だいきちの「名馬物語」

第25回 ライスシャワー 〜天国からのメッセージ〜
 京都競馬場、天皇賞当日-ライスシャワーの慰霊碑の前には、たくさんの人達が手を合わせたり、花を手向けたりしていた。
 「おい!」
 …ん?誰かに呼びとめられたような気がするけど、気のせいかな?
 今回は前にも書いたのだが、天皇賞を現場まで見に行ったのを機会にもう1度ライスシャワーについて書い…
 「おい!聞こえないのかよ!?」
 …何ですか、さっきから。人がこれからライスシャワーについて語ろうと言うのに。…うわっ!
 「今回はオレの話なのか。じゃあ、オレも話に混ぜてくれよ!」
 ひぇぇ…。ラ…、ライスシャワーさんじゃないですか…。
 「さぁ、話を始めようじゃないかっ!あぁ、それから『さん』はつけなくていいから。」
 
 ライスシャワーと言えば、ステイヤーの代名詞的存在で、菊花賞と天皇賞(春)を2勝というG1成績をあげている。
 「菊花賞→天皇賞(春)の連勝劇はオレもホントにうれしかったなぁ…。もっとも関西のファンには嫌われてたんだろうけどな。その2戦で負かした相手が、3冠を目指していたミホノブルボンや、天皇賞(春)3連覇を目論んでいたメジロマックイーンだったんだからな。…でも、これはオレ1人…、いや1頭の力じゃないと思うんだ。やっぱり鞍上の的場さんの力と言うのもあったんだと思うな。あの人は『今日の相手はこの1頭!』って思ったときは、その馬をきっちりマークして、バッサリと切り捨てるからねぇ。グラスワンダーが勝ったときの宝塚記念にしても、そう言うレースだったよな。あの時、的場さんは『今日の相手はスペシャルウィークただ1頭!』って決めてかかってたんだと思うよ。」

 2回目の天皇賞(春)の復活劇は見事だった。ただ、それが結果としてあの宝塚記念の出走へとつながったのなら…。
 「しばらく勝てなかったからなぁ…。自信もドンドンなくなっていってたよ、あの時は正直言って。でもさぁ、それでも応援してくれるファンがいてくれたってことは嬉しかったよ。いつかはその気持ちにこたえてあげられたらって。」
 で、あの3角捲りが…
 「きっと的場さんもこのままでは終われないと思っていたんじゃないかな。オレの実力を信じてくれたんだろうな。もっとも普段やってないレースぶりだったから最後はヘロヘロになっちまったけどね。でも、嬉しかったよ。まだオレはやれるんだ、って。それに、オレは自分がその次のレースであんなことになるなんてあの時点ではわからなかったんだから。」

 確かにそうである。自分の未来など決してわかるものではない。時としてそれがわかればいいと思うこともあるが、特にこういう場合には強く思う…。ただ、ワタシ1人がわかったとしてもそれはどうすることもできないけれど。
 そして宝塚記念のゲートは開いてしまう。ワタシは実はこのときのレースを見ていない。勝ったダンスシアトルと2着に入ったタイキブリザードとの馬連馬券を1点で持っていた私は1着・2着を聞いた時点で喜んだが、その次の瞬間に、そのアクシデントを聞いた時点で固まってしまった。馬券を取っても素直には喜べないこともあるということをこのとき初めて知った。
 「確かにそうだよなぁ。その当事者であるオレがこんなことを言うのは何だけど、やっぱりアクシデントの方が強く残るもんだよな。サイレンススズカの時だってそうだったんだろ?」
 オフサイドトラップの「名馬物語」でも書いたことであるが、やっぱりああいうアクシデントがあると、どうしても勝った馬よりもアクシデントにあった馬のほうが印象に残ってしまうものである。
 「でも、これもまた競馬だからな。オレみたいなG1ホースでも、名も知られない馬にしても競馬をやっている限りはこういうことからは逃れることはできない。みんなもこういう事実からは目は背けないでもらいたいものだよ。忘れないでもらいたいよな、競馬には時としてものすごくシビアな現実がついて回ってるってことを。」

 ワタシはきっと忘れないと思う。競馬には明るく楽しい面だけしかあるわけではないということを、こういう暗く寂しい側面だってあるということも。ワタシはライスシャワーの事故からしばらくして起こる、ホクトベガのドバイWCでの事故でそれを思い知らされた。
 「こう言うことがあるというのにどこかで気がつかないとだめなんだと思う。それに気がついてもらえないと、今まで死んでいった馬達が浮かばれないだろう。絶対にみんな忘れないでくれ、他の馬達も言ってるかもしれないし、だいきちや他の人達も書いてるんだろうけどな。あっ、最後にもう1つだけ…、慰霊碑に来てくれた人みんな、本当にどうもありがとう。まぁ、たまにはオレだけじゃなく他の予後不良になった馬達のことも思い出してやってくれ。どんな形ででもいいから…。」
 ライスシャワーの姿はそれっきり見えなくなってしまった。

 これも前に書いたことなのでちょっと申し訳ないのだが、予後不良になって死んでいく馬達は「自らの死をもって競馬に関するシビアな現実を伝える」という使命を課せられたのかもしれない。われわれはその課せられてしまった使命をむだにしてしまってはいけないのだ。

 そう言えば、ライスシャワーに1つだけ聞くのを忘れていたことがあったのを、今になって思い出した。
 「天国ではみんな元気にしてますか?」
 ライスシャワーは何と答えてくれたんだろう…。

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