西清孝投手・最後の一球 (1999.10.15@横浜スタジアム)



1999年10月15日、横浜ベイスターズの最終戦。 西清孝投手が横浜スタジアムのマウンドに登りました。 事実上の現役最後のマウンドとなるこの日、西投手に惜しみない拍手がスタンド全体から贈られたそうです。 そして、投じた初球は打者渡会が打ち、結果は内野ゴロでした。 この一球で、西投手の登板は幕を閉じました。 試合終了後には同じくチームを去る畠山らと共に花束を贈られ、ナインからは胴上げの歓送がありました。 私は伝聞でしか知らないのですが、胴上げされた西投手は終始照れていたそうです。

どんな場面でも決して腐らず、ひたむきに投げていた西投手。 そして礼儀正しく、プロ野球選手らしからぬ真摯な態度。 スターではなかったかも知れません。 けれども西投手の野球に対する姿勢の素晴らしさはファンの誰もが知っています。 1999年の2月、宜野湾キャンプで西投手に会った時にサインや写真をねだっても嫌な顔一つせずに写真に収まってくれましたね。 私の西投手応援Web pageのハードコピーを手渡した時は、チョット嬉しそうな表情をしたのが印象に残ってます。

西投手の事で唯一悔やまれた出来事は1998年の日本シリーズでした。 二勝二敗で迎えた第五戦は横浜のマシンガン打線が炸裂。 大量リードで迎えた9回裏の西武ライオンズの攻撃。 シーズン中ならば躊躇せずに西投手を起用した筈なのに権藤監督は佐々木を登板させました。 まあ、様々な事情があっての佐々木登板だったのでしょうけど、あの場面では西に任せて欲しかった。 だって、佐々木の隣で肩を作っていたのは背番号67の西投手だったのだから・・・・。

今後はどうなるのでしょう。 個人的には野村は嫌いですが、この際だから野村阪神で再生してもらうのはどうか? とも思いましたが、現役の続行は厳しいかも知れません。 私の願いとしては横浜ベイスターズと関わりのある仕事に就いて欲しい。 打撃投手として横浜ベイスターズに残るという話も伝え聞いています(噂の域を出てないのかもしれません)。 いずれにせよ西投手のことですから、第二の人生においても、ひたむきに歩んでいくものと思っています。 そして西さんの人柄に惹かれる人が増えていくのでしょう。

一人の投手の事がここまで気になるというのは初めての経験でした。 華やかな守備や攻撃だけが脚光を浴びるのではなく、与えられた役割を淡々とこなすプレーを見守るという奥行きのある観戦の楽しさを教えてくれたのが西投手でした。 私は西さんの事を忘れません。 西さん、ありがとうございました。 そして、おつかれさまでした。






西清孝投手 胴上げの瞬間(加藤洋さん提供)






西清孝投手 1999年最後の登板試合成績






勇姿








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