行政法T 第27回 「行政調査」 大橋p368〜379の範囲
正木宏長
1 意義と種類(塩野p283〜284)
1.1 意義 
 
・行政決定には情報が必要 → 「行政調査」で情報収集する
※かつて「行政調査」は、「即時強制」の一種として扱われていたが、最近の行政法学では独自の行政手法として扱われている
 
1.2 種類(宇賀概説Ip148〜151)
 
・統計目的でするもの → ex. 国勢調査
・個別の行政決定の基礎となる情報を収集するためのもの → ex. 質問、立入調査、物品の領置、収去
 
@任意調査 → 調査に応じるかどうかは相手方の任意
 
ex. 警察官職務執行法2条1項の質問
 
A間接強制調査 →  調査に応じなければ罰則が科せられるもの(罰則付き任意調査)
 
ex. 「厚生労働大臣は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、臓器あっせん機関に対し、その業務に関し報告をさせ、又はその職員に、臓器あっせん機関の事務所に立ち入り、帳簿、書類その他の物件を検査させ、若しくは関係者に質問させることができる。」(臓器の移植に関する法律15条1項)
 → この質問・検査によって実力行使はされないが、臓器移植法23条により、調査に対して拒否や妨害をした者には、50万円以下の罰金が科せられる。
 
B強制調査 → 実力で抵抗を排除することが認められている調査
 
「委員会職員は、犯則事件を調査するため必要があるときは、公正取引委員会の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により、臨検、捜索又は差押えをすることができる。」(独禁法102条1項)
「委員会職員は、臨検、捜索又は差押えをするため必要があるときは、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる。 」(独禁法107条1項)
 
 他に、次のような類型が考えられる
 C相手方の調査受諾義務は定められているが、強制手段は定められていない調査
 例えば、警察官職務執行法6条2項の興行場、旅館、料理屋への立入の要求については、相手方は正当の理由なくして、これを拒むことはできないとされる。だが、警察官職務執行法に立入を拒否した場合の罰則はないし、立入を拒否しただけでは暴行脅迫ではないので公務執行妨害罪(刑法95条)に該当しない。これは任意調査に近い
 D給付行政分野で、調査を拒否したら給付の拒否がなされるもの
 例えば、生活保護法28条1項によると、生活保護の実施機関の職員は、要保護者の居所への立入りや、調査をすることができる。この調査は任意調査であるが、生活保護法28条5項で、要保護者が立入調査を拒んだり、妨げた時には、保護の開始若しくは変更申請を却下し、又は保護の変更、停止若しくは廃止ができるとされている。
 
2 行政調査の問題点(塩野p283〜286)
 
・強制調査や、罰則を伴う間接強制調査には、法律の根拠が必要である(上の例を参照)
・調査の拒否に対し罰則が定められていても、それは当然に、実力行使を許容しているわけではない
・任意調査には法律上の根拠は必要ない
 
任意調査での実力行使

判例@ 最高裁昭和53年9月7日第1小法廷判決(刑集32巻6号1672頁、行政判例百選106事件)
 
 警官Aは覚醒剤中毒者らしきXに職務質問(警察官職務執行法2条1項)を開始した。警官AはXの上着を上からさわったところ、上着の中に「刃物ではない何か堅いもの」が入っている感じがあったので、提示を求めたがXは提示を拒否したため、Aがポケットの中に手を入れて取り出したところ覚醒剤だった。Xは覚醒剤不法所持の現行犯として逮捕されたのだが、Xは裁判で覚醒剤は違法収集証拠であるとして無罪を主張した。
 
 「警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当ではなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との均衡などを考慮し具体的状況の下で相当と認められる限度において許容される場合がある。」
 本件の、ポケットに手を差し入れて所持品を取り出した上検査した巡査の行為は、プライバシー侵害の程度の高い行為であり、職務質問に付随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当。

 
 →警察官職務執行法では、2条3項で「質問」について、刑事訴訟法の手続によらない限り、身柄拘束や連行や答弁を許容されることはないことが、規定されていることに留意。
 →判例@で述べられているように、場合によっては職務質問に付随する所持品検査が認められることがある。相手の同意なくバックのチャックを開けることは適法とされた(最高裁昭和53年6月20日判決、刑集32巻4号670頁)
 

判例A 最高裁昭和55年9月22日第3小法廷判決(刑集34巻5号272頁、行政判例百選107事件)
 
 警察の自動車検問で酒気帯び運転を摘発されたXが、右検問には法的根拠がないと主張した
 
 「警察法2条1項が『交通の取締』を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通の秩序の維持などに必要な警察の諸活動は強制力を伴わない任意の手段による限り、一般的に許容されるべきである。」
 「現時における交通違反、交通事故の状況なども考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域などの適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無に関わりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項について質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。」

 
3 行政調査の要件と手続(塩野p286〜290)
3.1 行政調査と憲法 
 
・日本国憲法35条1項の捜査への令状の要求の規定が行政調査に適用されるかどうかは一つの問題である
・犯則調査では、裁判所の許可に基づいて、臨検・捜索等の強制調査が行われる
 
 間接国税に関する犯則事件においては、現行犯の場合、裁判所の許可なしに、臨検・捜索ができることが定められているが(国税通則法135条)、このような規定も憲法35条に違反しない(最高裁昭和30年4月27日大法廷判決、刑集9巻5号924頁)
 
・間接強制調査の場合、裁判所の許可なしになされるので、問題となる
 

 判例B(川崎民商事件) 最高裁昭和47年11月22日大法廷判決(刑集26巻9号554頁、行政判例百選103事件)
 
 Xは旧所得税法63条(現在の国税通則法74条の2に相当)の検査を拒否したところ、検査拒否罪で起訴された
 
 「憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。」
 しかし、(旧)所得税法70条10号、63条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般要件としないからといって、これを憲法35条の法意に反するものとすることはできない。

 
 → 行政調査にも憲法35条1項の適用があることは確認された
 
 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法3条3項では、使用禁止命令が下された工作物への職員の立入り、質問ができるものとし、裁判所の令状も不要としていた。最高裁は、刑事責任追及のための資料収集に結びつくものでないことや、強制の程度態様が直接物理的なものではないことなどをを理由に合憲判決を下している(最高裁平成4年7月1日大法廷判決(民集46巻5号437頁、行政判例百選124事件、ただし、行政調査の部分の記述を百選はしていない。)
 
3.2 調査の要件・手続 
 
・調査を行う職員の身分証明書の携帯・提示が義務づけられている例が多い(ex. 独占禁止法106条)
・基本的に行政調査の実施には、必要性と社会通念上の合理性が必要。ただし、具体的な告知などは必要ない(判例C参照)
 

判例C(荒川民商事件) 最高裁昭和48年7月10日第3小法廷判決(刑集27巻7号1205頁、行政判例百選104事件)
 
 Xは所得税の過少申告の疑いがあったため、荒川税務署の調査を受けたが、抵抗したために、検査拒否罪にあたるとして起訴された。
 
 「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前又は確定申告期間前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上での法律上の一律の要件とされているものではない。」 

 
※ 現在の国税通則法74条の9は、税務調査の日時、場所、調査の目的についての事前通知を定めている(国税通則法74条の10は事前通知を要しない場合を規定している)
 
・統計目的の行政調査や行政決定のための情報収集として行われる行政調査は、犯罪捜査のために行われるものではない。ゆえにこの種の行政調査権限を、刑法上の犯罪捜査に用いることは許されない。このことはしばしば法律上、明文で確認されている
 ex. 「第74条の2から前条まで(当該職員の質問検査権等)の規定による当該職員の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」(国税通則法74条の8)
 → ただし、国税通則法131条〜154条が定める「犯則調査」は例外である。「犯則調査」は行政機関が行う行政犯の捜査手続と解してさしつかえない
 
行政調査と刑事捜査の関係

判例D 最高裁平成16年1月20日第2小法廷判決(刑集58巻1号26頁、行政判例百選105事件)
 
 Xは今治税務署の税務調査をうけたので、税務署に資料の提供をしたところ、今治税務署は高松国税局調査査察部に調査内容をファックスし、Xを脱税の容疑で内偵中だった高松国税局はその資料を手掛かりにXを臨検捜索して脱税罪で告発した。
 
 旧法人税法156条によると、質問又は検査の権限は、「犯罪の証拠資料を取得収集し、保全するためなど、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。しかしながら、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならないというべきである。」
 「本件では、上記質問又は検査の権限行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたにとどまり、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたものと見るべき根拠はないから、その権限の行使に違法はなかった」

 
 → 学説には「租税職員が質問・検査の過程でたまたま納税義務者の租税犯則事実を知った場合は、租税職員の守秘義務が公務員の告発義務に優先し、租税職員はそれを外部にもらしてはならない義務を負う」とするものがある(金子宏)。本判決では告発義務が優先する格好になっていることに留意
 
 刑事法違反の調査で得られた資料を、行政処分の資料に用いることは可能である
 「収税官吏が国税犯則取締法に基づく調査を行った場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許されるものと解するのが相当であ」る(最高裁昭和63年3月31日第1小法廷判決、判例時報1276号39頁)
 
4 行政の調査義務、行政調査の瑕疵(塩野p290〜291)
 
・行政の調査義務を想定することは可能
 → ただし、行政の調べた事実が間違っていたというのは、調査義務違反というよりも、単に事実の基礎を欠いているので、瑕疵がある行政行為になるというだけである
・行政調査の瑕疵は当然に行政行為の瑕疵を構成しない 
 →塩野説:「適正手続の観点から行政調査に重大な瑕疵が存在する時は、当該行政調査を経てなされた行政行為も瑕疵を帯びるものと解することができる。」