利益的な扱いを要綱で定めることが行政法学では問題となってきた。
 

判例B 最高裁平成5年2月18日第1小法廷判決(民集47巻2号574頁、行政判例百選103事件)
 
 Y(武蔵野市)ではマンション建設があいついでいた。そこで、Yは「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」を制定した。事業主は工事の際には教育施設負担金等を納付することとされ、違反には制裁として上下水道の利用の拒否が定められていた。事業者Xはマンション建設の際いったんYに負担金を納めたが、寄付が脅迫によるものだとして意思表示の取消しと負担金の返還を求めて出訴した
 
 「行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損なうことがない限り違法ということはできない。」
 しかしYは上下水道利用拒否によって「Xに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。...右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない。」

 
※武蔵野市の要綱については、要綱違反による水道水給水拒否についても違法だと判決された(最高裁平成元年11月8日第2小法廷判決、判時1328号16頁、行政判例百選97事件。詳しくは行政強制の講義の際に取りあげる)
 
2.3 違法な行政指導への救済 
 
・行政指導は直接法効果を持たないので、処分ではない。よって取消訴訟を提起することは原則として認められない。ただし、規制の仕組みの中で、行政指導に権力性が与えられている場合。取消訴訟の対象である処分になりうる
 

判例C 最高裁平成17年7月15日第2小法廷判決(民集59巻6号1661頁、行政判例百選167事件)
 
 X(医師)は、医療法7条1項により病床数を400床とする病院開設許可申請をしたが、Y(県知事)は、地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているという理由で、医療法30条の7に基づき、Xに本件申請に係る病院の開設を中止するよう勧告した。Xは本件勧告の取消訴訟を提起した
 
 「医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども,当該勧告を受けた者に対し,これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって,病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。...保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。」
 「このような医療法30条の7の病院開設中止の勧告の効果及び保険医療機関の指定の持つ意義を考えると,この勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たると解するのが相当である」
 
※塩野は、行政指導の不服従に公表という仕組みがとられているとき(ex. 国土利用計画法26条)は行政指導への違法確認訴訟が考えられるとする。この場合、公法上の当事者訴訟によることになるだろう
 
・損害賠償(国家賠償訴訟)との関係 → 行政機関の行政指導によって被った損害に対する損害賠償(国家賠償)請求の提起は認められている
 ex. 工場誘致政策変更に関する訴訟、要綱による負担金納付に関する訴訟
 
3 行政指導手続(塩野p333〜337)
 
・「行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。」(行政手続法32条1項)
・「行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。」(行政手続法32条2項)
 
 違反事実の公表は制裁目的である限り、不利益的扱いになると解される。公衆への情報提供目的の場合不利益的取扱いには該当しない。
 なお国土利用計画法のように違反事実の公表が法律上予定されている場合は、この規定で言う不利益な取扱いにあたらないというのが立法者意思である(宇賀、行政手続法の解説、p156)
 
・「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない」(行政手続法33条)
・規制権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより、相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない(行政手続法34条)
・行政指導の趣旨及び内容並びに責任者の明示(行政手続法35条1項)
・行政指導をする際に、行政機関が処分権限を行使し得る旨を示す場合には、当該権限を行使し得る根拠となる法令の条項等を示さなければならない(行政手続法35条2項)
・口頭での行政指導についての、行政上特別の支障がない限りでの、求められた場合の書面交付(行政手続法35条3項)
 → いずれも透明性を高めるための規定。行政指導自体を文書で行う必要はない
・複数の者を対象とする行政指導の指針の公表(行政手続法36条)
・行政指導の中止等の求めの制度(行政手続法36条の2)が2014年に新設された
 
4 行政スタイルの変容(塩野p390〜p393)
 
◎我が国の行政スタイルの特徴
 
@行政指導の活用
ex. 規制法がない分野で国民を守るために行政機関が行政指導を行わないことが違法となる可能性を示した判例もある(ex. 薬害クロロキン訴訟控訴審判決、東京高裁昭和63年3月11日判決、判例時報1271号3頁)
A行政が監督権限を有していても直ちに発動しない
B相手方とのコンセンサスによって行政活動が行われる
 
・このような行政スタイルはしばしば不透明であるとの批判を受けている
 →行政がインフォーマルな形式で行われるのは諸外国でも見られる
 →行政指導が一概に前近代的であるとは言えない。柔軟性、機敏性も見られる
・行政指導にあまりに頼ることは国民の信頼を失わせ、紛争をこじらせるものではないか
・情報公開法、行政手続法、個人情報保護法はこういった日本の行政スタイルに変革を迫るものである。
 
次回の講義は「行政計画」「行政と私人」大橋p6〜15、147〜165、380〜390の範囲