<第4回平和問題ゼミナール>               

                        報告:和田誠也 1997.5.24

 

 

「民族」問題についての整理そしてユーゴ民族問題

 

はじめに

1国民国家(nation-state)について

2「民族」とは

3「民族」問題とは

4ユーゴ紛争の場合

むすびにかえて

 

 

はじめに  ・・・・・・問いの設定

 「民族」問題とは何だろうか。その問いに答えるのは難しい。「民族」とい う概念自体がはっきりしないからである。たとえば同じ日本民族であっても、江 戸時代のそれと現代の民族が、同じ性格をもっているとはとうてい考えられない( 注1)。しかし「民族」問題が重要になっているということは容易に理解できる。 現に「民族」問題といわれるものによって、現代社会はたくさんの死者さえも生 みだしているからである。ではその異常状態を生み出している「民族」とは何だ ろうか。なぜ「民族」が主体となる問題なのか。その点を明らかにすることによ って、「民族」問題について若干ではあるが、整理をしたい。

 

 (注1)両者は、「近代民族」と「近代民族以前」に分けられる。日本での 近代民族概念の起源については、小熊英二の「単一民族神話の起源」(新曜社) を参考のこと。

 

 

1国民国家(nation-state)とは ・・・・・・近代社会の前提

 

1.1 近代国家の成立要件

  国民・領土・主権

  ※国民とは

  共通の利害関係を持つ同質的な国民=「民族」が主体となる。

  もともと民族と国家制度は別々の概念。

  しかし18世紀(フランス革命)以来、単一民族国家が理想とされた。

  「文化的共同体」としての民族が、「政治的共同体」の意味を持つように なった。

 

1.2 単一民族国家という概念化がもたらしたもの

  国民国家=単一民族国家という虚構(政治学者、矢部貞治によると)

  @すべての一民族が一国家を

  A一民族のみが一国家を

  B民族の全体が一国家を

     第1は「民族自決主義」の観点から正しい。

     第2と第3は他民族排斥と少数民族の同化、さらには汎ゲルマン主 義をもたら     

      し、帝国主義や軍国主義につながる要素を持つ。

 

1.3 国民国家が要請したものとは。

  国家への同化・・・・共通の利害を持つ同質的な国民

  国としてのまとまりが重要だった。

   なぜなら、19世紀の産業革命、帝国主義の時代から、国際社会は弱肉 強食の社会となり、国としての団結が重要となる。

 

1.4 国民国家の理想

  @近代化と工業化の進展

  A人々の意識、規範意識の同質化(=効率がよい)

  B政治的、経済的、文化的同質をともなったより集権的な国民国家

  つまり、少数民族はホストである国民文化に吸収されることを期待された 。

  近代化の進展とともに同質化が行なわれ、「民族」問題は消滅する、

 

1.5 国民国家の実際  

  同化できないもの、同化拒否者の存在

   ・・・・・先住民族、少数民族、外国人労働者、移民など

   =差別されて当然

  中央の政治的、文化的覇権主義への反発

 

 

2「民族」とは何か。

 前節で、国民国家の政治的主体としての「民族」をみてきた。

 では、その「民族」とは何だろうか。

 

2.1 「民族」の定義・・・・政治学者・木村朗によると

  「ある共通のシンボルのもとで独自の集団を形成しようとする主体的意志 を

  持つ集団」

 

2.2「民族」の成立要件

  @共通のシンボル・・・宗教的儀式、歴史的意識、古都・聖地など

  Aわれわれ意識 ・・・他者(他民族)との差異意識

  客観的基準によっては説明できない。

 

2.3「民族」の性格

  同化主義と排他主義

  @「民族」は集団をまとめる力として作用。・・・・・民主制においては 重要。

  A「民族」主義は感情に直接うったえる。

  B合理的判断を困難にしてしまう。

  C「民族」主義が他民族排斥につながりやすい。

 

2.4「民族」という概念がはらむ問題点。

  「民族」が集団をまとめる力として有効に働く。

  「民族」という概念の曖昧さ。

    客観的基準に基づかない。主観的要素の働く余地が大きい。

    また時代によって「民族」そのものがかわっていく。

     ↓

  「民族」の積極的な政治的利用につながる。

    言語、教育などをつうじて。

  「民族」主義・・・・感情の優先、合理的判断を阻害する危険性あり。

 

 

3「民族」問題の解決に向けて

 

3.1 民族自決について

  民族自決=民族がその政治的運命を自ら決定する権利

    民族は各々の責任において国民国家を形成し、独立の国家権限を行使 できる。

  歴史的意義

   植民地からの独立

  問題点

   厳密な意味での単一民族の独立→問題なし。

   多民族国家→ある民族の自決を認めるとまた新たな民族問題を生むこと がある。

         極端な場合、民族浄化につながることも。

 

3.2 民族自決の再考

  「民族」の絶対性の再考

   ・・・・民族を政治的運命を決定する絶対基準とするのではなく

       相対的なものとする必要がある。

     ↓

   たとえば、地域自決

    地域に政治的決定権を持たせる。

 

3.3「民族」問題の制度化・・・・民族問題を緩和する一つの方策(多文化 主義)

   多文化主義

    ひとつの社会の内部において複数の文化の共存を是とし、文化の共存 もたらす     

    プラス面を積極的に評価しようとする主張・政策・運動をさす。

   ※多文化主義の二つの類型

     統合理念としての多文化主義(カナダ型はこの性格が強い)

      結果の平等を目指す。

      積極的な政府の支援。

      同化主義を否定。

     道具としての多文化主義

      差別を禁止して社会参加のための機会の平等をめざす。

      同化主義を否定するまではいかない。

      同化・融合のための一時的迂回策という側面。

   多文化主義の問題点。

    @効率が悪い。

    Aコストがかかる。

    Bホスト側からの逆差別という反発。

    C文化の多様性をどこまで認めるか。

      たとえば、普遍的人権(西洋思想)を尊重しない文化さえも認め るべきか。

    D実際の深刻な民族問題には効果が少ない。

   ※つまり多文化主義は「万能薬」ではないことに留意する。

 

 

4ユーゴ紛争の場合

 「民族」問題自体は、各々紛争によって時代背景・国際的条件・民族分布の 仕方がさまざまであるので個別的に見る必要がある。

 テキスト(ミーシャ・グレニー『ユーゴスラヴィアの崩壊』)三章を参照し ながら、上述の視点から具体的にユーゴ紛争を見ていく。

 ・「民族」主義が合理的判断を阻害する。

    「民族的アイデンティティをおめでたいまでに信奉」P126L9

    「連邦軍は干渉しないだろうとの甘い幻想」P126L17

 ・国民国家の虚構性

    「ユーゴスラビアは第一次世界大戦後、地域の経済事情を無視し、も っぱら政治的必要に迫られてつくられた。」P99

   ・・・・あまりにも異質な民族を含む国民国家

       だからといって、崩壊が必然となるわけではないが。

       ある時点(チトー)まではうまく機能していた。

     ※逆にその統合困難なユーゴを、まとめ上げていたものに注目する 必要がある。

 ・民族主義の持つ排他性

    「(クロアチア人は)さまざまな職場から(セルビア人を)追放しは じめた。」            

    「セルビア人もクロアチア人も、互いに銃を手に殺し合った。」(民 族浄化)

    P117 

 

 

むすびにかえて ・・・・・感想(補足)

 この報告において、「民族」とは何かという視点で、民族問題全般を簡単に ではあるが、整理してきたつもりである。しかし力量不足の感は否めず、まとま りのつかないものとなったことに対して自省している。また抜け落ちた箇所も多 いとおもう。

 

 フランス革命以来「自由権」こそはもっとも価値のあるものとされてきた。 しかし現実には、少数民族の「自由」は、民主主義の名のもとに抑圧されてきた 。弱肉強食の国際社会では、国としてのまとまりをつけるために、どうしても少 数民族の権利を抑圧せざるをえなかった事情がある。その抑圧された少数民族が 失地回復を目指したことに、現在の民族問題の根本がある。

 では、どうしたら民族問題の解決が図れるのか。この問いには容易に答えら れない。

 少数民族抑圧の制度として機能してきた側面がある民主制では、民族問題の 解決はかなり難しい。しかし現実には、民主制を前提としない民族問題解決の手 段は考えられない。また、「民族」概念自体が非合理的なものから成り立ってお り、民主制の前提条件である合理的な判断そのものを阻害している。

 このように民族問題の根本的解決は難しい。しかし民族問題解決の困難さを 認識することには意味があると思う。今報告の主眼はここにある。なぜなら、わ れわれの単純な民族問題への理解が、今日の民族問題をより深刻化させているの である。その典型的な例が、国際社会のユーゴ紛争に対する対応のまずさにも見 られたのである。


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 このように民族問題の根本的解決は難しい。しかし民族問題解決の困難さを 認識することには意味があると思う。今報告の主眼はここにある。なぜなら、わ れわれの単純な民族問題への理解が、今日の民族問題をより深刻化させているの である。その典型的な例が、国際社会のユーゴ紛争に対する対応のまずさにも見 られたのである。


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