ルースターズを見たことがある


(ルースターズのライブに関する話をまとめてみました)



■2004年7月30日 Fuji Rock Festival グリーンステージ / 伊藤さん(2004.07.31)

自分がまさかこの件名で投稿できる日が来るとは,夢にも思いませんでした。
それは昨日です。「フジロック」ということで,こういうものは苦手で初参加なのですが,
ルースターズのライヴのチケットなら高いチケットも全く惜しくありませんでした。
3年前,地元なのでもしかしたら大江さんもゲスト参加するかなと期待し,北九州博
覧祭まで行った交通費を思えば,東京の手前の新潟県なら安い物だし(私は東北地方
に住んでいます)。
この日,車中と会場で待つ時間,ウォークマンでルースターズの楽曲を全部聴きました。
鶴岡を通った時,「ここは下山さんの故郷だよなあ。今日,下山さんも絶対見に来て
いるよなあ。」と思ったりしました。列車が新潟県に入ったとたん,もうどうしょうも
なくなりました。
「同じ県に,今,ルースターズの4人がいるんだ。」と思うと,特急列車の速度が
とても遅く感じられました。新潟から新幹線に乗り換えて,越後湯沢に着き,
シャトルバスで会場へ。
余裕を持って出発した上,バス待ち時間は10分もなく,会場へは午後1時前に到着。
他に見たいバンドもないので,ただ時間をつぶすだけで午後4時になりました。
ステージの背景に黒地にし白抜きで「THE ROOSTERS」の垂れ幕。
オーディエンスは刻々と増え,「こんなにファンがいるんだ。だったらこれからもっと
ライヴ活動ができるだろうに……。」と思っていると,いよいよ来ました,4人が。
最後に大江さんが出てきた時には,もう自分を忘れていました。
私は今まで大好きなロックンロール・ジプシーズやローリング・ストーンズを始め
,数多くのライヴに足を運んでいますが,拍手くらいはするものの,叫んだり,腕を
振り上げたこときは一度もありませんでしたが,ここで「大江!」と自然に大声が
出ていました。40歳を前にして,初めて叫んでしまいした。
ライヴの内容は,他にたくさんの人が見ているでしょうし,曲目や彼らの様子に
ついては詳しくは書きません。
個人的な感想だけを書かせていただくと,「こんなに魅力のあるバンドが,これを最後に
活動しないなんてもったいなさ過ぎる。」と思いました。
大江さんはとても調子がいいようで,安心しました。選曲については,「彼らも
初期ルースターズを聴きこんでいるんだなあ。その上で選び抜いたんだろうなあ。」と
思いました。例えば「ヘイ・ガール」は私はもう本当に大好きな曲でなのですが,
「ただ盛り上がるだけ」ならたくさんある他の曲よりこの曲を選んでくれて,本当に
うれしかったです。「自分は歴史的ライヴにいるんだなあ。」と実感しながら見ました。
これからの4人にも目が離せません。大江さん,花田さん,池畑さん,井上さん,
本当にありがどうございました。



■1984年12月7日 横浜Shell Garden / オカモトさん(2002.08.04)

'84年12月7日に横浜Shell Gardenで「Person To Persons」
(当時のツアータイトルですね)と称してLiveが行われました。
メンバーは「φ」発売直前ですから、
Vo. 大江
G. 花田
G. 下山
B. 柞山
Dr. 灘友
Key. 安藤
でした。

この時の模様はテープに撮ってあって音質も最高に採れたので
今でも時おり聴いています。(よくライブハウスで撮りましたが
--今ではほとんど残っていません。新宿Loftの7daysも2日
採れましたが現在行方不明です...--その中でも一番よく
採れています。)
曲目は以下の通りです。
1.キャディラック
2.Come On
3.The Air
4.Sad Song
5.Hard Rain
6.Femme Fatale(Vo.花田)
7.Down Down(Vo.花田)
8.Route 66
9.Come On
10.新型セドリック
11.Little Red Rooster
12.Walking The Dog
13.Tonight
14.Nurnberg
15.She broke my heart's edge
16.Let's Rock
(enc. 1)
17.Venus
(enc. 2)
18. King Snake Blues(Vo.安藤,B.大江,ダンス,柞山)
といった名曲集でした。途中カバーをまじえるのもかっこ
よかったですし。



■ありがとう。 / 太田さん(2001.07.27)

ロックに目覚めた15歳ごろから聞いていたバンドです。
いわゆる「博多めんたいビート」といわれていた音を中心に聞いていました。
ただヤリたいだけの15の頃
でも恥かしくて女の娘に声など掛けられなく
一人でアレをするしかなかったあの頃
ルースターズの疾走感が、ビートが、やるせなさが、
とても心地よかった。
 ただ心残りがひとつ。
ほぼリアルタイムで聞いていたのだけれど、初めて足を運んだライブが
ニュールンベルグ発表後、活動休止明けのロフト3DAYS
(こちらのツアー史で確認させてもらいました)
空調の壊れたロフトでそれこそ水浸しでみたライブなのですが
最大の楽しみだった池畑のドラムがきけなかったのがまずひとつ
日本で一番のロックドラマーは今でも彼だと思っています。
この時は大江慎也はまったくMCもせず、ただただぶっきらぼうに歌っていた
初めてだったのでこういうスタイルなのかなと思っていたのです。
その後ライブは少しご無沙汰していました。
池畑脱退が相当ショックだったので、。
ただアルバムは聞き続けていました。
ただ体をゆすれればよかった10代中盤から少しはモノを考える10代後半
かかるにつれルースターズも「DIS」「GOOD DREAMS」とあたかも
自分の心の変化に合わせるかのように変化していったのが
とても波長があったから。
 そしてその頃に2度目のライブ。
そこに立っていたのは、すでに痛々しい大江慎也でした。
病気のこと、今も当時もよく知らないのだけれど
何かにおびえるかのように歌う彼をみた時に残念ながら、
もうライブには行かないだろうなと思ったのでした。
その後に出た「ファイ」もアルバムを買っているし、好きなのだけど
やみくもに突っ走る初期の頃の彼ら。
リアル体験をしていながら、リアル体験ができなかった、そんな心残りのあるバンド
です。

 その後解散してしまってから1年ぐらいの頃だったか、
当時、生活していたロンドンのコベントガーデンで花田氏を見かけたことがあり、
あまりのうれしさに「バンドやりに来たんですか?」とこえをかけてしまったんですが、
突然異国で声を掛けてきた若造を胡散臭そうな目で見つめる花田氏にそれ以上
声を掛けることはできませんでした。ただ当時日本のバンドで心焦がされるバンドが
なかったのは確かで、かっこいいロックバンドをまた彼らが始めてくれること、
とても期待していたのです。
 このページを訪れて以来、またルースターズを繰り返し聞いています。
いまだ色あせないですよね。
CDの再発の件も初めて聞きました。まだ手にはいるのでしょうか。
探してみようと思います。
 全国にこんなに思いいれの強い方々がいること。
とてもうれしく思います。



■胸の奥に封印していたもの / TONOさん(2001.07.17)

私は、リアルタイムでルースターズを知っている年齢なんですが、大江在籍の
ルースターズは結局見れなかった。
1985年4月12日幻の岡山公演...いまだに新聞の切り抜きを持ってる。
11行のお知らせ記事「メンバーの一人が急病のため...」
主催者に電話して「延期じゃなくて中止か?」「メンバーの一人って誰?」
何度かけても答えは「中止」「メンバー?安藤じゃないかなー。あー大江だって。
病気じゃなくて脱退だよ」  うっそー!!!!!!

16年前の4月12日岡山は雨でした。コンサートがあるはずだったビブレホールへ
チケットの払い戻しに行った。神戸チキンジョージや広島ウッディストリートなら何
度も来てたのに。見に行けたのに。本当に後悔した。

結局我慢できず、7月7日小倉まで見にいきました。大江のいないルースターズ。
青いシャツ来た花田を「なーんでこの人がこの曲歌ってるんだ〜?」すごい脱力感を
感じながら見たように記憶してます。

しばらくは大江の復帰を期待していましたが、そのうち無理なんだろうなと大江を含
めたルースターズを封印してしまいました。
多分、こんな形で終わらせてしまったから、いつまでも私の中で「特別で、心を揺さ
ぶり続ける存在」になってしまったんでしょうね。



■ルースターズと演奏した事がある / 今島さん(2000.10.10)

恥ずかしながら私ルースターズと演奏した事があります。
私の音楽人生の最大の誇りです。
当時、私18才、バンド三昧の高校生活の結果か?見事大学受験に失敗し友人と東京に
出てバンド生活に入りました.ストーンズ神様状態の私達が始めて行ったクロコダイル。
そこにいたのが「ルースターズ」でした。 かまやつひろしが見に来ていました.
曲毎にスネアを交換するドラムがカッコよかった。 ベースの井上さん?がカッコ良かった。
ロージーに打ちのめされた。 女性の「やりたいだけ〜!」の手の仕草にぶっ飛んだ。
翌日、テープを買った(当時CDは無かった!!)。 今もそれがMY FAVARITE SONGS!!
その後、友達はエコーズに入った。ZOO(愛を下さい)のエコーズです。
ベースの伊黒俊彦です。 自分はあせった。 でも、どうしようもなかった。

当時パチンコ店でバイトしていたバイト仲間にルースターズフリークがいた。
バンドを組んでルースターズまがいの事をしていた。そしてパチンコ店の客に白竜がいた。
そしてぬぁああんと、ルースターズの超ハンサムボーイ??がいたのである。
おずおずと話かけると音楽の趣味が合った。

ある筋の紹介でルースターズのオーディションに参加した。 ベースがいなかったのだ。
ドラムの人も初期と変わっていた。あの四角い顔の人ではなかった。 当時、雑誌で
「大江さんが歌を歌えなくなった」事を知っていた。 参加したのは2人だった。
最初の人の演奏を聞いて「勝った!!!」と思った。 まじ、へたくそ!!
そして自分の時が来た。「どうしようもない恋の歌」を演奏した。
途中から大江さんが歌ってくれた。 歌えなくなっていると聴いていた大江さんが
歌っている!! これで緊張しない人がいるかぁ?
いるよ! そーでなきゃやれないって! 自分はルースターズを神格化し過ぎていたんだろう。
でも、一緒にやりたかったらそんな事のり超えてアピールできなきゃだめだって!
15年たった今、そう思う。

その後、ルースターズのワゴンで??さんのマンションにいった。
新米のギタリストが「今度、こいつ、はいんの?」とか言ってた。
こんな程度の奴が?とも取れるし、どっちでもいいようにも聞こえた。
結局その後のツアーでは他の人がベース弾いてたけど、でも、でも、それは
自分の唯一の自慢です。 田舎もんの自分がずっと憧れてたクロコダイルで
始めて見たバンド「ルースターズ」。 

それまでの自分の音楽の常識をぶち壊してくれたバンド。
自分のベースで大江さんが歌ってくれた事が自分の、自分だけの喜びです。


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[山口のコメント(2000.10.11)]
頂いたメールのタイトルを見てびっくりしました。
大江と会ったとか、話したとか、そのような経験談が寄せられたことは
ありますが、オーディションに出られた本人(今島さん)の経験談は当然
ながら初めてです。
大江さんが演奏に合わせて唄ってくれたという、ファンとしては至極の、
そして今島さんがベースとして加入したかもしれないという、貴重で
大事な思い出をありがとうございました。


■80年12月2日 京都「磔磔」 / バンパイヤーさん(2000.10.04)

私も好きでした。ルースターズ。ただし、大江慎也在籍中に限りますが。
83年に就職するまでは、関西でのライブは結構見に行ってたと思います。

ところで、重箱の隅をつつくようで恐縮ですが
「ルースターズ・ツアー史」に脱落を発見しましたので、
お知らせします。もう、どなたかから指摘があったかもしれませんが。
80年のデビューアルバム発売当時に京都の「磔磔」でライブをやっているのです。
正確な日付は、ここhttp://www.geisya.or.jp/~takutaku/sch/1980.htmlに載って
いますが、80年12月2日だったようです。
私が初めてルースターズを見たのがこのときなので覚えているのです。
確か、客は7〜8人(うち3人は私と友人)、演奏は30分程度、アンコールなし、
の寂しいライブだったと記憶しています。
衣装はデビューアルバムのジャケット写真と同じ、しかし大江慎也の前髪は垂れて
いたと思います。
演奏終了後、メンバーが私服に着替えて客席に下りてきましたがギタリストを
筆頭に私服のセンスがやたら貧乏くさかったことも印象に残っています。

なお、レコードデビュー前の80年6月にも「磔磔」でライブをやってたようです。
そのときのショートコメントがこちら
http://www.geisya.or.jp/~takutaku/loveletter/iro.2.htmlにあります。


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[山口のコメント(2000.10.04)]
ツアー史の不備の御指摘ありがとうございます。 修正を加えました。
早速、磔磔のWebPageをみました。 歴史のあるライブハウスですよね。
今ではビッグネームになってしまったバンド達も磔磔を経験しています。


■大江慎也というロックミュージシャン / mamikoさん(2000.3.19)

この広い空の下、大江を知ってる人が果たしてどれだけいるものかと、
いつも考えていた。 いたよ、ここに。 たくさんの人が大江の事を今でも
思っているなんて驚きだ!! それと同時にうれしくって思わずペンを???。
私がはじめて大江をみたのは、84‘8.29.新宿ロフト。
それからは、近所でやったライヴにはほとんど行った。当時私は、
ライヴレポートなるものを書いていて、今でもそれは、手元にある。
読み返すと、当時の記憶が鮮明に蘇る。
その中でも一番印象に残っているライヴの事を当時の文章のまま書くね。

85‘1.15-19新宿ロフト5days ーPerson to person-
16日 NO256
前日にチケットを買って入る。オレンジ色の雨ガッパ(レインコート)を
着込んで登場。 どーしても着ている物が気になるらしく、しきりに服を
さわりまくる。
2曲目では、そのカッパの中で唄う始末、突然、曲が、始まってるというのに
楽屋にとびこみ、別の服をもってきたりする。
他のメンバーやスタッフ(大ちゃん)が心配して大江を見ているような気がする。
最後は客デンがついて、客も帰り始めているというのに、突然さくやまくんが、
出てきて「もう一回やりましょうか!」と言って再び唄いだした。

19日  NO61
どうやら無事終わった・・・が、LASTは、真っ白なワイシャツと紺のズボンで
2番目に登場、少しも動かず時折マイクをかたむけたり、指をこまかく動かす
だけだ。 「人間クラブ」のVO、南浩二が来ていて、「南!」と、呼びながら
楽屋に入って行く。 この間、VOは花田さんだ。
少したって今度は南さんが登場。 大江はKeyのいすに座っている。
「慎ちゃん!」と呼ばれて「はい!」と答えながらステージに出てきて、
とびきりの笑顔を見せて南さんを指さして「・・・ゴーストゥハリウッド」と
いった。 南さんが「大江慎也という、ロックミュージシャン」と言った。
一緒に唄うがまったく動かない。 最後は、客をステージに上げてラストを
唄うが、大江は別に表情を変えず、ただただ後ろにさがるばかりであった。
南浩二は18.19の2日間ゲスト出演

5日間のうち3日見に行ったけどいつも違っていた。
ライブで知り合う友達は、どこから聞いてくるのかいつもいろんな憶測を
言ってくる。 どれもこれも本当のことは、わからなかった。
わからないから大江を追いかけた。 わからなくてもよかった。
ただ大江を見ていたかったから。 それだけだった。
私が最後に見たのは、87‘8.2横浜教育会館だった。



■大江氏へのささやかなシンパシー / Naotoさん(1999.9.26)

私は現在35歳で、博多者ですからもろにリアルタイムで経験しています。
ルースターズの頃もソロの頃も好きです。
このページに投稿された方と同じライブを私もみています。
いくつか間違いもあります。
北九州の企業祭で大江氏が言ったMCは「すっかり元気になりました」です。
勉強になりました、ではありません。その時のテープも持ってます。
それと主催者が夜逃げしたのは1984年4月の福岡市民会館です。
あれは良かった。企業祭ではまだ発売前の「ファイ」から「venus」を
アンコールでやってくれました。あれも良かったですね。
私が見たライブでベスト5に入ります。
NHKでやったテレビはディレクターの方が熱狂的な大江ファンだったので
実現したのです。
実はあれに私、ちょっと出てるんですよね。恥ずかしいけど。

rockin’on japanのインタビューはあまりにショッキング
でしたが、未発表音源集ではプロモ用の資料でインタビューに答えています。

最後に彼に会えたのは9年前。柏木氏と決別し、やる気十分でした。
曲も出来てるとのことでした。

復活に向けて準備している、とのうわさも聞きますがあてにせず待ってる
方がいいと思います。彼のような存在は2度と出てこないでしょうねえ。

近頃ライブ音源やデモテープ系がオフィシャルでリリースされたり、
トリビュート盤で若手アーティストがカバーしたり、レココレで特集が
組まれたりと、何か不思議な感じがします。
みんな、リアルタイムでは知らないのかなあ。もっとも若い人は無理
もないですが。

「Insane」ツアーの頃、「Bye Bye My Girl」を
むちゃくちゃかっこいいアレンジでやっているのですが、あの頃の
ライブを出してくれんかな。
あと、「爆裂都市」記念で、当時映画館でライブを2回ほどやっているの
ですが、それも音源があるのなら出してほしいです。
これはルースターズではありませんが。


■roosters見たバイ! / HALさん(1999.9.11)

私が見たroostersは1981年の小倉ヤマハショップホール。
1曲目がsoldier(爆烈都市)、2曲目がmona.
そのときステージが壊れ、一時中断。
当時、CMCは"summer,summer,summer"というタイトルで紹介されてました。
歌詞もちょっと今と違って大江は"夏休みの歌"とゆってから始めました。
"ニュールンベルグ"が印象深いです。まだリリース前で新しいroostersを
印象づけました。
この夜の最高曲はやっぱり"mona"!
その後も何度か行きましたがこのライブを上回るのはないです。
最初の4人が一番でした。


■1999/5/29 RESPECTABLE ROOSTERS IN 赤坂BLITZ / 小野さん (1999.06.01)

先日ルースターズを見てきましたので感想をお送りします。

・若手バンド5組とルースターズのライブがありました。
ルースターズと言う名前の入ったチケットを手にし嫌が上でも興奮していました。
前座の若手バンドもルースターズのカバーを1〜2曲カバーしていました。
その中でも圧巻だったのが“魚眼レンズ”と言うバンドです。花田もゲストに
登場しての“LEATHER BOOTS”はかっこ良かった。久しぶりのあのSOLO!。
他の、バンドはこのくらいにしておきますね。

・花田、下山、池畑、井上の四人が登場です。
一曲目の“DO THE BOOGIE”から相変わらずのドコドコリズムはすごい!
日本一のリズム隊ですね。
花田は相変わらずのDOWM気味、下山のSOLOも良い感じ。
大江が歌うべき曲を歌う花田はどこか苦しそうに見えた。
大江が戻る事のないルースターズに苛立っているのか、ルースターズを忘れて
くれと言わんばかりの花田の姿が印象的でした。
バリウムピルスやその辺の花田を初めて聴いた。
いろいろと考えさせられたライブですが、今の花田にはジプシーズが調度良い
のかもしれません。
ルースターズの幻影は俺達の心だけに、もう閉まっても良いのかもしれません。
ただ、伝える事は必要ですがね。

DO THE BOOGIE
新型セドリック
どうしようもない恋の唄
バリウムピルス
撃沈魚雷
ニュールンベルグでささやいて
HEY!GIRL
NEON BOY(抵抗か?Zの曲)
(順不同)



■1985/2/18 京都BIG BANG / 嶋田功人さん(1999.5.19)

1985/2/18 京都BIG BANGでルースターズを見ました。
僕が大江在籍のルースターズを見たのはこのライブが最初で最後でした。
このライブは大江が脱退するちょうど1ヶ月前のもので、それはそれは
素晴らしいライブであり、今まで見た全てのライブの中でもっとも印象
的なライブの一つです。

東京に居た友人は、当時よく関東でのライブに行っていたのですが、
それによると「大江はあかん。歌わん。」と言っており、その情報を聞
いていた僕は、歌えなくなった大江をイメージしてライブハウスに行き
ました。
しかし、目の前に居る大江慎也は、目線を下げてひっそりと立ち、めっ
たに客席を見ず、MCもありませんでしたが、最後まで力強く、もちろん
歌詞をとばすことなく、後半かなり声がサイケデリックにカン高くなって
ましたが、素晴らしいボーカルを聞かせてくれました。

このライブの時点で大江が脱退を決めていたかどうかは知りませんが、
今から思えば、何か最後に歌うことだけに打ちこみたいというような大江
の気合い、気迫が感じ取れ、このライブのテープは、宝物となっています。

それだけに、1ケ月後の脱退が信じられない出来事のように思えました。

次の日の19日もBIG BANGでライブがあったのですが、(僕は試験前で行
けなかった)「夜に濡れたい」のかわりに「ロージー」と「ハードレイン」
を、「HEARTS EDGE」のかわりに「MONEY」を演奏しています。これもライ
ブテープを持っていますが、大江の声は迫力があり、素晴らしいの一言に
つきます。ライブに行った友人の話では後半大江は着ていたシャツを脱い
で、上半身裸で歌ったそうです。

ちなみに18日はライブ終了後、サイン会があり、大江と握手しました。
その手は少し温かく、力はあまり無く、ポヨポヨとしていました。


1.VENUS
2.BROKEN HEART
3.SAD SONG
4.STREET IN THE DARKNESS
5.FAMME FATALE
6.DOWN DOWN
7.DRIVE ALL NIGHT
8.LITTLE RED ROOSTER
9.DO THE BOOGIE
10.ROUTE 66
11.UNDER MY SUMEB
12.キャデラック
13.夜に濡れたい
14.COME ON
15.ニュールンベルグでささやいて
〜アンコール〜
16.HEARTS EDGE
17.LET'S ROCK

嶋田功人(1999.5.19)

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[山口のコメント(1999.5.20)]
当時のライブ情報ありがとうございました。
この時期の大江は体調の変動が激しかったそうですね。
今日は良くっても明日はどうなるかわからないという・・・・。
嶋田さんがいわれてるように最後の力を振り絞って歌うことに
打ちこみたかったのでしょうね。
大江ルースターズの思い出、大切にしてください。


■ルースターズ In 流山 / sakamakiさん (1999.04.24)

ルースターズのカバーCDを買って、あの頃が懐かしくなって、
ホームページを探してみました。たくさんあって、びっくりしました。
私も、あんまり日時とかはっきりとした記憶はないんですけど、
ライブというか、コンサートとか学園祭は当時よく見に行ってました。
初めてみたのは、たしか東京大学の5月祭だったような?
高校一年の時なので、15年前くらいかな?
大江くんは、男の人のファンも多いですよね。

私がまだ高校生だったころなので、15年前位のたぶん6月か7月くらい
だったと思います。(なんとなく、チケットの文字が”グッド・ドリームス
ツアー”だった記憶が・・・)
はっきりしない記憶なんでごめんなさい。夏の服着てた覚えがあります。

コンサートは、客の入りも半分くらいで、やる気なくなっちゃうんじゃないか
心配しました。
まあ、いつもそうなんですけど、けっこう無表情で、淡々と歌ってました。
ステージの前までみんな出てて、わたしも2番めくらいにいたんですけど、
大江くんは、ステージに寄りかかって大江くんの足元で聴いてた、一番前の
女の子をずーっとみて、その人だけに歌ってるような感じでした。
その人が知り合いなのか、わからないです。

で、男の人の声援で、”大江しっかりー”って言われてましたね。
なんか、それもいつも言われてたような・・・
あと、花田さんがガールフレンドを歌った様な記憶が。
間違ってたら、すみません。

大江くんは、見るだけで切なくなる存在というか、
顔は、その時でもむくんでて、体は細いんですけど、
見る度に、けっしてかっこいいわけじゃないのに、なんで好きなんだろ?って
自分で思ってましたね。

コンサートのあと、裏口で待ってたんですけど、
大江くんは女の人(荷物もたせてた関係者のような人)と二人で出て来て、
待ってた人にサイン頼まれたりして、書いてました。
で、その中のひとりの女の子が、手の甲を出して、(すごいずるい事に!)
”キスして下さい”って言ったらしくて、大江くんは、なんとその人の唇に
してました。 あー、ショックだった。

まわりにいた人、何人かにしてました。私は、握手してもらっただけでしたけど。
大江くんは、握手の時に目があったんですけど、やっぱり無表情でした。
その時の写真も探せば、どこかにはあると思うんですけど。

長くなっちゃいました。
私としては、今大江くんが何してるのかは、結構気になりますね。
もういちど、ライブとかあったら行きたいなー。(ゆめ)

sakamaki (1999.04.24)

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[山口のコメント(1999.04.26)] 資料によりますと、1984/6/16に流山市民会館でライブを行なっています。
sakamakiさんが行かれたライブはこれだと思われます。
始めてしまえば人数などは関係ないのでしょうけど、客の入りが半分とい
うのは、ちょっと寂しいですね。

今、大江が何してるのか、私も気になります。
音楽シーンから長く離れているのにもかかわらず、今でも心を捉えて離さ
ないのは、やはり強烈な個性と、色褪せない作品群を残してくれたからだと
思います。


■私が行ったライブ(その3) / 加藤信吾さん (1999.04.05)

1986.10.26(横浜7TH AVENUE)
 1.SWEET JANE
 2.BINGO
 3.SUNDAY
 4.OH! MY GOD
 5.GIRL
 6.CRIMINAL ROCK
 7.R&R STAR
 8.PRECIOUS
 9.MONA
10.NO NO NO
11.DON’T YOU CRY
12.CADELAC
13.NEON BOY
14.DARK CRISTAL
15.VENUS

16.TRANS MISSION
17.STRANGER IN TOWN


1986.12.17(恵比寿FACTORY)
 1.CRIMINAL ROCK
 2.BINGO
 3.SUNDAY
 4.OH! MY GOD
 5.GIRL
 6.PRECIOUS
 7.DRIVE ALLNIGHT
 8.誰かおいらに〜LITTLE RED ROOSTER
 9.MONA
10.LAST SOUL
11.R&R STAR
12.NEON BOY
13.TRANS MISSION
14.DON’T YOU CRY
15.NO NO NO
16.SEARCHIN’
17.DARK CRISTAL
18.STRANGER IN TOWN

19.VENUS
20.DO THE BOOGIE
21.JUMPIN’ JACK FLASH



1988.3.20(インクティック芝浦)
 1.GUN CONTROL
 2.PASSENGER
 3.OH! MY GOD
 4.R&R STAR
 5.GIRL
 6.HURT BY LOVE
 7.WRECK MY CAR
 8.MONA 
 9.WALKIN’ THE DOG
10.GOOD NIGHT,GOOD MORNING
11.SEIREN
12.NEON BOY
13.CRAZY ROMANCE
14.A−RE
15.PRECIOUS
16.BURNING BLUE
17.NO NO NO
18.WATCH YOUR STEP
19.I SAW HER STANDING THERE
20.DO THE BOOGIE 
21.(STANDING AT)THE CROSS ROAD 
22.JUMPIN’ JACK FLASH
23.AROUND&AROUND

24.STRANGER IN TOWN



1988.5.20(横浜西公会堂)
 1.GUN CONTROL
 2.OH! MY GOD
 3.再現できないジグソーパズル
 4.NAKED HEAVY MOON
 5.曼荼羅
 6.HURT BY LOVE
 7.LAND OF FEAR
 8.MONA
 9.GOOD NIGHT,GOOD MORNING
10.EVERYBODY’S SIN
11.鉄橋の下で
12.SEIREN
13.NEON BOY
14.CRAZY ROMANCE
15.A−RE
16.BURNING BLUE
17.NO NO NO
18.(STANDING AT)THE CROSS ROAD
19.PASSENGER

20.AROUND&AROUND
21.R&R STAR
22.TRANS MISSION


加藤信吾 (1999.04.05)

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[山口のコメント(1999.04.05)]
1988.5.20(横浜西公会堂)のライブは私も行きました。
私にとっては、これが最後のルースターズ・ライブでした。
三原のパワフルなドラムにビックリしたのと、演奏途中で花田の弦が
切れた事を覚えています。 ライブが終わって駅までの帰路がえらく
遠かったような気がします。


■私が行ったライブ(その2) / 加藤信吾さん (1999.03.21)

1985・12・19(後楽園ホール)
 1 CMC
 2 COME ON
 3 SHE BROKE MY HEART’S EDGE
 4 VENUS
 5 BROKEN HEART
 6 SOS
 7 DRIVE ALLNIGHT
 8 CACELAC
 9 DO THE BOOGIE
10 MONA
11 GOOD DREAMS
12 曲目不明
13 UNE PETITE HISTOIRE
14 DON’T YOU CRY
15 NEON BOY

16 JUMPIN’ JACK FLASH
17 STRANGER IN TOWN

18 白日夢

客電が消えイギー・ポップのLUST FOR LIFEのイントロが
突然消えた。 多くの観衆の意表をつきCMCで始まる。



1986・4・21(渋谷LIVE INN)
 1 NEON BOY
 2 SUNDAY
 3 あの娘はミステリー
 4 VENUS
 5 SOS
 6 DRIVE ALLNIGHT
 7 OUT LAND
 8 R&R STAR
 9 LET’S STICK TOGETHER
10 LET IT BLEED
11 MONA
12 CADELAC
13 COME ON
14 DON’T YOU CRY
15 STRANGER IN TOWN

16 THE KKK TOOK MY BABY AWAY
17 SATURDAY NIGHT

18 UNE PETITE HISTOIRE
19 白日夢

ブライアン・フェリーやストーンズやラモーンズなどのカバーもやり、多いに
盛り上がったライブだった。大江がいなくなり
暗中模索していた花田も、やっとふっきった感じがした。



1986・5(渋谷LIVE INN)
 1 FOOL FOR YOU
 2 EMPTY HEART
 3 SUNDAY
 4 あの娘はミステリー
 5 BROKEN HEART
 6 R&R STAR
 7 OUT LAND
 8 MONA
 9 DON’T YOU CRY
10 CADELAC
11 LOVE SWEET DREAM 12 DRIVE ALLNIGHT
13 SOS
14 COME ON
15 STRANGER IN TOWN 16 VENUS

17 NEON BOY
18 NO NO NO

ベニー・グッドマンのシング シング シングからオープニングの
FOOL FOR YOUにはいるところがムチャクチャカッコよっかた。
当然のことながら今までに無い盛り上がりで、ほぼ最前列にいた私たちの
友人は眼鏡を落としみつかった時にはもうメチャクチャ。
2曲目のEMPTY HEARTは花田が柴山にかいた曲。
センチメンタルフールのアルバムに入ってます。 

加藤信吾 (1999.03.21)


■1984年9月2日 新宿ロフト −このライブが見たかった / 山本薫さん (1999.01.22)

僕がルースターズを聞き出した頃は(1985年)周りにルースターズ
のファンは全くと言っていいほどいませんでした。
その頃の僕は大学生で、サークルでバンドをやっていてギターを弾いて
いましたが、偶然ゼミで一緒になった奴がルースターズのファンと知り
色々と情報を教えて貰ったりしました。
(ちなみに、僕は下山の弟の章君と同じ大学で同じ学年でした。
たまーにキャンパスで彼を見かけましたよ。 その頃はすでにクランで
活躍してたのかな?。 それと関係無いけど、卒業式にはお母さんが
来ていました。)
その彼から新宿ロフトでのライブテープを借りました。
1984年9月2日のライブを録音した物です。
もちろんVoは大江慎也。

■曲目
Saturday Night
Come On
テキーラ
新型セドリック
Come On Everybody
Rosie(スローなバージョンの方)
リップスティック オン ユア カラー
Let’s Rock
We Wanna Get Everything
Case Of Insanity
ニュールンベルグでささやいて
C・M・C
Drive All Night
(客が前に押し寄せたため一時中断、具合の悪くなった客も出た様子)
Femme Fatale
I’m Swayin’ In The Air
Sad Song
She Broke My Heart’s Edge
Hard Rain
All Alone
  (アンコール)
Good Dreams
(終了のアナウンスがあるが・・・ アンコール)
I’ll Be Eyes


C・M・C位までは大江の声も普通ですが、だんだんめろめろに
なっていきます。
Good Dreamsでは出だしを間違えてイントロを2回やって
から歌に入ってます。
また、2回目のアンコールの曲はVENUSの元歌で、歌詞はパラノイ
アックライブと同じです。(まだ発売前だった。)
Femme〜は花田のアルペジオで始まるバージョンで、このライブの
バージョンが一番好きです。
 
後半大江の声がおかしくなっていっても、そんなことにはかまわず
文字通り淡々と演奏をするメンバー。
 
このテープを聞く度に、大江のいるルースターズを1度でいいから
見たかったなーと思います。 

山本薫 (1999.01.22)

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[山口のコメント(1999.01.22)]
最近はインターネットの効力でルースターズのファンと知り合う機会が
増えましたが、当時は会場以外ではルースターズファンと出会う事など
皆無だったと思います。
最近になって当時のライブ音源を聴く機会があったのですが、ライブの
途中から明らかにスピードダウンしているのが音を聴いているだけでも
判ります。 かといってメンバーは大江の調子を気遣う事も無く突き放す
ように淡々と演奏してますね。
私も大江のいるルースターズを見たかったです。
大江が元気な頃の疾走感溢れるライブを見たかったです。


■1986年4月21日 The Roosterz Live at THE LIVE INN / 山本薫さん (1999.01.21)

ストレンジャー・イン・タウンのリミックス12インチ盤発売日に
今は無き渋谷のLIVE INNでライブがありました。
アンコールを含めて約2時間弱のライブでした。
この日花田はエフェクターはコーラスのみで、ソロも歪ませない
ギターの音で最後まで通していましたが、いまいち曲に合っていない
ような感じで、とても不満に思ったのを覚えています。
 
■曲目
ネオンボーイ
SUNDAY
あの娘はミステリー
VENUS
Broken Heart
SOS
DRIVE ALL NIGHT
OUT LAND
Rock’n Roll Star
Let’s Stick Together
MONA
キャデラック
Come On
Don’t You Cry
ストレンジャー・イン・タウン
KKK
サタデーナイト
Une Petite Histoire
白日夢

サタデーナイトでは、花田と下山はそれぞれギターを交換
して弾いていました。

山本薫 (1999.01.21)

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[山口のコメント(1999.01.21)]
花田のギター、何らかの意図があったのでしょうか。
花田ルースターズは1886年の後半に「KAMINARI」をリリースし、
音楽的な転機を迎えたと思います。
「KAMINARI」以降は花田の「持ち歌」が増えたせいか、ライブでの
カバー曲が少なくなりましたね。
月並みな表現ですが、曲をカバーすると言う事はカバーした人の
センスが問われると思います。
このセットリストを見ると、センスが良いというか懐が深いです。


■1985年12月19日 後楽園ホールでのライブ / 山本薫さん (1999.01.21)

私が見たルースターズのライブです。
ネオンボーイ発表後のツアーを後楽園ホールで見ました。

■曲目
C・M・C
Come On
Heart’s Edge
VENUS
Broken Heart
SOS
DRIVE ALL NIGHT
キャデラック
Do The Boogie〜モナ
OUT LAND
OASIS
ウォーキング・ザ・ドッグ
風の中に消えた
SAD SONG〜あの娘はミステリー
GOOD DREAMS
曲名不明 
Une Petite Histoire
Don’t You Cry
ネオンボーイ
ジャンピング ジャック フラッシュ
ストレンジャー イン タウン
白日夢


ライブ後に会場でSOSの12インチを買って(このライブで聞いた
OASISがとても気に入ったので)Roosterzのロゴのステッカーを
貰ったのを覚えています。
アンコールの白日夢は、下山のギターがチューニングが狂っていて
「ありゃりゃ〜」と思いましたが、1曲目のC・M・Cからのりまくりで
この後さらにルースターズへのめり込んでいくきっかけになったのでした。

山本薫さん (1999.01.21曲名追記)

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[山口のコメント(1999.01.19)]
1曲目からC・M・Cのノリですか。 これは異色ですね。
ストーンズの定番をルースターズが演奏するというのも異色だと思います。
大江が唄っていた曲が幾つかありますが、花田はどんな気持で唄い、
客はどんな想いで聴いていたのでしょうね。


■仙台R&Rオリンピック85 / atsushi.dateさん (1998.12.25)

先日大掃除をしていたら仙台(の近くにある)スポーツランド菅生で行われた
Rock’nRollOlympic’85(’86?)の録音テープが出て
きました。(NHK−FMをエアチェック(死語?)したもの)

懐かしさに浸りながら聞いていると当時のことが思い出され興奮気味になり、
このHPを思い出し投稿しました。

前年までは大江も出演していたのですがその年は居ない。

何度かライブを見ていたものの当時ルースターズのことを詳しく知らなかった
私は、大江が居ないことについての心境は「まだ大江調子悪いんだ。 早く戻っ
てこないかな」ぐらいにしか思いませんでした、演奏開始前までは。
しかし演奏が終了する頃には「戻ってきてもいる場所ないかも」に変わって
いました。(ご存じの通り戻っては来ませんでしたが...)

まさに新生ルースターズって感じで、良くも悪くも「大江抜きでやって
いくぞ」という意気込みが感じられる演奏で少し寂しく感じました。

スピード感いっぱい(スピードだけ?)の灘友のドラム。
自分の指先だけを見ながらダウンピッキングをひたすら続ける柞山。
ただのR&Rにしたくないひねくれた下山のギター。
(この頃はタルボ&黒ビニールテープでぐるぐるに巻いたストラト)
まだ歌には自信がないといいながらも一生懸命(な感じがした)歌う花田。

翌日仙台駅でメンバーを見かけ握手してもらいました。
前日のライブの感想を言ったら花田が笑ってくれ、下山の手は攻撃的な
ギター、細身の体に似合わずとても柔らかかったのが印象的でした。

仙台駅にいたのは下山の実家(山形県鶴岡市)に行くところだったよう
です。花田は後日その件について「なにもないところだった」と雑誌
宝島(だったと思う)でコメントしていました。
だんらん、家族ぐるみ、北国の実家、似合わないけど...。


他の出演バンドは
・ローザルクセンブルク(メジャーデビュー直後)
 コミック寄りだと思ってたのに以外に(失礼)格好良かった
・バブルガムブラザース(売れていなかった...)
 当時はあくまでブルースブラザーズのコピーバンドって感じ
・スマイリー原島のバンド(名前ど忘れ)
 Drが格好良かった
・アップビート(たぶんデビュー直後)
 リズム隊がよかった...
・遠藤ミチロウと芸能ブラザース
 ミチロウ+スマイリーのところのDr+穴井仁吉+下山淳
・エコーズ
・BOΦWY
 ブレイク前 この頃はまだかっこよかった
・ストリートスライダース
 テレビカメラマンを蘭丸が蹴り倒していた
・シーナ&ロケット+山口富士夫
 伝説のギタリスト(と当時言われていた)山口富士夫(元村八分)
 がゲスト。下山も感激していたらしい。

と言った感じで(あと2〜3バンドあったけど忘れました)なかなかの
顔ぶれだと思います。

最終期のルースターズメンバーが全員出演しているのがポイントといえ
ばポイントでしょうか?(花田・下山・穴井・三原)

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[山口のコメント(1998.12.25)]
仙台R&Rオリンピックは、大江が脱退した年の 1985年8月11日に
行われたようです。
普通なら解散してもおかしくないのに「大江抜きでやっていくぞ」という
意気込みが感じられるところにバンドの「強さ」を感じます。


■スポーツランド菅生 / 小野貴史さん (1998.12.08)

R&Rの元気な大江、スポーツランド菅生でのR&R olympicでの大江。
なんとも、ストレートな透明な大江の声、サイドギターをかき鳴らす、
時々、目を閉じる、大江が汗をかいてる、、、
猛烈なビートが大江のテンションを上げてゆく、観衆はただ、九州から
やってきた、このビートを肌で感じる、鳥肌が立つ、真夏なのに、寒い。

ただの、R&Rでは表現しきれない、爆弾ビート、大江の存在感、
変化自在の大江の言葉、声、どれをとってもすべて、変異な視線は
すぐに尊敬へと変わった。

小野貴史 (1998.12.08)

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[山口のコメント(1998.12.25)]
私の場合、存在や動向が気になるアーティストは大江だけでした。
隠遁した今でさえ、心の一部では大江の復帰を願っています。
昔のような状態で唄う事が無理なのは分かっていますが、1回だけの
復帰でもいいからもう一度大江の姿を見てみたい。


■in sendai / 小野貴史さん (1998.11.18)

12回ほどみました

その中で、最も印象深かったステージ

in sendai

PHYがリリースされた頃だった
大江は、目を閉じ、チャイナ服に身をまとい、静かに歌いました。
観客は、曲が終えても拍手さえ出来ない、緊迫感の中、VENUSは歌われた。

やっと大江の瞳が、少しずつ開き、生まれたばかりの鳥のように、
視線は一点をみつめ、また、うつむく、、、

ただ、そこにROOSTERSは歌ってた。

小野貴史 (1998.11.18)


■北九州市起業祭 / TETSUO UCHIDAさん (1998.09.16)

何年前のやったか忘れたけど(多分16年前くらい)に八幡製鉄所の
起業祭(年に1回ある祭り)のLIVEにルースターズが出演したときの
ことを書きます。

メンバーは大江、花田、下山、灘友、さくちゃんだったと思います。
プールの上に作られたステージで地元と言うこともありすごい盛り上がりでした。
前座に一発屋で終わった、バンド(確かSALLYとかいうバンド)が出ていて
そのちょっと売れた曲と何曲か演ってましたが、客は全く盛りあがらず
帰って行きました。
その後ルースターズの登場でしたが、そのときの大江の開口一番の言葉「SAL
LYのみなさん勉強になりました!」カッコ良かった〜!!

何曲か演奏したあとプールの底をじっと見つめていたときは、客が
あちらこちらで「あ〜あまだ頭直ってないよ」という言葉が吹きあれて
いましたが、地元ということもあり無茶苦茶良いライブだったことを
覚えています。

TETSUO UCHIDA (1998.09.16)

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[山口のコメント(1998.09.16)]
1983年11月18日、北九州新日鐵企業祭でのライブだと思われます。


■Roosters at 長崎 `83? / 大タキさん (1998.07.08)

多分DIS発売後Good Dreams発売前だと思うので83年頃。
ルースターズが長崎平和会館でやりました。

当時高2のぼくはバニーメンとか好きだったんで
DISはアリというかツボだったんですが、
友達は「池畑と井上のおらんルースターズはもうよか」と
ライブに来ないヤツもいました。

とはいえ、ライブに飢えてる長崎のパンク・キッズは
とりあえず全員集合の客席。DISはまだ聞いてないけど
爆裂都市は見たぜって顔でしょうか。
当時はルースターズだろうがモッズだろうがスターリンだろうが
開演前にライト落ちると「○○出てこい!」とケンカ口調で
吠えるのがお約束。「オーエ出てこんかー!」の怒号の中
フラフラと大江氏登場。
記憶あやふやなんですが、おそらく1曲目はHeart`s Edge、
あのソリッドなイントロに背筋鳥肌です。

なんだかもみくちゃな内に最初のブレイク。
あれ?この人たちなんかフツウのシャツとズボン着てるぞ?
と、そこで初めて気がつきました。
おいおいよく見たらベース坊ちゃん刈りやぞ、
なんかちがうなーという空気が流れます。

以後も速い曲で「うおお、行くぜー、ダイブしたろかーっ」
てところで、いきなり「あ〜いむすえいんいんじええ〜」と、
血気盛んな若者の盛り上がりに水を差す構成。
とにかく初期の曲はやらない。
なにかもやもやした客の、アンコールでのレッツロックやれコールも
空しく、終始下を向いて演奏するバンドのライブは終了。

・・・てかんじが当時の空気だった様に思います。

大タキ (1998.07.08)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[山口のコメント(1998.09.16)]
長崎平和会館でのライブは、1984年の「GOOD DREAMS」全国ツアーの
巡業地のひとつだと思います。


■ルースターズが「レッツゴーヤング」に出たの知ってる? / 無記名 (1998.01.03)

はじめまして。
1998を迎えたこの時代にまさかルースターズ関連のHPがあるなん
て・・という驚きと懐かしさと、まぁ嬉しさとでメール送ります。
ところで早速ですが、ルースターズがその昔、あのNHKが誇る(った)
青春歌謡番組「レッツゴーヤング」に出演したの知ってました?
当然司会はあのタガワヨウスケ(ルイルイ!)とブリブリ時代の松田聖
子でした。多分81or82年頃だと思います。

演奏したのは”ガールフレンド”でしたが、何といっても印象に残って
るのは演奏前の大江と聖子のおしゃべり(!)
聖子「皆さんは久留米のご出身でしたよね」
大江「ハイ。そういえば聖子さんも久留米でしたね」(←思いっきり博
多ナマリで)
聖子「・・エ、エエ」(以後数秒気まずい沈黙あり)
たったこれだけでしたがその後の大江/ルースターズを思うと何とも考
え深いものがあります。
ま、私にとってはこれが彼らとの出会いでした。(ただし好きになった
のはこのテレビを見たからでは決してなく、もちょっと後で友達から進めら
れて”aGOGO”買ってから)
貴方にとってもしこの時のビデオがどこかにあれば”おタカラモノ”で
しょう?(私も見てみたいですが・・)
ま、ご参考までにということで・・・


■後楽園ホールにて / 角木英之さん (1997.9.29)

私がルースターズを初めて観たのは、アルバム”ネオンボーイ”発表後の
後楽園ホールでした。 正直なところ、客の入りは悪く、また後に下山君が
言っていたとおり、ノリの悪い客ばかりでした。 大江君の脱退や、花田君
の状況から心配だったのでしょう、鮎川誠さんが脇の方で静かに観てました。

まだ新生ルースターズのオリジナル曲は少なく、"GOOD DREAMS"や"SAD SONG"
、"ROSIE"も演奏していました。 ただ、やはり大江君の曲は大江君の声を
求めているのでしょう。 花田君の唄い方や声では、あの曲たちはあまりに
悲しく聴こえたのを覚えています。 逆にアルバム"ネオンボーイ"や"SOS"
の曲は、レコードの音よりもしっかりしていて、うれしかったです。
最終曲"SLEEP WALKER"は、そのときのルースターズのようにゆらゆらと揺らめ
いていたのが印象的でした。

 当時私は、音楽関係のバイトをしていたため、週に2度程度はコンサート、
ライブに行っていましたが、このルースターズのライブはカルチャーショック
でした。前列の客はじっと演奏者を凝視し、後列の客はずっと座ったまま、
そのうえ予定調和のような盛り上がりはなく、アンコールを求める声さえかすか
なもの、だけれども客は演奏者を信頼しているのがわかる、そんな感じでした。

角木英之 (1997.9.29)


■初めて観たLIVE('83 福岡市民会館) / 齋藤さん (1997.9.21)

'82年の6/19の都久志会館のLIVEチケットを恐る恐る買いに行く。
お姉さんが”立ち見だけ残ってます”と言う。やっぱり怖いんで止める。
あとで、ニキビ面でPUNKヘアーの悪そうな女先輩に”立ち見でもいいやん
なんでいかんやったと?”と笑われる。
その先輩はその後行方知れずになった。

'83年の福岡市民会館は行った。初めてのROOSTERSのLIVEだった。
チケットを前と同じ西新ユニードのプレイガイドに買いに行った。嬉しくて切符
を見る、ん?、SがZに、ありゃ、違ったかな?いや、7人になったし、これで
良いんだろう。

イベンターがとんづらしたらしく、ごたごたしたLIVEだった。なんでPUNKSが
前でぎゃーぎゃー言いようと?これでPUNK嫌いになりました。(以後12年
ぐらい)。 でも演奏は良かったと記憶している。
待望の大江は顔が見えない、終始うつむいてるからだ。 歌う姿はまるで子宮
で震える胎児の様に力強くも危なげで、妙に気持ち良かった。

HARD RAINではリードギターを弾いた。テレキャスを抱きしめるように
弾いていた。L・A WOMANの迫力には圧倒され、サンハウスのふっと一息
(SO ALONE)には今までにない安らぎを覚え、ふらふらしながら家に
帰った。

翌日からは”狂気”がキーワードになり、ますます誰とも口をきかなくなり、
そのくせ隣のクラスの悪っぽい女が妙に気になりだし、家に帰るとすぐに
ドアーズのコピーをギターで試みて・・・あれは何だったんでしょう?(知るか)

取り敢えず、この時の大江を観て、歌うのもいいなと思いました。
結構、気持ち良さそうでしたから。

齋藤(1997.9.21)


■アトミックカフェ冬の陣 / 滝本健さん (1997.9.14)

「DIS」以降のRoosterzのライブはコンスタントに見に行っていた
中でもこの日のライブは大江が元気だった覚えがある
今この日のテープを聞きながら書いているのだがソロになってからは
考えられない「大江大好き」という黄色い声も沢山飛んでいる
大江の歌詞も最後までちゃんと聞き取れる

「Venus」「The Air」「Broken Heart」「Come on」「Heart Edge」
「Let's Rock」という構成も私にはBestだった.
「The Air」でのエンディングでの「アーイ,アイアイアーイ」
「Broken Heart」での「ラララーララーラララ...」「Come on」の
間奏での「カカカカカッ...」等私の好きな大江特有の何を言っているか
判らないボイスも冴えていた

この頃になると大江特有のダンスを見るのも私の楽しみになっていて
この日ももちろんダンスを披露してくれた

この日の大江を見ていたら回復に向かっていると誰でも思うはずだ
でも後から'84/12/31のライブの様子を聞くとそうでもないらしい
もしかしたら蝋燭の様に燃え尽きる前の一瞬だったのかもしれない

滝本 健(1997.9.14)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 当時のライブを知らない私にとって、貴重な情報です。 当時のライブを
経験されているなんて羨ましいかぎりです。
曲の構成とかみますと「PARANOIAC LIVE」の内容に近いのでしょうか。
山口(1997.9.15)


■インクスティック芝浦 / 山口 (1997.9.5)

洋行帰りの一発目のライブ。 (1987.7頃だと思う)
インクスティック芝浦へ行くのは初めてでしたが、田町駅を下りると
「それらしい服装」の若者がゾンビのように同じ方向に歩いていたため、
迷うことなく辿り着けました。
私の友人関係にはルースターズのファンがおらず、一人での参戦でした。

私はこのライブがルースターズ初体験でした。
ちょっと緊張しながら開演を待っていましたが、開演時間になっても
なかなか出て来ないし、ぼーっと立ってるのも馬鹿らしいのでビール
飲んだりしてました。

開演時間をだいぶ過ぎてメンバー登場。いきなり始まって驚いていたら、
ファンがステージ側にドドッと押し寄せて来て巻き込まれてしまう。
数曲聴いてから空いている隅っこに退避してジックリ聴きました。
曲は「KAMINARI」と花田の持ち歌が主体で、まだ発売前の「PASSENGER」
から数曲演奏しました。

とにかく花田がカッコイイってのが第一印象。 長髪というイメージが
あったのですが、この時は短く刈り込んでました。
そんでもって下山のギターが凄くてカッコイイ、演奏がバラバラになって
演奏やり直したのも印象に残ってます。

帰りに「PASSENGER」の予約申し込みして、メンバーのサインを貰って
帰りました。 尚、この日のステージの模様はTVKテレビが収録して
ました。 後日、放映されています。



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