行政法I第5回 「行政法の法源」  ※大橋p40〜42、60〜62
 
正木宏長
1. 特別権力関係論(公法私法二分論の続き)(塩野p38〜40)
1.1 伝統的行政法学の説明 
 
一般権力関係
 → 通常の公法上の権力関係。国に対する納税者たる国民の地位や、許認可関係
 
特別権力関係
 → 公的な目的を達成するために、法律上の原因によって一方(国)が包括的な支配権で他方を支配する関係
ex. 国公立学校(含む、旧国立大学)の学生、国家公務員、収監者
(現在の国立大学法人の学生の在学関係は、特別権力関係ではないと解されている。(塩野p41注(3))
 
・特別権力関係においては、内部の規律保持のためにする懲罰・懲戒について、司法審査を認めるべきではないとされた
 
1.2 現在の批判論 
 
・現在の通説は特別権力関係の存在に否定的である。
・内部秩序維持の必要性があるにせよ、ただちに法治主義の原則の適用が排除されると解釈してもよいのか?裁判的救済が全く与えられないのは、人権の保障に欠けることにならないか?
・そもそも、公法上の特別権力関係という言葉で説明する必要があるのか?
 
1.3 判例 
 

判例@ 最高裁昭和29年7月30日第3小法廷判決(民集8巻7号1501頁)
 
 教授会を妨害した学生Xに放学処分が下された。処分を裁判で争うことはできるか?
 
 府立大学の懲戒権者である学長が「学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、その決定が全く事実上の根拠に基かないと認められる場合であるか、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当である。」放学処分は裁量の範囲内である。


判例A 最高裁昭和52年3月15日第3小法廷判決(民集31巻2号234頁、行政判例百選153事件)
 
 教授会から授業担当停止措置を受けた教授Aの授業を受け続けた学生Xが、別の代替授業を履修するようにとの大学の指示を無視して、Aの授業を受け続けて、Aの試験を受け、大学に単位認定を求めた事例
 
 「一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならない」。「大学は、国公立であると私立であるとを問わず、(中略)、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成している」。「単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであつて、裁判所の司法審査の対象にはならない」。 

 
 → 最高裁は大学の在学関係について、特別権力関係という言葉は使わず、特殊な部分社会としている
 
※議会による議員の懲罰

判例B 最高裁昭和35年10月19日判決(民集14巻12号2633頁、行政判例百選152事件)
 
 村議会で議事を混乱させ、出席停止の懲罰を受けた議員Xが懲罰の無効を主張した。
 
 裁判所法3条の「一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争という意味ではない。」法律上の係争の中には「その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。けだし、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。」
(議員の除名は訴訟の対象になるとする先例とは趣を異にするとしたことには注意)

 
2 行政法の法源(塩野p61〜71)
 
・「行政法の法源とは、行政の組織及び作用並びにその統制に関する法の存在形式をいう」(田中上巻p55)
 
・法が成文の形式をとるかとらないかで、「成文法源」と「不文法源」の区別がある
 
成文法源:憲法、条約、法律、命令、条例
不文法源:慣習法、判例法、法の一般原則
 
・行政法では「成文法主義」をとる
→ 例えば、警察行政や租税行政では、国民の権利自由の保障のため、行政権の発動根拠・基準・限界を明確にする必要がある
 
2.1 成文法源 
 
(1) 憲法
 
・行政の組織作用その統制の基本原則を抽象的に定めている
・憲法が直接に行政作用の法源となることもある
 
・憲法38条1項(自己に不利益な供述の強要の禁止)は純然たる刑事手続以外の実質的な刑事責任追及のための手続にも及ぶ。(最高裁昭和47年11月22日大法廷判決、刑集26巻9号554頁、行政判例百選109事件)(詳細は行政調査の講義にて)
 
・憲法29条3項を根拠にして(損失)補償請求する余地が全くないわけではない(最高裁昭和43年11月27日大法廷判決、刑集22巻12号1402頁、行政判例百選260事件)(詳細は損失補償の講義にて)
 
 「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。」しかし、行政手続には刑事手続と性質において差異があり、成田新法3条1項が憲法31条の法意に反するものということはできない(最高裁平成4年7月1日大法廷判決、民集46巻5号437頁、行政判例百選124事件)
 
(2) 条約
 
・条約のうち国内行政に関するものは行政法の法源として機能する
・条約のうち国内法律の制定を予定しているものは、国内法の定めによって初めて私人を拘束する規範が定立したことになる
ex. オゾン層の保護に関するウィーン条約 → 特定物質の規制等によるオゾン層保護に関する法律
 
(3) 法律
 
・行政法の法源のうち、もっとも重要なものは法律
 
(4) 命令
 
・行政権によって定立される法規 : 政令、省令、規則 →詳細は行政立法の講義にて
 
(5) 条例、規則
 
・地方公共団体によって定立される法規 : 条例、規則
 
2.2 不文法源 
 
(1) 慣習法
 
・行政上の法律関係についても、慣習法が成立する余地はある
 

判例C 最高裁昭和32年12月28日大法廷判決(刑集11巻14号3461頁、行政判例百選49事件)
 
 法令の公布は官報によると、かつて公式令で定められていたが、公式令廃止後、法令の公布は官報によるということが、慣習法かどうかが争われた事例
 
 「法令の公布は官報によるとの不文律が存在しているとまでは云いえないことは所論のとおりであ」る。「しかしながら、公式令廃止後の実際の取扱としては、法令の公布は従前通り官報によつてなされて来ている」。「法令の公布は従前通り、官報をもつてせられるものと解するのが相当であつて、たとえ事実上法令の内容が一般国民の知りうる状態に置かれえたとしても、いまだ法令の公布があつたとすることはできない。」

 
・法律による行政の原理が強く支配する分野では慣習法は成立しがたい
 
(2) 判例法
 
(3) 行政法の一般原則
 
・ 比例原則、平等原則、信義誠実の原則、禁反言の法理、政府の説明責任といった
行政法の一般原則も不文法源となる(詳細は「行政法の一般原則」の講義で)
 
2.3 行政法の解釈 
 
・法律の条文は、必ずしも明解ではないので、解釈が必要となる
 ex. 文理解釈、論理解釈、目的論解釈
・行政法の条文は、法律の目的実現のための道具の一つである
→ 条文の解釈にあたっては、その条文の字句に沿った解釈を心がけるだけでは不十分で、法律全体の仕組みを理解し、その仕組みの一部として条文を解釈していくことが必要
→ 「仕組み解釈」
・個別行政法律の仕組みは、条文相互の技術的調査だけでは十分理解できない
→ 法律の目的規定に注目
・法律の最終解釈権は裁判所にあるが、行政機関の行う一次的な法解釈も重要
→ 解釈通達、内閣法制局意見
 
3. 行政法の効力 (塩野p72〜75)
3.1  時間的限界
 
・法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。ただし、法律でこれと異なる施行期日を定めたときは、その定めによる(法の適用に関する通則法2条)。実務上は法律で施行の日を定めるのが通例
 
 訴願に対する裁決が12月になされ(この時点で出訴期間は6ヶ月だった)翌年5月に出訴したが、12月26日の自作農創設特別措置法で、出訴期間は1ヶ月に変更され、改正前の処分は一律に昭和23年1月26日までに出訴しうると規定された場合について、最高裁は「刑罰法規については憲法第39条によつて事後法の制定は禁止されているけれども、民事法規については憲法は法律がその効果を遡及せしめることを禁じてはいない」として、自作農創設特別措置法は憲法に違反しないとした(最高裁昭和24年5月18日大法廷判決、民集3巻6号199頁)。
 
→ 不利益的効力を持つ法律の遡及的適用は許されないと解するべき
 
3.2 地域的限界
 
・国家機関 → 日本国の領土・領海・領空
・地方公共団体 → その区域
 
 北海道海面漁業調整規則36条(漁業権又は入漁権によらないさけ刺し網漁業を禁止する規定)は「何らの境界もない広大な海洋における水産動植物を対象として行なわれる漁業の性質にかんがみれば」日本国民が「わが国領海および公海と連接して一体をなす外国の領海においてした本件規則36条に違反する行為をも処罰する必要のあることは、いうをまたない」。本件規則と罰則は日本国民がかかる外国の領海において営む漁業においても適用される(最高裁昭和46年4月22日判決第一小法廷判決、刑集25巻3号451頁、行政判例百選55事件)
 
・条例は、規律の対象が区域内の行為・物であれば、行為の主体・物に対する権利者が住民でなくても、効力を有する
 
 長野県民が新潟県で公安条例違反の示威行進をした事案について、最高裁は、条例制定権は「直接憲法94条により法律の範囲内において制定する権能を認められた自治立法にほかならない。従つて条例を制定する権能もその効力も...法律の範囲内に在るかぎり原則としてその効力は当然属地的に生ずるものと解すべきである。それゆえ本件条例は、新潟県の地域内においては、この地域に来れる何人に対してもその効力を及ぼすものといわなければならない」と判示した(最高裁昭和29年11月24日大法廷判決、刑集8巻11号1866頁)
 
3.3 人的限界(田中上巻p66〜p67)
 
・天皇
・治外法権を享有する外国の元首・外交官・領事官
・アメリカ合衆国軍、国連軍
・外国人について特別の定めがなされることがある