行政法T第24回「行政上の義務履行確保(2)、即時強制」大橋p306~307、312~313、316~328、332〜333
正木宏長
1 行政上の強制徴収(塩野p263〜264)
 
・行政上の金銭債権には、租税債権のように、大量に発生し、かつ迅速に効率的に権利を満足させる必要性のあるものがある
・国税の執行 → 国税徴収法
・国税以外の金銭債権の執行
 → 「国税徴収法の滞納処分の例による」と法律で定める場合がある(ex. 行政代執行法6条)
 

 ※国税徴収の手続
 
 納税の告知(国税通則法36条)
 ↓    (支払わなかったとき)
 督促(国税通則法37条)
 ↓ (ここから国税徴収法の滞納処分)
 財産の差押え(国税徴収法47条)
 ↓
 公売による差押財産の換価(国税徴収法89条、94条)
 ↓
 換価代金の配当(国税徴収法128条)

 
※「国税徴収法の滞納処分の例による」といった強制徴収の根拠規定がない場合
 → 民事法上の債権であれば民事執行の手段による
 
2 その他の義務履行確保制度(塩野p264〜271) 
2.1 給付拒否 
 
・私人に不適切な行動があったとき、水道のような生活必需的なサービスの供給を拒否する
 
 都民の健康と安全を確保する環境に関する条例104条1項では、工場から発生するばい煙、粉じん、有害ガス、汚水、騒音、振動又は悪臭が著しく人の健康又は生活環境に障害を及ぼし、かつ、他の手段によっては当該工場の操業を停止させることが困難なとき、知事は、水道水給水停止を要請するとしている。
 
・水道法上、給水契約拒否は「正当の理由」ある時に限られる(水道法15条1項)

判例@ 最高裁昭和56年7月16日第1小法廷判決(民集35巻5号930頁)
 
 Xは建築基準法上の建ぺい率規制に反する増築工事を、建築確認を得ないままに強行した。XはY市(豊中市)水道局に増築部分への給水装置新設工事の申込みをしたが、Y市は違反建築物に対する給水制限実施要綱を定めていたので、Y市水道局は申込みの受理を拒否して、建築基準法違反を是正し、建築確認を受けた後申込みをするよう勧告した。Xは裁判でこの給水装置新設工事の遅延で被った損害の賠償を求めた
 Y市水道局課長は、申込みの受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく、建築確認を受けた上で申込みをするよう一応の勧告をしたものにすぎないので、上のような「事実関係の下においては、前記Y市の水道局給水課長の当初の措置のみによっては、未だ、Y市の職員がXの給水装置工事申込みの受理を違法に拒否したものとして」損害賠償責任を負うものとするには当たらない。


判例A(武蔵野マンション事件) 最高裁平成元年11月8日第2小法廷判決(判例時報1382号16頁、行政判例百選92事件)
 
 武蔵野市はマンション建設には負担金納付や市長の承認が必要と要綱で定めていたが、A(マンション業者)は、Y(武蔵野市長)の承認無しにマンション建設を強行した。Yは要綱によりAに水道水給水拒否を行ったが、この給水拒否は水道法15条1項に反するとして、Yは水道法53条3号(15条1項違反の場合の処罰規定)によって刑事訴追された
 
 「Aは指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し、マンションの購入者も、入居にあたり給水を必要とし」ていた、このような時期に至ったときは、水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては、たとえ、右の指導要綱を事業者に順守させるために行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されないというべきである」 

 
2.2 違反事実の公表 
 
定義 : 「義務の不履行あるいは行政指導に対する不服従があった場合に、その事実を一般に公表する」
 ex. 国土利用計画法26条の都道府県知事の勧告に従わない旨の公表
 
・自由や財産を直接に侵害するものではないので法律の根拠は不要。条例でも創設可能。
 → 公表は情報公開制度の一環をなすが、時として相手方に多大な風評被害を与えるので、制裁目的の場合は法律の根拠が必要であるとか、相手方への聴聞などの事前手続の機会を与えるべきだと主張されている
 
2.3 違反金 
 
(1) 課徴金
 
・独占禁止法7条の2第1項の不当な取引制限に対する課徴金の規定
・カルテル(価格協定や生産量調整など)によって得た利益を剥奪する制度、間接的にカルテルを防止することが目的であるが、平成17年度の独占禁止法改正で、不当利得相当額以上の金銭を徴収する仕組みとされたことにより、「やり得」の是正よりも、行政上の制裁であることが強調されるに至ってる。
 
 課徴金制度が憲法の二重処罰の禁止(日本国憲法39条)に違反しないかについて、東京高裁平成5年5月21日判決(高刑集46巻2号108頁)は、カルテルによって得た利益の剥奪が課徴金制度の目的であり、反社会性・反道徳性に対する制裁としての刑事罰とは趣旨目的が異なるとした。課徴金制度が憲法の二重処罰の禁止に違反しないことは最高裁でも確認されている(最高裁平成10年10月13日第3小法廷判決、判例時報1662号83頁、行政判例百選112事件)。
 
(2) 加算税
 
・現行の税法では、無申告や過少申告には加算税が課せられる(国税通則法65条以下)
・税収の確保を図ることが目的
 →無申告や過少申告には刑事罰(ex. 所得税法241条)も科せられるので、憲法39条の二重処罰の禁止との関係が問題になる。
 
 最高裁は、脱税罪は「脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として課せられるものであるに反し」、追徴税は、「過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以って納税の実をあげんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解するべきである」として、憲法39条の規定は刑罰たる罰金と追徴税を併科することを禁止する趣旨を含むものではないと判示した(最高裁昭和33年4月30日大法廷判決、民集12巻6号938頁、行政判例百選111事件) 
 
3 行政罰(塩野p272〜276、田中上巻p187〜p188、190〜194)
 
@行政刑罰 →制裁が刑法上の刑名(死刑、懲役、禁固、罰金、拘留、科料)によるもの
A秩序罰  →違法行為に対し、刑事法上の刑罰ではなく、過料という制裁を科す
  →道路交通法51条の4の「放置違反金」は過料ではないが秩序罰にあたる
 
・過去の行為に対する制裁を科すという点で、行政上の強制執行制度とは異なる
 → 行政上の執行制度は将来に向けて義務履行を目的とするもの
 
 刑法で処罰される刑事犯と行政法で行政罰を下される行政犯の違いについて、伝統的行政法学は、「一言でいえば、刑事罰は、実質的に、法益を侵害する犯人の悪性に対する罰であるのに対し、行政罰は、形式的に、行政の目的を侵害する非行者の行政法規の不遵守に対する罰である。」(田中上巻p186)としていた。
 しかし、行政罰、特に行政刑罰と刑事罰との区別は双方とも刑法総則、刑事訴訟法が適用されるので相対的である。
 実際上は、法律の「罰則」の章で規定されている刑罰が行政刑罰(行政刑法)であろう。
 
3.1 行政刑罰 
 
・「刑法上に刑名(死刑、懲役、禁固、罰金、拘留、科料)の定めがある刑罰を課する」
・刑法総則が適用される(刑法8条)
・刑事訴訟法の定める手続によって刑罰が科せられる
・伝統的行政法学では、行政刑罰の特殊性として、過失犯が処罰される、法人に犯罪能力が認められる、法令上責任を負うもの(事業主、営業主など)が責任を負うということが、主張されていた
 

◎交通反則金制度(道路交通法125条以下)
 
・道路交通法違反をした者に対して「反則金」の納付を通告し、反則金を納めたときは公訴提起しない
・「反則金」は課徴金と同じく行政的性質のものである(刑法上の「罰金」とは異なる)
・「通告」には処分性は認められない。「通告」の違法性については行政訴訟ではなく、反則金を納付しなかったときの公訴(刑事訴訟)の際に争うべき(最高裁昭和57年7月15日第1小法廷判決、民集36巻6号1169頁、行政判例百選151事件)

 
3.2 秩序罰 
 
秩序罰 → 行政法規違反の場合で「行政上の秩序に障害を与える危険がある義務違反に対して科せられる罰」
 ex. 偽りその他不正の手段によって住民基本台帳の一部の写しの閲覧をした場合は、30万円以下の過料(住民基本台帳法50条)
 ex. 地方公共団体の長は規則を制定することができ、規則に違反した者に5万円以下の過料を科すことができる旨の規定を設けることができる(地方自治法15条)
 

※行政刑罰と秩序罰の違い
・行政法規違反のうち、反社会性のある行為 → 行政刑罰を科す
・行政法規違反のうち、ただ間接的に行政上の秩序に障害を及ぼす危険があるにすぎない場合 → 秩序罰を科す

 
・法律違反の場合の秩序罰には非訟事件手続法119条が適用され、裁判所で科せられる。
・「非訟事件手続法による過料の裁判は、もとより法律の定める適正な手続による裁判ということができ、それが憲法31条に違反するものでない」(最高裁昭和41年12月27日大法廷決定(民集20巻10号2279頁、行政判例百選110事件)
 
・条例・規則違反の場合の秩序罰については、地方公共団体により処分で科せられる(地方自治法255条の3)、納付しない場合は地方税の滞納処分の例により強制徴収(地方自治法231条の3第3項)
 
 秩序罰(過料)と刑罰(罰金・拘留)の併科は二重処罰にならないかということについて、最高裁昭和39年6月5日第2小法廷判決(刑集18巻5号189頁)では、刑事裁判での証言拒否に対する刑訴法160条の過料と刑訴法161条の宣誓証言拒否罪の併科が争われた。最高裁は、「両者は目的、要件及び実現の手続を異にし、必ずしも二者択一の関係にあるものではなく、併科を妨げないと解すべきであり、右規定は憲法31条、39条後段に違反しない」と判示した。
 
4 即時強制(塩野p277〜282、塩野は「即時執行」と呼んでいる)
 
即時強制「義務の履行を強制するためではなく、目前急迫の障害を除く必要上義務を命ずる暇のない場合又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達しがたい場合に、直接に人民の身体又は財産に実力を加え、以て行政上必要な状態を実現する作用」(田中)
 
 ex. 警察官職務執行法の保護、避難、犯罪の予防および制止、立ち入り、武器の使用(3条〜7条、) 消防法上の破壊消防(消防法29条)、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づく措置入院(29条)、出入国管理及び難民認定法による収容や退去強制(39条以下、51条以下)
 
 警察官職務執行法7条による警察官の武器の使用(拳銃の発砲)に関して参照、最高裁平成11年2月17日第1小法廷判決(刑集53巻2号64頁、行政判例百選100事件)
 
・「即時強制」は事前に相手方に義務を賦課すること無しに、法律の要件が充足された場合にはただちに、実力を行使する
 →「直接強制」は義務の存在を要件としている点で、「即時強制」とは異なる
・私人に実力行使の受忍を強制させるので、即時強制には法律の根拠が必要
 → 私鉄にも旧国鉄にも適用される鉄道営業法42条1項を根拠に旧国鉄職員の即時強制権限が認められた最高裁判例がある。ピケ貼りをした労働組合員を強制退去させた事例であった(最高裁昭和48年4月25日大法廷判決、刑集27巻3号418頁、行政判例百選99事件)
 
・即時強制は条例を根拠とすることができる
 ex. 放置自転車条例で、放置自転車を強制撤去する
 
・即時強制には人権保障の観点から手続の充実が望まれるが、現実には不備
・手続保護の例 → 強制入院の事前に勧告を行う(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律19条1項)
・即時強制は事実行為である(行政行為ではない)が、実力行使が継続的な場合には事実行為に対する「処分の取消」訴訟が認められる(通説)
 ex. 自転車強制撤去への取消訴訟
 
次回の講義は「情報公開、公文書管理」大橋p336〜357、361〜364