行政法I第 4回 「公法と私法」 大橋p84〜93、96〜101
正木宏長
1  公法と私法(塩野p27〜p30) 
1.1 伝統的行政法学(田中二郎)の説明(田中上巻p69-p83)
 
田中の行政法の定義 
 :「行政法とは行政の組織及び作用並びにその統制に関する国内公法である」
 
 公法 →支配(権力)関係(行政の意思の優越が認められる) ex. 命令・強制
→管理関係(本来は私法関係だが公共の福祉の観点から特別の扱いがなされる)
ex. 帰化の出願、 公害防止協定の締結
 私法 → 私人間の関係
 
◎公権と私権の違い → 公法領域では私権とは異なる公権の存在が予定されていた
・国家的公権として下命権・強制権・形成権 etc.
・個人的公権として自由権・受益権・参政権
ex. 官吏の俸給請求権、恩給受給権
 
・戦前 : 行政裁判所と司法裁判所の二つの訴訟管轄があったので、どちらの裁判所に係属するかどうかを決定するうえで、公法私法二分論の実益があった
 
 
 
 
 
 
・戦後 : 行政裁判所の廃止と、日本国憲法76条と裁判所法3条によって「一切の法律上の争訟」が司法裁判所に属することになって、公法私法二分論の妥当性が疑われた
 
 
 
 
 
1.2 戦後の公法私法二分論 
 
・伝統的学説(田中)は公法私法二分論は戦後も有効であるとした
・行政事件訴訟特例法(1948年)、行政事件訴訟法(現行法、1962年)も、公法私法二分論を前提としているようであった
 
 
 
 
 
 
・行政事件訴訟法3条1項「公権力の行使」(抗告訴訟との関連で)
・行政事件訴訟法4条 「当事者訴訟」とは(中略)、「公法上の法律関係に関する訴訟をいう」
 
1.3 公法私法二分論批判 
 
・現在の通説は、公法私法二分論を否定する
→ 公法の特殊性を強調しすぎるのは実定法の趣旨を見誤らせる
 
2 判例に見る公法と私法二分論(塩野p30〜38、40〜43)
 
(1) 明示的に公法と私法の区別を前提としているもの
 
・現業公務員の勤務関係は「基本的には、公法上の規律に服する公法上の関係である」(最高裁昭和49年7月19日第2小法廷判決、民集28巻5号897頁、行政百選判例7事件)
 

判例@ 最高裁平成元年6月20日第3小法廷判決(百里基地訴訟、民集43巻6号385頁)
 
 自衛隊の基地建設を目的とする土地売買契約は、憲法9条に違反しないかどうかが争われた事例
 
 「憲法9条...は、私法的な価値秩序とは本来関係のない優れて公法的な性格を有する規範であるから、私法的な価値秩序において、右規範がそのままの内容で民法90条にいう『公ノ秩序』の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営むということはな」く、「私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範によつて相対化され、民法90条にいう『公ノ秩序』の内容の一部を形成する」
 「自衛隊の基地建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であつたとはいえない」

 
(2) 公法と私法の区別にはふれず個々の法令解釈によっているもの
 
会計法30条の短期の消滅時効
 
・「会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど行政上の便宜を考慮したことに基づく」。安全配慮義務による損害賠償責任の消滅時効期間は民法167条1項の10年と解すべき(最高裁昭和50年2月25日第3小法廷判決、民集29巻2号143頁、行政判例百選37事件)
 
公営住宅の利用関係
 
・「公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである。」(最高裁昭和59年12月13日第1小法廷判決、民集38巻12号1411頁)
 
公法上の期間?公法上の住所?
 
・公職選挙法3条6項5号の『少くとも7日前に』の意味は、選挙期日の前日を第1日として逆算して7日目に当る日以前を指す」(民法140条と同じく期日の計算について初日不算入を指示した判決)(最高裁昭和34年6月26日第2小法廷判決、民集13巻6号862頁、行政判例百選35事件)
・「選挙権の要件としての住所は、その人の生活にもつとも関係の深い一般的生活、全生活の中心をもつてその者の住所と解すべく、所論のように、私生活面の住所、事業活動面の住所、政治活動面の住所等を分離して判断すべきものではない」(最高裁昭和35年3月22日第3小法廷判決、民集14巻4号551頁、行政判例百選34事件)
 
民法と建築基準法
 
・「防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる」という建築基準法65条は、「建物を建築するには、境界線から50センチメートル以上の距離を置くべきものとしている民法234条1項の特則を定めたもの」である(最高裁平成元年9月19日第3小法廷判決、民集43巻8号955頁、行政判例百選8事件)
 
民法108条(双方代理の禁止)の適用
 
・「普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約の締結には,民法108条が類推適用されると解するのが相当である。そして,普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表するとともに相手方を代理ないし代表して契約を締結した場合であっても同法116条が類推適用され」る(最高裁平成16年7月13日第3小法廷判決、民集58巻5号1368頁、行政判例百選5事件)
 
民法177条(第三者への対抗要件としての登記)の適用
 

判例A 最高裁昭和28年2月18日大法廷判決(民集7巻2号157頁、行政判例百選9事件)
 
 自作農創設特別措置法によりY(農地委員会)が、登記上の所有者Aを相手方として農地買収処分を行ったところ、既にAからXに農地の所有権の移転がなされていた。真実の所有者XはYに買収の取消しを求めた
 
「私経済上の取引の安全を保障するために設けられた民法177条の規定は、自作法による農地買収処分には、その適用を見ないものと解すべきである。されば、政府が同法に従つて、農地の買収を行うには、単に登記簿の記載に依拠して、登記簿上の農地の所有者を相手方として買収処分を行うべきものではなく、真実の農地の所有者から、これを買収すべき。」


判例B 最高裁昭和31年4月24日第3小法廷判決(民集10巻4号417頁、行政判例百選10事件の事実の概要部分)
 
 Aから不動産をXが取得したが、Y(税務署長)が登記にしたがって問題の不動産をAから差押えて登記をした。この場合、Yの登記はXに対して対抗力を認められるか
 
 租税の強制徴収において、「租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても民法177条の適用がある」

 
(3) 公権について
 
・公権は公に設定された公法上の権利であるから、私法上の権利と異なり、譲渡性がないとか相続の対象とならないという議論があった
 
恩給担保
 
・恩給金の受領を債権者に委任し、債権者が受領した恩給金を債務の弁済にあてると同時に、委任契約を解除するという契約は、実質的に恩給担保であり恩給法の脱法行為として無効(恩給法11条3項は恩給受給権の譲渡・担保・差押を禁止していた)(最高裁昭和30年10月27日第一小法的判決、民集9巻11号1720頁、行政判例百選17事件)
 
生活保護受給権
 
・生活保護法の規定に基づき国から生活保護を受けるのは反射的利益ではなく法的権利であり、「被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし、相続の対象ともなり得ないというべきである。」(最高裁昭和42年5月24日大法廷判決、民集21巻5号1043頁、行政判例百選18事件)
 
議員報酬請求権
 
・「普通地方公共団体の議会の議員の報酬請求権は、公法上の権利であるが、公法上の権利であつても、それが法律上特定の者に専属する性質のものとされているのではなく、単なる経済的価値として移転性が予定されている場合には、その譲渡性を否定する理由はない。」報酬請求権は譲渡できる(最高裁昭和53年2月23日第1小法廷判決、民集23巻1号11頁)
 
(4) 取締法規違反の私法行為と、統制法規違反の私法行為
 
・無免許業者(行政法に反した)との取引が私法上無効になるか?という問題
→判例は取締法規統制法規とで区別している
 
・取締法違反の私法行為(食品衛生法21条の許可を受けない食肉販売)は、食品衛生法は取締法規にすぎないので無効ではない(民法90条に違反しない)(最高裁昭和35年3月18日第2小法廷判決、民集14巻4号483頁、行政判例百選12事件)
・臨時物資需給調整法による配給統制のもとでの、無資格者による煮干し鰯販売は(要は戦後の配給制のもとでの闇取引)、 臨時物資需給調整法は無資格者による取引の効果を認めない趣旨であり、強行法規であるので、無効である(最高裁昭和30年9月30日第2小法廷判決、民集9巻10号1498頁、行政判例百選13事件)
・独禁法19条に違反した契約の私法上の効力については、その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として、同条が強行法規であるからとの理由で直ちに無効であると解すべきではない(最高裁昭和52年6月20日第1小法廷判決、民集31巻4号449頁、行政判例百選14事件)
 
3 結論 
 
・最高裁は依然として公法私法二分論をとっているように思える。しかし、公法という語を用いないことも多い。
・訴訟法、実体法とも公法私法の区別があること自体は否定できないのではないか
 
「公法領域と私法領域は、その境界線を明確に引くことはできないし、両者のあいだに質的な差異があるとまではいえないとしても、だからといってその根幹部分における基本的な特徴を語ることの意義は失われるものではない」(櫻井=橋本、行政法p9)
 
       次回の講義は「行政法の法源」「行政法の基本原理」、大橋p21〜62