ルースターズへの思い入れ



■このサイトをみて / マッコイさん (2003.08.03)

はじめまして。自分は35歳の男です。何気なくルースターズを検索してみたら、こ
のWebにぶちあたりました。皆さんのルースターズ(大江慎也)に対する想いを読ん
でいたら自分もなんだか熱く、嬉しくなってしまって・・・・
しかも、11万件以上もアクセスがあってまだまだルースターズファンはたくさんいる
んだとほんとに嬉しく思ってます。今からもう17年前自分とルースターズの出会い
がありました。
当時邦楽は、モッズ、ARB、スライダースを聞いていました。スライダースのCD(夢遊病)
を買いなんか他に面白そうなバンドってないのかなと他のCDを探していたら、ルー
スターズのコーナーがありました。ルースターズの名前は、当時ロッキンオンや宝島等の雑
誌をよんで知っていたので『あっこいつらがルースターズか、聴いてみようか』と思
い、THE RoostersとA GOGOのカップリングCDを買いました。それで聴いてみると
『あっこれだ、この音だ』と自分の中に衝撃が走り、それ以来ルースターズ信者とな
りましたが、その時既に大江慎也は、もういなくなっていたということを後から知り
ました。
最近また、車の中や、職場でルースターズを聴いています。一緒に働いている部下は
このおやじ何を聴いてるんだろう?って思ってるかも知れませんがあきるまで聴かせ
てやろうと思います。そうすれば、あのビートと大江のヴォーカルの虜になり、ルー
スターズ信者がまた増えるはずです。皆さんも実践しましょう。

自分のルースターズベストを書かせて下さい。

1・BABY I LOVE YOU (イントロのギターがめちゃかっこいい、1回聴いただけで やられちゃいました)
2・どうしようもない恋の唄 (せつない歌詞とかっこいいR&Rは最高です)
3・GIRL FRIENND  (今聴くと、泣けてきそうです)
4・HEY! GIRL (KING BEEのバージョンがとっても良い)
5・SAD SONG



■幾つになってもル−スタ−ズ / 旧型セドグロさん (2003.04.23)

僕のル−スタ−ズはCMCまでですが、その後の大江、大江脱退後のル−スタ−ズ、
その後の初期メンバ−は、ずっとちょっと気になってました。
当時、中一ハナタレの僕は、“ロック聴くぜ”と粋がり、姉に三枚のLPを教えても
らいました。
シナロケ1st、INUのメシ食うな、ル−スタ−ズ2st、その中で、ジャケ写真が一
番まともな人?に見えた『a-gogo』買いました。
意味もわからず“こいが黒い弾丸ビ−ト”かぁと聴きまくってたもので、ハマルのに
そう時間は掛かりませんでした。
『DIS.』以降も、姉が買ってたもので聴きはしましたが、ハ−ドコア街道真っしぐら
に歩み始めた当時の僕には物足りず、黙殺してました。
しかし、病院のベッドから起き上がり歌う大江(ル−スタ−ズ)の最初のビデオを見
たとき、あの虚ろな目つき(20年近く見てないが、瞬きしてたのか?)、不思議な動
きには吸い込まれそうになり、“本物のボ−カリストって大江みたいな人?”と縦ノ
リ痙攣以外受けつけられくなってた僕の体を癒してくれたもんです。
リアルタイムの中に居ながらライブ見てないのが、悔しいっス、先輩。

10年以上前、ソロのプロモ−ションかなんかで、長崎に大江が来て、なんでか知ら
ないが僕の友人が一緒に茶を飲み行き、本当に数少ない言葉のなかで、“ラフィンが
良かね”と言った大江に軽く悪態ついたらしい友人から、ここの存在教えてもらいま
した。みなさんのル−スタ−ズへの想いに嬉しくなり、メ−ル打ちました。

その昔、NHK九州ロ−カルで、石井總互が大江主演の長距離走者の映画作るとか
言ってて、ボツったと聞いた時には、ホっとしましたが、(そのときの大江は結構で
ぶっちょにみえた。)今なら、それっぽい映画の端役に出ないかなと思う35歳今日
この頃、
a-gogoのバッジは、今でもお気に入りです。



■MY DEAR FUSE , FOREVER / Asadaさん (2003.02.02)

今年、やっと時間がとれたので、前々から検索したかった「THE FUSE」を打ち込み、
ドキドキしながら待っていると、このホームページに行きつきました。
でも、ROOSTARSってなぁに?

なっ なんと! 大好きなFUSEボーカルの塩崎さんからの書き込みがあるじゃな
いですか!!(4年も前だけど)
倒れそうなくらい嬉しかった!!

私がFUSEに出逢ったのは、16歳の時。もう12年も前。
当時、長崎県のド田舎に住んでいたので(現在は福岡)、FUSEの情報を集めるの
に必死でした。
ファンクラブにも入り、ドキドキしながら会報を読み、次のツアーは絶対に行こう!
と思っていた矢先、
“緊急告知 FUSEは解散します” の通知が・・・。
とても悲しかった。 ライブに1回も行けなかったのが、今でも心残りです。

今の私のお気に入りは、ROOSTARSの「GIRL FRIEND」が収録され
ているカバーミニアルバム「INSPIRATION」です。
当時、この曲は誰の曲なのか知りませんでした。(ごめんなさい)

でも、この曲はベースがカッコイイなと思っていたら、ベースは完全なコピーだと知
り、スゴイ!! て思いました。
20年以上? も前の曲に こんなカッコイイのがあったなんて!!

塩崎さんは、現在 プロバッシャーとして活躍中らしく、音楽活動をしていないのは
残念ですが、
バス釣りの大会とかで発見できるかな??
いつまでも「FUSEのTAKUちゃん」として見られるのは うっとーしいかもし
れませんが、
リアルタイムで逢えなかった私は、遠くからコソッとでいいから、自分の目で塩崎さ
んの存在を確認したいのです。
塩崎さんのことだから、きっとかなりイケてる36歳になってることでしょう!
残念? だけど、結婚もしてるだろうし・・・(私は まだ独身だ!!)

FUSEと私を結びつけてくれたROOSTARSにとてもとても感謝しています。
そして、私はこれから先もずっとずっと FUSE を通して ROOSTARS も見つ
めていくのだと感じています。



■ROOSTERSについて / 永澤さん (2003.01.06)

自分がルースターズを初めてみたのはヴィデオにもなっている久保講堂からで、それ以来
自分の中で理想の音楽、パフォーマンスとして存在しています。

ここ数年様々な未発表音源がリリースされてきましたが”GO FUCK”だけが今だに発表されて
いないのが悔やまれます。当時バラバラにリリースされたニュールンベルグ〜とC.M.Cに同じ時
レコーディングされたGO FUCKが一つのアルバムとして発表されていたらきっとルースターズの
最高傑作となっていたんでは?と考えます。

1.ニュールンベルグでささやいて
2.撃沈魚雷
3.バリウムピルス
4.ロージー
5.C.M.C
6.Drive All Night
7.カレドニア
8.GO FUCK



■ルースターズとの出会い / MekeMekeさん (2002.08.26)

ボクがルースターズを聴くきっかけになったのは「ニュールンベルグ〜」発表の
頃、『音楽専科』に載っていたインタビューを読んで興味を持ったからでした。
すぐにレコード店に行って12インチを買ってきて、弟と一緒に聴いたんですが、
2人で「すげえ、コレすげえよ!」を連発してた記憶があります。ドラマー志望
の弟は池畑氏のドラミングにハマり、『THE ROOSTERS』『a-GOGO』、それと
今となってはレアな「LET'S ROCK」の初回プレスのシングルをいっぺんに買って
来ました。それに代わりボクは『INSANE』を購入し、バンドスコアも買って練習
を始めました。しかし次の『C.M.C.』から“何か違うぞ”と感じ始めたのです。

確かにタイトル曲は痛快この上ない爆裂ぶりでした。が、全部を通して聴いてみる
となんか噛み合ってないみたいな印象を持ったのです。そして大江の病気に池畑氏
の脱退。弟は「池畑がいないんじゃおもしろくないよ」と言ってファンをやめて
しまいました。これからどうなるんだろう?と思いながら自分もなんとなく彼らと
は疎遠になっていきました。ある日TVのCMから当時ハマっていたUKのニュー・
ウェーブっぽいギターの音色とともに「♪1、2、3、4、GOGO In The Sky ♪」
と聞き覚えのある声が流れて来ました。クレジットを見るとルースターズだ!
するとファンをやめたハズの弟がちゃっかり『PHY』を買っていたのです。弟は
「やっぱ大江はかっこいいよ」と言ってました。今度はボクが主導で『DIS.』や
『GOOD DREAMS』を集めていきました。音楽性は変わってもこの人の存在は
不変だな、そろそろライヴ行ってみようかなと思っていた矢先、大江脱退です。

そろそろギターが弾けるようになったボクは花田ルースターズを徹底的にコピーし、
バンドで演りはじめました。でもなんか違う。花田ルースターズは徹底的に押しで
攻める感じの音で、初期の危うさや、中期の繊細さをあえて否定するような音に
思えて来て痛々しかった。ようやくボクもそこで大江慎也の存在の大きさに気付き
反動でバンドもやめてしまいました。

ボクら兄弟のルースターズはここで終わってしまったのでしょう。
解散ライブが行われたのも知らず「ルースターズはいつの間にか解散していた」と
いう印象しか当時はありません。

このサイトを発見して久々にファーストから聴き直してみましたが、やっぱり良いです。
(皆さんがここで書かれている大江ソロの頃のライブでの悲惨さを観てないからかも)
ボクの脳裏にはファーストでのあのカッコイイ姿が今も焼き付いています。



■まだまだたくさん話はあります。 / 川嶌さん (2001.08.26)

私はルースターズのコピーからはまったファンです。当時まわ
りはモッズをやっている連中が多く、他に何かないかなと思いレンタルレコード屋か
ら借りてきたのがルースターズです。最初聞いたときあまりパンクじゃないなと思い
つつバンドのメンバーに聞かせたら、どうしようもない恋の歌をやろうという意見
が、それから楽譜を買いに行きみんなでコピー。今思えばそれからはまりました.イ
ンセインまではほとんどの曲をやりました。耳コピー出来る様になったらcmcなん
かもやりました。なんせ全員初心者の高校生だったもんで技術的に無理な曲もあった
し苦労もあった.ハリ−アップのベースが弾けた時は嬉しかったなぁ、この曲にはエ
ピソードがあって最初皆早すぎると反対があったのですが、いざやると競う様に早く
なりレコードよりかなりスピードがあったと思います。先日その時のメンバーと久し
ぶりに音を合わせてみました。よしルースタ−ズでおやじバトルに出るぞーと盛り上
がりました。30半ばで今思う事、それは俺のビートルズってルースターズだーて、
又今後ライブに行った話や大江君花田君に感じた事やmybestroosters
のメール送ります。



■いつもルースターズがあった / 三宅さん (2001.03.28)

はじめまして、福岡市在中の31歳の会社員です。 わたしは基本的にメールを
送ったりする人間ではないのですが、皆さんの熱心な投稿を見るたびに、わたしの
知っている知識や情報で少しでも喜んでくれるならと思い、はじめて投稿します。
わたしがルースターズを聞き出したのは中学生のとき、ちょうどDISを出した
ぐらいでした。MODS,スターリン等を聞いていた友達の家に遊びに行き、
そこで初めてa−GOGOとLETS ROCKのシングルを聞きました。
MODSを聞いていたわたしとしてはLETS ROCKはかっこいいと思い
ましたが a−GOGOのほうはソフトに聞こえあまり印象には残りませんでした。
余談ですがそこでGALS LIFEのアイドルっぽいあつかいのルースターズの
グラビアを見ました。 それからしばらくしてお兄さんがバンドをやっていると
いう人と親しくなり、テープを何本か借りその中にニュールンベルグの12in
chが入っていてそれを聞いたときとてつもないショックを受けました。
なにか聞いてはいけないものを聞いてしまったような...こんな歌詞、
サウンドをやるバンドが他にいるのか...
あわててニュールンベルグの12inch(もちろん当時はビニール盤)を買いに
行きました。一人だけ違う方向を向いてる大江慎也のジャケットが印象に残りました。
それから少ないこずかいでレコードを集め音楽雑誌を読み漁りました。皆さんも
そうでしょうがアルバムごとの音の感触にとまどいながらも次第に大江慎也の虜に
なりました。ルースターズの魅力はリスナーを洋楽を聞く方向にむけてしまう
ところだとおもいます。実際それからECHO&THE BUNNYMEN,
LOU REED,IGGY POP,DOORS,STONES,等を聞くように
なりました。そういった方も多いとおもいます。



■ルースターズへの思い入れ / emiさん (2001.03.18)

わたしは、ミッシェルガンが影響を受けたアーティストがどういう音楽を
してたのか、という興味を持ち初めてルースターズというバンドの音を聞きました。
聞いた瞬間、わたしの中で衝撃が走った。
今までいろんなバンドの音楽を聞いてきたが、これほどまでにわたしが求めてた
音楽を演奏していたバンドはいなかった。
ルースターズを初めて聞いた時のわたしの精神状態と一致していた、というのも
あるのかもしれませんが。
なぜだか、人間の悲しさ、どうしても消えることのない醜い部分だということに
対することを、ルースターズというバンドは隠しもせず、それを認め、そして
受け入れ、それと共に生きていく・・・・。
上手に言えないが、今いるバンド・アーティストには、こういうことを真正面から
向き合い、それを吐き出す人はいないと思う。
今わたしは16歳なんですが、音楽によって助けてもらいたい。ってずっと思って
て、でも完全には救われてなくて、
でも、なぜだかルースターズを聞いて何かを一瞬でも共有し、こうなのかな、って
ぼんやりだけど何かを感じた。
今はいないがルースターズというバンドに出会えてよかったと本当に思う。

今ここに書く前に以前書かれた人たちのものを読んでいて、そぅなのかな?って
思ったのは、人には才能がものすごく発揮される時期があって、その時期が
大江さんの場合ピッタシだぶったから、これほどまでにみんなを魅了し続ける
のかな、って。
でも、16でルースターズという音に出会えて良かったです。
どうしてもわたしが感じたことを伝えたくて、メールしました。

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[山口のコメント]
忘れ去られるよりは記憶に刻まれていた方が良いに決まっている。
そしてルースターズの活動時期とはダブらない世代の人達が、
どんな経緯であったにせよルースターズに辿り着いたその嗅覚を
大事にすべきです。 鋭い音楽指向性を持っているのですから。



■ルースターズへの思い入れ / I & Y sakaiさん (2001.01.23)

今日は福岡出身で福岡育ちの自分の30歳の誕生日。初めてルースターズを
聞いてからもう16年の歳月が経とうとしています。
当時14歳の自分が初めてルースターズを聞いたのはラジオから流れてきた、
「ロージー」と「どうしようもない恋の唄」でした。
当時はシーナ&ザ・ロケッツ、サンハウス、THE MODS、山部善次郎など
福岡出身のバンドを聞きまくっていました。
その時にルースターズを聴きあまりの凄さに鳥肌が立ちました。
こんなバンドが福岡にいたんだ!と、次の日にすぐレコードを買いに行きました。
エアチェックしていた曲がもう一度聴きたくて「THE ROOSTERS」を買いました。
テキーラからロージーまで一気にA,B面聴き、その粗暴で狂気なロックンロールに
酔いしれていました。
やがてギターを手にして最初にコピーした曲がやっぱり「どうしようもない
恋の唄」でした。 それからルースターズが自分の感覚の1つになり今に至って
しまったんです。
その後スターリンを聞き始め、爆裂都市をビデオでみてからまたまたそこで
ルースターズを見ることになり、かっこいいやつらはどこでもかっこいいなぁと
思ってしまい、スターリンの影が消えてしました。
当然レコード、CD、ビデオと全部集め、最近では紙ジャケットのリマスター盤まで
全部揃えました。
こういう環境で(福岡そだち)で育ってよかったと今は思います。
福岡にいなければルースターズに出会うことはなかったと思うし、このHPに
来ることもなかったと思うから。
今のミッシェルやギョガンレンズ、MAD 3等聴くのはいつもルースターズ絡み・・・
いろんなバンドがいろんな解釈だけどそれぞれの中に確かにやつらは生きている。
そしてそういうバンドしか聴いていない自分の中にも生きている。
そしてこれからもやつらは自分の中から消えることはないと確信できる。
これからも自分の中でその素晴らしいビートと他を寄せ付けない圧倒的な
パワーを感じていくことだろう。

最後にいろんな年代の方がいろいろな思い入れを持っていることを知って
本当に嬉しく思ってます。
自分と同じ考え方や感性を持っている人がいると思うと嬉しくなってしまいます。

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[山口のコメント]
私は音楽批評とか演奏技術なんていう小難しい話はさっぱり分らない
のですが、単純に唄ったり演奏したりしている大江の存在そのものに
惹かれてしまいました。
ルースターズは違和感なく受け入れられる数少ないアーティストです。

新しいアーティストを聴く時など、ルースターズを基準にして聴いている
自分に気付きます。 ルースターズが躰に染み付いているんですね。
ほんの僅かであってもルースターズや大江慎也を連想するようなバンドに
出会うと、そのバンドが気になったりもします。



■ルースターズを聴く日々 / 眞崎さん (2000.09.28)

ルースターズとの出会いは、ミッシェルガンエレファントの「Chicken
Zombies」発売時にタワーレコードで配布されたフリーペーパーでした。
内容は、ミッシェルファンに聞いて欲しいCDというもので、ダムド、ミスフィッ
ツ、スミスなど10タイトルが挙げられていました。その中に日本のバンドとして
故どんと氏のローザ・ルクセンブルグとルースターズの名前がありました。
僕は現在22歳です。そのためルースターズをリアルタイムで見たこともなく、
名前すら知りませんでした。でも「ルースターズを知らない人は、大きな損を
してる・・」というコメントに思わずベスト盤を購入してしまいました。

 不思議ですね。それまでラップやソウルを聴いていて、R&Rと呼べるものは、
ミッシェルしか聴いていなかった僕が、一発でロックの日々になったのです。
その後は、ストーンズ、フーを聴くようになり、ほぼ毎日のようにレコード屋に
足をはこびました。正直をいうとルースターズは、ベスト盤だけで、それからは
ほとんど洋楽を買いあさったのです。しかし昨年トリビュートが出たのをきっかけ
に再度ルースターズを聴きはじめました。永くファンをやっている方には申し訳
ありませんが、今更ながらルースターズの魅力に気づきました。「ALL ABO
UT SINYA OE」、「18YEARS」、「R&R BIBLE」なども
含めほとんどのタイトルを買い、今では毎日ルースターズを聴く日々になりました。
 今強く望むことは、「動いているルースターズを見てみたい」
いまいち表現が変ですが、ビデオは何処にも売ってないため、写真以外のメンバーを
見たことがないのです。やはり映像は手に入りにくいのでしょうか?
リアルタイムの世代でなかったことが非常に悔しいです。
まだロック歴は短く、知識も未熟ですが、ルースターズは僕の中で生涯No.1の
バンドです。「知らない人は、大きな損をしている・・」の言葉にひかれて買った
のは、正解だったと思います。

 最後にルースターズのカバーをやっているミュージシャンを紹介します。
POTSHOTが2ndアルバム「R&R」で‘CASE OF INSANITY’
SORROW(川村かおり)が「MACARONI」で‘ROSIE’
MAD3が「R&R KINGDOM」で‘どうしようもない恋の唄’
をやっています。

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[山口のコメント]
若い世代の人がルースターズに興味を示したり、魅力を感じてくれるのは
とても嬉しいことです。 このまま埋もれてしまっては悲しいですから。
今となっては誰にでも薦めて聴かせようとは思いませんが、知らない人は
大きな損をしている、というのは事実ですね。



■ルースターズへの思い入れ / 伊藤さん (2000.08.05)

ルースターズの曲を初めて聴いたのは、1982年の暮れ、ラジオでかかった
「ニュールンベルグでささやいて」だった。以後、毎年聞いていたその年末のFM番
組で、83年に「ディザイア」、84年に「グッド・ドリームス」を聴いて、これは
すごく好きになった(今でも大好き)。その頃、高3で受験期だった。以後、ルース
ターズと再会したのは、平成になってCDレンタルが花盛りとなった頃。「ベスト」
と「アンリリースト」をレンタルし、後者を聴いて「初期のストーンズにずいぶん影
響を受けているなあ。」という感想を持ったのだが、残念ながらそのテープは後で消
してしまった。今考えたらもったいない。「アンダー・マイサム」なんて、ストーン
ズのよりかっこいいと思っていたのに。

そんな私が、三度ルースターズと出会い、決定的に好きになったのは99年の
春、トリビュートCDが出た頃だった。某音楽雑誌でルースターズの特集を読み、一
発でルースターズの、いや大江慎也の魅力にとりつかれてしまった。この年の夏は、
週1枚以上のペースでルースターズや大江慎也のCD(レコード)を買い、まさしく
「のめりこんで」いった。出張先で偶然見つけた「インセイン」(ボーナス・トラッ
クに「バリウム・ピルス」等が入ってる、相当昔に出たCD)を借りるために、青森
県にまで出かけたりした。

 ふと気づいて見ると、ルースターズのCDを全部揃え、大江さんのCDもライブを
除いて全部揃えた。ビデオも81年のアーリーライブ、84年のバラノイアックライ
ブ、87年の大江ソロライブと揃え、「爆裂都市」も見た。全て永久保存版である。
この3つのライブと映画を見比べると、大江さんが別人のように変化していっている
のがよくわかる。しかし、どれもいいのである。大江さんという人は実に不思議な魅
力を持っている人だと思う。それは言葉ではうまくいい表すことができないのだけれ
ど。
 99年の暮れ、久しぶりにメディアに出た大江さんのインタビューを読んだ。もの
すごく痛々しく、「新しくファンになった私のような者のためにも、ぜひ再び音楽活
動をしてほしい。」と思っていた私は、ルースターズ後期やソロの作品の多くが、大
江さんの内部の血みどろの戦いの中から生まれたものだと確信した。
 今でも私は、ルースターズをよく聴いている。たぶんこれからも一生。単なる音楽
にこれほどのめり込める出会い方をしたのは、小6の時のビートルズ、中2の時の
ローリング・ストーンズ以来であった。30歳を過ぎてこれほど好きななものに出会
えて、大袈裟ではなく「生きていて良かった。」と思っている。
今年の6月、柴山俊之さんのバースデーライブに行き、初めて花田さんと下山さん
も生で見た。アンコールでこの2人のギターをバックに歌っている柴山さんが、一瞬
大江さんに見えた。「この3人が現役でがんばっているのだから、大江さんも健康で
あったらここにいたばすだ。」と思うと感慨ひとしおだった。
 この夏は、最近入手した数年前の音楽雑誌の中で、花田さんが「70年代のクラプ
トンをよく聴いていた」とインタビューに答えていたのを読み、クラプトンもよく聴
くようになった。

 とにかく、ルースターズとの再会によって、確実に自分の世界が変わった。これか
らも、一生聞き続けることにななると思う。間違いなく。



■マイ フェイバリット ルースター / Kumaさん (2000.06.06)

1980年、いつも友人Tの家で真面目にレコードばかりを聞いていた。
Tが日本のバンドでおもしろいのがあるからと言って針を落とした。
The Roosters!なんやこいつらは?ストーンズがライブでやっていた
ブルースからバンド名パクりやがって!かっこええじゃないか!
ジャケットを見るとキャロルやクールスよりもボンクラ(泥臭くて)っぽくて
かっこええのう!
音は全然愛想がなくて早い。きっと、こいつらハウンドドッグテイラーや
ストーンズやフィールグッドやインメイツが好きなんだろうな。いやどちらかと
言うとビショップスに音の感じが近いなと思った。友人Tは絶賛!当事俺たちは
ブリティッシュビートを好んで聞いていたので、なんやこいつら真似しやがって!
悔しいのう!ライナーノーツは菊が書いていて何度か読み返したのをおぼえている。
しばらくしてサンデイアフタヌーンにぼんやりテレビジョンを見ていたら、
シンナーを吸って風呂に入ってそのままスタジオに来たような感じの4人組が
出てきて、Hな歌詞をヒートウェーブのリズムでぶっきらぼうに演奏した。
司会のさんま達がきょとんとしていて面白かった。これがルースターとの出会い。
それ以来、雑誌プレイヤーの大江のインタビューなんかを読んだりしてるうちに
絶対博多に行ってバンドしようと考えるようになり、博多の大学に行くことにした。
80Sファクトリーで初めてルースターを見たときの印象はどうせモッズや
ロッカーズよりもかっこわりいんだろうなと思っていたらブルースを早く演奏して
えらいかっこいい!MCも一番クール。安い靴の歌とかその程度。大江のギターの
カッティング、カクッとした動きのかっこいい事。最後の曲が終わるとギターを
ドンと捨てて帰るのがやたら印象的だった。それは床にギターを叩きつけるわざと
らしいパフォーマンスとは一線を画していた。
しかし...博多に行けばブリティッシュビートやブルースに詳しい奴が
多いんだろうなと期待していたが、現実はパンクもどきっぽい奴らばかりで、
それも内容が薄い。
ルースタ−ズが特別だっただけ。そうルースター達は博多じゃなくて、
もっと空がどす暗い小倉だったんだと後で気付いた。バンドシーンも博多は意外と
上下関係があって、モッズの下にモダンドールズやグラススピリッツや
アクシデンツやアンジーがあってとかそんな感じだった。ルースターの徒党を
組まない、みんなで酒を飲まないようなクールな感じとはちょっと違っていた。
小倉にも時折ライブを見に行っていたが、やはり当事ハイヒールや弁天小僧や
アップビートアンダーグラウンドといった奴らは博多の体育会系クラブタッチとは
違い、ちょっと異質な(ぼんくらでクールで寂しそうでちょっと知的な)感じが
してかっこ良かった。実際、先輩の家で南浩二さんに会った時もちょっとだけ
しゃべって寝室に消えて行き、すごいクールな感じで印象的だった。
そのうち、ルースター達は隠していたのかベルベットアンダーグラウンドな
方向に行き始めた。高校の頃からVUのマクセスカンサスシティライブはよく
聞いていたので違和感はなかったが、徐々に少し寂しい感じになっていった
(実際博多でも、NYパンクやVUっぽい感じのバンドが増えていた)。
大江が無愛想だったんで東京の先輩ロッカー達に囲まれてボコボコにされたのか、
柏木がいけないのか、血液型がAB型がいけないのかよくわからないが、どんどん
大江は遠くに行った。しかし、僕は大江の行動・言動は興味深く常に注力していた。
そんなこんなで僕も博多で22歳までは学校も行かずバンドしていたがきっぱりと
やめた。大江が22歳でデビューしていたのが一つの目安だった。24歳で就職し、
今は田舎の団体職員だが、通勤時はガーランドジェフェリーズ・ミンクデビル・
ドクター・オンリーワンズなんかに混えてルースターを聞いている。
家では時折、1981年80sファクトリーライブやデビュー前のウォーキングドックと
キャロルを演奏するルースターのビデオを一人で見ているが、やはりかっこいい!
いろんな意見があると思うが、100人くらいが座れるパブかなんかでR&Bを
演奏する40歳のルースターズをウイスキー飲みながら見たいものである。
カリスマとかどうでもいいから...。



■教えてくれた / 田中さん (2000.05.23)

どうも、はじめまして。ルースターズはあまり知らないのですが、
昨日バイト先で閉店間際に流れた有線、それは私が唯一知っているルースターズの
歌「ロージー」でした。なんか心にチクチクきました。
ただこれが言いたかっただけでこのサイトを見つけてこのメールを出します。
誰かにこの感じを伝えたかったんです。
使い捨ての曲が溢れかえるこのご時世の音楽状況に疑問と疑いを感じていた
最中のこの有線で流れたロージーはあまりある力で突き刺さってきました。



■若きルースターズ支援者 / JUNさん (2000.05.14)

僕は、現在23歳の男です。
もちろん僕は、リアルタイムでルースターズを聞いてた世代ではありません。

僕とルースターズとの出会いは、先輩から借りた
爆裂都市のビデオでした。バンドをやっている僕にとって、
それは脳天を直撃するような思いでした。
あれから、7年経ちますがいまだにルースターズ
は、あらゆるめんで僕の中のお手本になっています。
リアルタイムで聞けなかったのが、ひじょうに悔しい思いです。
これからも、Let’sRockでいこうと思います。



■たまにここを覗いています / 岡田さん (2000.04.29)

初めまして!横浜に住んでいる35歳の子供です。
16歳の頃からル-スタ-ズが好きで今でも車の中で聞いています。
たまたま僕はコンサ-トの照明デザインとオペレ-トをやっているので、
当時の話や色々聞く機会があり僕がデザインしていたEL-M...と言うバンド
もリハ-サルの時よくル-スタ-ズの曲をやってくれました。
多分、僕が ル-スタ-ズを好きな事を知っていたので、そしてそのバンドの
ギタ-がル-スタ-ズをすきだったからでしょう、
始めて博多に行ったときにボ-ダ-ラインと言うレコ-ド屋さんに行って
爆裂都市のサントラをさがした事が有ります。
今でも博多に住みたいと思っているし、
ロックンロ-ルバンドをやりたいと思っています。
皆もそうだと思いますが多分ずっとレッツロックを
聞いて行くと思います。
ただこれはノスタルジ-じゃ無い事だけは言っときます。



■「ルースターズ」超良いですね! / 中村さん (2000.04.26)

吉祥寺のタワーレコードの視聴コーナーに1stがあり、
一人でそれを密かに聞き込んで好きになりました。
その前にデビュー前のライブ盤も視聴コーナーで聞き、
「ずげーカッコイー」と思いましたが、「暫くすれば中古屋で売ってるだろう
から、その時に買えばいいや」と思い、買うまでには至りませんでした。
しかし、その後、大江氏在籍時のアルバムが全て紙ジャケットで再発され、
タワーレコードのポイントカードが丁度100P貯まったこともあって、
視聴コーナーで聞き込んだ1stを買いました。

ハッキリ言って、買ってからもう何10回も聞いて、ハマリまくってます。
80年代初期というと、もっとパンク色の強いというか、
政治的なメッセージや日々の生活での不満を訴えるというイメージが
ありましたが(あのBOφWYも1stではそうだった!)、
ルースターズの場合は醒めたブギーを掻き鳴らし、歌詞もラブソングを
歌うという、自分の中にあった80年代初期という時代とは
何か違う印象を受けました。

高校の時にリリースされた花田氏のソロ・アルバム(布袋氏プロデュース)は
持っていたので、何となくルースターズという名前は知っていました。
でも、その時は購入せず、去年のJAPANでの大江氏のインタビューや、
最近リリースされたデビュー前のライブ盤を聞いて、
何か自分の中で少しルースターズに対し少し盛り上がっていた時に
いきなり再発されたので、何かすごく運命的なものを感じています。
別にこじつけてる訳ではありませんが、こういうタイミングでなければ
聞けなかったのかもしれないと考えると、やはりいい時期にポイントも
貯まったし、いい時期に再発もされたんだと思います(笑)。

1stをもう少し聞き込んだら2nd・その後3rdと、全部揃えようと思いますが、
ファンの間ではどのアルバムが一番のお薦めなんでしょうかねぇ。ちょっと
教えてほしいです。

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[山口のコメント]
大江在籍時の作品しか再発されないのは何故だろう? 大江絡みなら売れる
だろうと考えてるのだろうか? だとしたら日本コロムビアは馬鹿としか
言いようがない。
KAMINARIやFOUR PIECESのリマスター盤を聴いてみたい。 それだけの価値が
あるアルバムだ。 大江だけで満足せず、後期のルースターズも聴くが良い。
大江の幻影を振り切り、下山と花田が結実させたルースターズの軌跡に触れて
みるべきだ。 リマスター盤の再発を望む。



■今でも / 福岡さん (2000.04.07)

懐かしいというかルースターズに出会い、はや20年。
今でも聞きまくっています。
ミッシェルなどの若手もいいですが、やはり大江ですね。
私も35歳になりましたが、そのインパクトと楽曲は今なお
活力の源です。
ちなみに会社の宴会では どうしようもない恋のうたやガール
フレンドなどを歌い周囲をしらけさせています。(笑)

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[山口のコメント]
私はカラオケ小屋には滅多に行きませんが、行った時に真っ先に
探すのは、やはりルースターズの曲だったりします。
私の場合はCMCで自己完結してます。



■ルースターズありがとう / 井上さん (2000.03.13)

私は正直に申し上げてルースターズの事、ほんの少ししか知りません。
それが分かっててもこのメールを書かずにいられなかったこの気持ち、
誰か1人でも、分かってくれたら幸せです。

なぜこのホームページを開くにあたったか。
初めて買ったパソコンで、一番に検索してみたかったこと。「THE FUSE」と
いう言葉。 今26才の私が高校生の時に生活のスベテ、といってもいいほど
胸を焦がしたバンド。

検索したら、ここにたどり着いた。
ホコ天から、爆発するようにデビューをして、そのホコ天という性質柄
タテノリで、水玉で、ラバーソールで、対するは思春期の女の子たちで。
音楽、というより若さと勢いの塊、そんな若者4人のバンドのボーカルであり
頭脳であったのがボーカルの塩崎太久茂という人。
どきどきしながらゲリラライブを見に行ったこと。
アルバムが出る度、勢いより「音」が「声」が、どんどん格好良くなって
嬉しかったこと。
何よりライブで彼らと一体になることで嘘ばかりの毎日の生活から抜け出る
こと。 本当の自分に戻れること。 18才の私の生活の起伏は、FUSEにあった。
バンドブームという名前は、本当にブームが去って行くと共に世間から消えて
しまった。 FUSEはバンドブームが終わったからブームから出てきた自分達も
消えてしまうという最悪な終わり方はしたくない、といっていたような気がする。
でも、次のブームという大きな黒い波は、もがく彼らを飲み込んで消してしまった。
私は気づいていた。
塩崎が時折口に出していたルースターズ、というバンド。
自分が作ったFUSEというお城がもうすぐ崩れてそしてなくなる事を知っていた
塩崎はそのライブでガールフレンドを歌っていた。
今までも何度か彼が歌うこの曲を聴いたことがあったけれど、その日はとても
切なかった。
乗り移ったように、歌っていたけれど泣いているようだった。

FUSEが解散して7年が経って、私も26才になった。
大学に行って、OLになって、色んなことが沢山あって、聴く音楽も随分変わった。
でも、ルースターズを愛する皆さんがそうであるように、そして塩崎さんもそうで
あるように、私も今もFUSEのCDを傷だらけで音が飛ぶけれど、聴いているんだ。
もう、一生出会える事はないと思っていた。
そしたら、塩崎さんが、私が好きだったTAKUちゃんは、大好きなルースターズの
ページにメッセージを残していた。

山口さん、そしてもしかしてこれを読んだみなさん、
突然こんな長い私話をしてしまってごめんなさい。
みなさんのメッセージの中に塩崎さんのコメントを見つけた時は、長年のつかえが
下りたようで泣けました。 これからもルースターズを勉強させていただきます。
どうもありがとうございました。

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[山口のコメント]
以前の塩崎さんのメールにはROOSTERSは特別な存在であると
書かれてました。
そして、ルースターズを介しての井上さんと塩崎さんとのつながり。
不思議な気がします。
これからもルースターズの音楽を聴いてみてください。



■池畑さんの事 / もうすぐ40さん (2000.03.12)

池畑さんは、スーパーマンでした。 天才的な運動神経の持ち主で、
たくさんの伝説があります。
バイクの運転も超人的で、後ろに乗せられて泣いた記憶があります。
私が中学生の頃です。
その頃、私は,池畑さんの弟と一緒にバンドをやっていました。
チューニングも満足にできない私は、池畑さんのバンドを神様のように
見てました。 若松の高塔山にある音楽堂での練習を覚えています。
池畑さんのドラムが入ると、爆弾が落ちてきたような感じがしました。
当時の音楽堂は、錆びれていて,電気も通ってはいませんでしたので、
近くの民家から長いコードで電気を 引いていました。(その後、すぐに
バンドの練習場として整備されました。)

井筒屋のビアガーデンでアルバイトをしている時、池畑さんに肩を叩かれ
ました。 ROOSTERSのデビューアルバムのレコーディングが終わって
帰って来た時で、みんなと一緒だったと思います。 とても嬉しかった。

大江さんは、私たちの憧れです。
ROOSTERSは、私たちのBEATです。
私が結婚する前に妻と一緒にサインを貰いにいきました。
(ミーハー的行動を許してください。とても会いたかった)

ROOSTERSは、私にとって特別なバンドです。(もちろん,東京の
バンドであってもファンだと思いますが)
大江さんは、唯一本物のロックンローラーだと思います。
一度も裏切ってはいません。



■ルースターズ雑感 / Tさん (1999.11.23)

世の中にこんなにたくさんの人間がルースターズを聞いているとはビックリしました。 自分は15,16才ぐらいの頃(今から16,7年前)に始めて聞きました。
何で聞いたか(ラジオ、レコード)は全然覚えていません。だけどずっと
聞いているんです。 昔はレコードだつたのも車にCDプレイヤーがついてから
CDに買い直しずっと聞いています。
僕の音楽のきっかけは小学生の時のツイスト(世良政則)だったと記憶して
いますが、それからストーンズ、ブルースブラザーズ、オーティス、
ボブマーレィ、など洋楽が中心となっていました。だけどその中でルースターズが
洋楽といっしょに並んでカセットの中に入っていてウオークマンでいつも聞いて
いました。

僕自信のルースターズの好きなところは、リズムとその上にのっている
日本語(歌詞とは書かないで日本語と書きました)たたみかけるとか、突き放す、
引き寄せる、起こす、眠らせる、うまく言えませんが、ストーンズのサティス
ファクションやオーテイスのリスペクトを聞いたような、英語が理解できなくても
何か伝わる物を感じた、そんな感覚が日本語で歌っているのに日本語としない・詩
では無く歌としてリズムと言葉は切り離してはいけないそんな感覚があった
気がします。 うまく表現することが出来ませんが自分のルースターズ感とは
これだとずっと思っています。



■カッコイイルースターズ / Kさん (1999.10.27)

ルースターズの名前は結構昔から知っていました。
良く雑誌に伝説のバンドなどと書かれていたので。
しかし今までそういう記事を頼りに聴いてきたバンドたちには
がっかりされっぱなしだったので、聴いてみようとは思ってませんでした。
しかしミッシェルガンエレファント、グルーヴァーズ目当てに
トリビュートアルバムを聴いたのをきっかけに、
ルースターズへの興味が僕の偏見を押しのけ始めました。
そして9月、姉の家に遊びに行ったら、そこにはルースターズのCDが!
さっそく聴かせてもらうと、スピーカーから流れてくるのは
もう自分の口が一生カッコイイとしか言えなくなるのでは、と
思ってしまうぐらい、カッコイイとしか言えないロックンロール。
それからはCDカタログを見て次々とアルバムを買ってます。

僕は文章による表現力が欠如しているので、
ルースターズのことをカッコイイとしか言えません。
でもそのカッコイイは大量殺人できるくらいの威力があります。
これからは安易にカッコイイという言葉は使いません。
なぜならルースターズと同じくらいカッコイイって、
人生のうちでそんなに出会えないから。


■懐かしき日々を思い出しました / Kさん (1999.09.28)

ビックリしました。ルースターズのHPがこの世に存在するとは..。
また、全国に数多くの人が色々な思いを込めて聞いていたことも..。

私は九州の片田舎に住んでおり、昔から地元のレコードショップの
店長から「あんた、変わったレコードばっかり買うね。」と
良く揶揄されていました。(スターリンも聞いていたからでしょうか?)

最初にめんたいロック(たしかこう言っていたと思うのですが)に触れたのが
18歳の夏でした。当時友達だった奴が聞いていたのが、
あの陣内率いるザ、ロッカーズのLPレコードを45回転にしてかけており、
正規の33回転に戻しても「こりゃすげー」と衝撃を受けたものでした。

しかし、これが切っ掛けでいろんな音楽情報誌を購入しているうちに
出会ったのが大江でありルースターズそのものでした。
ファーストアルバムはロッカーズと多少似て非なるところもありましたが、
「A GOGO」の「ガールフレンド」や「カラーに口紅」を聞いて何か気分が
落ち着き、気がつけば「大江ワールド」へ引き込まれていた自分がいました。
後年に大江や陣内が出演した映画「爆裂都市」も地元映画館では
上映禁止になっており、1時間半くらいかけて他の都市まで見に行った
記憶があり非常に懐かしい気持ちです。

当時付き合っていた彼女の事や、乗っていた俺の昭和45年式「シビック-RS」
、今ではバラバラになって顔も見ていない当時遊んでいた友達等々..。
よく行ったディスコでは無理やり「ルースターズ」の曲をかけてもらったりと、
今、思えば本当に、本当に、二度と帰ってこない時代なのですね。

ただ、いまだに車を走らせていると「頭の中」からルースターズの曲が
「自動再生」し、知らぬまに車のアクセルを余分に踏み込んでいる
自分がいることが怖くなります。



■LIVE-yを観て / Komatsuさん (1999.06.31)

「リスペクタブルルースターズ」というCDが好調なのか、LIVE-Yという
TV番組で久しぶりに、懐かしい顔(花田、井上、池畑、下山)を観ました。
でも、去年3月に福岡であった伝説LIVEで、ルースターズが復活した時に
感じたとおり、大江慎也という存在はアンタッチャブルな事のように、
まるで触れられないまま終わるかの様でした。

でも3週目になって、やっと井上富夫のコメントの中に「大江慎也の才能の
すばらしさを感じた。」という言葉がありました。胸のつかえがひとつとれた
ような気がしました。


■1999/5/29 RESPECTABLE ROOSTERS IN 赤坂BLITZ / 小野さん (1999.06.01)

先日ルースターズを見てきましたので感想をお送りします。

・若手バンド5組とルースターズのライブがありました。
ルースターズと言う名前の入ったチケットを手にし嫌が上でも興奮していました。
前座の若手バンドもルースターズのカバーを1〜2曲カバーしていました。
その中でも圧巻だったのが“魚眼レンズ”と言うバンドです。花田もゲストに
登場しての“LEATHER BOOTS”はかっこ良かった。久しぶりのあのSOLO!。
他の、バンドはこのくらいにしておきますね。

・花田、下山、池畑、井上の四人が登場です。
一曲目の“DO THE BOOGIE”から相変わらずのドコドコリズムはすごい!
日本一のリズム隊ですね。
花田は相変わらずのDOWM気味、下山のSOLOも良い感じ。
大江が歌うべき曲を歌う花田はどこか苦しそうに見えた。
大江が戻る事のないルースターズに苛立っているのか、ルースターズを忘れて
くれと言わんばかりの花田の姿が印象的でした。
バリウムピルスやその辺の花田を初めて聴いた。
いろいろと考えさせられたライブですが、今の花田にはジプシーズが調度良い
のかもしれません。
ルースターズの幻影は俺達の心だけに、もう閉まっても良いのかもしれません。
ただ、伝える事は必要ですがね。

DO THE BOOGIE
新型セドリック
どうしようもない恋の唄
バリウムピルス
撃沈魚雷
ニュールンベルグでささやいて
HEY!GIRL
NEON BOY(抵抗か?Zの曲)
(順不同)


僕等が見た正直な感想です。
不完全燃焼気味でした。
あの、幻影が強烈過ぎるのでしょう、花田にそれを求めてはいませんが、
ROOSTERSと書かれたチケットに期待していました。主催者側の思わせぶりも
ありましたね。他にゲストいませんでしたし。
当日、会場で売られたT−シャツにはROOSTER?と書かれていましたから、
ひょっとして、、、とも思ったのです。 大江は今のままが良いのでしょう。


■ちょっと、待ってよ / Kuboさん (1999.05.18)

ルースターズとは、もがきながらも、バンドを維持した、
花田と下山のことじゃないの。
バンドの求心力なんて言うレコード・コレクターの三田さん。
あの、時代、ルースターズが置かれたレコード業界、そんな、大仰なもの
だっつたのかね。
僕にとっては、FOUR PIECESが全て。
最強のリズム隊の上で唄う花田、下山。
それ以外、何をルースターズって言えるんだ。

FOUR PIECES
 1曲目から10曲目
11、NEON BOY
12、SOS
13、PASSENGER

花田とジュリアン・コープの新譜を聴き続ける。
それが、今の僕の求心力だと思ってるけどね。

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[山口のコメント]
大江が危うい状態になった時からバンドを維持し、引っ張り
続けたのは、他ならぬ下山さんだったと思います。



■ルースターズのカバー、他にもあります? / Nagasawaさん (1999.03.19)

トリビュートが出ることで、ルースターズの再評価機運も盛り上がること必至ですね。
さて、この前の塩崎さんの文章で、THE FUSEが「GIRL FRIEND」を
カバーしてCDに収録されてらっしゃったことを知りました。
この他にもルースターズのカバーがレコード(CD)化されたことって、あるのでし
ょうか?
私の知っている限りでは、最近では、PEAL OUTの「SAD SONG」があり
ます。Rockin’On誌4月号のCDレビューで、松村雄策氏がとても誉めてい
ました。 彼らは今度のトリビュートにも「CMC」で参加していますが、「SAD
SONG」は最新マキシシングル「LUCKY STAR」の3曲目に入っています。
また、アナーキーがTHE ROCKBANDという名前で再デビューしたときの
アルバム(たぶん)で、「フール・フォー・ユー」をカバーしていました。
アルバムタイトルが「アナーキー」で、アーティスト名が「THE ROCKBAND」
だったと思います(紛らわしいですね)。
あとは、カバーとは言えないかもしれませんが、花田裕之&ロックンロールジプシー
ズが、「ロージー」をCD化しています。マキシシングル「LOVE HURT」だっ
たかと思います。
他にも、皆さんご存知でしたら、ぜひ教えてください。

Nagasawa(1999.03.19)

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[山口のコメント(1999.03.19)]
ルースターズのカバー情報ありがとうございます。
カバー曲を聴く事によって、ルースターズに対する想い入れが感じ取れます。
ルースターズを聴いているアーティスト達はカバーしたいと思っているのかも
知れません。 だって、どれも良い曲ですから。


■MY DEAR ROOSTERS A GOGO / 塩崎さん (1999.03.13)

私は、ここでyamamotoさんとナ−スさんの話題に上ったTHE FUSEという
バンドでボ−カルをしていた塩崎です。
現在は、松山市にて自営業をしております。

ここで話題に上ったように、ガ−ルフレンドをカバ−して、カバ−曲のみの
ミニアルバム「インスピレ−ション」というタイトルで、東芝EMIから発表
しました。
その際には、ギタリストに筋肉少女帯の本城聡章を迎えてのレコ−ディング
でした。別テイクは、ゼルダの亜子ちゃんとアコ−スティックのテイクも録りました。
これは、ベスト盤に収録されています。
その後、ル−スタ−ズマニアが集まり、MY DEAR ROOSTERS
A GOGOというバンドを結成し、都内のライブハウスをゲリラ的に飛び入り
していました。 ロフトやラママには本当にお世話になりました。
その際のメンバ−は、

ボーカル 塩崎 THE FUSE
ギタ− 本城 筋肉少女帯
ベ−ス 八熊 スパ−クス GOGO
西川 MAD GANG
ドラム ジン 有頂天

以下、業界関係者のROOSTERSマニアが集まり、大阪までラジオの公録にも
行きました。正式にレコ−ド会社からもオファ−がありましたが、それぞれの会社の

都合が折り合わずリリ−スにはいたりませんでした。楽しかった思い出です。

ところで、私とROOSTERSとの出会いは、1982/8/6の松山での
イベントでした。当時高校一年生だった私は、松山から更に一時間以上
かかる田舎に住んでいましたので、生のライブは小学生のときにゴダイゴ(古い)
をみただけでした。
中学3年のときに、ROOSTERSを教えられ本当に擦り切れるほどレコ−ドを
聞いていましたが、ライブというもの自体になれていないので、なにを着て行こう
など色々悩んだ記憶があります。
そのイベントは、天(ダディ竹千代さんのバンド)とダンガンブラザ−スとの対バン
でした。
その日は、大江さんも機嫌が良くMCも結構有ったと思います。
衣装は、かなりカラフルで(多分メンズビギ)かなり、POPでした。
翌日、ロ−カルのテレビ局に出演し、勘違いアナとのやりとりは笑えました。
このとき生ROOSTERSを見たことが、自身の人生を変えていく布石になって
いるように思えます。
自分達のやっていた音楽は、ROOSTERSとは程遠いのですが、セ−ルスと
いう物差しと真っ向から勝負しようと思い色々なものを捨てたり、貼りつけたり
という行為により何かを手に入れようとしていました。色々なものに流され
自分達の形すら自分達で作ることが出来なくなり、形すら解らないように
なっていった気がします。
しかし、自身のコアは大好きなものは最後まで大切に取っておこうと思って
いました。 残念ながら、形にすることは出来ませんでしたが・・・・・・

チュ−リップの「私のアイドル」という曲も、まさに自分たちという感がありました
からガ−ルフレンドが収録されたカバ−アルバムにも収録しています。
あるインタビュ−で、大江さんが「ピリオドを超えたロックバンド」という表現を
していましたが、やはり自分の中では、彼ら以上のバンドは見つけることが
出来ません。
ROOSTERSは今でも、語り掛けてきます。

塩崎(1999.03.13)

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[山口のコメント(1999.03.13)]
塩崎さん、投稿ありがとうございます。
ナ−スさんの投稿では「ボーカルのひとの近況は、よく知りません・・・・」と
書かれていましたが、今回、ボーカルをされていた御本人からの投稿という意外な
展開に驚くと同時に嬉しいです。
諸事情でリリ−スには至らなかったという MY DEAR ROOSTERS A
GOGOのアルバム聴いてみたかったです。
松山で生ルースターズを見て、自らもル−スタ−ズマニアが集うバンドを作り、
そしてルースターズWeb pageの「FUSE」の記事に出会う・・・・・
ルースターズとの不思議な縁ですね。
「ROOSTERSは今でも語り掛けてきます」との言葉、重みがあります。


■ストーンズのカバーについて / C.G.さん(1999.01.20)

ストーンズのカバーの話が出てたので、また思い出話を。

僕はルースターズのデビュー前後('80-82)に
北九州および博多で行われたライブをほとんど観ていますが、
特にデビュー前のライブでは、ラインナップの約半分が
ストーンズのカバーでした。
正確に言うと、ストーンズ初期にR&Bをカバーしているものも含むので、
カバーのカバーになりますが。

さらに、その多くのナンバーを、大江くん独特の訳詞で
日本語バージョンで唄っていました。 これが、カッコ良かった。
例えば"CAROL"なら、「デリケートなママなら、ブッ飛んじまうぜ〜」
ってな具合の歌い出しでした。
オリジナルの英語の歌詞の意味を踏まえながら、
ビート感あふれる日本語に直して唄う言語感覚は、
のちのオリジナル作品にも活かされていると思います。

デビュー前は、バンドとしてのリハーサル時期でもあったわけですから、
カバー曲を通じて、ルーズターズサウンドの骨格を作っていたのでしょう。
バンド名もストーンズの"Little Red Rooster"から取っているくらいですから、
4人のサウンドを固める一番の早道だったのかも知れません。

この頃レコーディングされた音源やライブの音源は、
のちに複数のレーベルからリリースされているようですが、
残念ながら僕は聴いていません。
その中にも日本語バージョンって入っているのでしょうか?

あと、カバー曲で特筆すべきは、
Dr.Feelgoodの"She Does It Right"でしょうね。
初期のライブでは、花田くんがボーカルをとる唯一の曲として
必ずと言っていいほど演奏されていました。
ほぼオリジナルの完コピなんですが、
大江くんのウィルコ・ジョンソンばりのギタープレイは鳥肌ものでした。
本家Dr.Feelgoodもライブアルバムにこの曲を収めていますが、
聴き比べたらルースターズの方がカッコ良かったかも。

C.G.(1999.01.20)


■ルースターズのトリビュートアルバム / SASAさん(1999.01.20)

去年テレビ見てたら(CS放送スカパーの721チャンネルの
FACTORY721という番組)
ギョガンレンズっていうバンドがインタビューで
こないだルースターズのトリビュート用に いらいらするぜ〜 
で始まる曲をレコーディングしたといってました。
DISSATISFACTIONかなあ。

あとどんなバンドが参加してるのか? & どんな曲が収録されるのか
& リリース日はいつなのか? は わかりません。

しかし楽しみですねっ。

1981年頃 ARBのボーイズ&ガールズや THE MODSの
ファイトオアフライトと ともに ルースターズA GO GO よく
聞いてました。
1981年にARBとTHE MODSは仙台に来てくれたのでライブに
行きましたがルースターズは東北に来てくれなかった。
まあ その後はよく来てたようですが・・・・・でもいかなっかた。
後悔してます。

大江のルースターズは生で見たことがないので今考えると
もったいないことしたなとおもいます。

SASA(1999.01.20)

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[山口のコメント(1999.01.20)]
トリビュートアルバムの情報ありがとうございます。
thee michelle gun elephantも参加しているそうです。
こうしたアルバムが出される事で、ルースターズを知らない人の手に
触れる機会が増え、ルースターズが再認識されると良いですね。
唯、個人的にはトリビュートアルバムには興味が無いのです。
ルースターズ以外のバンドがルースターズの曲を唄ってるのを聴いても
全然嬉しく無いです。 逆に虚しくなるだけなので私は聴きません。


■「FUSE」ファンです / ナースさん(1998.12.08)

「ルースターズへの思い入れ」のyamamotoさんの投稿をみて、
メールしました。

私は、その、「FUSE」ファンです。 ライブで よく、「ガール フレンド」
うたって くれました。
メンバーみんな、ルースターズが好きだったそうです。
それから、私も、ルースターズに興味をもちました。
とりあえず、画像からと思い、「EARLY LAVE 1981」という、
ビデオを買いました。 いいなぁ〜と、おもいました。

それと、いま、「FUSE」は解散してしまいましたが、
個々でみんな、活動しています。
ギターの門脇 学さんは、「スリル」というバンドをやっていて、
松雪 泰子さんのだんな様です。
ベースの笹沼 位吉(のりよし)さんは、「クール スプーン」という
バンドをやっています。(Tokyo NO1 SOUL SET でも、
手伝ってるみたいです。)
ボーカルのひとは、よくしりません・・・・。
ドラムの金原 崇さんは、「恋愛信号」というバンドをやってます。
昔、ホコ天でバンドをやってた人達と集まって、結成したそうです。
このバンドでも、ライブで、「ガール フレンド」をやってました。
いまは、じぶんたちも、同じ名前の曲をもってるので、やらない
みたいです。

ナース(1998.12.08)

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[山口のコメント(1998.12.14)]
ルースターズの初期の作品の中で「ガール フレンド」は異色ですね。
こういうシットリとした作品も出来るんだと思いましたし、ただの
ビートバンドでは無いんだという証明でもありました。
何がキッカケにせよ、ルースターズに興味を持って戴ける事が嬉しいです。


■ROOSTERS IS MY BEST / 小野貴志さん(1998.11.18)

the air/大江の詩すごい
風の中に消えた/花田のギターいい
STREET IN THE DARKNESS/大江の声
LAST SOUL/解散を予告

R&Rから、ルースターズの音楽に成るまで、短すぎたけれど、
僕は花田に聴きました。

”大江が大好きだ”、、、

ROOSTERSは、全てを拒否したのではなく、全てを受け入れたのである。

小野貴志(1998.11.18)

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[山口のコメント(1998.11.21)]
STREET IN THE DARKNESSの大江の声は痛々しいのですが大好きです。
どんなに良い唄や演奏やメロディがあっても、自分と波長の合わない
「声」ならば興味が失せてしまいます。
大江の「声」は私の魂を掴んで離さないのです。


■悔やまれる思い出 / HIsamitsu Furushou(1998.02.02)

はじめまして。
私がルースターズのことを知ったのは高校生くらい。
KAMINARIを買った記憶があります。
もっと前から知ってはいたのですが・・・
もとはSIONが好きで、花田さんを知り、ルースターズかあ・・・
聴いてみようかな、という感じでした。

邪道といわれそうで申し訳ないんですが。

そしてしばらくの時が経ち、程なく解散。
E.L.Lの2DAYSチケットを買い、最初で最後の彼らを
見よう(聴こう)と私なりの思い入れがあり、その日をまったのですが。

就職先の研修があり、遅くなっても行こう。と、思いきや。
朝の8時から夜の10時まで、その研修は5日間も続いたのです。

それだけでもかなりキツいのに、あーライブがーーー!!!

あれから10年。
いまだに悔やまれてなりません。
そのときのチケットは三角のまま。
(E.L.Lのチケットは三角で、入場時にその一角をちぎり、台形に
なるのです。)

私の青春の悔やまれる思い出です。

HIsamitsu Furushou(1998.02.02)

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[山口のコメント(1998.02.02)]
最初で最後のルースターズ見に行けなくて残念でしたね。
チケットが三角形だとは知りませんでした。

私は花田ルースターズではKAMINARIが一番好きす。
贅肉削ぎ落として無駄な音が無く、ストレートなビートサウンド
という気がします。


■ルースターズの曲をカバーしているバンドがかつていたよ / T.YAMAMOTOさん(1997.12.01)

バンドで「ルースターズ」のコピーをみんなやっているんですね。
私がBASSをやっていたバンドも、オリジナルができるまでやっていました。
曲は「テキーラ」「恋をしようよ」「カモンエブリバディー」から始まり、
「GOOD DREAMS」「CMC」まで、ほとんどの曲をコピーしました。

あの頃はバンドスコアがなかなか手に入らず(就職したてで貧乏)、テープから
耳で聞く方法で完コピーしました。
今は「CD」があり大変便利になりましたが、あの頃はレコードからテープに録
音して各自に配ったため、友達のデッキと回転があわず、各自で練習してもいざ
集まっての練習だとキーがあわなくて、特にキーボードなんか苦労してました。
ギター・ベース関係はただフレットを移動するだけで何とかできたけど。(笑)
かれこれ10何年か前の事ですが、たぶん今でも指が覚えていると思います。

あとからバンドスコアを買うことができた(貧乏から少し脱出)ので見てみると、
耳で聞く方法での完コピーと全く同じでした。自分の耳も結構捨てたもんじゃな
いと思った。

あっ、そうそう「ルースターズ」の曲をカバーしているバンドが昔いましたよ。
「FUSE」というホコ天からでてきたバンドで、「GIRL FRIEND」
をカバーしていました。(ポニーキャニオンだった)もちろん今は解散(92年
2月に)していますが。ビデオクリップもありましたよ。
曲は全くオリジナルと違い、テンポはアップテンポです。(しかしBASSはオ
リジナルの完コピーでした)アレンジ一つでこんないい曲になるんだなと思った。
なんせオリジナル(原曲)がいいからね。 何でもOKです。 ハイ。

あの頃「FUSE」のファンだった女の子の前で「ルースターズ」のカラオケの
「GIRL FRIEND」を歌えばわかる子いるんじゃないでしょうか?
(もちろんカバーとオリジナルは違うけど・・)

T.YAMAMOTO(1997.12.1)

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[山口のコメント(1997.12.1)]
投稿ありがとうございます。 私は弾けないくせにギターとか持ってまして、
譜面読めないくせにバンドスコア(passenger)を買ってしまったり、無謀な事を
してました。
「FUSE」というバンド名は今回教えて頂くまで知りませんでした。
カラオケはたまにしか行きませんが、行くと「GIRL FRIEND」は必ず
唄います。 作者の想いがこもった叙情詩なので好きな曲のひとつです。
唄ってみて、シンプルで唄いやすい曲を作るなあと感じました。


■俺とルースターズ / Masaaki Higuchiさん (1997.11.23)

ルースターズのページがあるのを知って驚きと喜びでいっぱいです。
俺が初めてルースターズを知ったのは友達のバンドがコピーしていた
「fade away」を聴いたときでした。
それからオリジナルを聴くようになり、今でも時々バンドでコピーしています。

「early live1981」のビデオは今でも大好きなビデオで、スカ調の花田のGが
イカしてる「COME ON」! 超高速ビートを軽々叩いている池畑。
シンプルなのにグルーヴしている井上のB。 そしてかっこいいとしか言えない
大江! やっぱりROOSTERSは最高です。

Masaaki Higuchi (1997.11.23)

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[山口のコメント(1997.11.23)]
a-GOGOは捨てる曲が無いですね。 「fade away」を初めて聴いた
時は、鳥肌が立ちました。 テンポといい、大江の唄といい、
素晴らしい曲です。

「かっこいいとしか言えない大江!」・・・・ 私も同感です。
何故か惹かれてしまいます。


■ルースターズをカラオケで唄う人を知ってる / 田辺亜紀子さん (1997.11.7)

ルースターズのページにメールを送るのは初めてです。
実は私はそんなに詳しくはないのですが。
彼らを知ったのはおそらく高校生ぐらいでしょうか、
大江氏が脱退したかしないか、そんな頃だったと思います。

後々知ったのですが、姉(もうすぐ33)が好きだったらしくて(趣味が
似てるんです…当時はお互い全くと言っていいほど交流がなかったので
すが…不思議なものです)
大江氏がやめた後のライブで(あれ?もしかするとジュリアンコープの
前座だったかもしれない)客が花田氏に対して冷たかった、と言ってい
ました。

先日、古いカセットテープを整理していたところ「φ(PHY)」が出
てきた、と感慨深げにしておりました。
いまだに彼女はカラオケに行くと時々「ロージー」を唄います。
(カラオケがあること自体びっくりしてしまいますが)

創刊したばかりの頃の「ロッキングオン・ジャパン」で
花田氏が大江氏に関して切々と語っていた記憶があります。
細かいことは忘れましたが、かなりダウナーな内容だったような。

「10人のルースターズ」で元ローザの三原氏が途中参加していたことを
知り、驚いた次第です。

就職してからここ5〜6年というもの、自ら邦楽を聴くということをして
おらず、(洋楽も然り…そういえばジュリアンはどうしてんでしょう?
今も遺跡の研究を続けているのだろうか)最近のミュージシャンはあまり
知らないのですが、最近になってまるで中学生が始めて音楽に目覚めて
いくかのような、なんだかフツフツとしたものが甦ってきて。 とかいい
つつ聴いてるのがエレカシとか清志郎だったりするんで、ちっとも新しく
ない気もしますね。

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[山口のコメント(1997.11.7)]
ジュリアンコープといえば Four Piecesでの 「Land of Fear」 が好きです。
大江がやめた後のライブで客が花田に対して冷たかった とありますが、
新生ルースターズに対してファンも戸惑っていたのかも知れません。
私は滅多にカラオケに行きませんが、行くと「C.M.C.」を絶叫してます。


■ルースターズについて / Tomoki Ohashiさん (1997.10.2)

ルースターズは石井聡互の”BURST CITY"で知って
その後のシングル”ニュルンベルグでささやいて”で
完全にはまりました。

大学生になって、空ろな日々を無為に過ごしていた頃の
BGMが「φ」や「DIS」、「GOOD DREAMS」の曲群でした。
そんなある日、学祭にルースターズが来るってんで
いろんな思いを抱いて見に行った時は、もう大江は脱退していて
花田がただ轟音ギターを掻き鳴らすステージで
なに歌ってるのか解らない物でした。
偶然にもその前座に高校時代以来、音信不通だった
友人が自分のバンドでギタリストとしてステージに上がったのを観て
驚いたことの方が印象的だったくらいでした。

学生生活の終わり頃に、大江のソロライブをやはり
学祭で見る機会があり、今のかみさんと見に行ったんですが
もうほんとに”病人がステージに立ってる”といった
それは痛々しいもので、観ているこちらが辛くなりました。
”STAND BY ME”を声を振り絞って歌う姿には泣けてきました。

ルースターズはよくエコー&ザ・バニーメンと比較されますが
大江脱退後のルースターズがよくジュリアン・コープの曲を
カバーしていたように、資質はジュリアンのそれに近いと思います。
躁鬱を繰り返しながらも、何年に一度か傑作アルバムを発表してくれる
奇人ジュリアンのように、大江にも戻ってきて欲しいと
願っています。

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[山口のコメント(1997.10.3)]
投稿ありがとうございます。 ”病人がステージに立ってる”という
表現は、まさにそのとおりだと思います。 あんな状態でツアーを敢行
するバンマス柏木に責任はないのか、今もって疑問に思います。


■ルースターズに対する思い入れ / 吉田 尚史さん (1997.9.20)

僕がルースターズを知ったのは1991年、高校1年の時だ。
BOφWYなどのベースを弾いてた頃。
「布袋の『C'mon Everybody』やろうや」
バンドでそんな話が持ち上がった。
数日後、ギターのやつが、「他にもやってるバンドがいる」と言った。
「で、その2曲目がな、『やりたいだけ』っちずっと言って終わるんやぁ。」
(僕は大分出身なので、当時の会話をリアルにする為に大分弁で失礼します)
「???」わけがわからなかった。そんな歌があるん?

そいつの担任の先生が「どうしようもない恋の唄」や
「Leather Boots」などをコピーしていたので、何曲かは知っていた。
何はともあれ、1stと2ndが入ったテープとバンドスコアのコピーを渡された。

「FOOL FOR YOU」「Sitin' on the Fence」だけはビビっと来た。
しかし、他の曲は聞き流し。 一応ダビングしてテープを返した。
そのダビングしたテープを聴いているうちに、気が付けば中毒になっていた。
メンバーの名前も、いつ解散したかも、現在のメンバーの活動さえも
わからない、僕の中では謎だらけのバンドだ。

ようやくメンバーの名前を覚えた頃、2枚組のベストアルバムを買った。
「CMC」までは聞いたことがあったので、この調子がガーッと続くんだろうと
思っていた。 今では大好きな「Sad Song」も受け入れなかった。
「SOS」からはヴォーカルも違う。 何だ、このバンドは。

リアルタイムで聴き始めたのは花田氏のソロ「All or Nothin'」からだ。
だからもう10年早く生まれていたら、と良く思う。
80年頃は、幼稚園にも行く前で、両親も演歌ばっかりだったから当時のロック
なんて少し夜更かしをして見ていた「ザ・ベストテン」に出ていた横浜銀蝿
ぐらいしか知らない。

でも、ルースターズを聴くと、その幼い頃の情景が目に浮かぶ。
決して古臭いというのではなく、「あぁ、この頃にやってたんだな」と 思ってしまうのだ。
もしかしたらルースターズがTVに出た時に偶然見ていて、
脳のどこかに記憶がこびりついているのかもしれない。

吉田 尚史(1997.9.20)


■ルースターズ昔話 / 斎藤さん (1997.09.17)

THE ROOSTERSを初めて体験したのはテレビ西日本で夜中やっていた
L−MOTION RUGだった。1980年秋頃だったと思う。
”北九州市のBANDで、今度デビューするROOSTERSです”といった紹介
のされかただったと記憶している。”FOOL FOR YOU”と”どうしようも
ない恋の唄”の2曲をやっていた。スーツ姿の4人が演奏している。
「何か変だ」当時坊主頭の中学生にとってこれが第一印象だった。
 その頃聴いていたのは洋楽ではビートルズと、50年代のR&Rを少しずつ、
日本のROCKはクールスとキャロルしか知らなかった。大江は黒いギターを
かき鳴らし、がなる様に歌っている、髪はリーゼント風である、今まで接して
いた音楽と変わらない、バリバリのR&Rである、電気に打たれた様だと言っても
構わない、”FOOL FOR YOU”では頭の中でいすゞベレットのクーペが
180キロで疾走している様な妄想を描いたと証言しても差し支えない。
でも何か変だ、なんでだろう、と、坊主頭の中学生は心の奥で思っている。
 大体大江の顔は”ROCK”って顔じゃない、えらの張った下ぶくれな顔だし
ギターの男はなんだか俳優とかモデルって感じだ、ただ1人ドラムの奴は
ROCKっぽい、怖い、かったるそうに、でも凄いドラムを叩く。
それと、ボーカルに抑揚がない、永ちゃんやジョニーの様にはまり込んで、
歌の中の人物になりきっていると言う感じではない、ただただどこかに向かって
疾走している。ともあれ、次の週には、たった1人のROCK友達と、
”大江の物真似”を教室で競い合った。

 ここで、私事っぽくなるのだが、まあお許し下さい。その頃はROCKとは
悪っぽく振る舞わなければかっこよくないと信じ込んでいたのだが、
気の小さな中学生には無縁の話であって、いつもその狭間で悩んでいた。
今から思えば笑い話ではあるが・・・。いつでもROCKと言う”アニキ”に
「おまえはださい、かっこ悪い奴だ。」と言われてる様な気がしていた、
JOHNにも永ちゃんにも。そしてもう1人又増えた、大江だった。

怖くて、ずるそうで、しかしこないだNHKで観た永ちゃんの様に饒舌では
ない、ぼそっとなんか番組の中でしゃべったが良く聞こえない。
ギターを覚え始めていたし、BANDをやりたいなと思いだしていた

 ROCKのかっこよさを知り始めた当時、ROOSTERSは1つの基準だった
。”最新型R&R”は自分でギターを弾いてBANDをやる時のルールだったし、
4人組でスーツ姿で、つっけんどんに演奏する、MCはしないと言う態度にも
惹かれた。しかし、4人組が7人組になり、スーツが普段着になってもかっこ
よさは変わらなかった。メンバーが各自バラバラに好き勝手な事をやっていて
も、音は1つの塊になって出てくる。BANDのありかたがSTONESやWHO
の様でと言うよりも、彼らによってこれらのBANDの存在を知らされた。

 そう、彼らはいつでもMUSIC MASTERであった、悪っぽくない田舎の
ガキにとって、彼らぐらいにかっこ良くやるためには”つやつける(かっこつける
)”だけでは駄目だ、と言うか、悪い事はどうも無理そうだ、じゃあどうする?
答えはすぐ出た、彼らが聴いていたのと同じものを聴けば少しは近づける、
大江はいつも”ハウリング・ウルフ”と言ってたぞ、初期STONESか、ありゃ
音がBEATLESに比べて汚いからな、でもROOSTERSが好きってんなら
、イギーの前座で奴らが出たのか、大江がヒーローズを歌ったのか、宿命の
女?誰それ?

 こうやって聴く音楽の幅が広がって行き、少しずつ世界も広がっていく、
高校生活はゴミでもROOSTERSや、ギターを握れば自分のものだった。
今思うと結構良い学生生活だったかも・・・

ROOSTERSのお陰で、あいつはROCKにうるさいと言われる様になった
んだから(笑)。
 大江は最初は”ずるくてかっこいい”存在だった、しかし、途中で”太宰 治”
の様に”ださそうではあるがずるい”存在に変化(私の中での)していった。
これの説明を未だに出来ないのが歯がゆい。

 ROOSTERSは彼にとって”道化”であったのだろうか、自分を表現する
為の下敷きなら大江にとってはROOSTERS以上の”下敷き”を未だに
手に入れているとは思えない。勿論一連のソロ活動を否定はしていない
つもりであるが・・・。

 私にとっては大江は”R&R MACHINE”そのものであった。そして、
あの”違和感”は未だに今の私に直結している。

斎藤(1997.9.17)

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[山口のコメント(1997.9.17)]
斎藤氏に無理言って書いて頂いた思い入れたっぷりの寄稿文です。
リアルタイムでルースターズ、そして大江を感じる事ができたのは、
羨ましい限りです。



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