行政法I 第2回  「行政と法」 大橋p6~15の範囲
正木宏長
1 国家と社会 
 
・行政法は「国家」と「社会」の二分論を採用している。
・ヘーゲルの『法の哲学』によれば、市民社会は欲求の体系であって、国家は普遍的目的を追求するものとされた。
 → 「私益」を追求する「社会」と、「公益」を追求する「国家」の対置
 
2. 三権分立(田中二郎、行政法総論、p1-10)
2.1 権力分立理論の成立と展開 
 
・そもそも行政とは何か → 「行政」の概念は国家の権力分立の理論から現れた
・近代国家の自由主義的政治原理としての三権分立
→J・ロック   : 立法と執行(行政・司法)の分離
→モンテスキュー : 立法と執行(行政)と司法の分離
・憲法典での三権分立の規定 
・1787年のアメリカ合衆国憲法
・1791年のフランス憲法
 
2.2 わが国における三権分立 
 
◎大日本帝国憲法(1889年、4条)
「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」
→統治権は天皇が持つ
 
・帝国議会 →天皇の立法権を協賛(5条)
・行政各部 →天皇が文部官を任命する(10条)、国務大臣は天皇を補弼する。(55条)
・裁判所  →天皇の名において裁判所が司法権を行う(57条)
→組織的には三権分立がされていた
→究極には天皇が全権を持つので厳格な意味での三権分立ではない
 
◎日本国憲法(1946年)
 
・天皇 →「日本国の象徴」(1条)
・国会 →「唯一の立法機関」(41条)
・内閣 →「行政権は、内閣に属する」(65条)
・裁判所 →「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」(76条)
 
3. 行政の概念(塩野p1-7)
3.1 積極説と消極説 
 
・立法  「法規を定立すること(塩野)」
 「一般的・抽象的な法を定立する(田中)」
 
・司法  「法的な紛争を一定の手続を経て解決すること(塩野)」
 「個々具体的な法律上の紛争の存在を前提とし、訴えの提起
に基づき、一定の争訟手続に従って、それを解決するためにする作用(田中)」
 
・行政の定義についての消極説(控除説) →  行政の定義することをあきらめる立場(有力説)
 「国家作用のうちから立法と司法を控除したもの(塩野)」
    
・行政の定義についての積極説  → 行政を定義することを試みる立場(少数説)
 
3.2 田中二郎(積極説)の主張(田中上巻p4-9)
 
行政とは: 「法のもとに法の規制を受けながら、現実具体的に国家目的の積極的実現をめざして行なわれる全体として統一性をもった継続的な形成的国家活動」(田中)
 
・「(消極説は)行政は種々雑多な作用を包含し、全体としての内的統一性を認めることができないことを承認するのであろうか。若し、そうだとすれば、そういう行政を基礎として、どうして行政法という統一的な法の部門を構成することができるであろうか」(田中総論p16)
 → 消極説の側は、現代行政の種々の作用を広く包含することができることが消極説の利点であると主張していた
 
・立法は抽象的な法を定立することに対し、行政は現実具体的に国家目的の積極的実現をめざして行われる
・司法は個々具体的な紛争解決の作用であるのに対し、行政は全体として統一性をもった継続的な形成的国家活動である
 
3.3 塩野宏(消極説)の主張 
 
行政とは: 「国家作用のうちから立法と司法を控除したもの」(塩野)
 
・国家目的の積極的実現は行政に特徴的な事柄ではない。立法も国家目的の実現である。また、立法は抽象的であるというが、行政計画には、具体性のないものもある
・司法もまた国家目的実現のための機能である
・全体としての統一性とは、行政はかくあるべしという意味では正しいが、現実の姿を描いたり、行政の本質を示したりするものではない。日本の現実は統一的ではない
 
・行政は記述できるが定義はできない(フォルストホフ)というのは正鵠を射ている
→行政の積極的定義が無くても行政法学は十分学問たりうるのではないか。
→積極的定義が可能でないということを率直に認めて無理に定義をすることを止めるのも、学問的態度
→田中説はある作用が本質的には行政だから行政権に属するとする傾向がある。
 
3.4 小早川光郎(積極説)の主張(小早川、上p4-14)
 
行政とは: 「人民との直接の関わりのもとで行われる民刑事司法以外の公の事務の処理」
 (小早川)
 
・「行政」とは何かとは制度上・技術上の問題ではなく理論上の問題
→「人が何らかの首尾一貫した思考を展開しようとして自らに対して発する問い」 であり、「論理的には、行政をいかに定義するかはそれを問題とする当人の任意である」
 
・行政法学は、行政を常に立法との積極的な関連において把握してきたのであり、消極説は、行政と立法との密接な関係をその視野から排除してしまう恐れを含んでいる
 
・行政は”私的”なものではなく”公的”なもの
 → 「私的な事柄」と「公的事柄」の区別
 
・従来、行政法学が行政として捉えてきたのは、公の事務の処理に関わる何かであった
→ 国家による社会管理機能の遂行
 
・行政法学における行政の観念は、公の事務の処理を人民との関わりという側面に重点を置いて捉えてきた。
→ 公の事務の処理でも外交・戦争のような場合、必ずしも何か一定の作用が人々に対し直接加えられているわけではない
 
・行政法学上の行政の観念においては、司法、とりわけ民事司法および刑事司法との区別が重視されている
 
→ フランス @民刑事司法と行政は分離され、行政は行政組織で行われる
       A裁判官は独立、行政組織は階層性
       B行政組織の案件処理は略式手続で行われる
 
・「君主の権力のうちから司法権・立法権が分離され、行政権が残った」という消極説の説明(原田尚彦や田中二郎など)は必ずしも適切ではない。英米法国では営業規制や救貧施策の実施も司法組織によって処理されていた。
・小早川の主張は「事柄の実質において行政法学上いかなるものが行政として扱われてきたのか」を重視するものである
 
※小早川説は、美濃部達吉の説に接近している、美濃部は行政を、「行政とは法規の下に行はるる国家の作用で民事及び刑事を除くの外国家の一般の目的を達するが為にするもの」と定義していた。(美濃部達吉、行政法序論、p19〜20)
 
4. 形式的意義での「行政」と実質的意義での「行政」(塩野p6-7)
 
・単に「国会」を「立法」、「行政機関」を「行政」、「裁判所」を「司法」
と呼ぶこととがある。
→形式的意義での「立法」、「行政」、「司法」の区別
・「司法行政」のように、裁判所や国会も「行政」活動を行っている
→議会の議決による予算、裁判所の民事執行は実質的には行政
→実質的意義での「行政」とは行使している機関の区分にかかわらず、実質的に「行政」と言えるもののことを指す。
 
5 「執政」と「行政」(塩野p6)
 
・「執政」と「行政」 :三権分立の中の「行政」のうちで、特に政治的なものを
「執政」とし、技術的なものを「行政」と呼ぶ立場。
・かつては「統治」と「行政」の区別と呼ばれていた
→「統治行為」
 
・昨今の行政改革との関連で主張されている。
 ex. 「官」から「政」による政策形成に日本の行政システムを変革するため、内閣が「執政」を行い、官僚が「行政」を行うことを明確化する。「執政」を行う内閣や各省大臣の「行政」への権限を強化する。
 
6 条例は「立法」か?「行政」か?(塩野p6-7) 
 
・かつての通説(田中、上巻p159):条例は実質的には「立法」だが形式的には「行政」
 → 地方公共団体は議会ではないから
・現在の通説 : 条例は実質的にも形式的にも「立法」
 → 地方公共団体も憲法上の統治団体
 
7 行政の分類(塩野p7-13)
 
3分類(小早川上p186、今村6版p50〜58)
 
 @規制行政 →人々の権利・自由を制限して、公共の福祉を実現する行政活動
ex. 建築規制(建築基準法の建築確認)、経済規制(大店立地法の出店規制)
 A給付行政 → 文化的で健康な生活の確保を目的として、人々に財貨・役務・便益の給付活動を行う行政活動
ex. 生活保護(生活保護法の生活保護)
 B調達行政 → 事務処理に必要な各種手段を調達する行政活動
ex. 土地の調達、公務員の任用、税の徴収
 

※塩野は、調達行政の分野について、次のように細分している
 税務行政
 公用収用
 (上とは別に)私経済的行政(準備行政) : 直接公の目的の達成を図るのでなく、その準備的な活動
ex. 官公庁の建物の建設、国有財産の管理

 
・「夜警国家」の時代は国家は規制行政を行うものとされていたが、「福祉国家」の時代に入り給付行政の比重が増してきた
・他に建築事業者と周辺住民との調整等を調整行政と呼ぶことも可能である。
 
権力行政と非権力行政
 
・権力行政 → 権力的手法(行政行為など)が用いられる行政
・非権力行政 → 非権力的手法(行政指導、契約など)が用いられる行政
・権力行政と規制行政、非権力行政と給付行政は対応関係にあるように見えるが、必ずしもそうではない
 → 規制行政でも行政指導(非権力的行政)が行われる
 
次回の講義は「行政法の観念」「公法と私法」大橋p6〜7、15〜18、84〜93、96〜101、113〜114