my favorite その1
 つれづれなるままに・・・さっかーさっかー(にやり) 

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    1999年7月25日 「8月の楽しみ方」                                                        

  もうすぐ8月です。8月といえばサッカーの面白い季節!!・・・そう。このサッカーは若い子たちのサッカーです(笑)

  インハイ、クラブユース、全日本少年大会、SBS杯etc。大きな大会が目白押し!

  インハイは、友人のTちゃん一押し!!の奈良育英(^^)今年も応援しています。去年のチームよりも全体的に良いということなので(良い新人が入ったとのこと!)この夏も期待!!がんばれ、北本、西島! 埼玉は武南!一昔前のあの強さよもう一度!(上野くん(マリノス)がいたころは埼玉といえば武南だったなあ・・・。彼も高校1,2年生のころは坊主でしたね(^^;))あとは噂の市船の羽田!見たい!

  クラブユースは、友人Aちゃんの一押し!市原ユース!!(^^)佐藤寿、阿部に大期待!! 

  1試合でも見に行きたい、と思っているのですが・・・。

  SBS杯は、U−18、静岡選抜。特にU−18は次回のワールドユースを戦う基盤になる選手達なので楽しみ!2006年、2010年の星がこの中から出てくるかもしれません。そんなことを楽しみに思いながら試合を見ることができるのがこういう大会の醍醐味というところでしょうか・・・。(笑)

  そういえば、あるテレビ番組で伸二が小学生の頃の試合のビデオが流れたのですが、小さい頃からさすがに「巧い!」と思わせるドリブルで10番を付けた伸二が突破を図ろうとしたところを、相手チームの10番がカットして、伸二のお株を奪うドリブルで独走というシーンがありました。その相手チームの10番は誰であろう「タカ」だったのですが(^^)このビデオを撮っていた人はまさか将来この両10番がプロのJリーガーとして日本を背負うようになるとは思わなかったことでしょう。それにしても・・・この頃から二人はライバルだったのだよな。(^^)

  Jリーグも楽しいけれど、こんな身近なサッカーも楽しいです(^^)  

  さあ、この夏は私ももう少しフットサルが上手くなりたいなあ・・・(希望) 

 

    1999年7月 9日   「最終予選組み合わせ決定」   

  シドニー五輪アジア最終予選の組み合わせが決定しました。                                           

  グループ1:カタールorインド、サウジアラビアor中国、クウェート

  グループ2:韓国、中国orイラク、バーレーン

  グループ3:カタールorタイ、カザフスタン、日本   

   組み合わせを見た途端あまりに予想通りだったので「大人の世界」を感じました(^^;中国は韓国かサウジで引き受けてくれたのか・・・それだけカザフの方が強いということなのでしょうか・・・?グループを3つに分けて行う時点で(日本、韓国、サウジが一緒にならないため・・・)韓国やサウジの思惑が見え隠れしてましたが。これだけ堂々と「抽選」をされると返ってスッキリしていていいかも(^^;いつものことか・・・。

   さて毒はこのくらいにしておいて。カザフといえば、フランスW杯最終予選を思い出します。あの引き分けで監督交代になった・・・。最近では昨秋のU−19アジアユース。カザフ対韓国の準決勝は見ていた友人達が大泣きしたくらい(PKで韓国が勝利した)良い試合だったそうです。カタールもU−19はアジアユースで見ました。帰国の時にカタールチームと同じ飛行機で、監督と少しお話をしたら「日本の13番(伸二)と10番(モト)、6番(イナ)は良い選手だ」と言われました。「(カタールも)14番(ムジブ・ハーミド)は良かったですね」とお返ししましたが(^^;各国のU−22がどういう選手構成になっているのかは分かりませんが、情報戦は既に始まっています。あとはインド対タイがどうなるかにかかってきますね。やはりタイが来た方がよいのでしょうか。中東とやるよりは・・・。

  韓国と最終予選前に練習試合をするとか。やはり李東國との対決は楽しみです。U−19では東國に完敗しただけに、リベンジを期待したい!です。東國も五輪の1次予選では大活躍だったとか。東國の凄さはアジアユースで身に沁みている分、「あの東國」と戦って勝ちたい!もちろん「タカのゴール」で!!(^^)ストライカー対決が今から楽しみです。

  ・・・この話題はどうしようか悩むのですが。伸二・・・。

  伸二の手術が成功しました・・・。(この言葉をここに書くのは2度目でとても複雑な気分です)・・全治3ヶ月と聞いた時は、頭の中がまさに「真っ白」になりました。みんなの力でシドニーへ行って欲しい!と願っていた分、柱を失ってしまったような気がしました。一瞬、伸二がいないのではシドニーも危ないかも・・・。と弱気になりましたが、伸二がギプスを通常の人の半分にして欲しいと医師に頼んだ(筋力が落ちないように・・・。)という話を聞いた途端、弱気になった自分を反省しました。伸二は諦めていない!実際に戻れるかはともかくその伸二の気持ちの分もしっかり応援しなければと思いました。

  五輪の1次予選で靱帯損傷・・・・というと、やはりある選手を思い出します。・・・オグ。

  伸二の靱帯断裂が十字靱帯でなくて良かった・・・ということくらいが不幸中の幸いでしょうか・・・。

  伸二。しっかり治してまたあのワクワクするプレーを見せて下さい。がんばれ!!

  タカも調子を上げてきています。復帰後に一つ一つ結果を残してくれるそのことがとても頼もしく感じます。

  舞台は揃いました。あとは戦いを挑むだけです。みんながんばれ!! 

 

     1999年7月3日   「今に見ていろよ」                                                          

  東海CSが始まりました。緒戦、名古屋グランパス戦。雨が降りしきる磐田スタジアム。そこに高原直泰が帰ってきました。

  タカが手術をしたのが5月27日あたりだったので約1ヶ月ちょっとのブランク。手術も成功し、リハビリに励んだタカの努力が身を結びました。タカがリハビリをしていた間に五輪1次予選、そしてコパアメリカが始まりました。1次予選は全勝が当然の楽勝試合。代表を辞退したことは残念でしたがタカの身体を考えれば、今休むのが妥当だと思っていました。

  ただ、五輪、コパアメリカと代表が試合を重ねるのを見るに付け、ずっと私の中でモヤモヤとするものがありました。「そこに高原がいない」ということが寂しく、悔しいという感情です。

  「タカがいれば」というのは仮定の話である以上、本当は言葉にしてはいけないのかもしれません。でもそうやって試合を見てしまっていました。

  今日。タカが復帰しました。相手は全くのレギュラーチームのグランパス。ピクシーも平野も福田もいる。対するジュビロはレギュラーのごっそり抜けた若手チーム。状況的には不利だったかもしれません。実際押されっぱなしでした。ジュビロのチャンスはごく僅か。タカ自身もシュートは数本でした。でも、少ないチャンスをモノにする。それがストライカーです。そしてタカはストライカーでした。

  復帰ゴール。ジュビロサポの目前でキーパーの隙からゴールを決めた時は、本当に嬉しかった。

  Sサッカーでタカのインタビューがありました。

  「1次予選は参考にならない。問題は最終予選」「自分のプレーを出せれば使ってくれると信じている」

  タカらしい言葉です。

  タカサポの気持ちはやはりこれでしょうか。「今に見ていろよ」

  タカ。復帰ゴール、おめでとう!!(^^)挽回はこれからだ!!                        

 

    1999年6月28日  「最終予選出場決定」   

  シドニー五輪アジア最終予選出場が決まりました。まずは、第一関門突破です。今日のマレーシア戦は全体的にミスが多く、後半も連携が悪く課題の多い試合展開でした。伸二がいない時の打開策を真剣に考えなければいざというときにWユースのスペイン戦の二の舞になってしまいます。いろいろと問題が見つかった試合でした。

  A代表に吉原が選ばれました。まさにシンデレラボーイ。しかし、彼は自分の力でそのチャンスをモノにしました。その姿勢と努力はとても素晴らしいと思います。プロというからにはこのくらいの貪欲さと真摯な姿勢が必要です。ぜひコパアメリカで頑張って欲しいです。

 ・・・隊長は明日帰国とか・・・。大丈夫でしょうか???本当に心配です・・・・。ゆっくりして早くケガを治癒させて欲しいです・・・。

  そして、柳沢。今日、国立に着いて友人からヤナギの登録抹消の話を聞きました。はっきり言っていいたいことは山ほどあります。ただ一言だけ言わせて貰えば、彼にとっての「日本代表」とはその程度のものだったのかということでしょうか。それが一緒に戦っているメンバー、今回日本代表に選ばれなかった選手達、そしてサポーターにとってどれほどの侮辱であるかを彼自身が真面目に考えるべきでしょう。

  続々と各グループでオリンピック代表国が決まっています。カタール、クウェート、バーレーン、中国、韓国・・・。イランが敗れ、バーレーンが来たのはちょっと予想外・・・。中国は「来たな・・・」という感じでしょうか。あとはサウジとカザフあたりかな・・・。もうすぐ組み合わせ抽選です。ロサンゼルスで行うとか・・・。ぜひとも公正なくじ引きであって欲しいのですが・・・(^^;

 

    1999年6月26日  「オリンピックと言えば・・・・。」

  ★今日から五輪1次予選in日本ラウンド。

   先ずは緒戦のネパール戦。9−0という結果でした。前半の攻撃は香港戦と同じシステムでしたが、よく機能していたと思います。フィリピン戦と同じ前半だけで6得点。しかし、前半戦はフィリピン戦に比べるとずっとミスの少ない内容でした。左の伸二、右の俊輔。この組み合わせが良いということでしょう。後半、左のサイドに俊輔が入って、中に伸二と明神という形になると途端にボールが回りにくくなった気がします。最後は伸二がサイドで俊輔が中にいるようになりましたが・・・。久々に代表にイチが戻ってきました。嬉しかった(^^)。・・・後は金古くんか・・・・。

  サッカーのオリンピック予選といえばやはり前回の「アトランタオリンピック予選」が記憶に新しい所です。五輪出場を決めた準決勝、苦しいサウジとの戦い後の選手達の涙・・・。あの喜びを必ず今回のU−22でも味わいたいとそう願っています。

  私のサッカー日本代表についての最初のちゃんとした記憶は1987年のソウルオリンピックアジア予選です。あの頃はまだ武田がルーキー(?)の頃でした。(確かケガでベンチにいたような記憶が・・・・。違っていたらすみません・・・)ずっとテレビで予選を見ていたのですが、一番記憶に残っているのは、最終戦、中国との戦いです。日本は勝つか引き分けるかでソウルオリンピック出場が決まるという状況でした。テレビの前で私は手に汗握って応援していました。・・・そして、結局、0−2で負け日本はオリンピック出場を逃しました・・・・。落胆した私は親に「どうして日本は弱いの!!??」と聞いたような気がします。

  今のオリンピックチームを見る小中学生はきっと「どうして日本は弱いの!?」という問いを親にすることはないでしょう。日本のレベルが上がっているとよく言われますが、私はそんなことで「レベルが上がった」ことを実感しています。

  ★横浜マリノスのFW岡山一成選手の大宮アルディージャへのレンタル移籍が決まりました。

  岡山選手といえば、希有な道のりでプロになったJリーガーの一人です。人一倍明るいその性格からはあまりその苦労を推し量ることは出来ませんが、自身の努力あってのプロへの道だったと思います。以前に「岡山くん、アサヤン見てたよ。(プロになれて)よかったね!!」と言ったらとても豪快に「がははは!!!」と笑っていました。

  マリノスでは出場時間に恵まれたとは言えなかった分、ヨルンが抜けFWを必要としている大宮なら一成の力が役立つと思います。ぜひ、J2で活躍し大宮のJ1昇格に全力を注いで欲しいと思います。・・・もしかしたら、帰化が認められ、活躍が目立てば一成の夢だった日本代表のユニを着ることがあるかもしれない・・・。そしてタカと一緒に五輪で2トップを組むこともあるかもしれない・・・。そんなことを思った岡山選手の移籍話でした。がんばれ、一成!!

 

    1999年6月18日 「U−22 シドニー五輪アジア一次予選 グループ6 in香港ラウンド」                          

  シドニーへの道が始まりました。一次予選は全勝で当然。どれだけ点が入るかが楽しみな一方的展開になるだろうと思っていました。大体がその通りでしたね。伸二と俊輔の役割や3バックの組み合わせ等々。興味はいろいろありました。

  その中でもタカの負傷交代で入った吉原は素晴らしいアピールだったと思います。チャンスというのは与えられた時に確実にモノにしなければなりません。彼は確実にモノにしていました。一次予選ということで点が入るのは当たり前ですが、FWというのは点を取ることで評価される。そういう宿命にあるのだと思っています。平瀬も良いポジション取りでしたね。その意味でもヤナギの無得点はとても不満の残る結果でした。ヤナギのポストプレーはとても良かったと思います。彼がいてもう一人のFWが生きた。しかしそれでも自らも得点しなければFWとしては仕事をしたとはいえません。ポストプレーが大変なのは分かります。タカもWユースでその役割だったですから。自らポストプレーに徹して中盤や周りを生かす。でもタカはそれでも自ら得点をしていました。一次予選ではなくてWユースの本大会で。   

  無得点で負けた時に一番に批判されるのはFWです。それは本当に辛い・・・。でも、FWの得点で勝利した時程嬉しいことはない。

  私は得点をしたFWへの賛辞は惜しみません。MFは得点をしなくても良い動きであれば評価されるし、得点を取ればより良い評価を受けます。FWはどんなに良い動きをしても無得点では叩かれる。だから得点をしたときは最大の評価をしたい。そう思っています。

  FWの選手のサポーターはイバラの道。私はいつもこのことを心に刻んでいます。

  五輪一次予選はまだ日本ラウンドが残っています。選手の入れ替えもあるということなのでまた新しいFWが呼ばれるかもしれません。ヤナギはコパに行くかもしれないとのこと。ぜひ頑張って欲しいです。

  そして、伸二。日本という国に小野伸二がいてくれてよかった。伸二のプレーはいつも見惚れてしまいます。チームの状態が悪い時には叱咤して選手達を鼓舞する。形相が厳しく変わっていく伸二を友人達は「鬼伸二」と呼んでいます(^^;「鬼伸二」好きなんですよ。そして、ゴールを決めた後の伸二の笑顔も!4戦を通して思ったことは伸二と俊輔を同時に使うなら左に伸二、右に俊輔の方が良いのではということ。左は伸二とモトのコンビの方が意志疎通が良い。俊輔は右からのクロスの方が正確だし、酒井や明神もその方が上がりやすいのでは。最終予選ではどうポジションされるのか・・・。楽しみですね。

  次は日本ラウンド。またFWの選手の大量得点。期待しています!

 

     1999年6月6日 「U−22 福島合宿」                                                     

   今年に入って3度目に訪れた福島Jヴィレッジ。(本当は4度目・・・)タカがいたらなあ・・・とちょっぴり残念に思いつつチームの様子を知るには練習を見るのが一番!とU−22を見に行ってきました。

   トルシエと山本コーチがキリン杯でいないため、サミアと西村コーチが代わって指揮していました。それでも、根本的な練習の様子は全く変わらず。サミアが戦術を教えそれを西村コーチが日本語でフォロー。やっているのも基本はU−20でやっていたことと同じ。やはり今はほとんどが攻撃の反復練習でした。(それと同時に3バックも練習)ビブス組となし組の二組に分けてそれを左右の攻撃としてまた二つに分けたような形でした。

  8日にここから5人が外されます。U−20の時は見学中にも大体誰が外されるのか察することが出来たのですが、今回は察することが出来ませんでした。選手の質自体も上がっているとは思いますが、やはり誰もが「オリンピックに出たい」という気持ちがあると思います。真剣に必死にアピールする姿を見ていると「全員」を行かせてあげたい所ですが・・・そこはスポーツ。厳しい戦いに勝ち抜いた者が選ばれる。

  私の目はやはりFWの動きを厳しく見てしまいます。この中でタカならどう動いたか・・・・。練習でも試合でもそれを考えながら見ています。

  今日、動きの良かったのは、稲本と酒井。サミアに褒められまくってました(^^)酒井くんには絶対U−22に残って欲しい!がんばれ!そして、イナ。帰ってきました〜。全快のイナが!!今日のプレーもキレてました。イナの力強いプレーはいつ見ても惚れ惚れしますね。伸二とモトはいつも通り(^^)誰よりも早く一番にやって来て二人でパス交換。本当にサッカー好きなんだなあ・・・と微笑ましくなってしまいます。   

  お昼に終わった練習後、「キリン杯を見るから会議室に集まれ」と西村コーチがいっていたので彼らは今日のキリン杯を見ていたでしょう。さて、今日のA代表を彼らはどう思ったでしょうか。少なくとも私にはA代表がトルシエのサッカーをしていたようには見えませんでした。3バックだけがトルシエサッカーではありません。トルシエサッカーの醍醐味は攻撃。その連携の形が見えてない。「前に当てて、下げて、はたく、上がって、入れる」簡単に言うならこれだけです。しかしこれだけのことを様々な形で練習をする。U−20がナイジェリアで見せた攻撃は何度も何度も何度も何度も練習に練習を重ねたその成果です。そこにバリエーションが生まれる。その形が今日のA代表にはなかった。トルシエが試合後の記者会見でユースと比較して言っていたのはその辺のこともあるのだろうなと思いました。・・・まあA代表は短い練習時間で結果を出さなければいけないので仕方ないのですが・・・。それでも結果を出すのがA代表の宿命でしょう。

  もうすぐ香港ラウンドです。シドニーへの道が始まります。          

 

    1999年6月4日 「20歳」                                                               

  タカが二十歳を迎えました。私たちがこうして高原直泰という選手を応援できるのも、これまでタカを育てて下さったご両親、そして周囲の様々な方々のおかげだと思います。本当にありがとうございます。

  タカは10代という時間を全力疾走で駆け抜けてきたような気がします。タカのプロフィールを作りながら「サッカーエリート」という言葉が浮かんだくらいです。でもその影にはいろんな苦悩や葛藤もあったろうと思います。それでも彼がサッカーを続けてきてくれたおかげで私たちは最高の喜びや悔しさを味わい貴重な時間・・・特にサッカー界という中において・・・過ごしていけるのだと思います。

  20代は試練の時です。いろんなことをタカは経験することになるでしょう。それは幸せな時も不幸な時もあります。それでももっともっと大きくなっていくタカが、サッカー選手としてビックになっていくタカが見たい。いや、見せてくれる。そんなことを想像するだけでとても楽しみになってきます。例えば、数年後。海外のチームから日本代表の試合に出場するためタカが帰国してくる。その姿を応援に行く。・・想像しただけでも良いですね(^^)

  まずは、今年。20歳の時をいつでも最高の時間で過ごして欲しい。それが願いです。

  タカ。誕生日おめでとう。

  ・・・・・なんてエラそうなこと言ってますが、数年前・・・自分が二十歳の時なんてただのフラフラした大学生でしたよ・・・・。本当、タカは凄い(^^;

 

    1999年5月28日 「関節三角骨障害について」                                                   

  タカの手術が成功しました。左の足首は前々からのタカの持病であったようです。一般に「ねずみ」と呼ばれるものはサッカー選手ではよくある怪我です。昨シーズン伸二もやってましたね。(・・あのときは確か手術はしなかったような・・・・?)とりあえず、今後のこともよく考慮して磐田(桑原監督)もタカも決断したようですし、じっくり安静にして治して欲しいです。せっかくなので今年に入ってからの疲れをとるために、タカにはゆっくり休んでもらいましょう!!(^^)

  以下は、「関節三角骨障害」についての記述です。私もしっかり知識として身につけておきたいです!

 ★フットボーラーズアンクル(inpingement exostosis 衝突性外骨腫)★

 <概要・原因>

 ●繰り返し起こる足関節の過度の背底屈により、脛骨下端と距骨が衝突し、この部に増殖性の骨変化をきたし、骨棘が形成されるといわれている。

 ●この状態をfootballer’s ankleまたはinpingement exostosis(衝突性外骨腫)という。

 ●2次的に足関節の前方や後方、内・外顆に骨棘が形成されてくる。

<症状と診断>

 ●足関節部の疼痛、特にキックやジャンプの時に痛む。

 ●可動域制限もきたし、運動能力が低下し、さらに足関節外側筋群の筋力低下により、内反捻挫を繰り返す。

 ●骨棘(骨突出)は骨折を生じやすい。骨折を生じると、疼痛はさらに増す。

 ●折れた骨片は関節遊離体となる。

 ●X線検査が必要、単純撮影で読影困難な場合は、断層撮影をするとはっきりする。

 ●最近では、3次元CTを使用すると、手に取るようにはっきりわかる。

<治療と予防>

 ●アイスマッサージ、アイシング、ストレッチ、テーピングなど一連の保存療法を行う。

 ●保存療法の効果なく、症状増悪するものは、骨棘の切除を行う。

 ●脛骨前下面の骨棘は、正常な関節軟骨を損傷するので、激しいジャンプやキックを繰り返すスポーツ選手に痛みが生じたら、早期に手術する場合がある。

<スポーツ復帰の目安>

 ●術後の外固定は不要。1週後にfull weight、4週後でスポーツ復帰を許可する。 

 ●手術の予後は良好である。

 

    1999年5月26日 ジュビロ対アビスパ(磐田) 「キャプテン エースストライカー」                              

  セレッソに引き分けた為、この日に優勝戦が持ち越されました。

  名波の海外移籍。名波には最後のホームでの試合。ナナのサポーターにとっても絶対に勝たせたい試合でした。

  試合開始。タカはスタメンから外れ、ベンチでのスタート。ここ数節調子の良い清水や川口が試合に登場し、ゴンとの2トップを組みます。磐田スタジアムはまさにサックスブルーの海。びしょぬれになっても声援を続けるサポーターの意気込みは電波にのってテレビの前で応援をしている全国のジュビロサポの期待に十分過ぎるほど応えてくれました。本当にありがとうございました。

  試合展開は当初の予想に反して苦しい展開になりました。アビスパとしても目前で優勝を決めさせたくないというプライドが守備になって現れ、決定機をことごとく防いでいく。小島はかなり奮闘。まさかの延長はかなり悪い予感がよぎりましたが、ここで決めるところがさすがにジュビロ!!このねばり強さこそが今の「ジュビロ」そのものです。オール日本人での優勝。すごいことだと思います。「日本人=下手」「外国人=上手」という日本人の心の奥深い意識がこれで払拭されたといっても過言ではないです。日本人だってここまでやれる!というのを「ジュビロのサッカー」で魅せてくれました。本当に嬉しい!!桑原監督の涙は重かったです。

  この試合。前節に足を負傷した中山が気がかりでした。しかし、中山はいつのもように颯爽と登場しました。ぐるぐるのテーピング姿で・・・。監督、チームメイト、サポーター。全ての人の信頼と期待を一身に背負ったキャプテンであり、エースストライカー。今のジュビロにはいくつもの柱があります。名波という柱。藤田という柱etc。そして、中山という柱。この柱はとても大きく、立派です。隊長からはいつも「闘志」という言葉を想像させられます。精神的な柱はまさに「中山雅史」を指していうのだ思います。疲労しても負傷しても尚、落ちることのない周囲からの信頼と期待。それを背負ってこその「キャプテン」であり「エースストライカー」なのです。

  タカはその人を目の前で見ていました。

  私は精神論者ではありません。でも「キャプテン」と「エースストラカー」の本質をぜひこの「一番近くにいる人」から学んで欲しいと、心底思いました。

  そして、いつか、タカが優勝をかけるような大事な一番に、自らも負傷し、それでも尚、「キャプテン」として「エースストライカー」として周囲の期待を一身に浴びて戦わなくてはならなくなった・・・そんなことがあったら。この日見た中山雅史というプレーヤーのことを思い出して欲しい。

  ・・・そんな試合がタカの元に訪れることがあったら、私もこの試合磐田スタジアムに駆けつけたサポーターのように声が枯れるまで必ず応援したいと思いました。

 

    1999年5月22日 ジュビロ対ガンバ(磐田) 「王者のプライド」                                 

  レッズ戦に続き快晴の磐田スタジアム。このカードは昨シーズンの2st最終節を万博で見て以来のカード。私の楽しみといえばやはりタカとイナの対戦でしょうか。

  今日の試合の感想は大きく3つ。

  @稲本の復調。ワールドユース前にケガをした膝の具合が思わしくなくここ数節の出来も「かなりマズイ・・・」というものだっただけに今日のイナは復活の兆しが見えたプレーぶりでした。視野の広いサイド展開のロングボールが柳本へズバズバ決まってたし、久々に強いボディコンタクトぶりを見せて貰いました。特に奥との対決や名波との争いは見応えがあった!名波との戦いはもっと見ていたかったですね。

  A名波の存在感。やはり、というか藤田がいないこの試合、頼りになるのはナナでしょう。前田のゴールへつながる中山へのクロスやその直前のクロスも「巧い!!!」と叫ばずにはいられないものでした。今のジュビロの強さの大きな要素がこの名波でしょう。・・・そう思うにつれナナの海外移籍はジュビロにとってははっきり言って重大問題です。これを埋めて行かなくてはならない奥や清水、福西の成長に心から期待したい!

  Bタカのプレー。スタメンではないということで風邪の具合が気になりました。体調が悪いならぜひ休んで欲しい・・と思っていたら、後半中山に替わって登場。しかし、そんな不安を余所に、今日のタカの中央ドリブル突破はちょっと興奮してしまった・・・(^^)負けなかったですね。あれが決まってたら、卒倒してたかもな・・・自分・・・(^^;。その後もポストプレーに専念。DFを引き連れて右へ左へ奮闘してました。しかしノーゴールというのは反省しなければなりません。最後は押されまくったガンバが守備一辺倒になっていたのは仕方ないとして10人の相手に「ゴール」を奪うという底力を見せなければ、FWとしての役割は果たせない。もっともっとタカにはゴールへの泥臭さを身につけて欲しい。どこまでも貪欲にゴールを狙って欲しいと思います。あと2試合。タカのゴールが見たい。

  これでジュビロの優勝に王手がかかりました。地元優勝というサポーターにとってもこの上のない幸福をもたらすためにも次節は絶対に勝って欲しい。けが人続出で辛い所ですが、あと1つです。がんばれ!!と言うしかない。絶対、優勝して下さい!!!そして気持ち良く名波を海外へ送り出してあげましょう!!!

  試合後、マッチデープログラムの抽選会が当たってしまい(玉華堂賞。びっくり!)、ジュビロサブレを受け取りに行くと、試合直後のピッチの脇までつれて行かれました。そこでは当然、選手達が記者からのインタビューを受けたりしていて、「おお」と思いながらサブレを受け取り、その後、係りのお姉さんが記念のポラロイドを撮ってくれました。しかし、私の視線は真横で記者に囲まれたタカの姿に釘付け(笑)アイシングをしていたので「身体だけには気を付けてくれよ・・・」と心の中で呟いてました。(口に出しては言えない(^^;))そして逆側では名波がまたまた大勢の記者に囲まれてインタビュー。名波が動くと記者もぞろぞろ動くという光景が・・・。「ナナ。海外へ行ってもがんばれ!」とまた心の中で叫んでみたり(笑)今日はなかなかラッキーな日でした。

  そういえば、最後にジュビロバスが出る時、隣のガンババスの稲本が窓を覗いてタカに大きく手を振ってました。仲良しだなあ(^^)

 

    1999年5月15日 レッズ対アントラーズ(国立) 「強さ」の意味。

  ここ数節良い感じにはなってきているにも関わらず「勝てない」レッズ。ここ数節というのはやはり伸二が帰ってきてからなのですが、伸二の動きと思惑に周りが反応できてないという致命的な展開。福田が負傷欠場の今、どうすればここから脱出できるのか・・・?!何とかならないのか!!と思っていたら・・・・・。結局、伸二一人でなんとかしてしまった・・・。宮沢をスタメン起用してから大分よくなってきているのだけれど、まだまだ!もっとこの二人が合ってきたら、いい感じになるだろうなあ・・。私的には内舘がすごく良い動きだった。あとは早く福田さん帰ってきて〜。あと雄一郎も帰ってきて〜。って感じでしょうか。ああ、やっぱりレッズも好きだなあ。今日の伸二のゴールは本当に美しかった。

  一方、ジュビロはグランパスとの戦い。BSのVTRを帰ってから早速見ました。最終的な「強さ」というのは「勝ち続けること」。この一言に尽きます。どんなに良いサッカーをしていても、負けては結果が残らない。「勝つ」ということの重要さをジュビロの選手は心底知っています。その意味で、ジュビロは本当に「強い」!!

  タカのこの試合の出来は、可もなく不可もなく。今日はあまり前までボールが回ることがなかったので仕方ないですが、ちゃんとプレッシャーもかけていたし、ポストプレーもしていた。あとは「俺にボールをよこせ」というのをもっともっと主張しても良いんじゃないかな・・ということでしょうか。チャンスはどんなに少なくてもモノにすれば良いのです。その意味では決めて欲しかったシュートはありましたが。

  ジュビロは19日も試合があります。心配なのは疲労。順調に行けば22日のガンバ戦で優勝が決まる。是非決めて欲しい所だれど、全員がケガだけはしないで欲しい。それだけが気になります。

  22日はジュビロの優勝を磐田で見るつもりでいます。

 

  1999年5月12日 U−22日本代表対U−22オーストラリア代表 五輪壮行試合(駒場) 「プロ」というもの。

  試合開始は午後7時30分。しかし、仕事を終わらせて浦和駅に着いた時には既に7時30分でした(^^;)しかも浦和駅は駒場行きのバスとタクシーを待つ人々で溢れている・・・。「やっぱり北浦和からタクシーにすれば良かったねえ・・・」などと友達と話してみたり。その時点でタカはスタメンにもベンチにも入っていないことをスタジアムにいる友人に聞いていたので「家に帰ってテレビ埼玉見れば良かった」と呟いてしまった・・・。結局、駒場に着いたのは午後8時を回っていました。

  そんなことはさておき。トルシエ曰く世界(U−22)でもこれだけ大型の選手が揃ったチームはいないというオーストラリアは「大きかった」。それでもそんなチーム相手にU−22は(昨年のアジア大会以来で)(3日前から練習を始めた)割にはなんとか頑張っていました。連携の悪さは仕方がないでしょう。まだまだこれから学んでいくことが多いと思います。DFのミスも同じく。そういえば私の隣に座っていた2人組(もちろん知らない人)が前半に「こういう相手(大きい)だと線の細い本山は出てもダメ」みたいなことを言っていてちょっと(怒)。確かに本山は線が細いけれどそのことは本人が一番理解していて、それを埋めるような頭を使ったパスやドリブルをしている。そんな彼のプレーが私は好きです。フィジカルを鍛えることは当然彼の課題でしょうが、短絡的に「線が細い」ことを理由に=「通用しない」というのは安易すぎる。そんなことを思いました。・・・後半、本山が出てからの展開の方が私は面白かったですがね。

  タカはお休みでした。翌日の新聞に風邪と書いてありました。試合中はケガでもしたのかとかなり心配していたので、まだ良かった。

  ナイジェリアへ行かれていた記者の方が帰国してもマラリアの薬はしばらく飲み続けなくてはいけないんだ。と言っていました。おかげで頭痛がまだ続く、と。おそらくU−20の選手達も同様でしょう。帰国後もJリーグ、練習、代表合宿・・・と休む暇はありません。マラリアの薬も多分まだ飲んでいることでしょう。そんな中でも出来る限りのプレーをしようとする姿はまさしく「プロ」。・・・彼らを見ながら「けが」と「病気」だけには十分気を付けて欲しいと祈りました。彼らの戦いはまだ続きます。

  タカも身体には十分注意して欲しいです。本音はゆっくり休んで欲しいところなんですが・・・。 

   

   1999年5月8日 ジュビロ対レッズ(磐田) 「成長を見続ける喜び」

  「タカサポ」だけれども「埼玉県民」な自分にとって、このカードはどうもどっちを応援していいのやら悩んでしまう辛いカードです。この試合に関してはジュビロは独走優勝に向けて落とすわけにはいかないものであり、レッズに関しては落とせば2部落ちという悪夢の足音がヒタヒタと聞こえてくるという恐ろしいものだったわけで・・・・・。どっちも勝って欲しい。という勝負事を応援する者にあるまじき複雑な気持ちが同居していたわけです。

 そんな私の心の内はともかく。5月5日に5万人を集めた国立でのジュビロ対アントラーズ。この試合は久々にJで見た良い試合でした。ここ数節あれだけ調子の悪かったアントラーズもジュビロを相手には、まるで韓国が日本に対する時のように全力で向かってくる。それでこそ2強と呼ばれるチームでしょう。バスケの試合のように攻守を展開する試合を制したのはジュビロ。途中でこれはどっちが勝ってもおかしくない、とは思いましたがやっぱり「ジュビロ」が勝つのが当然嬉しい。「楽しい試合だった」と思えるのも単にジュビロが勝ったからです。ただひとつのことを除いては・・・・。

 この試合、タカの動きがチーム自体に合ってないかも・・・・。と何度も不安になりました。ポジションが幾度も中山と被って重なってしまう。そのせいか、タカが交代してからの方がジュビロの攻撃が良くなった気がしました。動きの質自体は良いのでしょうが、それがフィットしてない。・・・1ヶ月離れていた時間を実感されられた試合でした。このままではまずいぞタカ・・・。次のレッズ戦までにちゃんと修正できるのか?!そんな思いを抱いて臨んだ5月8日のレッズ戦。

 試合前、Wユースの表彰を静岡県知事から受けたタカと伸二。これでようやく全ての表彰ごとも一段落。さあ、次はJ!

 試合開始後、ピッチにいるタカがアントラーズ戦でのタカではないことが分かりました。中山とも役割をしっかり分けて、タカが起点になって右半分を動く。ためを作って中盤も使う。ラストパスも送る。U−20で身につけたポストプレーをジュビロ風にアレンジして披露していました。Wユース前のタカ(昨シーズンのタカも含めて)は、ジュビロというタレント集団に混じると明らかに「使ってもらう」立場でした。あくまで自分を周囲に合わせる立場。でもこの試合のタカは周囲を使うという動きを見せていました。

 成長。という言葉を目前でまざまざと見せられた。そんな気分でした。タカの成長の速度は私たちが想像しているのよりもずっと速くて、必死についていかなければ置いていかれるかもしれません。今、この瞬間のタカの成長を見逃したくないとそう思いました。

 タカ。2ゴール、おめでとう。次の試合もがんばれ。     

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