行政法T 第23回 「行政上の義務履行確保(1)」大橋p299〜306、308〜311、314〜316、329~331 正木宏長
1 序(塩野p243〜249)
 
・民法の私人間の義務履行確保 → 裁判所での民事上の強制執行
・行政上の義務履行確保制度(下記)
 
 @行政上の強制執行制度 → 行政が強制的に義務を履行させる
 A行政罰制度 → 義務違反をした者に刑罰等を科する
 Bその他の新たな制度 → 戦後に発達した方法、違反事実の公表など
 
・戦前の「行政執行法」は行政上の強制執行の一般的制度であったが、強力な強制手段(直接強制、検束、家宅の侵入など)を有していて、しばしば人権侵害を招いたため、戦後廃止された。
・現在では義務履行確保の一般的制度としては「行政代執行法」が制定されているが、他の手段については個別法の定めによる
 
2 行政上の強制執行(総論)(塩野p246〜248、249〜255)
2.1 意義と種類 
 
・行政上の強制執行 → 「義務者が行政上の義務の履行をしないときに、権利者たる行政主体が、自らの手で、義務履行の実現を図る制度」
 
※行政上の強制執行の種類
@代執行 → 行政が義務者に代わって義務を履行する
A執行罰 → 義務者に過料を課すことで、間接的に義務履行を促す
B直接強制 → 義務者の身体又は財産に直接力を行使して、義務を履行させる
C強制徴収 → 金銭債権について差押え・公売による強制徴収制度が定められている
 
・@〜Bまでは民事法上の強制執行制度とパラレルである。
・戦前の行政執行法5条は@〜Bまでを行政庁が一般的に用いることができると規定していた。
・現在では「行政代執行法」により、@代執行のみが一般的に使用可能。
 
2.2 行政上の強制執行制度が認められる理由 
 
 → 行政の目的に適合した状況を早期に実現するため
 → 行政的判断の必要性
ex. 違法建築物を除去するか、建築物の除却をいつするかは、すぐれて行政的な判断を要する
・国家による実力行使は、それ自体公力の行使であって私力の行使ではないので、自力救済の弊害として指摘される平和・秩序の侵害にはあたらない
・法律の枠内で一定の要件のもと行政による強制執行を、公権力の発動として正面から認めることが可能(法律の枠内に収まらない単純な実力行使は認められない)。
 
2.3 行政上の強制執行制度と法 
 
・法の一般原則(比例原則・平等原則)や個別法の定め(規制規範)は行政上の強制執行にも適用される
・行政上の強制執行を行うためには法律の根拠(根拠規範)が必要
 
※どの程度まで法律の根拠が必要になるのか?
 
戦前の学説:義務を課す(行政行為)の段階の法律の定めでよい
→行政行為の「執行力」により強制執行可能と説明されていた
現在の通説:義務を課す段階(行政行為)と強制執行の段階のそれぞれに法律の根拠が必要としている。
 
・現在では行政上の強制執行についての一般的な根拠規範として「行政代執行法」がある
 → 直接強制・執行罰については一般的な根拠法がないので、個別の法律の定めが必要
 
※地方公共団体の条例に直接強制や執行罰の定めをおくことができるか?
 
・「行政上の義務履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。」(行政代執行法1条)
 → 別に直接強制や執行罰を定める場合を「法律」に限定しているということは、条例で別に直接強制や執行罰を定めることはできないと解するべき。
 → 行政代執行法制定時は、違反事実の公表等の制度は想定されていなかったので、直接強制や執行罰以外の義務履行確保手法の利用を条例で定めることは、行政代執行法1条で禁止されていないと解するべき
 
2.4 行政上の強制執行と民事上の強制執行 
 
・行政主体が義務履行確保のために裁判所に民事上の強制執行を求めることができるか?
 → 戦前も、私法関係であれば行政庁は司法裁判所で民事執行を求めることができるとされていた(美濃部)。現在も、財産法上の権利の執行(公営住宅の家賃徴収や明渡し)については、行政機関も民事訴訟で民事上の強制執行手法を使用することができる(通説)
 
・財産法上の権利であっても、行政的執行を利用することが法律で予定されているなら、民事上の強制執行を裁判所に求めることは許されない(判例。バイパス理論と呼ばれる)
 

判例@  最高裁昭和41年2月23日大法廷判決(民集20巻2号320頁、行政判例百選108事件)
 
 X(農業共済組合連合会)は下妻市農業共済組合を組合構成員としている。下妻市農業共済組合はYに対し共済掛金や賦課金といった債権を有している。農業災害補償法122条によればYと下妻市農業共済組合との共済関係は、同時に下妻市農業共済組合とX(農業共済組合連合会)の保健関係も生じるとされている。Yが共済掛け金を延納したのでX(農業共済組合連合会)は下妻市農業共済組合に債権者代位して、Yに共済掛金の支払いを求めて民事訴訟を提起した。しかし、農業共済組合には組合員から収納する金銭について強制徴収をすることが法律で認められていた。
 
 「農業共済組合が、法律上特にかような独自の強制徴収の手段を与えられながら、この手段によることなく、一般私法上の債権と同様、訴えを提起し、民訴法上の強制執行の手段によってこれらの債権の実現を図ることは、前示立法(農業災害補償法87条の2)の趣旨に反し、公共性の強い農業共済組合の権能行使の適正を欠くものとして、許されない。」
 Xの債権者代位は認められなかった。

 
・行政上の義務履行確保の際に、行政主体が司法裁判所で民事法上の強制執行をもとめることができるかどうかについては、最高裁はこれを否定した。
 

判例A(宝塚市パチンコ店規制条例事件) 最高裁平成14年7月9日第3小法廷判決(民集56巻6号1134頁、行政判例百選109事件)
 
 X(宝塚市)はパチンコ店の建築には市長の同意が必要という条例を制定していたが、Y(業者)は建設を強行した。そこで市長は建築工事中止命令を発したがYは建設を続行した。そこでXはYに対して建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した
 
 裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に限られる。「国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には法律上の争訟に当たるというべきであるが、国又は地方公共団体がもっぱら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許される。」
 「国又は地方公共団体がもっぱら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。」

 
3 行政代執行(塩野p256〜259)
 
代執行 : 「私人の側の代替的作為義務が履行されないときに、行政庁が自ら義務者のなすべき行為をし又は第三者をしてこれをなさしめ、これに要した費用を義務者から徴収する制度」
 
◎行政代執行法の定める代執行の要件
 
・「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。」(行政代執行法2条)
 
「法律により直接成立する義務」 → 行政行為無しに法律から直接義務が成立する場合がある
 
 ex. 火薬製造業者が廃業した際、残った火薬を譲り渡し、又は廃棄する義務(火薬取締法22条)
 
「法律に基づき行政庁により命ぜられた行為」 → 行政行為で義務が成立する場合
 
 ex. 建築基準法9条による違反建築物への建築物除却命令
 
※義務が存在するためには、義務賦課行為(行政行為)が有効でなくてはならない
 (ただし、行政行為は公定力で有効性推定を受ける)
 
「他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」
 
 →比例原則の適用で足りる
 ex. 軽い義務違反(容積率をほんのすこしオーバーした建築物)に対して、ただち代執行(除却命令によって強制撤去)をすることは比例原則違反の可能性がある
 
「当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ」
 
 → 代執行をなし得るのは代替的作為義務についてのみである。
 ex. 庁舎の明渡しや立退きは代替的作為義務ではないので、代執行の対象とはならない。不法占拠者が移動することは、本人(不法占拠者)以外はできないから。強制的に不法占拠者を移動させることは直接強制になる。
 
・代執行の手続(行政代執行法3条)
  履行期限を設定した戒告 → (期間経過) → 代執行の通知 → 代執行
 
・行政代執行の際、相手方から抵抗があったときには、一定限度で実力行使する権限を認めるべき
 → 実務では、警察官職務執行法4条(避難等の措置)、5条(犯罪の予防及び制止)によっている。妨害が公務執行妨害罪に該当する可能性もある
 
・「非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、前2項に規定する手続をとる暇がないときは、その手続を経ないで代執行をすることができる。」(行政代執行法3条3項)
・執行責任者の証票の携帯と、要求がある場合の呈示(行政代執行法4条)
 
◎費用の徴収
・義務者は代執行の費用の納付を命じられる(行政代執行法5条)
・代執行の費用は滞納処分の例により、強制徴収が可能(行政代執行法6条)
 
◎代執行と救済制度
・代執行の戒告、代執行令書による通知は、新たな義務を課すものではないが、取消訴訟の対象となる(処分性を認められる)
・義務賦課行為(行政行為)と代執行中の手続との間に違法性の承継は認められない
 
4 直接強制(塩野p260〜261)
 
直接強制 : 「義務者の身体又は財産に直接力を行使して、義務の履行があった状態を実現するもの」
・直接強制は人権侵害にわたる可能性が高いので、現在は個別法に定めがある場合しか利用できない。(ex. 成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法3条8項の工作物除去)
・民事法では、金銭執行及び不動産・動産の引渡し・明渡しは直接強制が原則であることに注意
 
※戦前には次のような例で説明がされていた(美濃部)
 → 「召還の命に応じない者を強力を以て引致し、演説中止の命に従はない者を実力で降壇せしめ、集会解散の命に服しない者を腕力で退散せしめ」る。
 → 航行の妨害になる沈没船の引き上げを命じ、不履行の場合に、官庁が代わって引揚げをするのは代執行、爆発物で粉砕をするのは直接強制
 
5 執行罰(塩野p262〜263)
 
執行罰 : 「義務の不履行に対して、一定額の過料を課すことを通告し、なお義務を履行しないときに、これを強制的に徴収する制度」
 
・罰という名前がついているが、刑罰ではない。民事法にも存在する間接強制方法
・現在では砂防法36条に定めがあるのみ。500円以内の過料を課す規定である
・履行するまで何度でも過料を課すことができる
・過料が低すぎて効果が薄いとされてきて、現在は用いられていない
 →多額の過料を課すなら効果的な義務履行確保手段であるとの説もある