行政法I第6回 「行政法の基本原理」 ※大橋P21〜59
正木宏長
1 法律による行政(塩野p76〜p90)
1.1 法律による行政の原理 
 
・法治国 → 法律に従って行政が行われる国
・かつてのドイツでは、自由と財産に対する行政の侵害は、法律に基づいて行われなければならないとされた(形式的に法律を要求していただけだった。形式的法治国
 → 法律の内容も正しいものであることが要求され、実質的法治国の概念が現れた
 

※O・マイヤーの「法律の支配」論(藤田総論p52〜60、小早川上81〜96)
 
(1) 法律の法規創造力
 → 法規(人民の権利義務についての一般的な定めという意味)は法律によってのみ作り出すことができるということ。
 → 人民の権利能力を一般的に規律するには議会の法律によることが必要(一般的規律の定立の立法権独占。法律によらない勅令等で権利能力が規定されることはない)
 → 委任立法には法律の委任が必要
 
(2) 法律の優位
 → 行政の意思(省令・通達・職務命令など)よりも、議会の意思(法律)が優先されるということ。行政は法律に従わなければならない
 
(3) 法律の留保
 → 一定の行政作用(とりわけ自由・財産への侵害)については個別の法律の根拠が必要だということ

 
 
1.2 法律の留保 
 
・法律によらなければ何かをしえないという意味
 

※ 侵害留保の原則
・最も早く成立した説。「人民の自由・財産への侵害」には法律の規定が必要とされる
・国家活動が財政を維持し、社会の秩序を維持するという夜警国家の時代には自由主義的理念に適合的な理論であった。
・基本的人権も自由と財産だったので基本権思想にも適合的
 
 憲法84条は「国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したもの」(最高裁平成18年3月1日大法廷判決、民集60巻2号587頁、行政判例百選27事件)(強制加入の国民健康保険の保険料の徴収についても憲法84条の趣旨が及ぶとされた事例)


 
※ 法律の三つの種類
 
組織規範 → 行政機関の組織・事務配分に関する定め、 →XX省設置法
規制規範 → 行政機関が何かをし得ることを前提に適正化のために規範を設ける
ex. 「補助金適正化に係る予算の執行の適正化に関する法律」
      →国が補助金を支出できることを前提に、適正化のための方策を定めている(補助金の定義や、申請・返還の手続など)
 
根拠規範 → ある行政作用が組織規範の所掌事務に含まれていることを前提に、さらに別に活動の根拠として求められる規範

 
・「法律の留保」の議論で、必要とされる「法律」とは根拠規範である
 
ex.  いかに、伝染病が危険だといっても、厚生労働省設置法の所掌事務規定(組織規範)だけで厚生労働省が患者を強制入院させることはできない。
→ 強制入院は人民の自由の制限だから法律の根拠が必要
→ 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律19条で勧告を行った後、都道府県知事が、感染症患者を特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関に「入院させることができる」と定めている。
 
(1) 侵害留保説
 
・ 通説・実務である侵害留保説によると、法律の留保が必要なのは人民の自由・財産の侵害となる行政活動を行う時である
 → 国民に財産を与える補助金交付には法律の根拠を要しないということになる。
 
(2) 全部留保説
 
・日本国憲法の民主主義の原理から行政へのコントロールが必要
・全ての行政活動に法律の留保が必要だとする説
→ ex. 補助金交付や行政指導にも法律が必要
 
※全部留保説への批判:根拠規範がなければ行政は活動できないというのであれば、変化する行政需要に対応できない。議会の能力には限界がある
 
(3) 権力留保説
 
・ 一方的・権力的な形式で私人の権利義務を変動させるには法律の根拠が必要だとする説。
・この説が侵害留保説と異なる状況になるのは権力的な行為形式で私人に利益を与える時
 ex. 補助金交付決定という行政処分形式で給付を行うには法律の根拠が必要
 
(4) 重要事項留保説 (本質性理論)
 
※まとめ
 
諸説あるが、侵害留保説は今日でも妥当ではないか(塩野)
 
 塩野は、侵害留保説によりつつ、国民の将来の生活を規定するようなもの(例、国土開発計画)には、わが国の民主的統治構造との関係からして法律の根拠を要するとする。経済計画のようなものが法律の根拠を得ないまま実際上通用しているのが問題だというのである。
 

判例@ 最高裁判所平成3年3月8日第2小法廷判決(民集45巻3号164頁、行政判例百選106事件)
 
 町が、河川航行の障害となるヨットの不法係留杭を強制撤去したことが争われた事例
 
 町は漁業管理規定を定めておらず、漁港法上の不法設置工作物の撤去権限は県知事にあるので町長は無権限である。だが、町長が「本件鉄杭撤去を強行したことは、漁港法及び行政代執行法上適法と認めることのできないものであるが、右の緊急の事態に対処するためにとられたやむを得ない措置であり、民法720条(正当防衛・緊急避難の規定)の法意に照らして」本件支出の違法性は認められない

 
2 法の一般原理(塩野p91〜95)
2.1 行政活動への民法の適用 
 
・民法は私人間を規律するものであるが、行政活動にも妥当する一般的な原理が含まれている
・期間(民法138条〜143条)の規定
 
・初日不参入の規定も行政法に適用される(最高裁昭和34年6月26日第2小法廷判決、民集13巻6号862頁、行政判例百選35事件)(公法と私法の講義で紹介した)
・信義誠実原則・権利濫用の禁止(民法1条2項、3項)の原則も行政法に適用される
 

判例A  最高裁昭和62年10月30日第3小法廷判決(判例時報1262号、行政判例百選28事件)
 
 税務署が事業所得について青色申告によって課税していたものを(税務署長の正式の承認を受けていなかった)、白色申告とみなして更正処分をしたことが信義則に反するのではないかと争われた事例
 
 「租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するというような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。」(なお、最高裁は本件では信義則の適用を否定した)


判例B  最高裁昭和56年1月27日第3小法廷判決(民集35巻1号35頁、行政判例百選29事件)
 
 村が工場を誘致しておきながら、その後、村長の交替により、方針を変更して工場建設を認めなかった(建築基準法施行規則2条の規定に違反して建築確認申請書を県知事に送付しなかった)ことが争われた事例
 
 施策が具体的で特定の者に特定の活動を促し、かつ相当の長期の活動を前提とするものであれば、その特定の者は施策が活動の基盤として維持されるものとして信頼して、準備活動にはいるのが通常である。「右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。」

 
 最高裁平成19年2月6日第3小法廷判決(民集61巻1号122頁、行政判例百選31事件)は、厚生労働省が、在外被爆者には被爆者援護法等による健康管理手当の支給をしないとする通達を発していたが、通達を廃止したという事案である。X(在外被爆者)はY(県)に対して、手当の支給を求めたが、Yは消滅時効による失権を主張した
 最高裁は、県が「消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない。」として、消滅時効の主張は信義則に反し許されないとした
 
2.2 比例原則 
 
元々は警察法領域の原則として形成されたが、行政法一般の原則となった
 
「警察比例の原則」の内容
・必要性の原則 → 違反状態の是正のために必要なものでなければならない
・比例原則  → 目的と手段が比例していなければならない(過剰規制の禁止)
 
・かつての通説では警察の裁量権の条理上の限界として「警察消極目的の原則」「警察責任の原則」「警察公共の原則」「警察比例の原則」が主張されていた。その一部が行政法の一般原則になった
 
警察公共の原則 → 警察権は公共の安全と維持に直接関係のない私生活や民事関係には及ばない


2.3 平等原則 
  
 
・日本国憲法14条により、私人に対して平等取扱いが求められる。
 

判例C 最高裁平成18年7月14日第2小法廷判決(民集60巻6号2369頁、行政判例百選162事件)
 
 Y町は別荘の給水契約者とそれ以外の給水契約者との間で基本料金に格差を設ける簡易水道事業給水条例を制定した。Y町の住民ではないがY町に別荘を有していたXは、Y町の簡易水道事業給水条例は、差別にあたると争った。
 
 地方自治法244条3「項が憲法14条1項が保障する法の下の平等の原則を公の施設の利用関係につき具体的に規定したものであることを考えれば,上記のような住民に準ずる地位にある者による公の施設の利用関係に地方自治法244条3項の規律が及ばないと解するのは相当でなく,これらの者が公の施設を利用することについて,当該公の施設の性質やこれらの者と当該普通地方公共団体との結び付きの程度等に照らし合理的な理由なく差別的取扱いをすることは,同項に違反するものというべきである」
(料金格差を設ける水道水給水条例が違法であるとされた)

 
2.4 その他の一般原則(宇賀Ip59〜62) 
 
・「透明性とアカウンタビリティの原則」(行政手続法1条、情報公開法1条)
・「必要性・有効性・効率性の原則」(行政機関が行う政策の評価に関する法律3条1項)
・「行政の公益適合原則」(地方自治法232条の2)
 
 次回は「行政組織法の一般理論」大橋p391〜436の範囲