行政法T 第20回 「行政と私人」  大橋p6〜15、p380〜387の範囲
正木宏長
 
1 行政過程における私人の地位(塩野p394〜403)
 
・行政主体 → 「行政という国家作用を担当する行政機関が帰属する法主体」
 ex. 国、地方公共団体、その他公共団体
・行政客体 → 行政の相手方となる法主体
 ex. 自然人、法人
 
(1)防御的地位
 
・私人は適法な行政には受忍することを要求される
・私人は違法な行政活動に対して受忍する必要はなく、行政訴訟、国家賠償訴訟が行える
・私人は適法行為に対しても損失補償を求めることが出来る
・三面関係論の展開により、原子力発電所の近隣住民は原子炉の設置許可の違法を争うことが出来る
 → 第三者としても保護される法的地位を持つ
 
(2)受益的地位
 
・私人は積極的に国家、公共団体に対して給付を要求する地位に立つ
→ 私人が行政主体に対して請求権を持つ場合が広く存在する
ex. 水道法の契約締結義務(水道法15条1項)
・行政行為による給付 → 生活保護決定
 → 行政行為による違法な給付拒否に対しては、給付拒否処分の取消しや給付の義務づけを訴訟で求めることが出来る
 
(3)第三者に対して公権力の発動を求める地位
 
「私人が第三者に対して公権力の発動を求める地位」というものも考えられる
→ 建築基準法の建築確認は、建築業者に対しては受益的処分だが、近隣住民にとっては不利益的処分
ex. 違法マンションの日陰にはいる近隣住民が、マンションの除却命令の発動を求める
・基本的には私人間紛争なので古典的な法治国原理では看過されていた
 → 行政主体の追求すべき公益は、個人の利益から峻別されたものではない。個人の生命健康が維持管理されることで公益が全うされる
・規制権限の権限不行使に対する義務づけ訴訟。権限不行使に対する国家賠償訴訟
 
(4)参加的地位
 
・古典的な参加
 → 行政手続への参加(防御のために参加する)
※近時は協働の概念を用いる法律も現れている
 

住民参加の手法
 
@意見陳述の機会の付与の周知 :利害関係人に意見を述べる機会を与えるとしても、そのことが周知されなければならない。多様な広報手段の活用が必要
 
A原案の縦覧 :意見を述べる前提として、原案の縦覧の機会が利害関係者に与えられなければならない
 
B意見書の提出 :意見書の提出期間が短時間であると、住民は十分な検討ができない
 
C公聴会 :公聴会を開催するにしても複数箇所で開催するなどの工夫が求められる
 
D協議を経ての協定の締結 :国・自治体と住民との協議の結果が協定としてとりまとめられる場合がある
 
E住民投票 :自治体の首長が意思決定に際して、住民投票の結果を参考とすることには十分な合理性が認められる。住民投票の対象の設定の仕方が課題
    
F地方自治法の定める直接請求制度 :条例の制定請求・首長の解職請求など

 
 

事前回答制度(ノー・アクション・レター制度、塩野p224〜225の脚注部分)
 
・私人が自己の事業活動等が具体の行政法令の適用対象(たとえば、不利益処分の対象)となるかどうかを行政機関に照会し、これに対して、行政機関が回答するというもの。民間の事業活動に係る法令については平成13年3月27日の閣議決定により、事前回答手続が実行されている。国税については、平成14年より国税庁の通達により事前回答手続が実行されている

 
2 行政過程における私人の行為(塩野p404〜407)
2.1 権利能力 
 
・行政法関係で権利能力主体となりうる者は、自然人・法人
 

外国人の権利能力(法の定めにより異なる)
 
・ 情報公開法、行政機関保有個人情報保護法では外国人も開示請求が可能
・ 国家賠償法では、相互保障主義により、外国人が賠償請求権を持たないことがある(国家賠償法6条)
・ 鉱業権者は、条約に別段の定めがない限り、日本国民または日本国法人でなければならない(鉱業法17条)
・ 「外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべき」(最高裁平成17年1月26日大法廷判決、民集59巻1号128頁)

 
・いわゆる特殊法人で、実質的に政府の一分肢と見られる場合、国との関係で独立の法人格を認められない場合(行政の内部関係と見られる場合)がある
 

判例@ 最高裁昭和53年12月8日第2小法廷判決(民集32巻9号1617頁、行政判例百選2事件)
 
 運輸大臣は成田新幹線建設のための基本計画を新幹線鉄道整備法に基づき決定告示し、日本鉄道建設公団に建設を指示した。日本鉄道建設公団は運輸大臣に工事実施計画の認可を申請し、認可された。
 
「本件認可は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての日本鉄道建設公団に対しその作成した本件工事実施計画の整備計画との整合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべきものであり、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、また、これによつて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない」

 
2.2 行為能力 
 
・行為能力に関する民法の規定(未成年者、成年被後見人、被保佐人の規定)は行政法関係についても適用がある
・民法における行為能力の規定は、行為無能力者に財産法的権利からする保護なので、行政法関係では別の解釈をすることが多い
成年被後見人、被保佐人については、法律で欠格事由にしている場合としていない場合がある(ex. 弁護士法7条、成年被後見人、被保佐人は弁護士になる資格を有しない)
 
◎未成年者でも単独でなし得るもの
・道路交通法88条1項では18歳になれば普通免許が取得できるとしている
・国籍法18条によれば、国籍取得の届出は、15歳未満であれば法定代理人がする
 
2.3 意思表示の瑕疵 
 
・私人の意思表示に瑕疵があった場合も民法の法律行為に関する規定の適用がある
 ex, 脅迫による公務員の辞職願いは、民法96条1項により取消しが出来る(東京地裁昭和57年12月22判決、行裁例集33巻12号2560頁)
 
・しかし、全面的に民法が適用されるわけではない。

判例A 最高裁昭和39年10月22日第1小法廷判決(民集18巻8号1762頁、行政判例百選125事件)
 
 Xは錯誤に基づく確定申告をしたとして、所得税の滞納処分としての不動産の差押処分の無効を求めた。
 
 所得税法が確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けた所以は、「租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞がないと認めたからにほかならない。従って、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない。」

 
※制定法上、私人の意思表示について特別の規定がおかれることがある
(ex. 地方自治法74条の3第2項、詐欺又は脅迫による署名について)
 
※同一住民が同一の財務会計上の行為を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されない(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決、民集41巻1号122頁、行政判例百選130事件)
 → ある申請に対して処分が下されたとき、同一事情の下では同種の申請を行うことができないと考えられる場合がある。いわば「一事不再理の法理」が行政活動にも適用されているのである
 
3 私人の行為と行政過程(塩野p407〜410)
 
・私人は行政過程の中で、単に行政の相手方となるだけではなく、様々な行動を行っている
・私人は行政に対して、口頭や書面やオンラインで申請を行う
 
 最高裁昭和50年9月26日第2小法廷判決(民集29巻8号1338頁、行政判例百選127事件)は、公認会計士が業務廃止による登録の抹消の届出書を提出したことに関し、廃業について、「公認会計士たる地位の喪失は、当該公認会計士が業務遂行の意思がなくなつたことを明らかにし、かつ、監督機関において監督関係の保持の必要がないと認めたときにはじめて生ずるもの、すなわち法21条1号の規定についていえば、公認会計士がその業務を廃止した時ではなく、協会がこれに基づいて登録を抹消した時に生ずるものと解するのが、法の趣旨、目的に合致するものというべきである。」としている。
 
・私人の自主活動の法的仕組みへの組み込みとして租税法の納税申告(所得税法120条)のような行為がある
 
 最高裁昭和46年3月30日第3小法廷判決(刑集25巻2号359頁、行政判例百選126事件)は、第三者名義での納税申告について、「納税申告がこのように納税義務の確定という公法上の効果の発生をきたす要式行為であることに思いを致せば、納税義務者本人が第三者名義でその納税申告をすることは、法の全く予定していないところであり、これが外観上一見して納税義務者本人の通称ないし別名と判断できるような場合でない限り、納税義務者本人の納税申告として、その納税義務の確定という公法上の効果は生じない」とした
 
◎私人の行為が行政庁に到達していた場合、これを撤回できるか
・民法 → 意思表示が相手方に到達していたら撤回できない
・行政法 → 撤回できる場合がある
 

判例B 最高裁昭和34年6月26日第2小法廷判決(民集13巻6号846頁、行政判例百選128事件)
 
 村立小学校教員Xは55歳以上の教員は勇退するという村の方針に従い、退職願を提出したが、勇退をしない者がいる事を知って退職願の撤回を申し出て勤務を続けた。その後、村教育委員会はXを免職したため、Xは免職処分の取消しを求めた。
 
 「退職願の提出者に対し、免職辞令の交付があり、免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては、もはや、これを撤回する余地がない...が、その前においては退職願は、それ自体において独立に法的意義を有する行為ではないから、これを撤回することは原則として自由である。」
 退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合、撤回は許されないが、本件では信義に反すると認むべき特段の事情はない。

 
◎先行する私人の行為に瑕疵がある場合
 
・脅迫に基づいて書かれた退職願が取り消されたときには、その退職願に基づいてなされた退職処分は違法となる
 
 次回の講義は「行政手続の基本理念」「行政手続法」大橋p115〜127、140〜142、217〜239、285〜287